密輸貨物の行き先
幌馬車は順調に進む。
暖かな日差しが辺りを照らし、一定のリズムで揺れる馬車が心地よい。
ケインが、パンをぱくつきながらヴィクターに言う。
「一応道を覚えておけよ。その内お前主導で行ってもらうこともあるかも知れんからな」
「はぁ……。ところで、この馬車は、どこへ向かっているんですか?」
「ああ……そうだな。中央都市。フォルデンバングだ」
ケインが、いたずらっ子のように、楽しそうに目を細めて笑う。
ヴィクターはぎょっとした。
自分が中央都市の騎士団に勤めていたころ、麻薬の取引が徐々に増えてきた―――という話を聞いたことがあるが……まさか、このマズトン騎士団が元凶だったのだろうか?
「楽しくねえか?中央都市のふんぞり返った奴らを混乱に叩き込んでやれるなんて、こんな娯楽はそうねえぜ……って、お前は元中央都市の騎士だったか?まあ、追い出されたんだから、どうでもいいやな」
確かに、ヴィクターは中央都市の騎士団から、ほぼ左遷という形で異動をくらったが、実際に自分の能力不足があった面も否めないだろうな、と今は思っている。
何より、麻薬というものは、人の心を蝕む極めて危険なものと聞いている。
そんなものをバラ撒いて……、楽しそうに話すケインを、とても不気味に感じた。
だが、とヴィクターは疑問を挟む。
「しかし、中央都市には、厳重な検問があったはずですが……こんな穀物の間に薬を挟むなんて、子供だましのような隠し方では、見つかりそうなものですが?」
ケインは、さらに楽しそうに笑う。
「はは、その疑問ももっともだ。だがな。ヴィクター。この薬はぜってえ見つからねえよ」
「この貨物は、神によって守られているからな」
その言葉は、とても不吉な、悪意をもった言葉に感じた。
ヴィクターはたまらず、下を向いて黙り込んだ。
その後も幌馬車は順調に進む。
途中、いくつかの商隊や、旅人とすれ違ったが、誰も怪しむものはいなかった。
それどころか、ケインは道行く人々に笑顔で敬礼していた。
旅人たちも、笑顔で敬礼を返す。この幌馬車に何を積んでいるかも知らず……
1週間と少し、マズトン騎士団の幌馬車は中央都市の検問所近くまできた。
そこで、ケインは馬車を止める。
周囲を窺い、他の商隊や旅人がいないことを確認する。
「さあ、ヴィクター……ここいらで軍衣とチェーンメイルを着替えるぜ」
そう言うと、ヴィクターの方に、ごく一般的な着衣を差し出す。
「え、これは……」
「なに、騎士団の貨物が検問を通ったと履歴が残ったら面倒くさいだろう?善意の第三者って訳じゃねえが、これから俺たちはカダバー運送会社の社員ってことになる」
ケインはニヤリと笑う。
「これは”窮者の腕”がでっち上げた幽霊会社……会社としては登記されているが、実態のねえ抜け殻だ。登記上は存在しているため、検問を抜けるのに必要になる。
発起人は”窮者の腕”の雑魚の名前を使っている。これならすぐ切り捨てられるって訳だな。
さ、さっさと着替えて行くぜ」
ケインは早速着替え始めた。
ヴィクターも、忸怩たる思いのまま、着替え始めた。
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中央都市、フォルデンバングの検問所。
ここに詰めているのは、検問所職員と、国教、イラ・シムラシオン教の、武装警護教徒だ。
本来は検問所職員だけのはずなのだが、最近、麻薬の密輸が問題となっているため、教皇庁より派遣されてきたのだ。
本来ここに居た、検問所職員は、肩身の狭い思いをしている。
麻薬の密輸を、全て検問所の責任にされ、摘発が一向に進まないことを上から詰られている。
そこにきて、武装警護教徒が派遣されてきた。
彼らは高圧的で、冗談も通じない。
それに、自分たちに代わって、検問の仕事を仕切りたがる。
これで、摘発の成果が上がらないと自分たちのせいにされるのだからたまったものではない。
―――そうは言っても、これが仕事なのだ。検問所職員は、ぼーっと街道の方を眺めた。
一台の幌馬車が近づいてきた。
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馬車を認めた検問所職員が、詰所より出てきて、停車を求める。
それを見たケインは、特に慌てることもなく停車した。
「よお、検問ご苦労さん……」
「はい。えー、おたくはどなた?荷物と届け先は何ですかな?」
「ああ、カダバー運送だ。荷物は主に穀物だな。届け先はファルサス運輸。……あんたたちは最近忙しそうだな」
「んー、まあそうですなあ。不届き者が増えてますので。あと……」
検問所職員がそこまで言うと、後ろから武装警護教徒が姿を現した。
「ここも人が増えたんでね」
検問所職員は肩を竦める。
武装警護教徒が幌馬車の中を改め始める。
ケインは涼しい顔でそれを見守っている。
ヴィクターは、ここで薬物が見つかった方がいいのか、見つからなかった方がいいのか、分からなくなっていた。
ここで大騒ぎして見つかったところで、ほぼ間違いなく、罪はヴィクター一人に押し付けられて切り捨てられるだろう。そうして、真実はまた闇へと消えてゆく。
歯がゆい思いで、ヴィクターは行く末を見守っていた。
「よし、問題なし。行っていいぞ」
武装警護教徒が告げる。
「お、どうも!じゃー、皆さんお疲れっす!仕事頑張ってくださいね~」
ケインは人のよさそうな笑顔を浮かべると、幌馬車に乗り込む。
ヴィクターもそれに従い、乗り込んだ。
―――あれだけ馬車の中を確認して、問題なし?
ヴィクターの頭に疑念がよぎる。
確かに、パッと見では分からないように、穀物で覆い隠してあるが、少し真剣に探せば、薬物は普通に見つかる位置にあるはずだ。
それなのに、「問題なし」と判断する―――
ヴィクターの額に、脂汗が浮かぶ。
自分でもわからないうちに、歯がかたかたと鳴っていた。




