歓迎
いきなり、水をぶっかけられる。
朦朧とした意識が、無理やり現実に引き戻された。
ヴィクターは、まだ覚束ない頭で、周囲を窺う。
彼の周囲には、数人のオークが居た。
正面に立っているオークが、ヴィクターに水をかけたようだ。空になった桶を片手に下げ、こちらを無表情に見つめている。
その少し奥に、やけに貫禄のあるオークが座っている。その横には、凛々しい顔立ちの女オークが控えていた。
身じろぎをするが、手足は、座っている椅子に縛り付けられており、動けない。
服は、粗末な肌着一枚になっていた。
ヴィクターが意識を取り戻したことを認め、貫禄のあるオークが口を開く。
「やあ、目が覚めたかね。私はザンヴィルという。まずは手荒な歓迎となってしまったことを詫びよう……。君はマズトン騎士の一員だな?」
「……ええ、そうですが、なぜ、こんなことを?」
しらばっくれても仕方ない。
ヴィクターは素直に認める。
「ああ、聞きたいことがあってな。……君たち、マズトン騎士団が、不正に手を染めている、ということを聞いたんだ。その真偽を教えてほしい、と思ってね」
ザンヴィルは、いきなり核心を突いてきた。
ヴィクターは狼狽える。
「な、なぜそれを……いや、まあ、周知の事実のようなものですね」
自嘲気味に笑う。
それはそうだ。あれだけ派手に犯罪行為を行っているのに、ばれていないはずがないのだ。
「ふむ。それでは、認めるんだな?マズトン騎士団が、不正を行う犯罪組織であるということを?」
ザンヴィルが鋭い視線で問う―――
ヴィクターは硬直する。
ここで不正を認めるということは、不正を行っている、という、あくまで推測、噂に、”マズトン騎士団所属の現役騎士のお墨付き”を与えることになる。
それは、マズトン騎士団側としては、許されざる行為だ。造反、反逆に他ならない。
不正を行っている、と、他組織に暴露した騎士を、マズトン騎士団は赦すだろうか?
否。決して裏切り者は赦されないだろう。追放されるだけなら御の字で、始末される可能性すらある。
そこに考えがいたると、ヴィクターは慌てて口を噤む。
「い、いや……私は……分かりません。分かっていたとしても……言えません」
「ふむ?それは……どういうことかな?何か不正を行っているにも関わらず、組織を守るために口を噤む……ということか?それとも―――」
と、ザンヴィルは、蔑むように言う。
「組織を守る、どころか、自分の保身のために黙っている、ということか?
貴様のような騎士は―――騎士失格だと思うがな」
「ぐっ……」
ヴィクターは唇を噛んで俯いた。
法や正義を守るために騎士になった―――という訳でもないのだが、それでも、働きだした頃は、国や民のために働こう、と前向きに考えていたはずだった。
それが―――今や犯罪組織と化したマズトン騎士団の使い走りとして働き、また、ここに及んで、マズトン騎士団を守るような選択をしている。
そのことが、嫌に恥ずかしいことのように思えた。
だがしかし、それでも、とヴィクターは思う。
生きていくためには仕方がないことだ。
人は、どこかの組織に所属しないことには、生きてゆけない。
また、組織に所属する以上、そこの掟を守らなければ、一員とはなれない。
事あるごとに裏切り、告げ口をするような者と、誰が共に働きたいと思うだろうか?
理想はさて置き、それが現実なのだ―――と、ヴィクターは思っている。
沈黙の時間が過ぎる。
ザンヴィルは、黙りこくるヴィクターをずっと見つめていたが、喋り出さないと見ると、口を開く。
「まあ、仕方ない。いきなり組織を売れと言っても、戸惑うのも無理はない。その気持ちも分かる……。ならば、吐くための口実をやろうではないか」
ニヤリ、と微笑む。
何かそれが、非常に邪悪のように感じ、ぞっとした。
ザンヴィルは、桶を持っていたオークに、首をしゃくる。
指図を出されたオークは、頷き、桶から鞭に持ち替える―――。
軽く振りかぶると、ヴィクターの方に振り下す。
鋭い音が空気を裂き、大きな破裂音が響く。
鞭はヴィクターの肩に食い込み、僅かな肉を削り取って弾き飛ばした。
粗末な肌着は千切れ、鮮血が散る。
「う、うあぁぁぁ!!」
激痛が走り、思わず転がろうとしたが、椅子に拘束されているため、それも叶わない。
ひたすら身を捩り、叫び声を上げるしかできなかった。
「どうだ?痛いか?早く吐いて楽になれ、ん?」
ザンヴィルの目が爛々と輝き、声は恍惚としていた。
生粋のサディストなのかもしれない。
逆に、傍らに控えている女オークは、複雑な表情でこちらを見つめていた。
開いた口から、よだれが垂れ落ちる。
激痛に、目を見開き、浅い呼吸を繰り返す。
ザンヴィルは、鞭を持ったオークに、もう一度、と手振りで示す。
頷いたオークは、ヴィクターに見せつけるように、ゆっくりと鞭を振り上げる。
冗談じゃない。こんなこと、何度も耐えられるはずがない。
さっさと吐いて、楽になってしまおうか。
マズトン騎士団の悪事は、俺がこんな目にあってまで、守るべきものなのか―――?
頭の上にまで振り上げられた鞭は、再び振り下ろされる。
風切り音が無常に響く。