初戦の行方
戦いは続き、空は明るんできた。
時が経つにつれ、出血の激しいオーク族の動きは鈍っていった。
思いがけない反撃に狼狽えていた連合軍ではあったが、この機を逃さず、攻勢を強める。
戦いの趨勢は固まりつつあるように見えた。
指示を出しているジョゼの顔に、微かに安堵の表情が浮かぶ。
まるで亡者のようにオークが突っ込んできたときは焦ったが、奴らもやはり生き物だったということだ。このまま攻撃を加え続ければ、必ず倒しきることができる。
動きが鈍るオーク族に対し、容赦ない殲滅の指示を出す。
連合軍は、犠牲を出しつつも、オーク族を順調に撃滅してゆく。
動けるオーク族が残り数百人まで減少した。
そいつらの動きも、もはや緩慢だ。
連合軍側の人数も2千人程度まで減ったが、恐らく、これで勝ちは決まっただろう―――。
ジョゼが胸を撫で下ろしかけた、その時。
集落の中心に近い場所で、爆発音が巻き起こった。
はて……?まだ火薬が残っていたのか?
と、ジョゼは懸念に感じてそちらに視線を向ける。
だが、そこにあったのは、爆煙ではなく、血煙だった。
何が起こっているのか、分からなかった。
爆音の中心にいたのは、異様な化け物だった。
いや……よく見ると、それはオーク族の男だと分かるのだが、それが纏う雰囲気は、人のそれではなく、知性の一切を捨て去った、暴力そのものの化身に思えた。
体中が血に染まっている。体のあちこちに傷を負っており、失血死していても不思議ではないほどだ。
目は不気味な光を放ち、体毛はオオカミのように逆立っている。
純粋な殺意が、瘴気のように彼の周りに纏わりついている。
そして、それが握っている肉片が、人の姿のなれの果てだということに、しばらく気づかなかった。
まさか、とジョゼの背筋が凍る。
もう爆薬は残っていないはずだ。とすると……。
あの爆音は、人を握り潰した時に出た音だとでもいうのか?
そのオークは、雄叫び―――と言うより、もはや咆哮―――を上げ、近くにいた騎士へ襲い掛かる。
その騎士は、抵抗をする間もなく、二つに裂かれた。それも素手でだ。
思わず、呆然とその様子を見つめる。
動くことは出来なかった。
その間に、そのオークは、近くの兵士を手当たり次第殺戮し始めた。
それも、敵味方問わずだ。
騎士だろうがゴブリンだろうがコボルトだろうがオークだろうが、どれにも等しく死をバラ撒いてゆく。
ジョゼは、本能的に危機を感じる。あれは、生きていていい物ではない。
思わず、叫ぶ。
「皆……最優先であのオークを殺せ!」
連合軍は、その命令に従い、弓を振り向けたが、そのオークのあまりの気迫に、たじろいでしまっている。弓を取り落とし、頭を抱えてうずくまる者もいた。
そして、そのオークは、叫び声を上げたジョゼの方を、ぐるりと首をひねって見つめる。
「ひぃっ……」
ジョゼは、情けない声を漏らし、その場にへたり込む。
そのオークは、全力でジョゼの方に駆けてくる。誰も道を阻む者はいなかった。
「た、助け、助けて……」
腰が抜けたまま、逃げようと肘を使って動き出すが、当然逃げ切れるものではない。
そのオークは一瞬でジョゼの元に走りつくと、そのままの勢いでジョゼの頭を踏み抜いた。
熟れた果実が割れるように、ジョゼの頭が四散する。
周囲の騎士たちが悲鳴を上げる。
それを聞き、そちらに顔を向けたオークだったが、すぐに顔を顰めると、近くの森へと駆け去った。
長いように感じたが、このオークが現れてから立ち去るまで、3分も経っていなかった。
その後、指揮官を失い、一時統率を失いかけた連合軍だったが、副官が指揮を引き継いで執り行ない、無事にオーク族の殲滅に成功した。
4千人のオーク族に5千人の連合軍で奇襲を仕掛けたものの、指揮官であるジョゼが死に、最終的に連合軍の兵士は千人以下まで減っていた。
生き残った者も満身創痍で、立っているのがやっとといった様相だ。
副官は、戦果を報告すべく、連合軍を再編している。
真夜中に始まった戦闘だったが、すっかり夜は明けていた。
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エギンは、深く溜息をつく。
一晩中続いた戦闘が、ようやく終わりを告げた。
結果として、騎士団へ大損害を与えた挙句、逆賊は壊滅したということになる。
しかし―――、
ダラードだけは、逃げ延びたのだな、とエギンは思い返す。
瓦礫から這い出し、辺りを殺戮して回っていたダラードは、明らかに狂気に取り憑かれていた。
奴が今後どうするつもりかさっぱり分からないが、警戒が必要だろう。
「エギン様、それで、どういたしましょうか?
集落へ報告に戻りましょうか?」
配下の隠密部隊員が伺いを立てる。
「ああ、そうだな。お前たちは、集落の皆に、この戦いの報告に行ってくれ。俺は、マズトンの”融解連盟”の元へ行って、今後の対応を協議してくる」
承知、と呟き、隠密部隊員は消える。
エギンは、首を回し、一息ついた。
ついに、運命の歯車は回りだした。しからば、立ち止まっている暇はない。
運命の女神に微笑んでもらうよう、全力で動くのみだ。




