尋問
その後、5回続けて鞭で打たれた。
生まれて初めての鞭打ちだったが、想像以上に苦痛だった。
一打毎に肉が千切れる感触がする。打たれた箇所が、線状に火が付いたような錯覚を覚える。
引き攣った傷口から血が滲む。激痛で歯を食いしばる。口の中を噛んでしまったようで、口の端から血が垂れた。
「ふっ、鞭で打たれたのは初めてか?中々効くだろう―――」
ザンヴィルは、目を輝かせている。
さらに、鞭を持ったオークを促す。合図を受け取ったオークは、頷いて、鞭を振り上げる―――
しかし、その鞭を女オークが制する。
「待って下さい―――お兄様。この騎士には、協力してもらわなければならないのでは?
ここで殺してしまっては、計画倒れになってしまうと思いますが」
「ん……、まあ、殺すつもりはなかったが、確かに。痛めつけすぎると、都合が悪いかもしれんな……。
よし、今日はこんなところで勘弁しといてやるか。だが、覚えておけよ。貴様がマズトン騎士団について口を割らなければ、徐々に手酷く扱わなければならなくなる。死にたくなければ、さっさと吐くことだな」
ザンヴィルは楽しそうに笑うと、立ち上がる。
「ああ、チェチーリア。こいつを地下牢にぶち込んでおいてくれ。死なないように適当に世話を頼む。明日も早朝から尋問を行うからな」
そう言うと、鞭を置いたオークを伴い、部屋から出る。
ザンヴィルは、随伴したオークへ向かい、指示を出す。
「ああ、そう言えば、拉致が無事終わったことを”融解連盟”に伝えなきゃならん。
先方―――テレサ女史に連絡を送ってくれ。”革命”の引き金を手に入れた、とな」
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チェチーリアは、ザンヴィルが出て行った扉を見つめ、溜息をそっとついた。
兄は、優秀なオークではあるのだが、少々陰湿で残虐なきらいがある。
それは、指導者として、必要な素質なのかもしれないが―――、と思う。
やはり、自分とは反りが合わないと思う部分があるのも事実だ。
騎士が縛られている椅子をそっと見る。
彼は、血に染まった肌着で、重い息をついている。
別に致命傷という訳でもないが、消毒をしておいた方が良いのは確実だろう。
彼を地下牢に運ぶため、椅子に近づく。
鞭で打たれて消耗しているし、仮に反撃されたところで、手負いのヒト一人に後れを取るはずもない。だが、少しは用心して、声を掛ける。
「おい……、生きているか。返事はできるか?」
「え?……ええ、はい、何とか……」
騎士は弱々しく返事をする。
「よし、戒めを解いてやる。地下牢へ行くぞ」
チェチーリアは、騎士の足元へ屈み、足の縄を解く。
次いで、手縄を解いた。
反撃されるかと少し身構えたが、もうその気力も残っていないようだ。
ほっとしたが、その一方、ヒトの騎士とはこんな貧弱なのかと失望する気持ちもあった。
背中をせっつき、騎士を先に歩かせる。
動くと、傷が引き攣れて痛むのだろう。少し歩くごとに、顔を顰めていた。
しばらく進み、地下牢に到達する。
木枠で作られた簡易なものだが、牢の出入り口には戦士が見張っているので、そうそう逃げることもできないだろう。
騎士を牢の中に入れると、逃げるなと念を押し、薬草を取りに戻る。
薬棚から、傷口に効く薬草と、化膿止めの軟膏を選ぶ。
地下牢に戻ると、果たして騎士は同じ場所に立ち尽くしていた。
まあ、下手に動くと傷口が痛むので、動けない、が正解だろうが。
「さあ、傷を治療するぞ。大したことはないだろうが、ヒトはオークに比べ軟弱だそうだからな。傷口を見せてみろ」
チェチーリアはそう言うと、騎士の血を吸った肌着を脱がせる。
彼は少し戸惑ったようだが、大人しく従った。
「さあ、少し沁みるが、我慢しろ」
薬草をすり潰した汁を、傷口に擦り込む。
騎士は、小さく叫び声を上げた。
「全く……そんなことでよく騎士が務まったものだな?ヒトとはそんなものなのか?」
チェチーリアは首を傾げる。
彼女は皮肉で言ったのでなく、実際に、他種族に関する知識はほぼ皆無であった。
生まれてこのかた、オーク族の集落の中で過ごし、言わば箱入り娘状態であったのだ。それも無理もない話かもしれない。
話で聞いていた騎士とは、超人的な能力で民を守護する存在だったはずだった。
しかし、目の前にいる騎士は、どう見ても、自分より貧弱なようにしか見えない。
チェチーリアは、少しこの騎士に対して興味がわいてきた。
ストイックに鍛練し、自らを律しているとは言え、実質はただの年頃の少女である。
未知のモノに対する好奇心は、他に劣るものではなかった。
そうだ、とチェチーリアは思う。
どうせお兄様が尋問するんだし、私も少しこの騎士に話を聞いてみよう。
何かめぼしい話を聞き出せたら、大金星だ。
内心、わくわくしながら、努めてそれを顔に出さないように、騎士へ話しかけた。




