模擬戦
ヴィクターとチェチーリアの二人は、当初の目的地―――、広場へ到着した。
広場へ向かう途中、腕を掴みっぱなしだったことに気付いたチェチーリアは、慌てて手を放した。
小声ですみません、と謝られたが、それに対して上手いこと答えることは出来なかった。
「さ、さあ、ヴィクターさんの実力を測らせていただくため、実戦形式でひとつ、勝負してみましょう」
チェチーリアはぎこちないながらも笑顔を見せる。
ヴィクターもそれに合わせ、頷いた。
広場に人気がないのは幸いだった。人目を気にせずに集中することができる。
「しかし―――、実戦形式といっても、どうするのですか?まさか本当に武器を使って殴り合う訳にもいかないでしょうし……」
「ええ、そうですね。ですので、これを使います」
そう言うと、チェチーリアはごそごそと2本の棒を取り出した。
手ごろな大きさだ。丁度腕の長さと同じくらいだろう。
「これは、サンガーの枝です。この枝には特徴がありまして……」
軽く振って、自分の腕に当てる。
サンガーの枝は、ポス。という頼りない音をしてくにゃりと曲がった。
しかし、再度構えなおすと、元通りしゃんとした枝に戻った。
「ご覧の通り、きちんとした形を保つ割に、柔軟性のある枝なのです。子供同士のじゃれ合いにもよく使われる物なのですが―――、まあ、こういった模擬戦にも使えるでしょう」
チェチーリアは、ヴィクターにその枝を1本渡す。
受け取って、軽く振ってみる。
柔らかいだけあって、少し頼りない振り心地だが、これくらいの方が怪我もしないし良いだろう。
「では、私が始め、と言ったら開始しましょう。
とりあえず、体のどこかに枝が当たれば、その時点で当てられた方が負け、ということでよろしくお願いします」
「ええ、分かりました」
ヴィクターは応え、改めてチェチーリアの服装を見る。
ゆったりとした麻のブラウスに、良く鞣された革のロングスカート。
あまり動きやすそうな恰好ではないようにも見えるが……
「さあ、では、始め!」
チェチーリアが告げる―――
ヴィクターは枝を正眼に構え、チェチーリアに対峙する。
その様子を見て、チェチーリアは感心したように呟く。
「流石ですね……わざと隙を見せ、こちらを誘っている……ということでしょうか?」
「………」
ヴィクターは黙っている。
いや、そういう訳ではない。
自分なりに精一杯に隙無く構えているはずなのだが……どうやらそれは伝わっていないらしい。
じりじりとした時間が過ぎる。
ヴィクターは汗をかき始めたが、チェチーリアは自然な体勢で涼しい顔をしている。
段々ヴィクターは焦ってきた―――
こちらから攻めなければ、神経が持たない。
枝をそっと握りなおし、息を吸い込む。
足のバネを使い、チェチーリアの方へ一気に踏み出す!
と、ぽこん、という間抜けな音がして、ヴィクターの頭にチェチーリアの持つ枝が当たる。
「あ……」
「えーと、ひょっとして、本当に隙だらけだったのでしょうか」
チェチーリアは困惑しているようだ。
まさかヴィクターがここまで弱かったとは思っていなかったのかもしれない。
「……なんか……すみません」
「あ、いえ。その……、頑張りましょう?」
チェチーリアは困ったように笑う。
「だからこそ、鍛えがいもあるというものです」
「……え?」
「まず、感覚を掴むために、棍棒を使って、素振りを100回程度してみましょうか
―――これは、普段私が使っている棍棒です」
そう言うと、ヴィクターに棍棒を渡してくる。さっきまで持っていたサンガーの枝より数倍重く、手に取るとズシリと来た。
「ただ振るだけじゃだめですよ。姿勢と体幹が大切ですからね。私が見ているので、安心してください。
あ、それが終わったら戦闘の際重要になる足さばきを練習しましょう。これは30分ほど通しでやりましょうか―――」
結構本気で鍛えるつもりなのだ―――。
ふら、とふらつき、倒れそうになったが、楽しそうなチェチーリアを見ると、これはこれでいいか、とも思うのだった。
その日は結局、夕暮れ前まで鍛練を行った。
途中、何度もへばりそうになったが、その都度、チェチーリアが励ましてくれた。
そのお陰で、最後までやり切ることができた。
騎士として学んでいた時でさえ、ここまで真面目に鍛練したことはなかった―――。
そう思うと、ここで真面目に取り組んでいる自分が何となくおかしかった。
「ああ、もう動けないです……」
ヴィクターは芝生の上にどさっと倒れ込む。
通り抜ける風で、汗にまみれた体が乾いてゆくのが心地よい。
「お疲れさまです―――。よくついてこれましたね。
途中から、私も楽しんで止め時を見失ってしまいました」
チェチーリアはいたずらっぽい顔で笑い、ヴィクターに水筒を差し出す。
受け取ろうとしたヴィクターは、チェチーリアのブラウスが汗で少し透けているのに気付いた。
あまり見ないように、視線を逸らし気味に水筒を受け取った。
蓋を外し、喉に水を流し込む。
「そこの小川の水です。よく冷えているでしょう?」
冷たい水は細胞の一つ一つまで染みわたり、生き返るようだった。
しばらく、広場で二人、静かに座っていた。
日は徐々に沈み、夕焼けが辺りを染める。
「―――明日。お兄様の決起集会が始まりますね」
チェチーリアはぽつりと呟く。
「何か、厳しいことを言われるかもしれません。でも―――」
ヴィクターの方に顔を向け、真剣な顔で言う。
「貴方はもう一人じゃありません。より良い未来を築くため、私と―――、私たちと、頑張っていきましょう」
明日、何が起こるのか。
頑張る、というのが具体的に何なのか、
何一つ確かなことは分からないが―――、
誰かがそばにいるということは、こんなにも心強いことだということは、初めて知ることができた。