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ダンスレッスン  前編

 その日からしばらく、カミルはものすごく忙しそうだった。

 同じ建物に寝泊まりしていても城は広いから、夕食に招待した時か、商会の打ち合わせがある時以外、滅多に顔を合わせない。それでも忙しそうだなとわかるくらいに、予定がぎゅうぎゅうに詰まっていた。


 そもそも商会の拠点も決まっていない段階で、元アジトと倉庫しかないのに、公爵が先頭切って外国にほぼ手ぶらで顔を出すのがおかしいのよ。

 まずはベリサリオ側に連絡して、いい物件や土地を紹介してもらうなりなんなりして、サロモンあたりを先にベリサリオに寄こして、滞在先も決めてから転移して来いよと、私は声を大にして言いたい。いや、言った。


「すまない。転移魔法があるから夜は帰ればいいと思っていた」


 転移魔法を日常的に便利に使っているせいで、その時の仕事に必要な人材をカミルやキースが連れて行って、さくっと仕事を終わらせて、また転移魔法で帰ってくるのが彼らの普段のやり方なんだって。だから今回も入国審査だけ全員分終わらせて、夜は自宅に帰る気だったのだそうだ。

 この公爵、身軽すぎる。

 でも今回はそのせいで、一気にやらなくてはいけないことが増えてしまったので、だいぶ反省しているようだ。


 まず、転移魔法についての条約を結ぶことになった。

 国外から帝国に転移してくる場合、国境沿いの入国手続きをする役所がある街の、決まった場所以外には転移魔法は使えなくする。そこ以外に転移魔法を使って飛んだ場合、強制的に皇宮の地下牢に飛ばされる。ルフタネンの場合は牢獄しかない小さな島があるそうで、そこに飛ばされることになる。

 ルフタネン国内の転移魔法の扱いがどうなるかは知らないけど、帝国では皇宮には誰もどこからも転移してはいけないことになった。転送陣があるから今まで通りで不便はないのだ。


 そんなこと人間だけで出来るわけがないから、両国の精霊王に手伝ってもらうしかないわけよ。

 そのためにカミルは王宮に帰って王太子に説明し、モアナを介して精霊王達に面会し、協力を取り付ける話し合いをするという仕事をしなければならなくなった。

 せっかく余裕をもって早めに帝国に来たのに、ゆっくりする時間なんてなくなってしまったわけだ。

 特にサロモンが。


 細かい取り決めは、王宮から派遣された事務次官とサロモンでやっているからね。

 サロモンが優秀だという話は本当だったよ。クリスお兄様もお父様も褒めていた。


 私は決定したことをまとめてもらって、それを持って琥珀にお願いしに行く時だけ同行した。中央で決めたことだからお願い先は琥珀かなという話になったのだ。

 もちろん前日に、瑠璃にも話を通しておいたわよ。なんで自分に言わないんだと文句を言われるに決まっているもん。 

 かなり昔、人間と精霊が共存していた時代にも同じように転移魔法対策はしていたから、精霊王達はお願いされると予想していたみたい。転送陣もその時に精霊王が作ってくれたものだった。


 転移魔法についての取り決めは、もっと早く始めていてもよかったはずだから、いいきっかけにはなったんだろう。

 でも不法入国に関して、ベリサリオ内で不問にすることを決め皇宮には知らせなかったので、カミル達はベリサリオに借りをまた増やすことになってしまった。

 引きこもり精霊王を引きずり出したことに比べれば、このくらいの借りの増加は些細なことかもしれないけど。


 ベリサリオが今回の件をなかったことにしてもいいと判断した理由のひとつが、捕まったニコデムス教の残党の供述だ。

 彼らは建物から出てきたサロモンが、まっすぐに屋台に向かうのを目撃していたのだ。それで連れ去ろうとしたところに、横からカミルが出てきて逃げられてしまったと、カミル達の証言を裏付けてくれたのよ。

 しかもこのニコデムス教の残党は、ペンデルス人でありながら手の甲に菱形の痣がなかったの。帝国が豊かになっていく過程をベリサリオでずっと見ていた彼らは、ニコデムスの教義に疑問を持ってしまったのね。精霊と仲良くして平和に暮らしている人達と、精霊を殺し砂漠になった国で隣国を侵略している人達を比べたら、そりゃ平和がいいに決まっている。

 そういうペンデルス人が少しずつ増えているんだって。

 痣が消えるとわかれば亡命する仲間も増えるかもしれない。

 ルフタネン経由で自国に帰ろうと、サロモンを捕まえようとしたわけだ。

 理由がどうあれ、やり方がまずいだろ。痣がなくなってもそれじゃあ犯罪者だ。 


 取り調べは皇宮で行われているから、彼らが今後どういう扱いになるのかはわからない。

 でも、痣のなくなった人達は取り込んでいった方が、結果的にニコデムス教の勢力を削ることになるんじゃないかな。

 ペンデルスの上層部は、それをどう思っているんだろうね。

 帝国とルフタネンに続いて、ベジャイアでも精霊王が動き出したから焦っているはず。

 いまだに精霊王が現れないシュタルクも焦っているようで、成人祝いにも参加したいと申し出があったそうだ。

 でもシュタルク経由でニコデムス教が帝国内に紛れ込んだせいで、毒殺事件が起こったからと今回は断ったのよ。

 私に彼らを近づけたくないというベリサリオの意向も大きいと思う。

 他国の精霊王のことまでは責任持てないから、私としても勘弁してほしい。





 

 もう何日かで新しい年になる日、アランお兄様と私は、ダンスの練習を一緒にしようとそれぞれのお友達を城に招待した。

 今までも練習はしていたよ?

 でも前世の世界でのクラッシック風の音楽で踊る社交ダンスよ?

 私としてはJ-POPが聞きたい。ダンスよりカラオケで歌いたい。


 だいたいダンスなんて、成人するまでにマスターしておけばいいはずだったのよ。

 本当ならデビュタントは式典の夜の舞踏会で行われ、婚約者がいる場合はふたりで最初のダンスを踊るものなの。でも成人していない皇太子妃候補が出られないからって、他の御令嬢を代理に立てるのは、婚約者候補のふたりにも代理の御令嬢にも悪いから、今回だけ昼に婚約者候補発表と舞踏会をすることになったんだって。

 昼なので、成人していない私も強制参加なのだ。


 ったく余計なことをしてくれる。

 皇太子もクリスお兄様も、婚約者の女心を汲み取って他の御令嬢と踊るのは気が進まないなんていう性格をしているわけがないじゃない。

 婚約者候補の発表をしてすぐの夜会となったら、ふたりを狙っていた御令嬢がうるさく纏わりついてくるに決まっている。それが嫌で、夜は食事会だけで終わらせようとしているんだろう。


「ディアが出席出来ない夜会より、皇太子の成人を妖精姫が祝福したっていう体裁(ていさい)にしたかったんだよ」

「アランお兄様、余裕ですわね。お兄様もダンスを踊らなくてはいけなくなるんですよ」

「好き嫌いは別にして、ダンスは踊れるよ」


 まじか。

 うちのお兄様方、そつがなさ過ぎて嫌味なくらいよ。


「で、カミルも踊らされるのね」

「そうらしい。しっかりダンスを習って来いとクリスに言われた」

「なんでそこでおとなしく言うことを聞いているのよ」

「ディアと遭遇して、同じ精霊車に乗ったことで文句を言われた」


 嘘つけ。いくらクリスお兄様でもそのくらいで怒らないわよ。アランお兄様が同席していたんだから。

 不法入国未遂のせいで強く出られなかったんでしょう。自業自得だわ。


「でも今日ここにいる方は、みんな伯爵以上の力のあるおうちの御子息と御令嬢なの。知り合いになっておいて損はないわよ」


 今日はパティとエルダ。そしてエセルとヘンリーの姉弟とダグラスとジュードが来てくれている。

 モニカとスザンナはお妃教育の準備で忙しく、イレーネは今後、皇都のタウンハウスに生活の拠点を移すことになったので、その準備で忙しい。

 カーラは、まだヨハネス侯爵家との関係を断ったままなので、招待出来なかった。


「ダンスの練習って踊るしかないのよね。誰かにカミルの相手をしてもらう?」

「やめてくれ。間違って足を踏んだら申し訳ない」


 それを怖がったら、いつまでたっても練習出来ないでしょう。


「ディアがまずは相手をして、どのくらい踊れるか確認しなよ」

「お兄様、それは私の足なら踏まれてもいいということですか?」

「ディアがカミルの足を踏む確率の方が高いと思う。それに……」


 アランお兄様は、ちらりと部屋の隅に並べられた椅子に座って歓談しているお友達に目を向けた。


「この忙しい時期に、あいつらが来るとは思っていなかった」

「あいつらって誰ですか?」


 新年と同時に侯爵に格上げされるマイラー伯爵家の姉弟が顔を出したのは意外だったけど、屋敷にいると慌ただしいから気分転換に来る気持ちはわかるんだよな。


「クリスにも、きみが顔を出していれば男共を牽制出来るから、ディアの傍に立っていろと言われた。ただし近づきすぎるなと」

「だからどうして言いなりになっているのよ」

「商会の支店の建物の契約をするのに、クリスがいろいろ動いてくれたんだよ」


 イースディル商会の建物は、もともとフェアリー商会の本店用に建てられた新しい建築物で、港からも城からも便利な位置に建てられている。

 でも城の敷地外だったので、お父様から私が頻繁に城の外に行くのは駄目だとクレームが入ってしまって、城の敷地内に新しい建物を建てることになったのだ。

 それで放置されていた建物を譲ってあげただけなのよ? 

 確かに一等地の立派な建物で、商会用に作った物だから使い勝手もいいだろうけど、こっちも無駄にしないで済んで助かったのに。


「それにしても、なんでカミルなら傍にいてもいいのかしら」

「ディアを怖がっているからだろ?」

「……怖がってないよ」

「兄上はその辺はよくわかっていないんだろうな」

「どの辺ですか?」

「ディアはまだわからなくていいよ」

「その辺?」

「おまえもわからないのかよ!」


 アランお兄様、隣国の公爵をおまえ呼ばわりはいけませんわ。

 

 カミルには前もって、無理に笑顔にしようとするな、胡散臭くなると話してあったので、多少愛想はなくても、精悍な感じのイケメンには見えているはずだ。

 健康的に日焼けした涼しげな目元の黒髪黒目の男の子だ。帝国にはいないタイプのイケメンよ。私のお友達も城の女性陣も、素敵な公爵様だということで意見が一致している。

 だからダンスの相手をお願いしても、誰も嫌がらないと思うんだけどな。


「女の子に近づいたことがないんだって」


 私だって、男の子にこんなに近づいたことないわよ。

 いつもダンスを教えてくれているのは大人なんだから、身長差があって目の前は相手の胃のあたりなのよ。

 それに比べてカミルはまだ成長途中だから、目の前に首があるんだもん。顔が近い。


「待って。首? 私たちそんなに身長に差があったの?」

「俺はアランとほとんど身長同じだぞ」


 独身の女性に許可なく触れてはいけないとか、足首より上を見せてはいけないとか、他にもいろいろと厳格な決まりがあるっていうのに、なんでダンスだけはこんなに密着していいの? お兄様方を別にしたら、前世でもこんなに男の子にくっついたことがないんですけど。


「なんでこんなにウエストが細いんだ。食ったものはどこに行くんだ」

「男の子のほうこそ、なんでそんなににょきにょき大きくなるのよ。骨はどうなっているんだ」


 普段もダンスの練習で使っているこの部屋は、内輪の立食パーティーにも使える中庭に面した広間だ。

 四組くらいならぶつからずに踊れる広さがある。

 なのに私とカミル以外、見学してくれちゃっているから余計に緊張する。


「クリスは牽制になるって言っていたけど、逆効果じゃないか? 煽るだけだと思う」

「煽る?」

「外国から来たよくわからないやつに渡すくらいならって思うだろ」


 誰が? 誰を?


「相手に対する条件がうるさい我儘な妖精姫を、嫁として受け入れる家なんてそうそうないわよ」


 そういえばカミルは条件に当てはまるのよね。

 私がカミルがいいって宣言すれば、彼の意志は無視して話を進められるだろうし、少なくとも行き遅れずには済むわけだけど……。

 いいえ! そんなんじゃ駄目よ。

 


「いくらでもあるだろう。どれだけの権力が転がり込むと思っているんだ?」

「そんなの駄目に決まっているじゃない。私は恋がしたいの。二次元じゃなくてリアルな男の子にときめきたいの」

「二次元?」

「ホント、女心をわかって……え?」


 足に何か当たった気がして下を向いたら、精霊状態になっていたはずの精霊獣達が小型化して顕現して、ふたりの足に纏わりついていた。


『こいつ近づきすぎ』

『そっちこそ』

『ふたりだけで遊んでる』

『最近、相手をしてくれてない!』


 帝国に来てから忙しくて、カミルは精霊を放置気味だったんだろう。

 なのに、人間だけで楽しそうにしているから焼きもちを焼いてカミルの精霊獣が纏わりついたから、負けじと私の精霊獣達まで顕現してしまったようだ。

 

「危ないから離れて」

「転ぶだろ、こら」

『ずるいー』

『おまえら邪魔だ』

『そっちこそ』

「うわ!」

「うぎゃ!!」


 精霊獣を避けようとしてドレスの裾を踏んでしまった私と、横からぐいぐいと精霊獣に押されてバランスを崩したカミル。ふたり揃って派手にすっころんだ。

 どちらかがどちらかの上に倒れてしまうような、ラブコメお約束の展開じゃないわよ。横に倒れ込んだんだから。

 私はぽふっとイフリーの上に倒れたからダメージは全くなかったし、カミルの下では全属性の小型化した竜が団子のようにぎゅうぎゅうになって彼を支えていた。


「ディア、大丈夫か!」


 慌てて立ち上がって手を差し伸べるカミルと、駆けつけてくる友人達。


「あなた達、そこに一列に並びなさい!」


 その中で私は、腰に手を当てて仁王立ちになって精霊獣を怒鳴りつけていた。



読んでくださってありがとうございます。

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