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これからについて

 昼下がり。マズトン市内は、俄かに騒がしくなる。



 テレサは、目立たない路地の片隅に佇み、人混みを見つめている。


 キリレアから凱旋した連合軍が、騎士団に迎えられているようだ。



 出立した際は5千人以上の軍勢であったはずだが、今は千人に満たない人数に減っている。


 敵の出没位置を掴んだ上での戦闘なら、伏兵やら奇襲を仕掛けられそうなものだが、こんなにもボロボロになるものだろうか?

 それだけ、オーク族が強かったということか、または、連合軍が弱かったのか。



 何にせよ、騎士団達の勢力を削ぐことには成功したようだ。


 あとは、オークの逆賊共がどうなったかだが―――。



 物思いに耽るテレサの後ろに、馴染みのある気配を感じた。



「……コーか。この作戦はどうなったんや?」


 前を向いたまま、ぼそっと尋ねる。


「ええ。作戦はほとんど成功です。オークの逆賊はほぼ壊滅し、連合軍も手痛い反撃を食らったようですな」


 果たして、テレサの背後に立ったのはコーだった。

 彼には、戦場となったキリレアの偵察に行ってもらっていたのだ。


()()()()成功?ほとんどって何やねん。なんか懸念でもあるんか?」




「―――私から答えましょう」


 テレサは慌てて振り返る。

 後ろにいたコーも、声の方へ構える。


「ああ、落ち着いて……。ここでそんなに構えられたら、目立ってしまいますよ」



 両手を軽く上げ、落ち着いた声で話す、フードを目深に被った男。

 その声に聞き覚えがあった。



「ん、オーク族の会合におった……エギンってやつか」


「ご明察……。ご無沙汰しております。お元気でしたか?」


「元気は元気やが、気の休まる暇はあらへんな。少し痩せてもうたわ」


「それはいけませんね。その体格で更に痩せられたのでは、いささか不健康だ。

 ……それはさて置き、キリレアでの戦闘ですが、そちらのコーさんが仰いましたように、作戦はほぼ成功したと言っていいでしょう」


 テレサは、自分の体を眺める。

 さすさすと撫で回してみる。自覚はしているが、なんとも起伏の無い体だ。


「……まあええわ。で、その思わせぶりな、()()、ってどういうことやねん」


「ええ。逆賊共は殲滅されました。

 多少は逃げ延びたオーク達もいるでしょうが、再集結して残党となるほど知能がある者はいないので大丈夫かと思います。


 ―――しかし、逆賊の長・ダラードは要注意でしょう。奴は、怒りで理性を捨て去ってしまったようです。どこかでこちらに襲い掛かってくるかも分かりません。

 今しばらくは傷を負っているので、そう動くこともないでしょうが……」


「なるほど。そのダラードって奴は、そんな強いんか」



「……はい。集落に居たときから、比類なき強さを誇っていましたが、集落、一族という枷から抜け出したことで、恐らく何かの(たが)が外れてしまったのでしょうね。

 もはやアレは生き物ではなく、ただの殺意の塊です」


 エギンは、思い出して、僅かに身震いする。

 ダラードの暴走は、まるで鬼神のようだった。奴の傷が回復する前に、事を成し遂げてしまいたいものだ。



「……しかし」


 と、エギンは話を元に戻す。


「先ほども言いましたように、奴は今怪我を負っていますので、すぐ動くことは無いでしょう。

 また、騎士団達も痛手を負い、我々も後顧の憂いが無くなった今こそ、再度動くべき時かと思いますが、いかがでしょうか?」



「……ふむ」


 テレサはしばらく考え込む。

 確かに、オーク族はこれで逆賊に悩まされることは無くなり、全力でマズトン攻めが行えるようになったのだ。騎士団達の人数も減った今、好機なのかもしれない。


「コー、どう思う?」


 後ろに控えるコーに話を振る。


「ええ、良いのでは?


 連合軍の派遣に当たって、それなりに腕に覚えがある者が選抜されたはずです。

 暴虐なオーク軍と渡り合わなければならないのですから、半端な戦闘員は選ばれなかったはずですからね。

 そんな奴らに痛手を見舞ってやったのです。確かに、向こうの傷が癒えるの前に攻める、というのは理に適っていると思います」



「ま、それはそやな……では、ビラ撒きと市民の扇動を、今から行うべきやろか?」


「そうですね。少しでも作戦の成功を高めるのであれば、必要かと」




 コーは、そう言うと、エギンに正面から向かい合う。


 エギンは、その真剣な眼差しに、少したじろぐ。



「今日を含めて4日目の朝―――。その日に、マズトン攻めを行ってほしい」


「え、ええ。承知しました」



 しばらく、二人は向かい合ったまま動かなかった。


 ゆっくりと、コーが、口を開く。



「このマズトンは……。姐御や弟君や、俺達皆の町なんだ」


 流れるように呟くコーの言葉を、エギンとテレサは、言葉を挟まず聞いている。


「だから……絶対に成功させてほしい。

 俺たちは、家族で、だからこそ、ずっとこの町で生きたいんだ」



「……ええ、分かりました。決して、貴方たちを、”融解連盟”を裏切ることはしません」


 エギンは、神妙に答えた。



 静かな時間が訪れる。



 テレサは、湿った空気を吹き飛ばすように、明るく言う。


「……せや。この戦いが上手くいったら、エギン、あんたらオーク族もうちらの仲間やで」


「仲間……ですか?」


 エギンが片眉を上げる。



「ああ。マズトンを占領したら、そこで終わりやないのは分かっとるやろ。

 新しい秩序でもって、このマズトンを仕切ってかなあかん。


 その際に、うちらと、あんたらで、手を組んで一緒にやってくんや。

 新しいマズトンを作るんや。


 もしかしたら、今”融解連盟”が手を染めとる、裏稼業から足を洗えるかもしれん。

 オーク族の勇猛さが、誰からも感謝される、正義の方面で使えるようになるかもしれん。

 そんな夢が、うちらにはあるんや。


 ……もちろん、付き合ってくれるわな?」




 エギンは苦笑する。


 当初の話では、メラムトオーク族と”融解連盟”は、手を組んでマズトンを制圧する。

 ただそれだけの話だったはずだ。


 だが、”融解連盟”の代表である彼女は、それだけでは満足せず、その先の話をさも確定事項のように話してきた。




 もし、ザンヴィルがここに居たら、どう答えるか―――。


 エギンは少し考えた。



 彼とは深い付き合いだ。彼の答えそうなことはすぐ頭に浮かんだ。


「新しいマズトンですか……面白そうですな」




 微笑んで、手を伸ばす。


 テレサとコーが、それぞれ握手に応じた。




 マズトン総攻撃まであと4日。


 本格的な戦争が始まろうとしていた。

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