3つの犯罪集団
正午。
ヴィクターはバガンに連れられ、騎士団詰所近くの出店で昼食を摂っていた。
店主は青年のコボルト族だった。動物で言うところの狗に近い体を持つ彼らだが、器用に両手を使い、穀物の生地を鉄板で焼いている。鉄板で熱せられる香りが食欲を刺激した。
「結構、面倒くさい時とかはこの近場の出店を使うんだよな……おい、兄ちゃん、肉2倍で、横のやつにも同じようにしてやってくれ」
バガンは店主に注文を伝える。
店主は頷いて、ささっと生地をもう一つ焼き始めた。
騎士団詰所の近くの大通りは、ヴィクターが今いる屋台を含め、結構な量の出店がひしめいていた。コボルト、ゴブリン、オーク、エルフ、ヒト。多様な種族が混じり合い、談笑しながら通り過ぎてゆく。
ゴブリンは俗に鬼の一族だと言われている。額に2本の角を持ち、暗褐色で萎びた体を持つ。
身体能力はヒトとどっこいといったところだろう。
オークもゴブリンと近種だと言われているが、より強靭で凶暴であることが多い。もちろん例外はおり、中央都市で官僚として働く者もいる。
エルフは太古の魔術師の一族が独自の進化を遂げたヒトの亜種であると言われている。彼ら・彼女らは他の種族より魔法に精通していることが多い。
そしてヒトだが……旺盛な繁殖と同種との連携で以って、他の種族より多くの土地、権力を獲得しているものが多い。個体としての能力は他種族と比しても傑出するものがない中、ここまで勢力を拡大できたのは、まさに驚きと言うべきだろう。
しかし、ここでは……
太陽に照らされた真昼のマズトンは、多様な種族で活気に溢れていた。
中央都市や、ヴィクターの故郷である田舎でも、各種族は分かれて生活をしていた。
こんな雑多で賑やかな風景も、案外悪くないのかもな、と思った。
ぼーっとそれを眺めていると、バガンから声を掛けられる。
「さて……まあ、今日からここで働いてもらうわけだが、その前に知っておいて欲しいことがある」
「はあ、知ってほしいこと、ですか」
「ああ……俺らがこの都市で働く上で、避けては通れない―――犯罪集団についてだ」
ヴィクターはぎょっとした。今まで、中央都市で勤務していた時は、荒事とは無縁だった。
中央都市にその手のことが無いわけではなかったが、基本、優秀な巡回騎士が収めてくれていた。しかし、ここは人手不足で移動したマズトンだ。自分が荒事の最前線に出ていく可能性は、十二分に存在するのだ。
その事実を改めて思い知り、眩暈を覚えた。
「いいか、この都市には、主な犯罪集団は3つある。
一つは、コボルドやゴブリンの混成集団”窮者の腕”
一つは、主にエルフで構成された”魔術の贄”
最後に、これが一番危険なんだが―――主にハーフ、つまりは混血だな―――によって構成された”融解連盟”だ」
「み、みっつも犯罪集団があるんですか……」
「ああ。自慢じゃねえがマズトンの犯罪、特に殺人の発生件数は帝国随一だ。それでも特に人口が減ってないのは全くどういう訳なんだか……」
自らの管轄の話であるにかかわらず、どこか人ごとにバガンは言った。
「まあ、ほっときゃ次第に分かるだろうが、こいつらは麻薬を巡って常に戦争してやがる。その流れ弾で一般人も犠牲になってるってのが遣る瀬無いね。最も、一般人と言っても、この辺のやつらはそもそも脛に傷持つのが多いのも事実ではあるが……」
バガンは焼きあがったクレープ状の肉巻き生地をはふはふと頬張る。
コボルト族の店主の青年は、ヴィクターの方に焼きあがった生地をくるっと巻いて差し出した。
「あ、ありがとう」
ヴィクターは礼を言って受け取った。頬張ったそれは、素朴な味だったが、悪くはなかった。
簡素な昼食を食べ終わった二人は、騎士団詰所に戻るべく歩き始めた。
「あー、そうだな、午後からだが……、俺は上級騎士の補佐の仕事があるから、普段の仕事はダドリーに聞いてもらおう」
「分かりました」
ダドリーとは、あの背の高い騎士だったか。なんだか軽い印象は否めないが、まあ、教えてもらう立場だし、仕方あるまい。
暫くの間無言で歩き、騎士団詰所に帰り着いた。
ところで、とヴィクターは質問を挟んだ。
「この都市に、ヒトの犯罪集団はないのですか?」
バガンは少しの間目を見開き、少し考えてから答えた。
「ああ、この都市に、ヒトの、犯罪集団はねえな。安心しろ」
そう言うと、口の端を歪めた。
その表情は微笑みか冷笑か嘲笑か苦痛か、ヴィクターには判じられなかったのだ。