表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TENTH ~ふきげんな王さまと野蛮な聖女の十個の噓~   作者: 川奈陽
序章【1個目の噓】 「ごめん、ダリル! 先に行く!」
1/17

それとも、すこし照れてるみたいです





「エルス、エルス!」


 小さな弟が必死に自分を呼ぶ声。

 暗闇の荒野。背後から地鳴りのように迫ってくる、大人の男たちの怒号。足を狙って射掛けられてくる矢。土埃。砂礫。


「ごめん、ダリル! 先に行く!」


 破った牢。テントの明かり。檻付きの馬車。少しでも遠ざかる。逃げる。森へ。森へ。森へ逃げ込みさえすれば。


 森が見えない。闇が目に蓋をする。月も星もない。地面すら分からない。足場が摑めず、溺れているよう。方向を失う。手探りで岩の形を知る。膝と手の平に突き刺さる尖った砂利。


「行け、エルス、先に! すぐ追いつくから!」


 一緒に脱走した、弟の声。まだ幼い声。双子の弟。生まれた時から一緒にいた。まだ近くにいるはず。すぐ近くに。

 でも互いの姿は見えない。声だけ。闇だけ。


「走れ!!」 


 どちらがそう叫んだのか、覚えていない。

 あの頃、自分とダリルは、声も姿も何もかもそっくりだったから。生まれてからずっと近くにいた声。遠くなる声。

 ――真っ暗闇のなか。






 ――目を開く。

 苦しい。

 鼻をつままれていた。


「なんか難しい顔して寝てたから。寝てるときくらい考え事はやめろ」


「あなたといると、いやな事ばかり思い出すみたい。あのとき取り得る最善の行動を取ったと思うのに、今でもこうして思い出すのは、心の底の底では本当は後悔しているからなのかしら。あれから構築してきた自分の行動規範にも則っていたと、今思い返してもそう判断できるのに、もしも心の奥底、本音では、あの判断と行動に疑問を抱いているというのなら、私は己に失望せざるを得ません」


「ひと晩中抱いててやった男に言う台詞か、それが。しかも起き抜けから」


 ふふ、とエルスは微笑んだ。ひどい頭痛は収まっていた。

 睡眠から浮上すると、腕枕なんかされてる。お約束、という感じでなんだか可笑しい。小鳥のさえずりでもあれば完璧なのだろうが、ここは陸地から数百キロ離れた沖だ。


「ああ――、いえ。あれはカモメ?」

 ギャアギャア鳴いている声がする。


「何の話だ」

 会話になっていない、と顔をしかめられる。


 その固く寄せられた眉間に、彼の腕から体を伸ばして、唇をつける。自分の白金色の長い髪が、小さな丸窓からの光に輝いて、彼を包む。


「ごめんなさい。どうやら、まだちょっと寝惚けているか、それとも、すこし照れてるみたいです」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ