前期の授業終了しました
翌日からは、表立っては平穏な日々が続いた。
ただ、昨日までに起こった問題によって、さまざまな変化が起きていた。
イレーネがスザンナのいるオルランディ侯爵寮に引っ越し、バートは正式に後継者から外されたそうだ。
バートも、自分は領地経営や政治には向いていないからと、進んで弟に次期当主の座を譲ったらしい。牛を育てることに集中出来るのはいいのかもしれない。
カーラとは一緒に行動する時間が、少しだけ減った。
クラスのいろんな子と仲良くするのはいいことだし、他所の寮との茶会の回数が増えるにつれて、新しく親しくなる子も出てきているからそれ自体は気にはならない。
私だって、友人から誘われたり、たまにアランお兄様と約束したりして、カーラやパティと別行動することもあるからね。
でも彼女がいまだに家族と和解していないというのは気になるのよ。
いまだに両親と顔を合わせていないって言うんだもの。呼ばれても屋敷に帰っていないんだよ。
たぶんカーラとしては、ノーランド辺境伯にお世話になる予定だったから、両親の事はもう関係ないと思っていたんだろう。本人は顔も見たくないと言っていたし。
だけどノーランドは、ヨハネス侯爵が正式に皇族とベリサリオに詫びを入れて許しを得るまでは、一切の交流をやめると決定したので、カーラがノーランドに来るのを断ったの。
それでカーラは屋敷に帰るしか行き場がなくなってしまったのよ。
ノーランドとしては、両親とカーラの仲がこじれているのに、ここでカーラを預かったら仲直りする機会がなくなると思ったのかもしれない。それにモニカが皇太子妃候補だっていうのに、元候補のひとりだったカーラがモニカのそばにいるのはどうなんだろうって悩むよね。ノーランド辺境伯夫人は、カーラが部屋に閉じこもって泣くほどに皇太子が好きだったって知っているわけだし。
親と仲直りしてほしい祖父母と、親と離れたいカーラ。
彼女が今後どうするのか心配だけど、この件に関して、カーラは私とはもう話したくないみたいだ。
クリスお兄様の成人を祝う茶会への出席も出来なくなっちゃったでしょ?
それがショックだったようなのね。瑠璃も大好きで、姿を見られる機会には参加したかったんだって。
あれ? もしかしてカーラってクリスお兄様も結婚対象として考えている?
考えるか。……考えるわ。
うげ。……ってことは皇太子の成人祝いの席で、皇太子妃候補のふたりがお妃教育を始めることも、選ばれなかった方の子がベリサリオに嫁ぐことも発表されたら、カーラはダブルでショックを受けるんじゃない?
前回は父親がせっかくの機会を潰して、今回は母親がぶち壊してくれたわけだ。
最悪だよ。
カーラが気の毒で何かしたいとは思うんだけど、私が動くわけにはいかないんだ。
うちの家族は私のために怒ってくれているんだし、皇太子に対して失礼なことをしておいて、あとはよろしくって私に全て投げて放置しようとしたヨハネス侯爵の態度は駄目でしょう。
家族の問題に、私がしゃしゃり出るのもおかしいしね。
私のほうは特に問題はなし。ランプリング公爵寮とのお茶会もしたよ。
心配したパオロがそーっと様子を見に来てしっかりばれて、ミーアに呆れられていたのが可愛かったわ。
もうしっかり尻に敷かれている、ビジュアル系の見た目の近衛騎士団長って萌えじゃない?
奥さんは領地経営が大変で苦労していた伯爵令嬢で、妖精姫の側近をして実家再建のためにお金を稼いで、その過程で近衛騎士団長に見初められる。
実家は長男が頑張って立て直して、ヒロインは素敵な騎士団長に溺愛されて幸せに暮らしました……って漫画描いたら、この世界でも読んでくれる人いるかな?
魔法で転写出来るってことは、同人作家が自分で印刷機械持っているようなもんでしょ。
同好の士を探して何人かで本を作れば、この世界でもコミケが出来るんじゃね?
金ならある! 金ならあるが、妖精姫のイメージがガラガラと音を立てて崩れていくな。
モデルに許可をとる段階で断られるだろうしな。
いや待て。仮面作家という手も……。
……と、脱線するくらいに私とベリサリオは平和だった。
前期のうちに終えなくてはいけない授業をさくっと終わらせ、十二月の十日には私もお兄様達も城に戻った。全部の授業を受けている生徒の前期が終わるのが二十四日だから、だいぶ早く帰れたわけだ。
もちろんこの世界にクリスマスはない。
皇都は雪に覆われて素敵な雰囲気になっているけど、クリスマスでもネトゲのイベントをこなしていた私にはなんの感慨もないね。寒いの嫌いだし。
クリスお兄様は成人祝いや皇都に生活を移す準備で大忙しで、ベリサリオと皇都を行ったり来たりの毎日だ。
私とアランお兄様は皇宮とベリサリオの茶会に着る服さえ決めてしまえば、比較的暇なので、学園にいた間、滞っていたフェアリー商会の仕事をするために精霊車で店に向かった。
茶会では、まだ途中経過段階ではあるけれど、チョコをお披露目する予定なの。
クリスお兄様の成人祝いなんだもの。インパクトのあることをしたいじゃない。
いったん港方面に向かい、問屋に寄って頼んでいた食器を受け取った。
普段は城まで持ってきてもらうんだけど、成人祝いと新年の祝いの準備が重なる今は城への道の渋滞がひどくて、食器はまだ何種類かの中からひとつを選ぶ段階だから、城まで何往復もすると間に合わない危険があるのさ。ブツを受け取って店で確認して、今日中に注文を済ませてしまいたい。
他に欲しいものが出来ても在庫さえあれば、私が転移魔法で運んでしまえるし、私達の乗っている精霊車は一般車両とは別の道を使えるので、積んで帰ることも出来る。
自分で言うのもなんだけど、私って便利だわ。
港近くの大通りは、どこも大勢の人達で賑わっていた。
年末年始は港に物資が運ばれなくなるから、今年最後の稼ぎ時なんだろう。
事故らないようにゆっくりと走る精霊車の窓から外を眺めつつ、アランお兄様とまったりと過ごしていたら、急にお兄様が身を乗り出して窓の外に注目した。
「あそこにいるのカミルじゃないか?」
「え?」
皇太子とクリスお兄様の成人祝いに、カミルがルフタネンからの賓客としてくることにはなっている。なってはいるけど、二十五日くらいに来るんじゃなかったっけ?
港から、公爵が入国したっていう報告は来ていなかったよね。
「どこですか?」
「あっちの果物屋の横の塀の前」
「あ、いた。……うわ。目つきわるっ」
誰かに追われているのか、それとも捜しているのか。
油断なく周囲に視線を走らせ、人混みの中をこちらに向かって歩いてくる。
平民と同じラフな服装で帽子を被っていても、ルフタネン独特の整った容姿はどうしても目立ってしまっている。
時折言葉を交わしているから、隣にいる男性は連れなんだろう。
「あれが素の表情か。会うたびに雰囲気が違うから、猫を被っているんだろうなとは思ってたよ」
「自分の身を自分で守れない人間は周囲に置けなかったくらい、危険な状況だったこともあるみたいですから、カミルも戦闘能力高いんでしょうね」
「戦闘能力って、かっこいいね」
「アランお兄様も、戦闘能力激高ですよ」
いかにもやばそうな顔つきの男が三人、カミル達の少し後ろを人を押しのけながらやってくる。あいつらから逃げているのか。
「お兄様、追われているなら助けなくちゃ」
「そうだね。ヒュー、警護の者をふたりくらい連れて行ってきて」
「ヒュー?」
なんでヒュー? てっきりルーサーにやらせると思ったのに。
「それは私の仕事じゃないと思うんですがね」
「間違いなくあなたの仕事でしょ。行く時に公爵に声をかけてね」
「はいはい」
めんどくさそうに立ち上がったヒューをジェマが追い立てる。
意外に思っているのは私だけらしい。
ヒューは、アランお兄様大好き隠密諜報活動要員なの?
フェアリー商会にまで、そういう人員を配置していたのか。
精霊車を道端に寄せるとすぐ、まだ止まっていないのに扉を開けてヒューが出ていく。
カミルに近づく途中で手で護衛に合図しているってことは、護衛達もヒューがただの商人じゃないってわかってるんじゃないか。
ええー! なんで私に教えてくれないの?
隠密諜報活動の仕方、私だって教わりたい!
この世界に忍者を! 魔法があるんだから、アニメの忍者みたいなことがきっと出来る! 帝国の諜報部隊は忍びって格好良くない?
さすがに服装までは忍者にしないけどね。
そんなくだらないことを私が考えている間に、ヒューは人混みの中をかなり早い歩き方で、でも誰にもぶつからずにカミルに近づいた。
自分に近づく見知らぬ男の存在に気づいたカミルと精霊達の動きは、驚くほど素早かった。
目を細めて、隣にいる男性をかばうように一歩前に出て、右手を上着の内側に忍ばせる。
精霊のほうはカミルの頭上でくるくる回りながら周囲を警戒していたのが、すっと動きを止めて、ふたりを守ろうとヒューが近づく方向に集まった。
かばわれた男性のほうは少し眉を寄せて、自分の精霊を背後の守りにつかせた。こちらも全属性持ちだ。
それでも平気な顔ですたすたと近づいたヒューは、すれ違う時に私達がいる事を教えたみたいで、カミルがはっとしてこちらを見た。
驚きから、やばいって顔への変化が笑ってしまうくらいに鮮やかだったわ。
一方隣の男性のほうは、カミルから私達のことを聞いたら、ものすごく嬉しそうな顔になって、カミルを急き立ててこちらに向かってきた。
「はーい。ひさしぶり」
扉のそばまで近づいて、にっこりと笑顔で手を振ってあげる。
「ディアドラ。……学園に行っているはずじゃ」
「私がいると何かまずいのかしら? 早く乗って」
「いや……」
「乗って」
笑顔を引っ込めて言い切る。
今は私の方が断然立場が上だ。
「カミル様、早く乗ってください。ベリサリオの精霊車ですよ。中が見たいでしょう!」
「乗るから押すな」
ぐいぐいと背後から押されて、転ばないように手で扉を押さえながらカミルが精霊車に乗り込み、続いて男性が弾むような足取りで飛び乗ってきた。
空間魔法で中を広くしたこの精霊車は、近距離用なので中で寝泊まりするスペースは作っていない代わりに、荷物を積むスペースが広くなっている。
内装はシンプルだけど、ソファーは座り心地のよさを考えて選んだ一級品だ。
寝椅子も完備。執事達は仕事も出来るような椅子とテーブルがいいと言うから、ダイニングセットも置いてあるのよ。
会社の給湯室にあるような小さなシンクと湯を沸かすための魔道具。食器棚も完備よ。
前世で私が住んでいたワンルームマンションより広いぜ。
この精霊車の中で生活出来るぜ。
「これは素晴らしい。内装も素敵ですが、揺れが全くありませんね。いつ動き出したかわかりませんでした」
「アランもいたのか……」
男性が嬉しそうにきょろきょろと周囲を見回している横で、カミルは疲れた顔と声で肩を落としていた。
「こんなに早く帝国に来ていたとは思わなかったな。こっちに座りなよ。ゆっくり話をしよう」
笑顔でアランお兄様が向かいの席にカミルを招いても、彼はドア近くから動かない。
せっかく助けてあげたのに、そんな迷惑そうな態度はどうなのかな。
あなたの連れは、ルーサーに家具について聞いてるよ?
彼の連れもかなり濃い雰囲気の人だ。
この世界に生まれて十年。あんなに目の細い人を初めて見た。
東洋人としては珍しくない顔なんだ。糸目って言うほどは細くはない。一重で、少し瞼の腫れぼったい目だ。
日本だったら、一日に何度もすれ違うような目元だけど、帝国ではまず見られない。
顔全体で見ると東洋風のあっさりイケメン顔。カメハメハ系のルフタネンでも、こういう顔の人もいるんだ。
黙って立っていれば、若い割には渋いエキゾチックなイケメンに見えただろうに、わくわくとした表情と、興味の対象に夢中になる様子で台無しになっている。
大型犬がぶんぶん尻尾を振っている雰囲気だ。
「サロモン、落ち着け」
サロモン、ハウスって聞こえたわ。
「カミル? どうしたのかしら? 座らないの?」
「座るよ。座る」
だから、私が近づくと後ろに下がるのをやめなさい。
私が何をしたというんだ。




