オーク達の会議
オーク族の集落。
中心部より少し北に寄った広場で、10人程度のオークが車座になって座っていた。
その上座には、一際大きなオーク……ザンヴィルがいた。
腫れぼったい目で、一同を睥睨する。
適度な緊張が周囲に立ち込めている。
ザンヴィルが口を開く。
低く、粘ついた声が漏れる。
「さあ……マズトン地方の偵察報告を聞こうじゃないか。
エギン。頼む」
エギンと呼ばれたオークが立ち上がり、ザンヴィルに一礼してから、口を開く。
「はっ。まずは、先日ご報告した通り、マズトンは、薬……麻薬により、相当汚染されております。
相当数の一般市民が所持、使用、流通させており、一般市民と犯罪者の境界は曖昧になっていると言っていいでしょう。また、本来これを取り締まるべき騎士団ですが……」
エギンは瞳を暗く光らせ、続ける。
「騎士団が主だって、麻薬を流通させている気配すらあります。
どうやら、ゴブリンとコボルトによる犯罪組織、”窮者の腕”と結託しているようです。
また、カモフラージュ的に”窮者の腕”の下部組織員や、他の犯罪組織員を逮捕し、浄化作戦は滞りなく行っている……という体面を取り繕っているようですね」
「なるほど……結構な腐敗具合だ。突き甲斐があるってもんだな」
エギンは頷く。
「ええ。そうですね。この情報をうまく使えば、攻め込むための足掛かりにはなると思います」
「ふむ……チェチーリア。どう思う?」
ザンヴィルは、傍らに控える妹―――チェチーリアに話題を振る。
チェチーリアはしばし考え込み、慎重に口を開いた。
「そう……ですね。腐敗している、というのは分かりましたが、ではそのまま攻め込んでも、制圧までできるか、というと別問題かと思います。
私達が、今まで略奪してきた地域は、いわば集落クラスの小規模なものでしたが、マズトンとなると、流石に相手が大きすぎます。騎士団と”窮者の腕”が抵抗してくるのはもちろん、下手をしたら他の犯罪組織ともやり合わなくてはならないかもしれないので……」
「ふむ、そうすると、事前に何らかの工作をしなければならない、ということだな……うーむ。正直、今まで暴力一辺倒でやってきたからな……苦手なところではあるが……」
ザンヴィルは渋い顔で顎を撫でる。
「まあ、勢力を拡大するうえでは、避けては通れぬ道でしょう。むしろ、こういうところで経験しておくのも悪くはありますまい」
エギンの言葉に、ザンヴィルは頷く。
「それもそうだ……とすると、考えられるのは、”窮者の腕”以外の犯罪組織と結託して攻め込む、というところか?」
「そうですな。特に”融解連盟”という犯罪組織は、特に種族にこだわっていないようです。混血の割合が多いそうですが……。ここに接触し、協力を取り付けるのもありかと。ただ、リーダーが信頼できる人物かどうかの見極めは必須かと思いますが……」
「ふむ……”融解連盟”のリーダーについては調べてあるのか?」
「抜かりなく。リーダーの名は―――テレサ、と名乗るハーフゴブリンのようです」
「ハーフゴブリンか。では、こちらも同じゴブリンの血があるものを使者として送った方が良さそうだな……。よし、ギュナ」
ザンヴィルは、対面に座っているオークを指す。
そこには、オークにしては小柄な女性がいる。彼女がギュナだ。
「ゴブリンの混血であるギュナであれば、相手も親近感を抱くだろう……使者として、交渉に向かってくれるな?」
一応確認という体であったが、実際は有無を言わさぬ迫力で以ってザンヴィルが言う。
ギュナは涼しげな顔で、頷いた。
「承知いたしました。わが一族のため、使者としての使命を全うします」
「うむ、良い返事だ……、さて、そうすると、何を伝え、どうしたいか。それを詰めねばならんな」
「ええ……。ひとまず、マズトンの現状をより詳しく手に入れたいですね。やはり、外で偵察しているよりも、実際に都市内で過ごしている彼女らの方が、色々と詳しいでしょうから」
「だな。あと、こちらがマズトンへ攻め込む際、共闘してもらうことも重要だ―――まあ、これは信頼を深めてからでもいいか」
その後も会議は続き、その結果、ギュナをマズトンの”融解連盟”へ送り込み、コンタクトを取ることで決定した。
早速、ギュナは目立たぬよう、旅人風の外套を羽織り、出立することとなった。
当然、一人で向かい、仮に消息を絶つことになってはならないから、数人の隠密が彼女についてゆくことになっている。
ザンヴィル達は、出発したギュナを見守る。
「……ギュナは無事、話をまとめてくることができると思うか?」
ギュナが見えなくなってから、ザンヴィルがエギンに聞く。
「ええ、恐らくは。どうやら、騎士団と”融解連盟”は犬猿の仲のようですから。無下にされることはないでしょう。……まあ、ギュナと隠密が揃っている時点で、不測の事態が起こることもないでしょうが」
ギュナは、小柄な体躯の割に、それを生かした機動力で、大人数人を一方的に薙ぎ倒す実力を持っていた。
ザンヴィルは、黙っているチェチーリアにも声を掛けた。
「まあ、そういう訳だ。ギュナが帰るのを楽しみに待とうじゃないか。な?」
「ええ、お兄様。ギュナならやり遂げてくれると、信じております」
チェチーリアとギュナは、年頃が近いこともあり、仲が良かった。
それだけに、今回の交渉には、不安を感じずにはいられない。
自分が力になれないことが、とても残念に思った。




