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TENTH ~ふきげんな王さまと野蛮な聖女の十個の噓~   作者: 川奈陽
【2個目の噓】 「くっ……、殺せ」
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言葉遣いこそ丁重に、しかし濃厚に「男」を思い知らせてくる。





「襲撃だ! 大佐を守れ!」


 燃料補給のため寄港した中継地点の町で、ざっと40人ほどの伏兵。

 エルスの護衛が周りを囲む。

 エルスは近くにいたハラン・ディキンソンの腕を摑んで、自分を中心にした陣の中に引き込んだ。


「うわ、なんですか、これ。襲撃って?」


 ハランは戸惑った声をあげながらも、目線は素早く周囲に巡らせる。そして、何事か口の中で短く数言呟いた。

 観察した事実を、頭に記録したのだろう。さすが記者といったところか。


 彼は今回のエルスの婚儀をルポルタージュにするために随伴してきていた。

 従軍記者の経験もあるため訓練を受けたことはあるが、民間人である。守らなければ。


「伏せて」

「テロリストですか」


 正規の軍隊ではないし、単なる暴動でもない、彼はそう判断したようだ。


「分かりません。記事にはしないようお願いします」

「生きていられたらね」


 口の端を上げて、浅黒い肌の中で深緑の目がそれと分かるほどきらりと輝く。優男に見えるが案外肝の太い男である。

 だがこの非常事態ではもう少しストレートに返答して欲しい。ともあれ、記事にしない、という口約束を得た。


 摑んだままの彼の腕をさらに引いて、耳打ちする。彼は目を見開いた。真意を問いたそうだったが、そんな状況ではないと判断して、黙って頷く。

 エルスは護衛のリーダーに声をかけた。


「私はいいから、ディキンソン氏を守って。町の民間人にも被害を出させないで、絶対に、一人も。停戦象徴の婚儀が血で汚れては困ります」

「絶対に一人もって」

 言われても、と泣き言を返すリーダーの肩に身軽く手足をかけ、エルスは陣から飛び出した。

 護衛は形式だけのもので、輿入れにあたって見目良い者を寄せ集めただけである。大して役には立たない。


 ここは町中だ。建物を使って、物陰の四方八方から襲い掛かってくる。エルスはその包囲網を突破した。矢のように単独で港を目指す。


 ちらと後ろを振り向く。追って来ている。後方左手からの攻撃をかわす。ランダムなようで効果的な威力は左からが多い。誘導されている。

 建物の密集地帯を抜け、広々とした埠頭に出る。


「ここでなら気兼ねなく一網打尽にできると思ったか、カレンズ大佐」


 港につけられた一隻の船から声が降ってきた。

 見上げると、姿は太陽と重なった。顔は見えないが、シルエットは背の高い男だ。


 その声の左右に各20、船上からエルス一人に狙いを定めている。さらに地上の埠頭で待ち構えて、じわじわと包囲を狭めてくる人数はざっと60。町で襲って追いかけてきた人数――陽動の、3倍。

 昨日の時点では25ということだったが、きちんと正しく自分を評価してくれたらしい。光栄なことだ。


 エルスは攻撃のため辺り一帯に矩形範囲を指定する。が、指定解除されてしまう。放電が逸らされ、上空へ昇っていって雷のバリバリとした音をたてて散る。良い使い手が数人混ざっているらしい。

 天が割れたがごとき音の振動が、地上一帯をもつんざく。

 エルスを囲む人数が、無意識に後じさる。


「それ以上の攻撃はやめてもらおう、大佐。町で民間人を人質に取った。死傷者は出ていない。まだ、今のところは」


 船上から降りて来た男が、エルスの前に立つ。

 無抵抗を示すと、後ろ手に両腕をねじりあげられ、船内へと引き立てられていった。小さめの大型船、といった規模だ。狭い通路を後ろから押されるように進まされ、一室に放り込まれる。

 そこは一人用の個室で、ベッドやテーブルがある。少なくとも牢ではない。


 ようやく拘束を解かれたエルスは苦々しげな声で、それでも気丈に糾弾した。


「これでは無差別テロと同じです。どこの所属か知りませんが、目的を達成したところで、この行為が許されるとでも?」


「それはあなたが案じるべき事ではない。今案じるべきは、人質と、ご自分の身の安全だ。無血を謳う聖女は、どうする?」


 男が圧迫するように近づいてきて、エルスは一歩下がる。

 膝の裏が、ベッドフレームに当たる。男はさらに近づく。

 両者の体が、触れそうになるほどの距離になる。だが、これ以上は下がれない。

 エルスは長身なほうだが、男は優に頭一つ分背が高い。男を睨むには、ほとんど真上を見上げなくてはならない。


 室内の明かりは点いておらず薄暗いが、小さな窓からの光で、エルスは男の顔を見ることができた。

 漆黒の髪、グレイがかった濃い青い目。

 男が少し屈んで、酷薄そうなうすい唇が近づいてくる。

 エルスは顔をそむけた。

 その耳元に、男が顔を寄せて囁く。


「これが聖女か。噂に違わぬ美貌だ。そして、あなたはこれから、花嫁となる身だ。そうだな?」


 男は口調と同じ、穏やかで冷静な手つきで、しかしエルスの体をやわらかく押した。


「……っ」


 背中からベッドに落ち、エルスは顔をしかめる。

 美しい白金色の髪が、シーツの上に広がった。清廉な礼装軍服で包んだしなやかな肢体に、男がのしかかってくる。


 引き締まった体躯をしている。男の体重の重み、体温の高さ。吐息がかかるほどの間近さに、顔が落とされてきた。エルスは目を逸らさない。

 ――おとなしく従わないなら、と男はゆっくり低く声を響かせて言った。


「あなたは婚儀まで、純潔ではいられない」


 言葉遣いこそ丁重に、しかし濃厚に「男」を思い知らせてくる。

 大きな手で、もったいつけるような緩慢な仕草で、ざわりと膝を撫でられる。聖教会は性的な禁忌が非常に厳格で、熱心な信徒ならこれだけでも舌を噛み切りかねない。

 エルスは血が出そうなほど唇を噛み締めた。


「くっ……、殺せ」


 低い声を絞りだすと、男を激しく睨みつけた。

 男はうすく嗤って、「聖女さまにはお分かりいただけたようだ」とあっさり身を離して、立ち上がった。


 その憐れみともつかぬ笑みに対し、隠しきれぬ怯えをそれでも烈火のごとき怒りで覆って毅然と抵抗する表情、をつくり続けながら、


(今のはちょっとわざとらしい台詞だったかなあ)


 と、エルスは内心で目をくるりと回してみせた。


 ともあれ、ハウザー事務総官との打ち合わせどおり、対象への潜入は成功である。


 嫁入り前に、もうひと仕事。






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