3話:夢と望み
女の子の声が聞こえる。
元気で溌剌とした声だ、ただ…他は何も思い出せない。
どんな顔で、どんな名前で、どんな性格だったのか。
「約束だよっ!明日あの場所で、絶対来てね!」
「うん、約束。」
「本当に分かってる…?私たちの大切な日だからね」
「大丈夫、分かってるってば…」
「じゃあ、これ。はい」
少女の手から金属のペンダントが渡される。
「これは…?」
「お守り。●●●、すぐどこか行っちゃうから。目印、無くしちゃダメだよ」
男の子と女の子が夕日が綺麗に見える丘にいる。
幸せそうに未来に期待するような希望に満ちた表情だ。
後ろからその二人を僕は眺めていた。
断面的な映像が流れるように、今度は場面が一転する。
「●●―、●●―、●●!早く来なさい。逃げるのよッ!」
「逃げろッー!巻き込まれるぞー!」
悲鳴、苦痛、叫びが聞こえる。地獄が権限したようなひどい光景だった。
目に見える景色すべてが炎に包まれ、血を流した人が倒れている。
上空から降り注ぐ何かが、逃げる人々を貫いて、人がバッタバッタと倒れていく。
誰かを探しているそぶりを見せる男の子も
逃げ惑う人々に突き飛ばされその場に倒れてしまう。
そんな中、周囲の様相とは明らかに異なる二人組の男が、
呻き、倒れ伏している男の子に近づいていく。
一人の男がぐるっと男の子を品定めするように動き、
「ドクター、この子供、どうですか…」
「う〜ん、何歳ぐらいかね」
「5歳ぐらいでしょうか」
「ふむ、オスかぁ……お!あの実験の素体としてはちょうどいいか。ナイスだ助手君、さあ連れてきたまえ」
助手の男に後を託すとドクターと呼ばれた男はまたどこへと向かう。
少年の視線がドクターと呼ばれた男の背に向けられるも、その視線を遮るように
「ふふ、さぁ、安全場所に行こうか。ここは危なからね」
助手と呼ばれた男が語りかけてくる。
顔もはっきりとはわからない、ぼやけてノイズがかかったかのようで。
それでも悪意に満ちた声と、不気味な薄気味悪い笑い声だけが少年の印象に残る。
そして男が手を伸ばしてくる。
どんどんとそののばされた手を払う力など男の子にはなく―――
「うわッ!!」
勢いよく、アノンは上体を起こした。
気づけば、その身体は、冷や汗でびっしょりだった。
周囲を見渡せば、孤児院の子供達が寝ている、寝室。
さっきの映像が現実ではないことに胸をなでおろす。
まだ、外はかすかに日の出が上がり始めた程度で薄暗い。
「なんだったんださっきの…」
夢と現実とも言えない不思議な感覚、かすかに自分の手が震えているのがわかる。
両手で自分の体を抱きしめ、大丈夫大丈夫とアノンは自分に言い聞かせるように何度も何度も呟いた。
記憶、それはアノンにとっては孤児院に来る少し前の頃からしか残っていない。
過去にどんな暮らしをしていたのか、どう言う人物だったのか。アノンは知らない。
唯一の手がかりは肌身離さず持ち歩いている首飾りのペンダント。
それをお守りのように握りしめ、忘れるように消えろ消えろと体を縮めた。
早朝、太陽が上がり始め、
日の光が窓から入り、中の様子を照らし出す。
まだ孤児院の子供達が寝ている中、
誰もよりも早く起き服を着替え始めるアノンがいた。
ペンダントが首にかかっていることを確認し、
部屋を出る準備を進める。
「にいにい、どこいくのぉ〜」
その少年の様子に気づいた、
というよりはガサゴソと動く音に起こされたというのだろう。
隣で寝ていたマリーが寝ぼけ眼で声をかけてきた。
「うーん、どこも行かないよぉ〜。ほらマリー、さぁまだ早いから。もう少しおやすみ」
少女の声に反応した少年は、素早く少女の元へと腰を下ろすと
ゆっくりとマリーの頭を撫でていく
「そうなぉー、じゃ…あ…マリー…寝…る」
スヤスヤと眠りについたマリーを確認すると、アノンはふぅと息を吐いた。
音を立てないように細心の注意を払いながら、ゆっくりとその場から離れると、孤児院を後にした。
アノンの足は貧困区街の西地区へと向かっている。
その区画一帯は
この時間帯だと行商人などが、品出しや取引を盛んに行っており、
細々とした商店なども所々開店の準備を終え営業を開始している。
アノンはそのど真ん中を足早で抜け、
ここの生活では命綱である水が湧き出す
噴水前に張り出された大きなボードに注意深く凝視する。
「えーっと、これは報酬が低い…これは条件が厳しいぃ…こっちは拘束時間が長い……」
見れば見るほどの自分の気持ちが暗くなっていくのがわかった。
アノンが探しているのは、高額な報酬な仕事である。
その報酬があれば、少しでも孤児院に貢献できると踏んだが、
高額な報酬ほど、条件が厳しく、専門性が求められ、危険を伴うものだ。
残念ながら、アノンのような少年が受けられるような高額な報酬なものなかった。
当初自分の予定していた計画が崩れ、がっくりとアノンは肩を落とした。
トボトボと歩く来た道を戻ろうとした時だ、
「おーい、アノンや、暇だったらちと手伝ってくれかのうー?」
アノンが自分を呼ぶ声の方向に振り向くと
「バーバルのおじさん?」
そこには貧困街で唯一の機械技師の老人がいた。
ジャンクパーツで生活用品からちょっとした武器まで販売して生計をたてている人物だ、 そのバーバルが見るからに重そうなジャンクパーツを抱えて、こちらを見ている。
「いやー、あのままだと重くて腰がおかしくなりそうじゃったんじゃ。お主がいて助かったわい。」
ぐいーと両腕を上へと伸ばし大きく背伸びをするバーバルの横で、
その体に見合わない大きなジャンクパーツを抱えて表情一つ変えないアノンがそこにはいた。
あれから、二人はバーバルの工房へと荷物を運んでいた。
「もうちょっと、お手伝いの人雇った方がいいんじゃなですか、僕がいたからちょうどよかったものの、、、」
「いらん、いらん。金の無駄じゃわい。それにお主みたく、そんな馬鹿力があるかもわからんしの。しかし、ほんとにお主の体のどこにそんな力があるのか不思議だのぉ。
」
バーバルはアノンの頭のてっぺんから体の先まで
一周して確認する。細い腕、体は見た感じ芯が細い。
自分の身長、体重以上のものを持ち運べるようには到底思えない。
じろじろと見られて、アノンは苦笑いを浮かべながら
話題を変えるために質問した
「それより…何かあったんですか。ジャンクパーツの運搬はいつも僕に連絡を入れてくれてましたけど、今回のは僕知りませんでしたよ?」
「ん……あー、そうだったのう。実は最近廃棄機材が多いんじゃよ、ここんところ皇国が軍事や兵器開発に力を入れている噂があったんでのその噂を聞いていたからガラクタを漁りに行ってたんじゃが…掘り出しものが多くてのぅ。ついな。それよりもだ。その噂も案外本当かもしれんの」
「何かしら争いが始まるってことですか?」
「さあのぉ、どのみちワシらからしたら、頭の上の話だのぅ」
そうこうしているうちにバーバルの工房が見えてくる。
工房の周りには廃材が山を為しており、一度崩れればここら一帯は埋まりそうなほどである。
二人は、そんな山々の間を顔色一つ変えずに、歩いていく。
「ふう…、ここら辺においておくで大丈夫ですか?」
「ああ、悪かったのう。助かったわい。」
アノンはバーバルの言葉に従って、大きな廃材を工房の壁に立てかける。
「それより、お主あんなところで何しておったんじゃ?いつもならもう少し昼過ぎに来ておったじゃろ」
「ええ……と」
アノンの落ち込むような反応に疑問符を浮かべるバーバル
「実は……」
アノンはバーバルにポツリポツリと言葉を口にする━━━━━━━━━
「うーん、なるほどのぉ…それは正直難しい問題だのぉ。なんて言ってもここじゃあなぁ」
ぐるりと回りを見回したバーバルが意図するのは貧困街という意味だろう。
ある種ここは自給自足が基本である、貧困街という場所に経済が回っている為、ここで募集されている
仕事も、ここに住む誰かが依頼主だ。そして「ここ」がそういう場である以上、あまりにも無意な期待である。
日々の生活を凌ぐだけで皆精一杯なのである。
「真っ当な手段で稼ぐのはのぅ…地下闘技場なら━━━━━ッ」
そう口にしたところでバーバルは”しまった”と口を両手で塞ぐ。
そして恐る恐るアノンの方を確認すると、
「地下闘技場……?」
バーバルの言葉をかみしめるように復唱し、
「その話、詳しく教えてください!」
力強い目つきで、バーバル言った。
その瞳に見つめられ、バーバルは心の中で、
”ごめんな、ねぇちゃん”とシスターシエルに謝まった。
「はぁ、しょうがねぇなぁ……」
バーバルはそういうと、工房の中に入っていく。
「あっ、ちょっとバーバルさん、どこいくんですか、教えてくれるまで帰りませんから!」
そう言うとあとを追いかけるようにアノンも中に入る。
来るのを待っていたかのようにバーバル 部屋のソファへと腰を下ろし話始めた。
「この貧困街を牛耳っている男、ガルガヴァンは秘密裏に皇国のお偉いさん向けに、
殺し合いの見せ物をしてんのさ、で金を儲けとる。もちろん命をかける殺し合いなんだが、そのファイトマネーがすげぇ額って噂だ。」
じっとバーバルの言葉を聞いていたアノン。
見る見るアノンの表情が変わっていく。
「じゃあ、その大会に参加できればお金が稼げる!?」
「いや、参加するだけじゃ駄目だ。せめて1勝しねぇといけねぇ。それに参加するったって、そんなつてもねぇだろうが…そもそもお前のぅ、腕っぷしの方はどうなんだよ…命を奪い合う殺し合いだぞ。人を殺す覚悟はあんのか?」
バーバルのが睨み付けるようにアノンに問う。
「人を殺す覚悟…」
「この貧困街じゃ、誰かが死ぬのなんて日常茶飯事だけどもよぉ。お前は自分の意志で人を殺すことができんのか?」
当然ながら、人を殺めたことなどアノンにはない。
人を傷つける行為事態、シスターからきつく禁じられている。
「……」
押し黙るアノンにバーバルは言う。
「覚悟がねぇなら、やめとくんだのぉ。相手は命を奪いにきてんだ。生半可な覚悟じゃあっという間にお陀仏だぞ。俺だってシスターに何されるか分かったもんじゃねぇ。」
「……覚悟はありません━━━」
「うむ、なら大人しく━━」
「でも!なんとかして見せます!」
「お前なぁ……」
なんともその場しのぎな
アノンの言葉に頭を抱えるバーバル。
「殺さなくても、戦闘不能にするとか。
とりあえず戦えなくすればいいってことですよね!」
「そうかもしれんが…」
そう言いかけて
すでに部屋の入り口の扉まで歩いていくアノンを見て慌てたように言う。
「ちょ…待て、アノン!お前もういく気かッ!?」
「はい、とりあえずガルガヴァンっていう人に話に行ってみます」
「馬鹿野郎!いきなりこどもが行ったところで門前払いされるだけだぞ!そもそも場所わからんだろうがッ!?」
しかしその言葉はすでにアノンには届かない。
そこまで言った時にはすでには部屋から出ており、
遠くの方に走るからの彼の後ろ姿が見えるのみだった。
呆然とした様子で固まっていたバーバルだが、
「本当にい、いっちまいやがった……くそっ、嬢ちゃんに言い訳考えておかねぇと……」
孤児院の子供達のことになるとなりふり構わない娘の青筋を浮かべた表情を思い出す、
”どうしたもんか”とがっくしと腰を下ろし天を仰ぎ見るバーバルであった。
ストック分は毎日お昼の12時に投稿します。(予約投稿機能を使用しています。)
どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
ブックマークや評価は作者のモチベーションにもなりますので、
もしよろしければ、何卒お願いいたします。