婚活プレゼンテーション 前編
皇太子妃候補と皇太子とクリスお兄様が顔合わせするお茶会は、午前中の授業が終わった後、ベリサリオの寮で行われた。
今日の招待客達は優秀な人ばかりなので、受けなくてはいけない授業が少ないから、平日でも自由時間がたくさんある。
高等教育課程の生徒はその時間を将来の職場での研修に使い、初等教育課程の生徒は友人作りに使うわけだ。実質、将来のための人脈作りだよね。派閥や身分に関係なく接点が持てるのは今くらいだ。
そして今日は、将来の伴侶探しに使うわけだね。よきかなよきかな。
もしかしたらこれからの時間がきっかけになって、新しいロマンスが始まるかもしれない。
カーラのことは心配だったけどパティがいるし、私は午前の授業が終わるとすぐに寮に戻った。
生徒のほとんどが学園の食堂で昼食を食べている時間帯だから、寮の中に他の生徒は誰もいない。招待客を迎える準備はお兄様と私の執事達と、ミーアに代わって自分が私の一番の側近になると意気込んでいるネリーが用意をしてくれている。
「ネリー、そこまでいろいろやってくれると、側近というより侍女よ」
「ジェマさんは護衛兼執事なんですから、私は側近兼侍女になります!」
「意味わからないわよ」
最近ネリーは、話し方も執事達と同じように敬語になってしまった。寮の外では動けない執事達の代わりに、こまめに教室に顔を出したり送り迎えに参加したりしてくれるのはありがたい。でも、私としては友人の輪に入ってもらうつもりだったのに、明確に線引きをして他の子にも礼儀正しく接していて、ミーア以上にその辺徹底している。
「教室ではどうしているの?」
「うーん、イレーネとスザンナが仲いいので、私はエルダと一緒にいることが多いですね。彼女はフェアリー商会を手伝いたくて、私は側近兼侍女になりたい。協力体制です」
ちょっとこれはミーアに相談しないといけないな。
ミーアとネリーってほんわかした雰囲気の美人姉妹なのよ。
そのうえトマトケチャップで一躍有名になった伯爵家令嬢で、しっかり者で性格もいい。ミーアがパオロに見初められるのも当然だし、ネリーだっていくらだっていい縁談が来るはずなの。
「全く興味ありません。昔はお金がなかったから、何でも自分達でやらなくちゃいけなくて、領地の心配もしていたのに、最近はそういうのは侍女に任せればいいんだよと何もやらせてもらえないんですよ。しかも兄が新しい大きな屋敷を建てて引っ越したから、帰っても自分の家だと思えなくて落ち着かないんです」
「お兄様は今まで苦労をかけた分、あなた達のためを思って人を増やして、新しい屋敷を建てたんでしょう? 広い部屋ももらったんでしょ? 普通そこは喜ぶところよ」
「いえ、兄にはもう奥さんがいるんですから、いつまでも私がいては邪魔なだけです。それに、私は働きたいんです。ベリサリオにいる方がいろんなことがあって楽しいですし、うちが貧乏だったころの恩も返したいです。ディア様が結婚してもついていきますから」
なんだこの意気込みは。
「結婚相手もディア様が嫁いだ先で見つけます」
この子は本当にしっかりと、自分で相手を連れてきそうな気がするわ。
「うちはベリサリオと同じ民族で、代々お世話になってきたんです。私がディア様に仕えても何もおかしくありません!」
「ま、まあいいけど。敬語で様付きの呼び方になったのね」
「側近兼侍女ですから」
ミーア、あなたの妹、どうすんだよー。
「そういう事なら、ぜひ私のことも考えていただきたいです」
レックスまで何か言い出したぞ。
「執事をやめてフェアリー商会の仕事をしているのも、お嬢の補佐の仕事だからです。商会の仕事を覚えれば、いずれお嬢がどこに嫁いでも、新たに商売を始める時に役に立つと思ってのことですからね。嫁ぐ時には私も連れて行っていただきますから!」
「えー、給料よかったからじゃないの?」
「それはそれ。これはこれですよ」
こいつ、面白そうだからついて来たいだけだろ。
「ルーサー、レックスを止めなくていいの?」
「止める? なぜですか?」
アランお兄様に聞かれたルーサーが不思議そうな顔で聞き返した。
「優れた主人の執事になったら、生涯仕えたいと思うのは当然のことだと思いますが」
「そういう事です」
執事の兄弟はふたり並んで、さも当然だという顔で頷きあっている。
ルーサーはそこそこ顔が整っているのに、悪役が似合う顔というか、ぶっちゃけ怪しい。レックスが普通の兄ちゃんの顔なのに、全く似ていない兄弟だ。
「僕としてもレックスがいてくれた方が安心ではあるかな。かかさず報告をくれそうだし」
と、アランお兄様が言えば、
「ディアが嫁ぐ話なんてまだ早いよ。縁起でもない話をするな」
本気で嫌そうな顔でクリスお兄様が言う。
うん、まあ、お兄様方のぶれのなさはさすがですわ。
「ネリーもレックスも、私がルフタネンに行く時についてくる気なんでしょう」
「「当然です」」
「はあ、もういいわ。それよりお客様をお迎えする準備は出来ているのよね」
「あとはディア様のお着替えだけです」
「いいの、私は着替えないわ」
今日の主役はモニカとスザンナだもの。
私は制服とほぼ同じ色合いのシンプルなドレス姿だ。
生地の色と同系色の濃淡で刺繍がされてはいるけど、光の加減で見えるかなってくらい。それでも刺繍があるのとないのとでは風合いがまるで違うのよ。一流っていうのはこういうところにもお金をかけるものなのよね。
正直に言えば、子供にそんな服はいらないと思うよ? すぐに着られなくなるんだから。
それでも貴族が集う学園で、屋敷で走り回っている時に着ているような服を着たら、ベリサリオが悪く言われそうなのでおとなしくしているのさ。私ってえらい。
髪もおろしたままで髪飾りもなしにする予定が、どうしても何かしたいとネリーがうるさいもんで、仕方なく左側に一本だけ小さな三つ編みをしてもらった。
そんなふうにバタバタしている中、先に到着したのは皇太子だった。エルトンとギルと側近をふたり引き連れている。
他の生徒がいなくても公式のお茶会だからと、きちんとカーテシーでお迎えしようとしたのに、面倒そうに手を振って止められてしまった。
「どうせベリサリオしかいないのだ。いつも通りでかまわない。それよりどういうことか説明してもらおうか」
誰に聞いているのかしらと言いたげにきょろきょろしてみたら、むっとした顔で詰め寄られたのでアランお兄様の背後に隠れた。
「まあ、せっかちな殿方は嫌われますわよ。皆さんがそろってからお話させていただきます」
「その話し方もやめろ」
「お客様がいらっしゃるのに、他にどのような話し方をすればいいのかわかりませんわ」
皇太子妃候補が来るって言うのに、普段みたいな親しげな様子で私が話してどうすんのさ。鳥肌ものだとしても我慢しなさいよ。
「側近の方は、食堂に昼食が用意されているのでそちらにどうぞ」
「いえ、私どもも同席させていただきたいです」
真面目なギルは、皇太子をひとりにするのが不安なのかしら。
でもこちらも意見を変える気はないので、彼の言葉には答えずに皇太子にちらりと視線を向けた。
「ギル。心配するな」
「なぜ私が控えていてはいけないのでしょう」
「ギル様? むしろ、なぜそんな質問をするのか理由をお聞きしたいですわ」
今日は持っているわよ。
お母様に選んでいただいた扇を。
「殿下がかまわないとおっしゃっているのに、なぜ同席しようとなさるのでしょう。まさかとは思いますけど、ベリサリオが殿下を害するなどとお考えになってはいませんわよね?」
すすす…っとギルの横まで近づいて、扇で軽く二の腕を叩く。
やばいと思ったのか、彼は直立不動で息を呑んだ。
「ディア、そのくらいでやめてあげて。それより、モニカ達が来たようだよ」
クリスお兄様にやめろと言われたらしょうがない。
はーいとにこやかにお返事をして、お友達をお迎えするために扉の近くまで移動した。
モニカとスザンナが姿を現した途端、場が一気に華やかになった。
モニカのドレスは、シンプルだけどスカート脇の部分にスリットがあって、そこがレースになっている桔梗色のドレスだ。横にレースやフリルが来るのが今年の流行らしい。
スザンナは制服に合わせた紺色の地に、白いレース編みの模様が入ったドレスに、髪にもレース編みの髪飾りをつけている。
学園にいる間は制服の上着を着ないといけないから、どうしても色合いが偏るよね。
それでもモニカの金色の髪とスザンナの銀色の髪が制服の紺色に映えて、ゴージャスに見えるのがさすがですわ。
「お招きいただきありがとうございます」
ふたりは入り口近くで出迎えた私と挨拶を交わし、そのあと皇太子に歩み寄りカーテシーをする。
今回は皇太子も止めようとはしなかった。
「他の生徒はいないんだし、いつも城に遊びに来ていた時と同じようにしてくれればいいよ。話し方もいつも通りでたのむ」
クリスお兄様は、自分にもカーテシーをしようとしたモニカとスザンナを止めた。
ふたりとも何度もうちの城に遊びに来ているから、普段はお兄様方ともお互いに名を呼び捨てにする仲だ。
「そうおっしゃるなら……」
「殿下相手にも、あまり堅苦しい敬語はいらないよ。ねえ、殿下」
「そうだな。クリスに殿下と呼ばれただけで寒気がするしな」
笑いが漏れて打ち解けた雰囲気の中、今日使用する部屋に案内する。いつもより狭い客室だ。
大きい部屋より小さい部屋で近くにいる方が、親近感がわくし、踏み込んだ話もしやすいと思わない?
女性陣の側近や護衛も、別室にいなくてはいけないと聞いて戸惑っていたけど、皇太子がひとりなのに、自分達だけ側近を控えさせるわけにはいかず、おとなしく食堂に移動してくれた。
「私とアランお兄様はすぐに退室する予定ですので、お食事はそのあと四人になってからになります」
私から見て、左に男性ふたり、右に女性ふたり。
お茶会という名の合コンの始まりだ。お見合いでもいいけど。
「本日急にスザンナも招待したのは、同時に皆さんに私の提案を聞いてほしかったからです」
はい、四人揃って警戒心丸出しの顔をするのはやめてください。
私が今まで、あなた達の困るようなことを何かしましたか?
……してないよね?
「今日より、おふたりは皇太子妃候補であると同時に、ベリサリオの嫡男の婚約者候補になります」
予想はしていたんだろう。
それでも私がはっきりと口にしたことで、モニカとスザンナの肩から力が抜けて、安堵の表情になった。
まだ十三歳の女の子に、親族や民族の期待は重いって。
選ばれなかった方の子ってレッテルをつけられたら、その子もその子の家も立場がなくなるじゃない。
「ここ、注意してください。選ばれた子が皇太子妃になって、選ばれなかった子がベリサリオの次期当主の嫁になるんじゃないですからね」
「嫁」
「アランお兄様、ここで突っ込みはいりません。皇太子に選ばれなかった子がクリスお兄様の嫁になったなんて話は、うちの一族も領民も納得しません」
四人とも、困った顔で目を伏せた。
特に皇太子とクリスお兄様は、自分達がそういう話をしていたからばつが悪いんだろう。
「いいですか? モニカもスザンナも家柄も教養も性格も容姿も、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしい御令嬢です。だから皇太子妃候補になったんですし、クリスお兄様もこのふたり以上に、ベリサリオ次期当主の婚約者にふさわしい相手はいないと思ったから、今回の話を言い出したんですよね」
「え? クリスが言い出したの? ディアではなく?」
思わずといった感じで呟いたあと、スザンナは慌てて扇で口元を隠した。
「そうだね。僕とアンディでそういう話をしたのが最初だよ。ディアが話を進めてしまいそうだから僕が聞くけど、この提案に異存はないのかな。きみ達ならベリサリオではなくてもいくらでも相手がいるだろう?」
モニカとスザンナは顔を見合わせてから、ほぼ同時に首を横に振った。
「むしろお礼を言わなくては。選ばれなかったと知った時の家族の落胆や、周囲の貴族達の反応を考えると怖くて。でもベリサリオなら誰からも文句が出ないでしょう」
「そうよね。でもいいのかしら。クリスは女の子達に人気があるのよ。もし気を使ってくれているのなら」
「はーい。そこのふたり。私のさっきの話を思い出して」
ぱんぱんと両手を合わせて音を立てて話をやめさせた。
「あなた達の立場を考えての話じゃないの。ベリサリオにとっても、あなた達のどちらかとクリスお兄様の縁組はありがたい話なのよ。だからお礼なんていらないの。胸を張って、ベリサリオからも嫡男との婚約話を持ち掛けられたと報告すればいいの。というか、そんなに周囲にいろいろ言われていたの? ノーランドもコルケットも何をしているのよ。新年に会った時に文句を言わなくちゃ」
どちらの辺境伯も、あまり権力に固執するようなら放置出来ないわ。
第二のバントックはいらないわよ。
「それともう一つ提案があります」
人差し指を立ててにっこり微笑んだら、また四人とも警戒して表情をこわばらせた。
ホントみんな、失礼だと思うわ。
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