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神聖救護院

 中央都市、フォルデンバング。


 風光明媚なこの都市は、清潔な石造りの建物が並んでおり、住民は、笑顔で活発に毎日を過ごしている。都市中心部には見上げんばかりの王城や、思わず目を奪われる美しい建築様式の教会が建っている。


 鳥は歌い蝶は舞う、一見完璧に見えるこの都市だが、近年、その裏でじわじわと麻薬に蝕まれてきていた。

 理由については誰も分かっていない。ただ、噂として、多くの薬が辺境都市・マズトンから来ていると言われているが、まだ、その正式な調査には至っていない。



 徐々にだが、確実に増える薬物依存者に憂慮した国王は、国教でもあるイラ・シムラシオン教の教皇・ロクフイユに対策を命じた。


 当然、タダでという訳にはいかない。

 イラ・シムラシオン教は、薬物依存症患者への対応、世間への薬物危険性への啓蒙活動の推進等という名目で、多額の支援金・補助金を引き出した。

 無論、それには、元老院に潜りこんでいる司教が暗躍したことは言うまでもない。



 それを元手に、イラ・シムラシオン教は、都市郊外に、薬物依存症患者のための救護院を建てた。

 一見すると、開放感のある、周囲の景色に溶け込むような立派な建物ではあるが、実際は、非常に堅固で、内側からも外側からも容易に侵入・脱出できない作りになっている。


 救護院内部・外部には常に武装警護教徒が巡回しており、不審な人物に目を光らせている。



 救護院の中庭には、温かい日差しを浴び、くつろいでいる人が数人見られた。

 彼らはここに入院している薬物依存者だ。


 思い思いの時を過ごしていると、中庭へ修道女が現れた。

 手を叩いて周囲の注目を集める。


「さあ、皆さん。シスター・ナサニアによるお話が始まりますよ。輪になって座って、耳を傾けましょうね」



 入院患者は、緩慢に指示に従う。

 大よそ、指定の位置についたとき、ゆっくりと、シスター・ナサニアが姿を現す。


 ゆったりとした修道服を身に纏い、楚々とした足取りで、輪の中心へ向かう。

 中心には、シンプルな椅子が1脚置かれている。


 その椅子に座ると、フードを外す―――シルクのような白銀の髪が流れ出す。

 腰のあたりまである髪が、僅かに風に揺れる。


 周囲の人たちを一人ずつ、ゆっくりと見渡す。


 物憂げな瞳は、深い蒼に彩られていた。

 ともすれば冷たい印象になりがちな涼しげな眼元だが、柔らかな睫毛が、冷たい印象を和らげていた。


 微笑を湛え、伸びやか声で、謡うように語りだす。



「皆さん、今日も皆さんとお話ができて、私はとても嬉しく思います。

 さあ、語り合いましょう。皆さんが薬物に手を伸ばしてしまったきっかけを。そして、薬物の邪なる誘惑に立ち向かい、そして打ち克とうとしている皆さんの、気高き志を―――」



 シスター・ナサニアの口から流れる、せせらぎのような語り口を聞いていた患者たちは、皆一様に穏やかな顔になる。彼らはここで、自らの過去を振り返り、薬物に手を出した過去の自分と向き合うのだ。そのために、連座で、シスターの仲介の元、自らを懺悔してゆくのだ。



 患者たちの懺悔に耳を傾けるシスター・ナサニアの瞳は、まるで聖母のように、慈しみに満ちていた。外見はまだ20代半ばといった所だが、その懐は非常に深いように感じる。

 そんなナサニア相手だからか、患者たちは、安心して懺悔を行う。


 時には、患者の言葉に涙し、微笑んで見せる。他の患者たちも、それにつられ、自らの思いを吐き出してゆく。実際、他のシスターと比べて、ナサニアは特に人気だった。


 一人ひとり、患者は自分語りを繰り返してゆく。


 変わらない日常に飽いた者。激務に心を壊した者。ままならぬ人間関係に病んだ者。周囲の雰囲気のまま、特に何も考えず手を出した者。


 様々な患者がいたが、ここにいる患者たちは皆、立ち直りたいという意思を持っているようだった。



 その日の懺悔が終わると、ナサニアは、改めてふっと微笑み、立ち上がる。


「さあ、皆さん。本日の懺悔はこれで終わりです……皆さん、よく、自分の心をさらけ出してくださいました。その姿勢は、必ずや神が見ておられます。皆さんの今後の行く末が、祝福されたものでありますように……」



 ナサニアは小さく頭を下げると、髪をそっと掻き上げ、フードを被りなおす。中庭を後にした。



 残された患者たちは、しばし一息ついて、あとは方々に散らばっていった。

 救護院の中庭に、再び静寂が戻る。




 平和な昼下がり。緑豊かな救護院の中庭で、小鳥が囀る……すると、その小鳥を、猛禽が連れ去っていった。

 おそらく小鳥は餌として喰われるのだろう。



 それもまた、道理だった。

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