決起集会
ザンヴィルは、広場に集まった数百人のオーク達を眺める。
今日、ここに集まったのは、つわもの揃いのオーク達の中でも、歴戦の戦士たちだ。言わば隊長格に当たる。いざ戦闘になった場合、彼らの影響力というものはとても大きい。
したがって、大きい戦闘がある前には、彼らと意思の疎通を行い、意志を統一しておくことはとても意義のあることなのだ。
広場の上座には、玉座に腰掛けたメラムト4世が、大儀そうに皆を睥睨している。
傍らにいるザンヴィルへ語り掛けた。
「ザンヴィルよ……。昨日の話は驚いたぞ。
まさか、オーク族の争いで、略奪を禁じようとは……。」
「ああ。親父。説明しただろ?今回のマズトン攻略は今までとは違う―――、大勝負になるってな。不安要素は極力排除しなければならん」
「うむ。承知しておる。今や、実質的にこの群れの指導者はお前だ……。我らの進歩に、変化は付き物だろう。お前の好きなようにやってみよ。
しかし―――、全員が同意するかは、難しいところだろうな」
メラムト4世は、難しい顔で顎を撫でる。
そのことについては、ザンヴィルも承知していた。
そもそも、オーク族には血の気の多いものが多い。彼らは、戦闘における略奪で、その鬱憤を晴らしてきたのだ。いきなり、それが略奪禁止だと言われて、素直に納得するものがどれだけいるのか―――。
「だが、やるしかない」
ザンヴィルは呟く。
どの道、今の蛮族のようなやり方では、いずれ群れは維持できなくなる。規模が大きくなれば、各々の制御は不可能となり、下剋上や勝手な離脱などもじきに起こるようになるだろう。
つまり、遅かれ早かれ、この群れは理性により制御されなくてはならないのだ。
それが、今のタイミングで来た。そういう話なのだ。
「お前にも、せいぜい囮として尽力してもらうぜ」
後ろで椅子に座っている、ヴィクターに向かって嘲笑する。
……おや、と思った。
昨日までの気の抜けた―――、腑抜けた顔とは、少しばかり違う気がした。
この変化は―――?
訝しく思い、よく見ようと近づいたとき、脇から声を掛けられる。
「よお、兄貴……。今日は戦の前の決起集会だな。
くそう、血が滾ってきやがるぜ」
だらしない顔で、涎を垂らしながら近寄ってくる。
三男のダラードだ。
「……ダラード。涎が垂れているぞ」
「へへっ、いけねえ……。ついにマズトンへ侵略だろ?
今から楽しみだ。尋常じゃないほど略奪できるはずだろ?たまんねえぜ」
ダラードは大声で笑い声を上げる。
ザンヴィルは黙って腕を組む。
この弟に関しても悩みの種だ。
彼の戦闘に関するセンスはずば抜けており、恐らく集落の中では彼に勝てるものはいないだろう。
だが―――、その分、彼は兄弟でも随一の粗暴さを誇っている。
彼の信条は酒池肉林だ。
彼の参加した今までの戦闘では、襲われた集落は皆、悲惨な最期を遂げている。
それは、ザンヴィルでさえ顔を顰めるものもあった。
ダラードを説得できるか―――。それは、今回の集会での大きな分岐点となるだろう。
下卑た顔で笑みを浮かべる弟を、ザンヴィルは睨み付ける。
他の兄弟たちも、続々と集まって来た。
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「ザンヴィル様。そろそろ頃合いかと思います」
傍らに控えていたエギンがザンヴィルへ耳打ちする。
「うむ、そうだな……」
普段は緊張など全くしないザンヴィルだったが、さすがにこの時は少なからず気が張った。
今から前代未聞の事を言わなければならないのだから、無理もない。
「皆、よくぞ集まってくれた」
広場の上座で、ザンヴィルは太く、良く通る声を張り上げた。
ざわざわとしていた聴衆は、水を打ったようにしん……、と静まり返る。
「噂で耳にした者もいるかもしれんが……
我々は5日後、マズトンへ侵攻することとなった!!」
俄かに聴衆はざわめきだす。
「マズトンって、あの都市だよな……?」
「今まで襲ってた集落とは規模が違いすぎないか?」
「マジか?返り討ちで無駄死にはごめんだぜ」
「いや、でも得るものは多いはずだ。田舎の集落なんかより良いもんが奪えるはずだ!」
「そうだな、ならやる気も出るってもんよ」
傍で聞いていたダラードも、楽しそうに両手を打ち鳴らす。
「皆、静かに!」
ザンヴィルが大声を出すと、再び聴衆は黙り込む。
「皆も分かるだろうが、今回は、今までの戦闘とは訳が違う……。
敵は強大で数も多い。制圧したのちの治安維持も、大切となってくる」
「……つまり、それはどういうことですか?」
傍で聞いていた次男―――、ヂュマルが怪訝そうに口を挟む。
「ああ……」
さすがに、ザンヴィルの額に一筋の汗が流れる。
今から言うことは、メラムトオーク族の伝統を否定することにも繋がりかねないのだ。
「皆、此度の戦では、略奪の一切を禁止する」
一同は騒めく。
漣のように小さな動揺は、やがて聴衆全体に広まってゆく。
傍のダラードは、不気味なほどに黙りこくっていたが、
すっと立ち上がると、ザンヴィルの方につかつかと近寄ってゆく。
「なあ。兄貴。冗談だよな?」
「いや、本気だ……」
そうザンヴィルが答えるや否や、ダラードは隠し持っていた棍棒で、
ザンヴィルの頭を一撃した。
ザンヴィルはゆっくりと、非常に緩慢な動作で地面に倒れる―――。
その巨体が接地した瞬間、ずしん、と地響きが起こる。
その一瞬、周囲はまるで無音になったように静まる。
しかし、間もなく、集落全体を震わせるような怒号が轟いた。