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戦の気配

 午前中。まだ早い時間。


 ヴィクターは、メラムトオーク族の厩舎で、馬の世話に勤しんでいた。


 フンや尿で汚れた寝わらを馬房の外へ出す。

 外に固めて置いてある新しいわらを代わりに入れる。


 馬たちは飼い葉を咀嚼しながら、動き回るヴィクターを眺めていた。



 また、この厩舎にいるのは、馬だけではなかった。

 一部のオーク族は、馬の代わりに猪を軍用にしているようだ。


 割合的には馬の五分の一といったところだろうか。数こそ多くないが、その分がっしりとしていて、いかにも強そうだ。



 これで一応、寝わらの交換が済んだ。


 袖で汗の浮かんだ額をぬぐう。

 額にわらが張り付く。指先でつまんで地面に捨てた。



 本来の厩舎の管理人であるオークが、のんびりとした声でヴィクターへ声を掛ける。


「おお、よくやってるじゃないか。お疲れさん。これでも飲んで休めや」


 冷えた果実のジュースを手渡される。

 礼を言って受け取る。


 口をつけると、疲れた体に甘さが染み入るようだった。



「いやあ、ヒト族の奴を面倒見てくれ、って放りつけられた時はどうなることかと思ったが、意外と普通に働くもんなんだなあ」


 管理人は、がはは、と笑いヴィクターの背中を叩く。


 ヴィクターは、照れたような笑みを浮かべ、相槌を打った。




 ここで馬・猪の世話をしているのは、なにも現実逃避のためなどではない。



 昨日の夜遅く―――というか明け方か―――に、チェチーリアとギュナが集落に帰ってきた。


 話はそこにさかのぼる。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 馬を駆り、話し合いに出向いていた二人が帰ってきた。


 その報告を聞いたエギンとヴィクターは、会議室へ向かう。



 会議室にはすでに、二人が机についていた。

 どうやら疲労困憊しているらしく、ひどく疲れた顔をしていた。



「よお。”融解連盟”との打ち合わせお疲れさんだったな……。

 早速、その結果について教えてくれないか?報告が終わったら、とりあえず疲れが取れるまで休むといい」


「ええ、分かりました」


 目の下に隈が浮いたチェチーリアであったが、気丈に顔を上げると、今までの進展についてまとめて報告する。



 曰く―――。


 正面切っての攻城作戦は、凍結とする。

 一方、逆賊・ダラードとマズトン騎士団をぶつけ合う作戦が始まった。


 その二点を、要点をまとめ、簡潔に伝えた。



「ほう―――」


 エギンは、感心したように顎を撫でる。


「なるほどな。あの裏切者達と腐敗騎士団を戦わせるなんて、面白いことを考え付く奴がいるもんだな……

 成功はしそうなのか?」


「それは何とも分かりません。ですが、可能性があるのは確かだと思います」


「ふむ、隠密にキリレアの辺りを探らせるか。藪蛇になってもたまらんから、近くには寄らんようにせんとな……。

 いや、よくやってくれた。とりあえず今はゆっくり休んでください」



 エギンは、侍女を呼ぶ。

 どこからかやって来た侍女は、足元がふらつく二人に付き添い、会議室から立ち去った。



「さて……。早速隠密部隊を編成するか。

 間違っても見つからぬよう、少数精鋭で行かねばな」



 エギンは熟考を開始する。

 皮算用では仕方ないが、仮にこの作戦が上手くいった場合、こちらが取る対応もだいぶ変わってくる。


 まさに分水嶺といったところだろう。ここはしっかりと行く末を見届けねばならない。



「ええっと、私はどうすれば……」


 ヴィクターは、おずおずと聞く。


「ん?お前か……。ふーむ。

 正直ついて来たところで、足手まといになるのは見え透いてるからな。

 厩舎で軍馬や軍猪の世話でもしててもらうか」


「う、馬や猪の世話ですか」


「何だ?嫌なのか?」


 エギンの目が鋭くなる。


「……いえ、そういう意味ではありません。頑張って全うします」


 確かに、戦争ともなれば、乗り物の重要度はいや増すだろう。

 ここは、自分のできることを確実にこなすことに異論はないのだ。



「ああ、頼んだ……。厩舎の管理人とは話をつけておくから、現地で作業内容は聞いてくれ」


 エギンはそう言うと、少し躊躇ったようだが、ヴィクターに告げる。


「何もお前のことを馬鹿にしているとか、軽く見ているとかじゃないんだ。

 今は、絶対にバレることが許されない隠密行動が必要となるからな。

 その道のプロで行くってだけの話だ……。お前にも、時が来たら精々働いてもらうさ」


 そう早口で言うと、さっさと会議室を後にした―――




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「あー、それでだな。ヒトの兄ちゃんよ。この軍猪を見てみろよ。すげえぞ~」



 ヴィクターが回想に浸っていると、厩舎の管理人が、こっちへ来いと手招きをしていた。


 我に返ったあと、なんだろう、と管理人の方へ行くと……。

 そこには規格外の大きさの猪が立っていた。



 まさに小山のような大きさだ。


 およそ大人5人分以上の大きさはあるだろう。

 牙も鋭く、天に向かって聳えている。体毛はふてぶてしいほど濃く、半端な矢なら跳ね返してしまいそうだ。


 その漆黒の瞳で、ヴィクターを睨め付ける。


 思わず寒気が走る。それほど威圧感のある猪だった。



「な、何なんですかこの猪は。やたら強そうですね……」


「ああ、だろ?」


 管理人は楽しそうに笑う。


「これは、姫様―――チェチーリア様の軍猪だ。

 姫様は、この猪をジェサレットと呼んで可愛がってる。まあ、こんな化けモンみたいなやつを可愛がる精神はよく分かんねえが……。


 まあ、世話しようにも、姫様以外には懐かねえから危険なんだ。だから、こいつの世話はしなくでいいぜ」


「なるほど……、じゃあ、チェチーリア様は、ここへ、こいつの世話をしに来る、ってことですか?」


「ああ、そうだ。ほぼ毎日な。……それがどうかしたか?」


 ヴィクターは、頭を振った。


「あ、いえ……気にしないでください。じゃあ、馬たちの世話の続きをしますね」



 そう言うと、馬具を手に取り、元の場所へ戻る。


 今から、馬に馬具を装着し、他の厩舎スタッフが慣らし乗馬をする手助けをする。

 普段から多少なりとも走っていないと、いざという時に走れないからだ。



 これからどうなるか分からないが、とヴィクターは気持ちを新たにする。


 できることを真剣にやろう、と気合を入れた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 その頃、エギンは隠密部隊をまとめ、出発する準備を整えていた。


 結局、部隊規模は5人とすることにした。

 ダラードや騎士団、どちらに見つかってもまずいことになる。


 なので、敵に発見されないことを第一条件に、ただ偵察することを目的にする。

 無為に人数を増やしても仕方ないと判断したのだ。



 エギンの肌に、ヒリヒリと焼け付くような焦燥感が走る。


 この作戦を最初に聞いたときは、上手くいくかどうかは半信半疑だと思ったが、今なら、何となく、確実に衝突は起こるような気がした。



 乾く唇を舐める。



 太陽は高く上がっている。


 日没まであと数時間。



 エギンは、手を振って部隊員に号令を下し、集落を飛び出す。




 各所で回りだした歯車が、今、噛み合おうとしていた。

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