革命前夜の終わりに
夜空は何処までも深く、星明りは隔てなく辺りを照らす。
草葉の陰から虫が歌を奏でる。鄙びた田舎の家々から、微かに暖炉の光が漏れている。
遠くからでも、夕餉の香り、家族の賑わいの声さえ感じられそうな、絵に描いたような田舎町―――。
小規模集落・キリレアに夜が訪れていた。
まるでこの後の運命を悟っているかのように、静まり返っている。
夜風が草原を撫でる、さわさわ、という音だけが響く。
この光景だけでは、今まで流れてきた日常となんら変わりなく見える。
また朝になれば家畜が草原をのんびりと闊歩し、農夫たちは変わらない日々に多少の物足りなさを感じつつ、平和な日常を享受するのだろう。
……だが、今夜は違った。時代の流れが、平穏であることを許さなかったのだ。
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キリレアを正面に見つめ、逆賊・ダラードは歯茎を剥き出しにして笑っている。
今から直ぐにでも発揮されるであろう暴力の予感に、彼の筋肉には血管が浮き出し、膨れ上がっている。力の捌け口を求め、細かく震えている。
待ってろよ、とそっと自分の腕を抑える。
今、解放してやるからな。
ダラードに付き従う荒くれ者のオーク達も、今は不気味なほど静かだ。
しかし、そのどれもが昂奮しきっている。
目は見開き、涎を垂らして、今にも集落へ雪崩れこみそうな勢いだったが、そこはダラードの威圧でもって抑えられていた。
―――しかし、長くはもたないだろう。
極限まで力を蓄えられた弾性体は、枷が無くなると、猛然と反発する。
ダラードは、突然、気が触れたように笑い出す。
それはとても不気味で、自分本位で、それでいて純粋な笑い声だ。
再度、キリレアに向き合う。
もはや、言葉ですらない雄叫びをあげ、集落へ突撃する。
後ろに固まっていた荒くれ共も、奇声を上げてそれに続く。
その塊には一切の理性は感じられず、何もかもを呑み込む一つのうねりとしてキリレアへ押し寄せる―――。
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「始まったか……」
エギンは、無表情でダラードたちの軍勢を眺める。
ここは、キリレアが見渡せる、小高いが繁った丘の中腹だ。
暗い夜中ではあるが、今日は晴れており、星明りで意外と明るい。
動向の監視には問題ないだろう。
エギンたちは、無事、襲撃が行われる前に、監視地点に着くことができた。
それにしても、本当にキリレアを襲撃しに行くとは……。
本来なら、警戒して、もっと離れた位置の集落を襲えば良さそうなものだが。
やはり、遠くの集落を襲いに行くまで、集団を維持できなかったからだろうか?
あるいは……ダラードにはそれを考えるだけの知能も残っていなかったのだろうか?
なんにせよ、始まってしまったのだ。
自分たちは、この襲撃の行く末を確認し、次の一手を考える義務がある。
奴らの一挙一動を見逃すまいと、目を凝らす。
隠密部隊員は、あと2か所、違う場所に配置してある。
これで多面的に戦況を見渡せるはずだ。
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オークの群れが、集落の真ん中に突っ込む。
奇声を上げながら、手にした棍棒で家を殴りつけ、納屋を壊そうと蹴りつける。
―――そこで、ダラードは違和感を覚える。
なんだ?あまりにも静かすぎやしないか?
レンガ造りの家の扉を掴み、力づくで引き千切り、投げ捨てる。
家の中を見たダラードの顔が凍り付く。
そこに、本来いるはずの、虐待され、無残に弄ばれながら殺されるはずのエルフの姿は無く―――。
家の中には油がぶちまけられていた。
ほかの場所でも、扉を破壊して侵入したオーク達が、困惑の声を漏らすのが聞こえてくる。
しばらく、ダラードは意味が分からず、硬直していた。
しかし、唐突に、ふと思い当たる節を見つけた。
ひゅっ、と、ダラードの心臓が縮み、恐怖を覚える。
集落中に響く大声で叫ぶ。
「てめえら、逃げろ!!!これは―――、罠だ!待ち伏せだ!!!」
集落を囲む森が、一斉に明るくなる。
伏兵を潜ませていた、マズトン騎士団・”窮者の腕”連合軍が、火矢を掲げたのだ。
炎の明かりに照らされ、銀髪の騎士・ジョゼの顔が浮かぶ。
「やあ!初めまして。野蛮極まりないオーク族の諸君……
初対面の挨拶としては物足りないかもしれないが、ぜひ受け取ってくれ給え!!!」
ジョゼは、腰のロングソードを抜き、集落の中心へ振り向ける。
「射撃ーーーぃ!!!」
無数の火矢が集落へ、弧を描いて飛んでゆく。
それは幻想的で、美しさすら感じる光景だった。
火矢は集落へ着弾し、バラ撒かれていた油へ引火する。
そして、住民の代わりに詰め込まれていた大量の火薬に向かって火の手は伸びる。
一瞬後、集落を白い閃光が覆う―――。
革命前夜は終わり、新時代到来を暗示させるような大爆発で、マズトン戦争の幕は切って落とされた。