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暗雲

 マズトン騎士団の会議室では、お決まりとなった会議が、漫然と進められていた。

 今日も天気は快晴で、雲一つない青空だ。


 主な商売敵の”融解連盟”が大人しいのだから、差し迫って相談すべきこともなかった。

 室内では、数人、舟を漕いでいる者さえいた。


 上級騎士・ジェリコーも、欠伸を噛み殺しつつ言う。

「あふ……、これだけヒマなら、会議の回数を減らしてもいいかもしれませんな……」



 会議室の中がだらけた雰囲気で弛緩していた……、その時。



 会議室の扉が開き、”窮者の腕”の幹部が入ってくる。

 そのまま、代表者・アセナの元へ行くと、耳打ちをする。


 その報告を聞いたアセナは、顔を僅かに顰めた。



 ダドリーがそれに気づく。

「どうしたんですかな?顔を顰めたりなさって。美しい顔が台無しですぜ」


 おどけて肩を竦めて見せるが、誰も笑うものはいなかった。



 アセナは、どう伝えるべきか一瞬悩んでいたようだったが、苦虫を噛み潰したように話し始めた。


「……我々が輸送していた貨物が、何者かにより襲撃され、奪われたようです」



 がたがたっ。誰かが椅子を引く。やおら立ち上がる。

 室内は急に剣呑さを帯び始める。



「襲撃……?どういうことだ、貨物は無事なのか?輸送していた人員は?詳細は分かっているのですか?」


 ジェリコーは、勢い込んでアセナに問い寄る。


「落ち着いてください。……私も今ここで聞いたばかりなのですから。

 さあ、話しなさい」


 傍らの、先ほど報告を行った幹部を促す。

 それは、目つきの悪いコボルトの青年だった。


「は、はい。では、代表、及び騎士団の皆様に、ご報告させていただきます。

 ……一昨日の夜、野営中の商隊が何者かによって襲撃され、荷物を丸ごと奪われました。

 人的被害は、騎士団1名死亡、1名行方不明。”窮者の腕”4名死亡です」


「な、なに!?荷物を奪われた上に、そんなに死んだのか!?死んだのは誰だ!?行方不明は誰だ?生きて戻ってきやがった奴は、どの面下げて戻って来たってんだ!?」


 ジェリコーは激高して、幹部のコボルトに詰め寄る。

 アセナは窘めるように口を挟む。


「まあ、その戻ってきた奴のお陰で状況が分かるんですから、今言うべきことでは無いでしょう……。被害者の名前は分かるの?」


「は、はい。死亡した騎士は、バジルさんで、行方不明になったのは、ヴィクターさん……ということでした」


「ちっ……、中央から来た雑魚はどうでもいいとして、バジルが死んだのか……痛いな」


 ジェリコーは忌々しげに呟くと、爪を噛む。

 バガンが言葉を継いで問いかける。


「それで?誰に襲われたか、見当はつくか?正直、このマズトン近辺で、我々に盾突くなんて、正気じゃないと思うが……。

 マズトン騎士団と”窮者の腕”の麻薬に手を出すなんて、宣戦布告と同義だ。我々のことを知らないモグリが、血迷って手を出した……とかか?」


「ええ、それですが……」


 幹部のコボルトは、ポケットから短い矢を取り出し、机の上に置いた。



「ん?なんだこの短い矢は?」


 ジェリコーが怪訝に矢を取って眺めすかす。

 その矢は、通常の矢より幾分か短く、また太かった。


「それは、襲撃現場に多数残されていたものです。

 また、遺体に刺さっていたものも、同種の矢でした。


 ―――そしてそれは、メラムトオーク族が最近使いだした、クロスボウ専用の矢に酷似しています」


「なっ―――メラムトオーク族、だと?」


 会議室内がざわめく。



 ここ、マズトンでもオーク族はそれなりに暮らしているが―――

 メラムトオーク族、彼らは通常のオークとは一味違った存在だった。


 彼らは、絶対的な酋長を据え、そこから血筋でピラミッド状に広がった支配階級を持つ一族で、最近、急激に勢力を伸ばしてきた。


 というのも、今までは、せいぜいが小さな集落を暴力で支配下に置く、くらいのやり方だったのだが、ザンヴィルというオークが中心となって、革新的に新兵器であるクロスボウの採用や、積極的な侵略を開始し始めたのだ。



「―――なるほど。メラムトオーク族が、我々に目を付けた、ということか……。

 舐められたもんだな。いくら強力であろうと、我々騎士団と”窮者の腕”に掛かれば壊滅は容易いだろう。メラムトオーク族は、どれくらいの兵力を持っているのだ?」


 アセナが答える。


「おそらく、2万人に届くかどうか、ってところでしょうね。

 けど、一人一人が強力な戦士だから、まともに戦うと相当苦労すると思うわよ」


「ふん。それはどうか知らんが、攻められたまま黙っていては、舐められる一方だ。どちらにせよ、叩いておかねば安心して過ごせんからな……」


 マズトン騎士団の面々は、メラムトオーク族への対応について、侃々諤々と議論を始める。



 しかしそこで、アセナは考え込んだ。

 メラムトオーク族は、侵略、制圧には並々ならぬ意欲を抱いているようだが―――



 ”麻薬取引”には、いまだかつて絡んだ、絡もうとしたことはないはずだ。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 アセナは言いようのない不安を感じる。


 ひょっとして、私たちは何か、大きな渦に巻き込まれようとしているのではないか。


 ふと窓の外を見る。



 いつの間にか、太陽は雲に覆われようとしていた。

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