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分裂

 広場は混乱に陥る。


 ダラードに殴られたザンヴィルは、地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 周囲のオーク達は、口々に何かを叫んでいるが、突然のことで混乱しているらしく、何か行動に移すものはいない。


 ヴィクターも、恐怖で体が動かなかった。ちらり、と横を見ると、チェチーリアは両手で口を押さえ、化石したように硬直していた。



 広場は、恐慌の様子を呈する―――


 そんな中、酋長・メラムト4世が一喝する。


「貴様ら、落ち着かんか!!!」


 その腹から出された絞り出された一声は、聞く者の鼓膜を強く揺さぶり、一部のオークを正気に戻した。


「腕に覚えのある者は、ダラードを確保せよ!

 他の者は、医術師を呼んで来い!」



 慌てて、5人のオークがダラードを取り囲む。

 その5人も、筋骨たくましいオーク達であったが、修羅のような気配を放つダラードには踏み込めないようであった。


 ダラードは、血に染まった棍棒を、だらんとぶら下げたまま、メラムト4世を睨み付けた。


「親父……こんな奴の戯言を許可したのか?俺らメラムトオーク族が、略奪を諦めるだと?正気か?」


 メラムト4世は、その視線を受け止め、しっかりとした言葉で返す。


「いかにも。適者生存……。この世で生き残るためには、時に変化も必要となる。ザンヴィルがそれを選択し、道理もついているのであれば、殊更反対する必要はあるまい」


「けっ……馬鹿らしい。オークとは破壊し、略奪する事こそが存在意義だ……

 他種族の真似をして、上品に生きるなんざ、それこそ摂理に反してやがるぜ」



 そう言い切ると、広場のオーク達に向かい、叫ぶ。



「貴様ら!そうは思わないか!!

 オークらしく……、奪い!殺し!犯す!それを志す者たちは……俺について来い!!!

 この腑抜けた理想主義者共に付き合っていられるかっ!!!!」


 オーク達は、互いに顔を見つめ合い、躊躇っているようだったが、なんと相当数のオークが、ダラードの方に向かって駆け出した。



 だが、それでも、静観を保っているオークの方が多かった。

 それを確認したダラードは、舌打ちをすると、集っている全員に対し告げた。



「ちっ、臆病者共めが……。

 いいか!これから俺たちはメラムトオーク族を脱退する……今日のところは引いておくが、いつか、腑抜けた貴様らをぶち殺しに戻ってきてやる!!

 貴様ら……、下がるぞ」



 ダラードは、付き従ったオーク達を引き連れ、悠々と立ち去る。


 広場に残ったオーク達は、誰もそれを止められず、呆然としていた―――




 それからしばらくして、集落から医術師がやって来た。

 ザンヴィルの傷を見て、手当をする。


 当然、医術師もオーク族であったが、太い指からは想像できないほど丁寧に処置を施してゆく。それはまるで魔術のようだった。



 兄弟たちは、それを心配そうに見守っている。


「なあ……兄貴は、大丈夫なのか?」


 次男、ヂュマルが医術師に聞く。


「ふむ……頭部に棍棒で一撃。

 ……まず、鼓動は安定しており、呼吸も一定で自発しております。従って、すぐに命に別条がある、という訳ではありませんな。

 受傷箇所ですが……、裂傷と頭蓋骨の陥没が認められますな。脳に異常がなければ良いのですが……。

 一応、頭部の傷から髄液が漏れ出していない事を見るに、最悪の事態ではない、とは思えます。

 しかし、正直、この状況でははっきりとした事は言えません」


 医術師は深刻な声で告げる。


「何にせよ、意識を取り戻すまで、絶対安静が基本です。衝撃を与えないよう、担架で静かなところに運ばなければなりません」


「そうか……おい、ギュナ。

 仕事が丁寧な奴を2,3人見繕って、兄貴をゆっくり拠点に運んでやってくれ……。」


 ヂュマルは、憔悴した表情で、ギュナに指示を出す。


 普段は冷静な表情を崩さないギュナも、今は非常に動揺していたが、指示をうけ、きびきびと動き出した。



 ヴィクターは、ようやくショックから抜け出した。

 心臓はまだうるさく鳴っている。チェチーリアが心配になり、そっと様子を窺う―――


 果たして、彼女は真っ青になり、かたかたと細かく震えていた。

 最近は特に兄と共に過ごすことが多かったらしいし、衝撃も一際だろう。


「大丈夫ですか。チェチーリアさん……」


 そっと肩を揺さぶる。

 そこで、初めてヴィクターの存在に気付いたように、虚ろな瞳でこちらを見た。


「大丈夫です。お兄さんの命に別状はないそうです。今は拠点で安静にしていますよ……

 さあ、落ち着いてください。深呼吸を……」


 チェチーリアの手をつなぎ、しっかりと目を見て、ゆっくりと話す。


 しばらくは過呼吸気味に震えていたが、徐々に落ち着いてきたようだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 エギンは、未だ混乱の渦中にある広場を、苦い表情で見つめていた。


 せっかくオーク族が理性ある集団としての一歩を踏み出そうとしていたのに、ダラードは余計なことをしてくれたものだ―――


 とにかく、この場を収めないと、今後の事に響いてしまう。ひとまず、メラムト一族の次男であるヂュマルに声を掛ける。


「ヂュマル様……ひとまず、この場を収めて頂けませんでしょうか。こう混乱したままでは、オーク族が離散してしまうやもしれません」


「あ、ああ……そうだな」



 ヂュマルは、一つ息を吸い込むと、大声を出す。


「お前たち、落ち着け!冷静になって現状を確認するぞ!!」


 その声に呼応し、徐々に騒ぎと興奮が静まってくる。




 広場が落ち着き、改めて点呼をとったところ―――


 およそ、五分の一のオークが、ダラードに付き従い、この場を去ったことが分かった。


 それも、ダラードに従うほどだから、粗暴で実力のあるものが多く去ってしまっていた。



 エギンは、舌打ちをした。

 ただでさえ、マズトンを落とす人数はギリギリなのだ。


 この上、五分の一が減る―――。それも、荒くれ者の実力派が抜けてしまうと、これは非常に厳しいことになる。



 頭を抱える。しかし―――、期限は確実に迫っている。

 人数がどうなっていようと、5日後にマズトンへ攻め込む。それしか選択肢はないのだから。

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