辺境都市での初出勤
安普請の寮の窓から光が差す―――
ヴィクターは目を擦り、ベッドから這い出した。
見知らぬ土地で寝つきは悪かったが、何とか時間に起きることができた。
持ってきた干し肉を齧り、ぐっと伸びをする。この辺りで買い物ができるところを探しておかないといけないな、と思う。
身支度を済ませ、改めてマズトン騎士団詰所の前に立つ。昨日は夕闇であまり気にならなかったが、日の元で見ると、外壁の漆喰は剥がれ、蔦が絡みつき、お世辞にも清潔とは言い難いものだった。
「おはようございます。中央都市より異動してまいりましたヴィクターです……本日よりよろしくお願いします」
多少の緊張と共に、再度扉を開き、挨拶をした。
昨日のダドリーが、気さくに手を上げ、挨拶を返してくれた。
「よお、ヴィクター。上級騎士様はまだ出勤してねえぜ。
お前の机はそこの端っこだ―――適当に荷物でも片して待ってるんだな」
「あ、ありがとうございます。」
そこそこ広いフロアには、30ほどの事務机が整然と並んでいた。
日が昇って間もない今は、その席は半分も埋まっていない。
中央都市での騎士団詰所では、この時間帯ならほぼ全員揃っていたものだが……と訝しくも感じたが、交代制か何かかもしれないと思い、特に何も言わずに指定された席に着いた。
担いでいた荷物を仕舞うため、机の引き出しを開けると、得体の知れない小さい麻袋が転がり出てきた。
「うわ!?……あの、すいません、ダドリーさん……机の引き出しから、こんなものが……」
「ん……?ああ、これか。気にするな」
ヴィクターが差し出した麻袋を受け取ると、ダドリーは自分の懐に捻じ込んだ。
一体何かを聞くのも憚られたので、ヴィクターは黙っていた。
それからしばらくして、ぽつぽつと他の騎士たちも詰所へ集まり始めた。
どうやら亜人騎士の割合が高いようだ。
これも辺境都市という都市柄なのだろうか……
その同僚となる騎士たちから、無遠慮にじろじろと眺められ、どうにも居心地が悪かった。
そして昼前。
立派な山羊髭を蓄えた痩せぎすの男が詰所へ現れた。
男は大儀そうに上級騎士の机へ座った。
つまりこの方が―――上級騎士のジェリコー氏なのだろう。
ヴィクターは慌てて机から立ち上がり、男の前に向かう。
「上級騎士のジェリコー様でいらっしゃいますでしょうか……私は、中央都市より異動を仕りましたヴィクターと申します。本来は昨日こちらへ窺ったのですが、ご不在でしたので、本日改めて参上した次第で……」
ヴィクターが挨拶を捲し立てていると、ジェリコーはうるさそうに手を振って答えた。
「ああ、分かった分かった。二日酔いで頭が痛いんだ……ああ、そうだな。おい、バカン」
ジェリコーは傍らに座っていた男を呼んだ。
「あー、悪いが、この新人を教育してやってくれ……俺は少し、この後も会議があるから中座する。悪いな」
バガンと呼ばれた男の肩を叩くと、ジェリコーはさっさと去っていった。
「は、はあ……あの、ジェリコー上級騎士は、やはりお忙しい方なのですね」
バガンにそう聞いてみるが、
「本当にそう思うか?ロクな会議じゃねえだろうがな……さて、新人。お前はここに来る前は、何の仕事をしていたんだ?」
「あ、ええ、そうですね……あの、どちらかというと、後方支援というか、事務仕事というか、何かそんなことが多かったです」
「あそう、ふーん」
自分で聞いておきながら、バガンは詰まらなさそうに相槌を打つ。
「まあ、ここに来たからには、今までとは一味違った生活にはなるだろうよ―――とりあえず昼飯でも行って、親睦を深めるとするか」
そう言い、立ち上がるバガン。立ち上がると、その体躯は思っているよりがっしりしていることが分かった。最初見て高いと思った、ダドリーよりさらに一回り大きいだろうか。
「どうした?ぼーっとしてるんじゃねえ、行くぞ」
「あ、承知しました」
ヴィクターは慌てて外套を掴んで立ち上がる。
既に詰所を出たバガンの後を追った。