オークと”融解連盟”の接触
テレサは外套のフードを目深に被り、表通りを行く人々を眺めていた。
この昼間の雑踏は好きだ。まさに、町自体が生きていると思える。
普段、金勘定や血腥い話ばかりしていることもあり、たまにこういう自由な時間をとって、心を落ち着かせるようにしている。そもそもが、こういう犯罪崩れのようなことは好みではないのだ。
この都市に生まれ、両親も分からないまま、弟と共にただひたすら毎日を生きてきただけだったが、いつの間にか、犯罪組織の代表ともいえる立場になってしまった。
ロマンチックな出来事などなく、正義の味方に討伐されることもなく、ひとまず今のところ生きている。それはとても幸せなことだろうし、ある意味では不幸なのかもしれなかった。
ひとしきり雑踏を眺め、満足すると、ふらふらと歩きだす。ここでは、路地に並ぶ出店も結構頻繁に新しいものが出る。それらを冷やかして歩いているだけでも、そこそこ楽しいものだ。
それにしても、とテレサは思う。
色々な種族が、雑多にごった返しているマズトンだが、他の都市から、わざわざ真っ当な仕事で転勤してくるという話はあまり聞かない。
しかし、この前会った青年は、他の都市から転勤してきたという。途方に暮れて歩いていた彼の姿を思い出して、クスリと笑った。
あまり要領は良さそうには見えなかった。なぜここに転勤することになったのだろうか?
この前は、この都市のことや、この辺りのオススメの店なんかを一方的に喋ってしまっていた。
久しぶりの、「自分」の事を知らない人に出会って舞い上がっていたのだろう。
次、彼と出会った時、どう反応するだろうか?
もう「自分」の事を知ってしまっただろうか。それともまだ知らない?
ぜひとも、今度出会ったら、彼がどんな数奇な運命でこの都市に来る羽目になったのか、聞いてみたいものだ、と思った。
―――刹那、強い意志の気配を感じ、さっと振り返る。
そこには、浅葱色の外套を纏ったオークが一人立っていた。
「……”融解連盟”のテレサさんですね?初めまして―――メラムトオーク族の使いで参りました。ギュナと申します。お話したいことがあります。よろしいでしょうか?」
そのオークの瞳からは、強い意志が窺えた。
面白そうだ。
テレサは微笑み、答える。
「ええで。じゃあ、うちらのアジトに来てもらおか?」
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ひなびた喫茶店、「ジュマタノ」。
テレサが、両開きのドアを大きく開く。ドア上部のベルが涼しげな音を立てる。
「あ、姉さんお帰り……その方は、お客さん?」
弟のピエールが、カウンターから顔を出す。
「せやで……なんか適当に出したってや」
テレサは、店の奥にあるほうの机にどかっと座る。
「さ、姉ちゃんもここ座ってや。ぱっと見たところゴブリンとのハーフオークみたいやが……何しに来たんや?」
机に乗り出し、いたずらっぽい表情で尋ねた。
「ええ……端的に言いますと、私たちと手を結びませんか、ということです」
「手を結ぶ……?言っちゃなんやけど、うちらは別に現状で困っとらんからなあ」
テレサがへらっと笑うが、ギュナは言葉を返す。
「はい……確かに、今までは問題は無かったはずです。
しかし、最近はマズトン騎士団と”窮者の腕”に押されている……という話を聞きまして」
「……へぇ。調べとるんやな」
テレサは椅子に座りなおす。
確かに、今まで、このマズトンでは、3つの犯罪組織がうまいことパワーバランスを取って、三つ巴で、ある意味ではお互い睨み合うことで、不必要な衝突は少なく来ることができた。
しかし、最近では、マズトン騎士団が麻薬取引を筆頭に裏社会に進出してきた。
よりによって”窮者の腕”と手を結んで、国家権力という錦の御旗を振りかざしてやりたい放題だ。
組織間での衝突も増え、確かにこのままでは、ジリ貧であることは否めない。
ピエールが、冷えた果物のジュースを机に置く。
「さ……とりあえず飲んでや。別に変なもんは入っとらんで」
テレサはジュースに口をつける。
しかし、ギュナは手を付ける気はないようだ。まあ、当然と言えた。
「ふむ。……手を結ぶ、なあ。具体的に、うちらに何を求めて、おたくらは何をしてくれるって言うんや?」
半分程度に減ったジュースにマドラーを突っ込んで、気だるげにかき回す。
「ええ……ひとまず、私たちが求めるのは情報です」
「情報?」
「はい、このマズトンでの出来事について。ここの裏社会について……支配しようとしているマズトン騎士団、”窮者の腕”の内部事情について……です」
「はあ、なるほどねえ。そんな情報が分かるなら、うちらが教えてほしいくらいやけど……で、もし仮に、その情報を姉ちゃんたちに話せたとして……何をしてくれるんや?」
テレサの目が鋭くなる。
ギュナはそれを真正面から受け止め、静かに口を開く。
「共に、このマズトンを征服しましょう。―――そのお手伝いをいたします。」