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救い

「マズトン騎士団は、絶対的な悪でした―――。それは、まず間違いないと思います。


 しかし、だからといって裏切ってもいい、ということにはならない、と思うのです。自分が今、苦しんでいるのは……まさにそこにあります」



 ヴィクターが、たどたどしく喋るのを、チェチーリアは急かすでも茶々を入れるでもなく、ただ真剣に聞いていた。



 マズトン騎士団の横暴は、これは確実に許されるべきではないだろう。


 なので―――、本来は正規のルートで―――、つまり、中央騎士団に陳情する、という形でこの話を暴露するべきだった。仮に、オーク族に捕まる前に、これを行っていれば、心にしこりは無かっただろう。


 ―――さすがに、中央騎士団の全員までもが腐敗しているとは考えにくい。

 陳情さえ行っていれば、しかるべき処置がとられた可能性だってあったのだ。



 しかし、現実は違う。


 ヴィクターは、何かと理由をつけ、中央騎士団への陳情を行わなかった。

 曰く、異動してすぐ告発するのは間が悪い。

 曰く、告発しても信じてもらえないかもしれない。

 仮に、信じてもらえなかったら、職を失うかもしれない。それどころか、命も危ういかもしれない。


 結局、大事になりそうだから先延ばしにしていたのが現実だ。



 その結果、彼ら―――中央騎士団の預かり知らぬところで、第三者に脅されたからといって、易々と秘密を暴露したことになる。そして、それをネタに、マズトンが戦乱に陥れられようとしている。



 つまり―――、自分が行動を起こさなかったことで、無用な戦乱が起こり、多数の死傷者が出ようとしている。

 そしてこれは、全て自分の優柔不断さが―――、()()()()()()()()()()()()()



 今更ながら、事の重大さを改めて認識し、恐ろしくなってくる。


 脂汗が頬を伝い、手が震えだす。震えは瘧のように全身に広がる。



 ―――震える手を、そっと握られる。


 ふと見ると、チェチーリアが手を握ってくれていた。



「……貴方がしたことは、……いえ、()()()()()()()は、結果的に大きな戦乱をもたらすのかもしれません」


 チェチーリアは、手を握ったまま、真っすぐにヴィクターの瞳を覗き込んでいる。

 ヴィクターは、目を逸らすことができなかった。


「だけど―――、貴方は今、振り返って問題を問題と認識することができた。

 であれば、貴方はこれから、正しい道を進むことができるでしょう」



「……しかし、言い訳をして行動をしなかった、過去の罪は、どう償えば……」


 ヴィクターが俯くと、チェチーリアは少し考えて、答える。


「貴方が答えを保留し、曖昧なまま先送りにしてしまったのは―――、

 相談する人が居なかったから、かと思います。人というのは、他者との関わり合いの中でこそ、自らを反省したり、見つめなおしたりすることができると思うのです。


 ですから―――」



 チェチーリアは、少し言葉を溜めたが、凛とした言葉でヴィクターに告げた。



「これからは、()()()()()()()()()()


「え……?」



「時間を過去へ戻すことは出来ません。

 ならば、こうなってしまった以上の最善を尽くさねばなりません。


 名目だけとはいえ、”革命軍”の頭首となったのですから、恐らく、これから、いくつもの難しい判断が貴方に降りかかることでしょう」


 チェチーリアは言葉を続ける。


「―――その時、貴方が悩んだのであれば、私に相談してください。

 私は貴方の意見を聞き、共に考え、貴方の決断を肯定します」


「チェチーリア……」



 思いがけない言葉だった。

 未だかつて、ここまで親身に話してくれた人が居ただろうか?


 希薄な人間関係に慣れていた―――、慣れたと思い込もうとしていたヴィクターにとって、とても新鮮で、そして何ともむずがゆい感覚だった。



 いつの間にか、ヴィクターの手の震えも止まっていた。


「……ありがとう、ございます」


 その言葉を、なんとか捻り出した。


 チェチーリアは、微笑んで、握っていた手をそっと放した。

 空いた手は、急に体温が下がった気がした。



「私も、お役に立てましたでしょうか?」


 笑顔で尋ねるチェチーリアに対して、心から感謝した。


「ええ、本当に。ありがとうございます」



 話している間に、昼近くになったようだ。

 いつの間にか日差しは強くなり、気温は上がって来た。


「もうお昼ですね……。手合わせの前に、何か食べましょうか?この近くに、市場があるんですよ。いろんな食べ物があるんです。せっかくだから、そこに行ってみましょう」


 そう言うと、切り株からぴょん、と飛び降りて先へ歩き出した。


 少し行ったところで振り返って、笑顔でヴィクターを手招きする。



 ヴィクターは、これまで感じたことのない胸の温かさを感じて、後を追うのだった。

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