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約束

 ふと、目が覚める。どうやら酒を飲んだせいで気を失ったらしい。


 元々酒には弱い方だが、最近特に飲む機会もなかったので、酔いが急に回ったようだ。

 頭を振りつつ、上半身を起こす。



「ああ、目が覚めましたか。そこに水が置いてありますので、飲んでください」


 チェチーリアから声を掛けられる。


「あ、どうも、ありがとうございます」


 礼を言って水に口をつける。ぼやけた頭に冷涼な水が心地いい。

 酔いが回るのも早いが、その分、量は飲んでいないので回復するのも早いのだ。


 水差しの水を飲み干し、一息つく。

 チェチーリアに感謝の意を伝えようとしたが、彼女の横顔を見て、声を掛けるのを躊躇った。



 視線は伏し気味で、物憂げな表情をしていた。松明が深く影を作っている。

 ゆったりとした動作で、ゴブレットを口へ運ぶ―――。


 恐らくその中には、まだギラース酒が入っているのだろう。

 特有の甘く、爽やかな香りが漂ってくる。


 チェチーリアがいつから飲んでいるのかは分からないが、憂鬱な顔で黙々と飲むのもあまり良くないだろう、と思い直して声を掛ける。



「そのギラース酒……お好きなんですか?」


 ザンヴィルが好みだ、とは言っていたが、あえて話題作りのために問いかけた。


「あ、ええ……。お酒にする前の果物から好きなんです。実が、小さくてきれいで可愛くて……甘さも甘すぎないし、お酒にしても爽やかな感じが残るのが良いと思います」


 チェチーリアはそう言って微笑んだが、やはりどことなく覇気がない。



 これ以上無神経に突っ込んで聞くべきかどうか迷ったが―――、

 何となく放っておけない気持ちが沸いてきて、結局直接聞いてみることにした。



「えっと……さっきから、どうも元気がないみたいですけど……どうかしましたか?」



 ヴィクターは、幼い頃から、こういった時の機転や気遣いというものが苦手だった。

 気配りが上手い人ならば、もう少し自然に聞けたのかな、と思った。



「あ、ええ……そう見えましたか?すみません……」


 チェチーリアは謝り、少しばかり首を傾げて考えていたが、少しづつ話し出す。


 酒の力もあるだろう。普段ならば、ヒト族の余所者である自分には弱音など吐かないはずだ。



「そう……ですね。私達一族のことについて考えていました。ちょっと思うところが出てきてしまって……」



 ヴィクターは頷き、チェチーリアが続きを話すのを待った。


「今まで、一族の人たちが、余所から奪ってくるのを、余所を襲撃することを、特に何とも思っていませんでした。私たちにとって、襲撃と略奪は日常だったのです。しかし―――」


 チェチーリアは、小さく息を吐き出し、ゴブレットの中の液体を見つめる。


「恥ずかしながら、テレサさんが仰っていることで、初めて気付きました。

 襲撃され、略奪された人々にも暮らしが、日常があったことを―――」


 俯いて、ぽつりぽつりと続ける。


「私たちは、略奪し、傷つけた人々の上に生きている―――とても罪深い存在なのではないか?

 そう考え出すと、なんとも自分が恥ずかしく、やりきれない思いになったのです」


 そう言うと、また伏し目がちになり、ギラース酒に口をつけた。



 しばらくの間沈黙が続く。


 ヴィクターは、言葉を選びつつ、口を開く。


「仕方がありません。そこに産まれた以上、それが自然だったのだから―――

 虎は人を喰い、人も家畜を屠殺します。まあ、やられた方は堪ったものではないでしょうが。


 それに―――、ザンヴィルさんも今回の戦闘では略奪はしないと明言して下さっていました。

 これから、変わることは出来るはずです」



「そうですね……。これから、変わる……」


 チェチーリアは、ゴブレットを両手で包み、息をついた。



 また、沈黙が訪れる。



 チェチーリアは、何事かを考えつつ、ゴブレットを傾けている。

 思考の海に浸かっているので気づいていないのか、もうそこそこの酒量のはずだ。


 そろそろ飲酒をやめさせるためにも、適当な話をして切り上げさせよう、と思った。

 ヴィクターは、何か話題がないかと、部屋の中を見渡す―――


 ふと、チェチーリアの腰ベルトに骨の飾りがあるのに気が付いた。



「その、腰の骨の飾り?ですか?なんか良いですね」


 我ながら意味不明な話のフリに辟易した。それがなんだというのだ。


「ん?これですか?自分一人で初めて獲物を仕留めたときの骨なんですよ」


 と言って微笑む。


 エピソード付きの代物だったようだ。ご都合主義のような気もしないでもないが、幸いなので話を聞くことにした。


「15のころ、棍棒一本で猪と戦い、倒したのです。

 オーク族でも、私くらいの年で猪を倒せるのは多くないはずです」



 その顔は誇らしげだった。


 しかし、そこでヴィクターの方に近寄ってきて、ぐっと睨む。



 急に近づかれて睨まれたのでぎょっとした。


 近くで見るとチェチーリアの顔は赤くなっており、酔いが意外と進んでいるのが分かった。室内は松明の明かりであったので、顔色については遠くではよく分からなかったのだ。



「しかるに、ヴィクターさんはどうなのですか?ここで”革命軍”の頭首となった訳ですが……、実力はおありなのですか?」


「じ、実力?えーと、実戦についてはあまり自信はないかもしれませんね」


「それではいけません!」



 さらにずいっと近づいてきた。



「いいですか。名目とは言え頭首となったのです。多少の実力がないと、オーク族には舐められてしまいます!私が、ヴィクターさんの実力を見てみます……。勝負をしましょう!」


「へ?勝負ですか?」


「ええ、私が勝ったら、言うことを聞いてもらいます!」



 何がどうなってそういう結論になるのかは分からないが、酔っ払いに正論が通らないことは確かだ。



「わ、分かりました。では、ちょっと今日はもう寝ましょうか。お疲れのようですし……」


「ん?いえ、私は、別に……まだ……」



 そうは言うが、目の焦点はぼやけており、瞼はとろんとしてきている。

 いろいろと考えて、気疲れもしたのだろう。


「また明日、お手合わせをお願いします。おやすみなさい」


 優しく告げ、寝台へそっと促した。

 実際に眠くなってきたのだろう、チェチーリアは特に抵抗することなく寝台へ寝転んだ。



 しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 願わくばいい夢がみれますように。





「……それはいいけど、俺はどこで寝ればいいんだ?」


 ヴィクターは呟く。

 客室へは寝台が1つしかなく、それはチェチーリアが使っている。




 結局、尋問室へ戻り、落ちている鞭を丸めて枕にして眠ることにした。


 すごいごつごつしていて寝づらかった。

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