”革命軍”頭首
「な、なんや兄ちゃん、転勤してきたって、騎士やったんか!?」
見覚えのある、ハーフゴブリンの女性が、目前にいた。
大きな瞳が、驚愕に見開いていた。
「え……?あ、テス……さんですか?」
予想もしていなかった人物が目の前に現れ、ヴィクターは混乱する。
早朝、地下牢から出されたヴィクターは、尋問室に座らされていた。
早速尋問されるのかと思いきや、人を待つとのことで、しばらく放置されていたのだが……。
「んん?テス?何のことか説明してもらいましょうか?」
いまいち事情が呑み込めていないザンヴィルが、二人の方を向いて促した。
「あ、ああ……テス、っちゅうのは、私、テレサの愛称や。
この兄ちゃんはな、わりに最近マズトンの方に転勤してきたってことで、うちがマズトンについて色々教えたったことがあるんやが……、まさか、こんなとこで再会するとはな……」
「は、はい。その通りです。その時は、仕事については、その、隠していましたから……治安の悪いと聞いていた都市で、騎士だ、と明かしたら、危険な目に会う気がしまして……」
「へえ。運命の再開って訳だ……。まさか、仕組んだわけではありますまいな?」
ザンヴィルが鋭い目つきでテレサを見つめる。
「何を言うとるんや。拉致したんはあんたらオーク族やろ……っと、口が悪くなりました。申し訳ありません」
テレサは慌てて言葉遣いを標準語に戻す。
「ふむ、そうか……エギンの報告によると、この騎士を拉致したのに意図はない、とのことだから、まあ偶然なんだろうな」
ザンヴィルは頷き、一応納得したようだった。
「いや、しかしな?」
と、ザンヴィルは片眉を吊り上げる。
「テレサ女史の話が本当なら、お前は転勤してきたばかりってことだろう?ってことは、マズトン騎士団の悪事やら証拠について、本当に無知な可能性もあるな……これは、ハズレを引いてしまったということか……?」
苛立たし気に足を揺らす。
ヴィクターは、それに対し、意を決して答えた。
「いえ……騎士団の悪事について、全てではありませんが、多くの実例や証拠を確認しております。それを……白状しようと思います」
ザンヴィルが勢いよくこちらを振り返る。
「なに?急に吐くつもりになったのか?どういう風の吹き回しだ?」
「ええ……昨日、よく考えたのですが、確かに、私の身柄が騎士団にあるのならば、私はしらばっくれ続けたと思います。
しかし……敵地のど真ん中にいる以上、騎士団の悪事を守り続け、無為に殺される意味もないと判断しました」
「ふむ、良い判断だ。これ以上鞭打ちの口実が無くなったのは残念だがな」
そう言うと、ザンヴィルは凄絶に笑う。
冗談になっていない。そもそも冗談ではないのかもしれないが。
「そうか……では、是非話してくれ。具体的な実例や、証拠とは何か、とかをな。よろしくやで」
テレサは、笑顔でヴィクターに告げる。
こんな場面で何だが、知り合いと思いがけないところで再開すると、何となく気持ちが浮き立つものだ。こちらの意図通り、素直に動いてくれるなら尚更だ。
「はい、そうですね―――」
ヴィクターは唇を舐め、詳細を思い出しつつ、一つ一つ、今までの出来事を述べていった。
ヴィクターが勤務してからだけでも、不正収賄、公文書偽造・捏造、薬物流通・密輸・精製、不正経理に公金横領など、その実例は枚挙に暇がないほどだった。また、その証拠である裏帳簿や密書についても、詰所内で確認したことを告げた。
一通り喋り終えると、ほう、とため息をつく。
「これで、ひとまず以上です」
黙って聞いていた一同は、眉間に皺を刻み、しばらく黙りこくっていた。
テレサが、重々しく口を開く。
顔には薄く汗が浮いていた。
「……想像はしとったが、それ以上に、マズトン騎士団は腐敗しきっとるな。騎士団とは名ばかりの犯罪の総合商社やで……これは、”革命”として、十二分な大義名分になるはずや」
ザンヴィルも、それにつられ頷く。
「普段、俺らは、正義やらなんやらってのは気にしないんだが、それにしても……ぞっとしねえ話だ」
「ああ、せやな……しかし、ここまで腐り切っとると、タダではやられてくれへんで。恐らく全力で抵抗してくるはずや。これは簡単な話とちゃうやろな……」
テレサは目を閉じて天を仰ぐ。
「まあしかし、これで面白い火種を手に入れることができたわけだ……。この情報でもって、早速”革命軍”をぶち上げて、カチコミと洒落込もうじゃねえか」
ザンヴィルが不敵に笑う。
「えーと、その、”革命軍”って、なんですか?」
傍で聞いていたヴィクターは、恐る恐る尋ねる。
「ん?ああそうか。お前には言っていなかったな。これから、お前がマスコットになる軍の名前だ」
「ま、マスコット……ですか?」
「ああ、お前はこれから”革命軍”頭首だ。誇っていいぜ」
ヴィクターは愕然とする。
尋問室の椅子に手足を縛り付けられたまま、”革命軍”頭首・ヴィクターが誕生したのだった。