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TENTH ~ふきげんな王さまと野蛮な聖女の十個の噓~   作者: 川奈陽
【4個目の噓】「ああ。うっかり」
13/17

海が空の青を映して輝いている。





 それから毎日、ジークはエルスの部屋を訪れた。


 行動の制限をほぼ自由と言っていいほど緩和されたエルスは、日課のトレーニングを再開した。

 船室でもできるだけ体を動かしてはいたが、甲板をランニングする彼女や、筋トレする彼女、さらに壁や柱やロープを使って曲芸じみた動きを見せる彼女が、船員たちの目に日常になった。


「エルス、何やってる! 危ない、降りて来い!」


「大丈夫です。お気遣いなく」


 中央マストの柱の最頭頂で、エルスが明るく返事をかえした。

 その声が、びょうびょうという強風で搔き消える。

 遥か下、甲板から見上げているジークの姿は豆粒のように小さい。それでも、辛うじて届いたようだ。


「そっちが気遣わせるな、皆の気が散る。風が強い、降りろ!」


 強いからやっているのだ。気まぐれに向きを変える風にランダムに肩や胴や脚を煽られながら、エルスはバランスをとった。柱は最頭頂にいくにつれ細くなっており、足場として適当だ。

 運動を制限されていたので、筋力がやや落ちていると感じる。


 それに、高いところから見晴るかす海は、格別の眺めだった。


 海が空の青を映して輝いている。白い雲が水平線に横たわり、まばゆく起き上がっている。くちばしの朱い海鳥と銀色の飛び魚が、空と海とで自在にあそぶ。

 海はエルスには馴染みのないものだったが、心がぐんぐん広がるイメージを得る。胸がすく。負の連想を払拭してしまいたい。はやく完全に回復したい。


「エルス!」


 ジークがまた大声をかけてくる。ほとんど怒鳴り声になっている。

 心配性だ。また夜にやろう。


 エルスはするすると柱を下りていった。途中途中に足掛かりがある。地上、甲板まで2メートルの所まで来た。

 渋面で立っている長身のジークの頭は、ほんのすぐそこだ。

 エルスはその高さで、ぴたりと止まる。


「ジーク、私がもしここで足を滑らせたら?」


「……滑らないだろ」


「うっかり。地上が近いと思って油断して」


「油断。しないだろう、あなたは」


「お願い」


「………………」


 ジークはますます難しい顔になる。眉間の皺が、そのまま永久に固定されてしまいそうだ。

 それでも、両足の位置が安定した幅に置かれ、両腕がひらかれる用意をする。


「ああ。うっかり」


 エルスは朗らかな声をあげ、2メートルの足掛かりから、充分な溜めをつくってぴょんと飛び降りた。


 すぐ下で、ジークがしっかり受け止める。

 広い肩幅と引き締まった体躯はがっしり安定していて、エルスの細身でしなやかな肢体を危うげなく抱き支える。

 立ち直りが早すぎるだろう、とぶつぶつ口の中でぼやいている。前よりパワーアップしてないか、とも。

 エルスは笑った。でもそれは、ジークがしたことなのに。


 エルスはジークの首に腕をまわし、脚がぶら下がった状態になっている。

 ジークが身を屈めて、エルスの足先が甲板の床につくようにしてくれた。

 それでもエルスは心地良さそうに、腕を巻いたままにしていた。


「おい」


「はい」


「着いた」


「はい」


「もういいだろ」


「ええ」


「……離れろ」


「うん」


「皆が見てる」


「はい」


「うっかりだし、高いところが好きだし、あなたはけっこう馬鹿だな」


「ええ」


「見た目より重い」


「――――、いいんです!」


 ぱっ、とようやくエルスは離れた。

 顔が見える距離になると、ジークは笑っていた。もっと見ていたかったのに、ジークはあっさり踵を返して船尾の方へ戻って行った。


「あとで」


 とひとこと、短く言い置いて。


 あれから毎日、ジークはエルスの部屋を訪れていた。






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