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TENTH ~ふきげんな王さまと野蛮な聖女の十個の噓~   作者: 川奈陽
【4個目の噓】「ああ。うっかり」
9/17

おとなしくしてないと、純潔を奪われちゃう






「私は特殊部隊の隊長を務めていた、と言ったでしょう。通常の陸、海軍とは違って、特殊作部隊の戦略目標というのは、実に多様なのです」


「そこに繋がるんだったのか」


「純粋な軍事もそうですが、たとえば人質の救出や、通常軍を援護する攪乱作戦や、あるいは第三国の紛争を収めて味方につける工作なんかもします。今回の平和構築もその一つです。そして、現地の状況は目まぐるしく、かつ複雑に遷移します。いちいち本国や上官の指示を仰ぐヒマはありませんし、またそのための情報もあちらにはありません。自らどんどん計画を修正していって、リアルタイムで実効的な作戦を創造し、そして実行します」


「結婚の話だよな?」


「結婚の話です」


「つまりこの船に乗ったのも、その実効的作戦か」


「やだなあ、無差別な人質をとって私を脅して、無理やり拉致したくせに。部屋で二人きりになった時も、とても怖い思いをしました」


「………………」


「おとなしくしてないと、純潔を奪われちゃう」


「…………………………」


 ジークは無言でデスクに肘をつき、大きな両手で顔を覆った。

 ペンが力なく、ころころと机上を転がる。


 エルスはソファの肘掛けに体をもたせかけ寛ぎ、そんなジークの様子をたっぷり眺めて味わった。


(うーん、可愛いんだよなあ、この人)


 7回の脱走で彼について分かったことの、ひとつ。


 あの慇懃で冷酷な態度は、対「敵」用の仮面だった。本来の彼を、隠すためのもの。


 隠したい、本当の彼。


 海に落とされたとき見せた、むきだしの顔。

 燃えるような純粋な怒り。

 真っ直ぐ過ぎるほどの、直情。


 落とされたあの海中で、ようやくエルスは彼に「会った」と思った。

 あの時、初めて、本当の意味で出会えた。ジークに。


 会って、そして--、気づいた。

 どうして自分があんな乱暴な狂言までして彼を暴きたかったのか。

 いつも見え隠れしていた彼の本性が、なぜあんなに気掛かりで、なぜあんなに心が波立っていたのか。

 彼が()()()()()()()いたのか。


 自分の中に生まれていた「余分な情報」。

 脱走して船を探ったら何食わぬ顔で部屋に戻っていればいいのに、なぜ毎回、わざわざ彼に見つけてもらおうとするのか。

 どうして彼のことを、こんなにも知りたいと思うのか。


 けれど彼は、エルスの告白をまったく真に受けていない。

 ものすごく胡散臭そうな、疑わしい、不審な、警戒する目を向けられただけだった。


 そのジークは今は、演出を暴かれて身の置き所なく顔を覆ったまま、地の底から這い出てきたかのような絶望的な溜め息を、重く吐いている。


 ここで鉄面皮を保てない人なのだ。

 エルスは嬉しくなる。なぜだか。


 彼の耳は今、赤くはなってはいないだろうか?

 やや長めの髪とその影とで、よく見えない。デスクとソファとの距離は、3メートル。ちょっと遠い。


 切らなくても縛らなくてもいいけど、その漆黒の髪に手を伸ばして、搔き上げてはみたい。

 そう感じている自分に、エルスは驚く。感動さえする。


「ねえジーク、私、あまり良い捕虜とは言えませんね」


 エルスは立ち上がって、近づき、彼の肩にそっと手をかけてみた。


 ジークは両手から顔を上げない。触れた瞬間ぴりっと肩の筋肉が反応したけれど、じっとしている。

 エルスはついでに、机上の書面にもさっと目を走らせる。

 その紋章にも筆跡にも、見覚えはなかった。


「こうやってまた部屋の錠を壊して、あなたの部屋に遊びに来たり。全然、おとなしくしていないけど、…………」


 最初の日に彼が自分を恫喝した時と同様、エルスも彼の耳元に唇を寄せた。これもまた、ある意味恫喝だろう。

 囁く。彼を真似て。

 優しく、低く、耳に響かせて。


()()()()()()?」


 ぱっ、とジークがエルスの手を払った。


「部屋に戻れ」


 唸るように命じる。顔が怒っている。


 払われた手を降ろして、エルスはその場にただ、立つ。

 やや遅れて、失敗したのかな、と思う。

 そう、ちょっと浮かれすぎだったかもしれない。脳に、昂揚する物質が出ているのだ。


「ごめんなさい」


 エルスは謝罪した。

 触れたい、近づきたい、こちらを見てほしい、という感情に、行動の制限ラインを自分に甘く見積もった。

 これでは犯罪者と同じだ。そうしたいからそうする、なんて。


 三歩、下がる。距離をとる。


「もうしません。不愉快な思いをさせてしまいました。勝手に触れたりして、どうかしていました」


「いや、それは……」


 ジークは途端に口ごもる。


「こちらも、潔白ではない。あなたの言うとおり、最初の日に怖い思いをさせた。効果があると判断したからだが、卑劣な行為だ。いや、そうじゃないだろ。そういう話じゃない。なんなんだ」


 エルスはわずかに首を傾げた。

 彼の意図が汲み取れない。謝罪は受け取ってもらえていないようだ。


「とにかく……、部屋に戻ってくれ。頼むから。謝る必要はない。手を叩いてすまなかった」





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