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オークの姫との邂逅

 ヴィクターは、痛みで呻く。

 鞭で裂けた皮膚に、薬草の汁を擦りこめられているのだが、これが中々沁みる。


 しかし、気を使って手当をしてくれたのだろう。沁みたのは沁みたが、直接的な痛みはあまりなかった。


「よし……。これで、軟膏を塗って、包帯で軽く養生するぞ」



 手当をしてくれた女オークが、さらに治療の準備をしている。



 離れた位置にいるときは分からなかったが、思った以上に若いようだ。

 背が高く、スタイルがよかったので、てっきり大人かと思ったのだが、顔を見るとまだあどけなさを残している。


 目鼻立ちははっきりしているが、特にそのくりくりとした目は、凛々しさの中にも小動物的な可愛らしさがあって印象的だ。


 肩まではあるだろう黒髪を、後ろにまとめて一つにしており、それが活発な印象を強くする。



 ヴィクターが、女オークを観察している間にも、てきぱきと要領よく治療を進めてゆく。

 間もなく、傷口は包帯で覆われた。


「よし!……こんなもんでいいだろう」


 女オークは、腰に手を当て、自分が巻いた包帯を確認する。

 納得のいく出来栄えだったらしく、満足げに頷いた。


「あ、ありがとうございます」


 ヴィクターはとりあえず頭を下げる。

 そもそも、鞭で殴って来たのは相手側なので、礼をするというのは変な気もするのだが、このまま放置されるよりは百倍マシなのは確かだ。


「まあ、貴方も貴重な駒―――あ、いや、何でもない。まあ、とりあえず、大事にしておくことだな」


 女オークは、そういうと、地下牢から出てゆく―――という訳でもなく、地下牢に留まったまま、こちらをじっと見つめていた。


「あ、えーと、何か、他にありますか?」


 真っすぐな視線に少々たじろぐ。

 彼女の澄んだ瞳で見つめられると、後ろめたい気持ちがもたげてくる。


「え?あ、うーん……そういうわけでもないが……あ!そう、何か、貴方は聞きたいことはないか?いきなりこんなところに連れてこられて殴られて、色々と気になることもあると思うが……

 できる範囲で答えよう」



 渡りに船だ。現状を整理するためにも、ぜひ質問をさせてもらうことにした。



「そうですか……ありがとうございます。では……えーと、まず、貴女の名前は?」

「ん?私の名前?……そう言えば、自己紹介もまだだったな……

 私はチェチーリアという。貴方は何というのだ?」

「チェチーリアさんですか。私はヴィクターといいます」


 ヴィクターは軽く頭を下げる。

 動くと傷口が痛んだ。


 ヴィクター、ね……とチェチーリアは口の中で何度か呟いていた。


「それで、ここは何処なのでしょうか?私を尋問したオークは何者なのでしょうか?そもそも、私はなぜ、拉致されたのでしょうか?」

「ふむ……そうだな……」


 チェチーリアは、宙を睨み、しばらく考えていた。

 恐らく、話して良いことと、話してはいけないことを吟味していたのだろう。

 考えがまとまったのか、ヴィクターに向き直り、話し始めた。



「まず、ここは、オーク族、オークの中でもメラムトと呼ばれる一族の領土内だ。

 そして、貴方を拉致したのは、私の兄である、ザンヴィルだ。

 兄の目的は―――尋問の時にも触れていたと思うが―――、貴方が持つ情報、マズトン騎士団に関する不正の情報、だな」

「マズトン騎士団の、不正についてですか……」


 ヴィクターは下を向き、唇を噛む。やはり、都市の外にまで、マズトン騎士団の悪名は広がってきているのだ。それなのに、俺は一体何をしていたのだろう……

 遣る瀬無い思いが満ちる。


「それで、不正を確認して、どうしようというのでしょうか?それに一枚噛みたい、とか、薬の出どころを略奪しに行く、とかを目論んでいる、とか?」


 ヴィクターは、聞いておいてしまった、と思った。あまりにも直球過ぎたかもしれない。

 案の定、チェチーリアは、すげない態度で返す。


「それは、貴方の知る必要はない、と言うところだが……

 悪いことにはならん。それは―――間違いないはずだ」


 チェチーリアは、はっきりと言い切った。


「それに……」



 ちら、とヴィクターの包帯を見る。


「お兄様は―――、兄は、貴方が口を割らぬ限り、本当に拷問を激しくしてゆくだろう。

 死にたくなければ、早いうちに知っている情報を話した方が良い」


「……なるほど。ご助言、ありがとうございます」


 ヴィクターは、チェチーリアが脅す為にそう言ったのかと思ったが、自分の方を見た視線には、僅かに気遣わしげな―――、こちらを案ずる気持ちがあったような気がして、素直に礼を言った。


「うむ……。他には何かないか?」


 そう聞かれるが、今のところ思いつかない。


 答えてくれたことに礼を言い、地面に座り込んだ。正直、疲労が限界であったので、倒れ込みそうではあったのだが、傷のこともあったので、そっと座るにとどまった。



 そんなヴィクターを、チェチーリアは心配そうに見つめる。


「食事は後で運んでくるが、豆のスープだけにしておこうか……。疲れているだろうが、体力と怪我の回復のために、食べておいた方がいいぞ。ああ、後は寝床だが……その傷では寝るのも一苦労だろう。柔らか目の寝具を持ってくるとしよう。待っていろよ」


 そう言うと、駆け足気味に地下牢を出て行った。

 その際に、檻の外から水差しを持ってきて、ヴィクターに渡してくれた。



 何か入っているのではないか―――と疑う間もなく、水を飲み干す。

 口の中の傷に沁みたが、それ以上に喉に染み入る。


 ほっ、と息を吐く。

 喉が潤い、一応、人心地ついてきた。


 ヴィクターは、迫りくる明日について、漠然と考えた。


 マズトン騎士団の汚職について、もう、こうなれば話すべきだろう。

 多少の事ならしらばっくれたかもしれないが、殺されるかもしれない、という状況だ。

 汚職騎士団の秘密を守って死ぬなんていうのはあまりにも馬鹿らしい。



 明日、ザンヴィルに、全てをぶちまける―――。その覚悟をした。


 と、地下牢の外から、香ばしいスープの香りが漂ってきた。

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