7話:強者と敗北
“な、なんだこれ…?”
眼前に広がる広い闘技場、アノンの身長の5倍以上ある壁の上には
観客席だろうか、こちらから顔は見えないが等間隔に見たこともない装飾が施された椅子が並べられている。この闘技場の参加者が厳選されているように、観客も厳選されているらしい。
そして太陽のようにアノンを照らすライト、薄らと熱を感じる。
慣れない雰囲気に固まってしまっていたアノンだが、一歩踏み出す。
アノンの姿が徐々に観客の目に触れるに連れて、
あれだけ歓声を上げていた観客がざわざわと困惑の意を醸し出す。
アノンの見た目は明らかに子供。
しかも、何の武器も装備もつけていない。とても参加者には見えない風貌だ。
正直、子供が迷い込んだと言われた方がすんなりと納得がいくほどだ。
そんなことを知ってか知らずか、司会の男が喋り出す。
「レディースアンンンンンドージェントルマン!!続いての挑戦者たちはこいつら、まさに異色の対決!!この地下闘技場主催者のガルガヴァン様も一目を置く対戦カードッ!!まずは東ゲートよりその小さいな体躯から想像がつかない圧倒的なパワーッ!!パワーッ!!&パワーッ!!の少年、アノンだぁ!!!!」
司会の盛り上げが会場の熱を上げて、最初こそ戸惑っていた観客たちもようやく
あの子供は挑戦者なんだと認識し出す。
「そして西ゲートからはこいつ!!正体不明容貌不明ッ!!
全てが謎に包まれた刀剣の使い手ッ!!ミスドリスッ!!!」
その紹介とともに西ゲートからアノンの対戦相手が姿を現した。
身長は160後半。体全体を覆うコート、さらには顔部分には仮面を被っており、その容貌は判別できないが片手に
身長と同程度の長さを持つ刀を持っている。
ミスドリスと呼ばれた人間がアノンと同じく中央まで歩き相対する両者。
緊張感が周囲を包みこむ、相手から伝わる雰囲気がアノンを萎縮させる。
戦闘に関して紛れまもないズブの素人であり、戦闘経験なんてない。
なんだったら殴られることの方が多かった。今までは受け身でそれとなくやり過ごしてこれた、しかし今回ばかりは勝手が違う。自分の意志でその拳を振るわねばならない。
アノンは自分の拳に視線を下ろす。
その心には迷いがあった。
「安心しろ、貴様程度では私は殺せぬ…」
「えっ……」
一瞬、誰が発した声なのか理解が追いつかなかった。
でもその声は確かに女性の声で目の前から聞こえてきたことにアノンは気づく。
「お前、人を殺したことがないのだろう。実戦の経験もろくになさそうだな。」
その視線は全てを見透かしているように
アノンの心情を状態をまるで見てきたかのように言い当てた。
「全力でかかってこい。」
「…どうして…」
「そうでなければ、死ぬだけだぞ。運がよければ生き残れるかもな。」
「どういう意味━━━」
最後までその言葉は紡げなかった。
司会の声に遮られたのだ。
「さぁ、それでは本日のユニークな対戦カードが今、始まりますッ!!それではレディイイイイイイイイファイトトトトトォォォォォォォ」
司会の声が高らかに戦闘の開始を告げる。
その言葉に盛り上がる場内。
気を取り直してアノンは目の前の相手に集中することにした。
相手から視線を外さないように、拳を構える、まだ覚悟は決まってない。
でも不思議と相手の忠告をすんなん受け入れることはできた。
「今の自分にできることは全力で振るうだけ…!」
相手に向かって走り出す。
振りかぶりながら、そのまま拳を振るう。
しかしそれは、相手に軽やかに避けられた。
「ふむ、中々早いな。まるで子供とは思えんが」
相手はアノンの動きを観察しているように呟いた。
「今度はこちらからいくぞ…」
その言葉に気を引き締める。
しかし次の瞬間には目の前にミスドリスが
横なぎの構えで移動し終えていた。
“いつの間に…!?”
そのアノンの思考も断絶させるように鈍い痛みが、
自分の腹部に突き刺さる。
腹の中の全ての空気が抜けたかのように
言葉にならない、ゴフッという呻き声が上がる。
ブンッと風圧を起こすほどの勢いで鞘の横なぎ払いに
アノンは吹っ飛ばされ、地面を転がる。
たったの一撃。
されどその一撃はアノンの肉体的にも精神的にも大きなダメージを与えた。
今までに感じたことの痛み、ゴホッと口から血反吐が出てくる。
痛みに耐え、腹部に手を添えながらなんとか起き上がるも
痛みが恐怖を引き起こし、腰が引ける。
おそらく自分一人のために、戦っていればとっくの昔に心が折れていたに違いない。
確実に実力が自分を凌駕している相手、そこらかしこのチンピラとは違う。
力任せのゴリ押しの戦い方ではアノンはなんともできないことを感じていた。
ノロノロとした動きをするアノンに対して静かに
その様子を追撃することなく、ミスドリスは品を定める視線を送るだけだった。
もっとやれなどの野次が飛ぶ中で、
全く意に介さずその視線はアノンに向けられている。
「どうした、その程度か。まだまだいくぞッ!」
距離をまたしても詰めてくる、
かろうじて対応できる速度で、槍を繰り出してくる。
「くッ…」
かわし切れずに身体中に切り傷ができていく。
“―――まずい、このままだとじり貧だ”
そのアノンの様子を一人
特別観覧部屋の席から血走った目をで興奮しているガルガヴァンがいた。
「ほら!そこだ!もっともっと!殺せ!」
ぶっ飛ばされ、血を流しているアノンの姿を満足そうな笑み浮かべを見つめる。
「いいぞ、いいぞ!それにしてもあの相手は誰だ。俺の用心棒として雇いたいぐらいだ。」
鼻息荒く、部下に対戦相手の資料を持ってこさせる。
しかしパラパラとページをめくるも、”うーん”とガルガヴァンは首を傾げた。
「どうなってやがる、全部白紙じゃねぇか…」
しかしその疑念は突如起こった歓声に遮られてしまう。
資料を横へと投げ捨て
「どうなってやがる!?」
その異常な光景に観客と同じように目を見張る。
●
傷から血が流れて、自分の動きが
徐々に緩慢になっていくのがアノンには分かった。
いつまでも交わし続けることも、
長時間の戦闘をこなすのは不可能。
“シスター、孤児院のみんな…ごめん…僕はここでも…でも!”
“それでも負けられない、この状況を覆すだけの力を”
“貫き通すだけの力を……みんなの為に!”
アノンの覚悟に呼応するかの様に、
―――――――それは起こった。
自分の体が突然、軽くなったように感じる。
さっきまでの痛みが嘘のように引いていき、
「あれ…!?」
不思議そうに自分の体を動かし始めるアノンを
ミスドリスが訝しげに見ている。
力が張っていくのが分かる。
同時に、アノンの首にかけているペンダントが鈍く赤く輝き始める。
ほんのりとかすかに輝く程度、しかしミスドリスはそれを見逃さなかった。
と同時に自身が持つ刀が一瞬振動したことを感じた。
アノンの雰囲気の変化に、
ミスドリスは気を引き締めるように刀を構え直す。
「いきますっ!」
その言葉を皮切りに、アノンが突っ込んでいく、それは今までより数段早い動き。
予想に反したスピードに一瞬、ミスドリスが後手に回る。
そのままの勢い、飛び上がりながら飛び蹴りを繰り出す。
アノンの蹴りは刀の腹部分を上から押さえつけるようにグイっと押し込む。
「このッ!?」
予想外の重さに落としそうになる刀をミスドリスが勢いよく上へと持ち上げると
そのまま上空にアノンが打ち上がる。
そしてミスドリスが、アノンに視線を向ければ、
会場を照らす強い光線で一瞬彼女の目が眩む。
「っ!しまった!」
完全にアノンを見失っているミスドリスへと、
アノンは渾身の一撃を繰り出す。
落下のスピードを活かした拳を振り下ろそうとしたところで、
そのアノンの頭上から激しい爆発が起こる、
「なッ!」
爆発が巻き起こした爆風と煙に飲み込まれ、
アノンはそのまま体勢を崩し地面に叩きつけられた。
“しま…った…こんなところで…”
閉ざされていく視界の中で、
自分に近寄ってくる何ものかの足が
アノンが最後に見た 光景だった。
【追記】6/8 22時
申し訳ありません、6/8の予約更新ですが、6/9の12時となっておりました…
第8話は明日の更新となります。ご迷惑おかけします……