精霊王サミット 後編
『素晴らしい。こんなにたくさんの精霊獣が揃っているのを初めて見た』
『全属性の精霊獣を持っている人間がこんなにいるなんて』
『我が国の人間が帝国を見本にしようとするはずだ』
『皇太子はおまえか。まだ子供なのに、すぐれた治世をしているそうじゃないか』
一度に喋りださないで。
皇太子を始め、この場にいる人間全員がドン引きしているじゃない。
何かあったら大変なので、近衛が皇族ふたりを守るために前に出たのはいいけど、精霊王相手じゃどうしようもなくて悲壮な顔つきになっている。パオロだけは苦笑しているけど、呆れていないで部下を安心させてやれよ。
大丈夫だ。皇族ふたりの傍には琥珀と蘇芳がいるから心配しないで。
たとえ精霊王でも、琥珀先生に勝てるわけがないと私は信じてる。
私達は瑠璃が傍にいるから落ち着いたものだ。ただお兄様達はうへえという顔で上空を見上げていた。
パウエル公爵とエルトンがどうにかしてくれという顔で私を見るのはやめてくれないかな。
私のせいじゃないから。
『待ってちょうだい。まずは成人のお祝いをしましょう。そのために来たんでしょう? ルフタネンの精霊王は皇太子の成人を称え祝福します』
『あなた達がルフタネンに与えてくれた助力に感謝を』
モアナとその周りにいる精霊王がルフタネンの精霊王だというのはわかった。
鮮やかな青い服の裾の方に花柄が描かれているあたり、モアナはやっぱりハワイアンぽいわ。
他の精霊王もはっきりした色の服を着ている。それに薄着だ。全員露出が多い。
見てて寒いから。上着くらい着て来い。着てきてくださいお願いします。
『ベジャイアの精霊王からも感謝と祝福を』
言葉とともに精霊王の掌に光が溢れ、ふわりと上空に浮かび、ぱっと四方八方に散っていった。ルフタネンの精霊王の時も同じようにしていたのは、どうやら帝国全体に祝福の力を散らしてくれているらしい。
皇太子ひとりにこれだけの精霊王が祝福を与えたら、本当の人外が生まれてしまうからな。
祝福を受けると病気にかかりにくくなったり、魔力が増えたり、寿命が延びたりするのよ。
てことは、帝国の土地が豊かになるって思っていいのかな。
それぞれの国が皇太子に祝いの言葉を述べて、代表者が祝福を贈っていく。
空に細かい光の粒が浮かび、雪を照らして輝くさまは幻想的で美しい。
遠くで賑やかな歓声が上がっているから、街の人達も空を見上げているんだろう。
でもこの状況って、他国が知ったらどう思うのかしら。
人間と交流している精霊王は、ちゃんとそれぞれの国の代表に話してきているのよね。
『それで、その子が妖精姫か』
『素晴らしい魔力だわ』
皇太子への挨拶を終えた精霊王達が、義理は果たしたとばかりに今度は私に近づいてきた。
瑠璃達も精霊獣も家族も、私を守るために臨戦態勢よ。
そうなってしまうくらいの勢いで、瞳を輝かせて満面の笑みで近づいてくるんだもん。こわいよ!
『美人だな。将来が楽しみだ』
『うちの公爵に似合いだと思わないか?』
確かベジャイアは、ニコデムスから多額の金をもらって重用した国王派と、侵攻してきたペンデルスと戦って戦死した王弟殿下の息子である公爵との内乱になっていたはずだ。
ニコデムス教ってペンデルスの外貨獲得の手段でもあるからね。
精霊王達は公爵陣営に力を貸し、国王陣営を退陣させようとしている真っ最中のはず。
『妖精姫、北に新しい国が出来たのを知っているだろう? そなたの祖父母が建国に手を貸してくれたのだ。どうだ、我が国に来ないか?』
『おまえのところは隣国ではないだろう』
『そうよ、まだ国とも言えないじゃない』
ベジャイアとデュシャンとタブークの精霊王達がうるさい。
それぞれ自分のところの王族やら、王族になりそうなやつを婿にどうだと薦めてくる。
名前を出されている人達は、そのことを了承しているの?
まさか勝手に言っているんじゃないでしょうね。
『やめないか。今日は皇太子の成人の祝いに来たんだぞ』
ルフタネンの精霊王達は、諫めてくれる側か。
あの浅黒い肌のくるくる巻き毛の赤髪の精霊王は、たぶん火の精霊王のクニだろう。
『おまえ達は妖精姫の助力を得て、国が栄えそうだからそう言えるのだ』
『我らの国も人間と精霊が共存できるように手を貸してほしい』
なんでやねん。
私がひょいっと知らない国に行って、何が出来るっていうのよ。
そこの人間達にしてみれば、信用出来ない帝国の貴族の娘よ。警戒されるだけでしょう。
なにより、どうしてまともに人間と精霊が共存している国がひとつもなかったのよ。
私が生まれなかったら、ここら一帯はどうなってたの?
……そのために私を記憶を持ったまま転生させたんだろうけどさ。責任重大すぎるわ。
『おまえ達、いい加減にしろ。そのような態度なら、もう帰れ』
とうとう蘇芳が怒り出した。
「琥珀、なぜ彼らは人間同士の縁組に口を出すんだ? 干渉しないという決まりがあるのでは?」
前に出ようとしながら話す皇太子も、慌てて押さえる周りの大人達の顔つきも険しくなってしまっている。
『心配しないで。勝手なことはさせないから』
私は家族に囲まれて瑠璃の背後に隠れたまま、少しだけ顔を出して琥珀を見た。
安心させるように笑いかけてくれたけど、これは怒ってますよ。琥珀先生マジ切れ三秒前。
『帝国が今の状況になったのは、ディアの家族や皇族の理解があったからよ。まだ子供の彼女を他国に連れて行くなんて許さないわ』
翡翠も怒り出したせいで、風が強くなってきた。
気温も少し下がったかもしれない。
でもお兄様達が、私が連れていかれないように抱きしめてくれているので寒くはない。
お母様なんていらいらと扇を閉じたり開いたりしているから、ピシッパシッって音がさっきからしていて怖いわよ。
お父様と瑠璃は小声で何か話をしている。
『連れていくかどうかは別にして、会ってみてもいいだろう。いい縁談じゃないか』
『あなた達、ディアの両親の気持ちを考えなさい。好き勝手言うんじゃないわ。それ以上言うなら帰ってちょうだい』
琥珀が一歩前に歩み出すと、他国の精霊王達が少し後ろに下がった。
精霊獣が多く、魔力に満ちた国の精霊王は強くなるんだって。
帝国の精霊王達は、他国の精霊王より強いのだ。
『なぜ彼女は黙っているの?』
今まで少し離れて様子を見ていたシュタルク王国の火の精霊王が言った。
『彼女の話なのだから、彼女の意見が聞きたいわ』
『そうね。何も話してはいけないと言われていたりはしない? とても可愛い優しそうな子だもの。心配だわ』
『話せと言われても十歳の子供だ。話したら怒られるのなら、怖くて話せないだろう』
今、そっと目をそらしたり、笑いそうになったやつは一歩前に出なさい。
私は、黙って立っていれば、儚げで優しそうな美少女なのよ。
シュタルクの精霊王達がそう思うのも当然なの。
待って。見えるだけじゃないわ。
私は本当に心優しい女の子なの。
自分で黙って立っていればと言ってしまうあたり、とっても謙虚でしょ?
『ディア、おまえの意見が聞きたいそうだ』
瑠璃まで口元が笑みになってしまっている。
皇太子は拳を口元に当てて真剣な表情を崩すまいとしているようだし、そこの第二皇子、みんなに背を向けるのはやめなさい。元辺境伯達や公爵ふたりも、私が何を言うのか興味津々という感じだ。
でも心優しい令嬢としては、家族や周囲の人達を疑われたんだもの、悲しい顔をした方がいいんじゃないかしら? この前そういうお話だったでしょ? だから私、おとなしくしていたのに。
さりげなくお母様が扇を渡してくれたのは、はっきり言っておしまいなさいってことよね。
みんなが期待しているのは、そういうことだって思ってしまっていいのよね。
なら、はっきり言わせてもらいましょう。
「私の意見? その前に聞きたいことがありますわ」
お兄様達から離れて瑠璃の横に並んで、扇で自分の掌をゆっくりと叩きながら顔をあげた。
御令嬢らしさ? 今三歩、歩いた間に捨てたわ。
「我が国の皇太子殿下の祝いの席に、こんな失礼な精霊王達を連れて来たのはどなたかしら?」
驚いた顔でこちらを見ている精霊王達をぐるりと見回してから、隣に立つ瑠璃を見上げる。
『モアナがおまえに会ってから、ルフタネンだけがずるいと何度も言われていてな。帝国に祝福を贈るのなら、少しだけ会わせようと譲歩したんだ。おまえに会う機会はなかなかないから、この機会を逃すまいと焦っているのだろう』
「瑠璃達にはいつもよくしてもらっているから、私だって役に立てるのは嬉しいわ。面会くらいしてもよかったのよ。でも、この態度はないわ。精霊王は人間に干渉しないのが決まりではないの? なぜ私の結婚にあなた方が口を挟むの?」
『いや、だが公爵は本当にいい男で……』
「私は王位継承権を持つ人とは結婚しません」
まだ嫁にすることをあきらめないベジャイアの風の精霊王に、ビシッと扇の先端を向けた。
「それと全属性精霊獣持ちであることが最低条件です」
『王家は駄目?』
そんなに意外なの?
他国の精霊王達は、驚いた顔で私と皇族兄弟の顔を見比べている。
『ならば公爵陣営にいい男がいるぞ。伯爵家の嫡男でな。軍を率いて……』
「ベジャイアって内戦中ですわよね。戦争中の国に私に嫁げというの? びっくり」
精霊王の話の途中だからって遠慮はしない。ぶった切る。
扇を開いて口元を隠しながら、大げさに目を見開いた。
「まずは内乱を終わらせてから出直してくださらない? そしてそちらはタブークでしたかしら? 私は寒いのは嫌いなんです。厳しい冬が何か月も続く北の国では生きられませんわ。それに私、顔を忘れてしまうくらい祖父母とは会えませんでしたの。そう、タブークの建国に助力していたからなのね」
扇で口元を隠し、今知ったような顔で遠くを見る。
少し悲しそうに見えればよし。
子供らしさ?
そんなもの、今更誰も私に求めないでしょ。
「他の国でも同じです。家族を無視し、このような場で私の縁組の話をするような非常識な精霊王の元には行けません。私の口から意見をはっきりと言わせていただきましたわ。これでよろしいかしら?」
『素晴らしい! くーーー! やっぱり我が国……』
大声で言いながら近づいてこようとしたベジャイアの風の精霊王を、仲間の精霊王が羽交い絞めにし、もうひとりが両手で彼の口を覆った。
『あなたが話すと、好感度がどんどん下がるから黙ってて!』
『彼女にアプローチするのは結婚する本人じゃないとダメなんだよ』
精霊王って本当に個性豊かで癖が強い。
これだけ生意気なことを言ったのに、怒っている人は誰もいないのよ。
まだ何か言いたげで、でも余計なことを言ったら私に嫌われるとでも思ったのか、口を閉じてこちらをじーっとみている精霊王達の中で、シュタルクの精霊王達だけがほっとしたような嬉しそうな顔をしていた。
『あなたは自分の意見をはっきり言える子なのね。そしてそれが許される環境なのね』
「ここにいる方達はみんな、私のよき理解者です。皇族の方も家族も、私の好きなことを自由にやらせてくれますよ」
『幸せなのね?』
「はい。私はアゼリアとそこに住む人達と家族が大好きです」
だからまだ十歳なのに、遠い異国に嫁ぐ気なんて全くないのよ。
十五になるまでは婚約もしないわよ。
その前に恋愛をしたいんだってば。
『ディア。シュタルクには八十年前くらいに、全属性の精霊獣を育てた魔力のとても強い少女がいたんだ』
え? その子も転生者?
『そうなの。生まれつき魔力の強い子で、精霊獣がシュタルクに生まれたのが久し振りで嬉しくて、私達はその子に会いに行ってしまったの。そのせいで有名になってしまって、王太子の婚約者になってしまって……』
転生者かどうかはわからないし、たぶん私が秘密にしていると説明してくれているだろうから、そこは後から聞くしかないな。
でも、私と生まれてからの経緯は似たようなものかしら。
魔力が強くて、最初は遊びで精霊に魔力をあげて、ウィキくんで調べてからは積極的に育てたのよね。そして精霊獣が顕現したから瑠璃に会えた。
うちはお兄様ふたりがチートだから、私が多少個性的でもベリサリオの兄妹だからと誰も気にしなかったし、瑠璃がすぐに後ろ盾になってくれたおかげで、誰も手出しが出来なくなった。
でもその子はそううまくはいかなかったってことよね。
『彼女は自ら死を選んでしまったんだ』
おいこら! 祝いの場で、なんでそんな話題になるのよ!
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