女性は強いよ
その日もお母様から連絡があって、一緒に夕食を食べることになった。
三日続けて会ってるんだよ?
家が転送陣から遠い子達は寮生活して、私達は城から毎朝通えばいいんじゃないかな。
「こんなことは今回が初めてよ」
「ディアが学園に入学した途端、毎日何かしら起きているね」
お母様とクリスお兄様に苦笑いされ、アランお兄様に肩をやさしく叩かれて慰められたけど、私はなんもしてないからね!
食事をする前に、お母様とふたりだけで話す時間をもらって、カーラの話をした。
皇太子に憧れていたって、友達のお兄さんに知られたくないでしょ。
本当はお母様にも話したくなかったんだけど、お母様はノーランド辺境伯夫人とお話したそうで、私よりカーラの様子に詳しかった。
皇太子妃候補から外されたと聞いて、カーラは泣いてしまったそうだ。
かなり落ち込んでいるようで、明日も授業はお休みして明後日から復帰する事になるらしい。
「クリスお兄様の成人のお祝いは予定通りで問題ないですか?」
「ええ。皇太子殿下のお祝いとの兼ね合いがあるし、もう変更はないわ。ただ、カーラは昼間の食事会にも出席しないかもしれないわ」
食事が始まったら違う話題をと思ったのに、カーラの話題に戻ってしまった。
今年は皇太子とクリスお兄様の成人祝いが重なるから、その準備に城内がバタバタしている。報告や打ち合わせしたいことがあるせいで、それぞれの執事がスタンバってるのよ。待たせているのが気になって、食事していても落ち着かないったらない。
「今日ね、皇宮でノーランド辺境伯夫人とお話していたら、偶然そこにヨハネス侯爵夫人がいらしたの」
「偶然のわけないですよね」
「それはそうよ。ノーランド辺境伯夫人としては、娘に謝罪させて、うちとヨハネス侯爵家とを仲直りさせたかったんでしょう」
「仲直りって、喧嘩しているわけじゃあるまいし」
今の帝国で一番高位にいるお母様は、フェアリー商会で新しい下着や、コルセットの代わりにビスチェを流行らせた。
腰骨や肋骨にひびが入るほどコルセットを締めるのは不健康だもの。苦しい思いをしたり、あまりに無理をして体を壊したりしていた女性は、みんなビスチェに飛びついたの。
そして今度はビスチェドレスの登場よ。
ビスチェを下着ではなくて見せる服にして、胸を強調しつつ上半身をほっそり見せておいて、スカート部分は柔らかい素材を何重にも重ねてひだをつけてふんわりと膨らませ、ダンスの時にはひらひらと揺れるようにしたの。
スタイルのいいお母様が着たものだから、豪華なだけじゃなくて艶っぽくて、すぐに大流行したの。
ファッションリーダーって言うのかな? お母様の影響力はとても大きくなっている。
ヨハネス侯爵夫人も若い人を集めたサロンの女主人で、芸術家や音楽家のパトロンになっている女性でしょ? 流行には敏感で、ドレスや髪形が個性的でおしゃれだって言われている人なのさ。
だからね、お母様のことをライバル視してはいたみたいなの。
おっとりしたお嬢様というイメージを崩さない人だから、全く態度には出さなかったけどね。
そして今回、ノーランド辺境伯夫人はヨハネス侯爵夫人に、謝罪して今まで通りお付き合いしたいとお願いしろと言ったらしいんだけど、たぶん嫌だったんだろうね。
「お食事会にカーラだけ招待されているみたいですけど、あの子ひとりでは心配だわ。どうしましょう。ディアドラ様は娘に出席してほしいと思っていらっしゃるんでしょう?」
って、いつもの調子でおっとりと、にこやかに言ったのだそうだ。
ではご両親も一緒にって話にもっていきたかったんだろうね。
でもそうは問屋が卸さない。
「あら大丈夫よ。お気になさらず。ディアは公私混同しないしっかりした子ですもの。今回は早めに欠席を知らせていただけて助かりますわって答えておいたわ」
お母様は売られた喧嘩を嬉しそうに買っちゃったわけだ。
ノーランド辺境伯夫人の胃が心配だよ。
「つまり、クリスお兄様の成人祝いに、いっさいヨハネス侯爵家は招待しないことになったの?!」
「だって心配だって言うんですもの」
「瑠璃様の担当地域のヨハネス侯爵家が、ベリサリオ次期当主の成人祝いに顔を出さないって、周りの反応が楽しみだね」
アランお兄様が悪い顔になっている。
今回のヨハネス侯爵の対応に、お兄様ふたりともかなり怒っていたのよね。
カーラのことでさえ、立場はわかるけどメモでもいいから自筆の詫びの手紙を渡すくらいは出来ただろうと、あまりいい感情を持っていないみたいなの。
自分にも厳しいけど、ヒトにも厳しい男どもだ。
「ノーランド辺境伯夫人が顔色を変えて怒っていらして、もうヨハネス侯爵家とは縁を切るって言っても、侯爵夫人はたかだかお茶会に一回出席しなかったくらいで、なぜベリサリオが自分達との関係を切ろうとするのかわからないみたいね。ノーランド辺境伯とヨハネス侯爵家の両方を敵に回した場合、困るのはそっちじゃないの? って思っているんでしょう」
他の貴族ならそうだろうね。
公爵家でさえ、今のヨハネス侯爵家とは良好な関係を持ちたいと思って、多少の便宜は図るだろう。
でもそれはノーランド辺境伯の力が強くなっているからと、ベリサリオと良好な関係を持ち、私とカーラが友達だからだ。
うちからしたら、ヨハネス侯爵家を敵に回しても困ることは何もない。
「ノーランド辺境伯夫妻が、いつものように問題を片づけてくれると思っているのかもしれないわね。ともかく侯爵家のことは、今後は私に任せてちょうだい。カーラとの付き合いをやめろなんて言う気はないから大丈夫よ。あなた達は今まで通りにしていてくれればいいわ。それで……ディアからも話があるのよね」
「はい。クリスお兄様、モニカとスザンナにお兄様は結婚相手としてどうなのかと聞いてみました」
「…………は?」
クリスお兄様のこんな驚いた顔、初めて見たかもしれない。
神童と言われるお兄様が、私の言葉の意味が理解出来ないみたいで、一瞬フリーズしてたわよ。
「皇太子妃候補のうち、皇太子殿下が選ばれなかった御令嬢が、クリスお兄様の婚約者になるんですよね?」
「ちょ……何を急に」
慌てて立ち上がって私を黙らせようとしつつ、お母様の顔色を窺うクリスお兄様。
アランお兄様は巻き込まれないように、そーっと椅子を引いて静観の構えだ。
「成人するまでは本人の意思が優先されるとしても、両親に全く相談せずに決めるのはどうかと思います」
「私は悲しいわ。そんな大切なことを本人からではなくディアから聞くなんて」
頬に掌を当てて右斜め四十五度に俯き、そっとため息を零す。
演技とはわかっていても、そんなお母様を放ってはおけないお兄様は大慌てだ。
「ちゃんと相談する気でいましたよ。まだ本当にそうするとは決めていなかったんです。ディアが勝手に誤解しているだけですよ。ディア、これはどういうこと?」
「え? 話しちゃダメだって言われてなかったので、お話しただけです」
「ディア」
「クリス、ディアに凄むんじゃありません」
お母様にぴしっと言われて、クリスお兄様は口を一文字に閉じて椅子に座りなおした。
「これはとても重要な問題よ。ふたりの御令嬢の人生がかかっているの。皇太子殿下もあなたも、それをわかったうえでそういう話をしているのよね」
「もちろんです。特にアンディは国の将来のためを考えているんですよ」
「ええ……そうね。殿下は、皇帝として国のために誰を娶り、どう生きていけばいいかを考えているんでしょうね。中央が不安定な今、こんなことを望む私は間違っているんでしょう。でも、ほんの少しの時間でもいいの。皇帝である前にひとりの人間だと思えるような時間を過ごせるように、候補のふたりと正面から向き合って選んでいただきたいわ」
「クリスお兄様もです。条件が合えば誰でもいいという態度はやめてください」
私とお母様の雰囲気に、ここで反論するのはまずいと思っているんだろう。
クリスお兄様はこちらを見ずに料理を口に運んでいる。
「私はうちの家族が大好きです。お父様とお母様が愛し合っているから、いつも家の中がいい雰囲気なんじゃないですか? 食事の時、義務で顔を合わせて、必要な会話だけをする夫婦だったら、城にいるのが嫌になってしまうと思います」
「ディア、まるで僕が恋愛出来ない男みたいに言わないでくれないかな」
「恋愛する気があるんですか?!」
「あら。恋愛感情なんて錯覚だとでも言うかと思っていたわ」
「母上までやめてください。領地を守るうえでも、貴族社会で生きていくうえでも、結婚相手が重要なのはわかっています」
いやあ、そういう話じゃないんだ。
でも恋愛って、やれって言われて出来ることじゃないもんな。
「まあいいわ。それとカミルくんが、皇太子殿下とクリスの成人祝いの食事会に参加するために、年末からこちらに来るそうよ」
「宿泊先は?」
「そりゃあ、我が城にお迎えするに決まっているじゃない。レックスがフェアリー商会で何度もやり取りしているから、彼にあちらの人数やスケジュールは確認してもらっているわ」
普通は成人の祝い程度では、外国からの賓客を迎えたりはしない。
でも、ルフタネンは私のおかげで精霊王が目覚めたという借りがあるし、フェアリー商会と取引をしている北島の商会の代表者はカミルでしょ。クリスお兄様の成人の祝いに顔を出さないわけにはいかないのだ。
そして、ベリサリオ辺境伯嫡男のお祝いはしておいて、皇太子殿下のお祝いをしないわけにはいかないでしょ。
ましてや、来年の秋には王太子の婚礼があるからさ。帝国から賓客を招きたいじゃない。
で、どっちにも出席することになったわけだ。ご苦労様です。
「お母様、私、ルフタネンに行ってみたいです」
元気よく手をぴしっと挙げて言ったら、ぎょっとした顔でお兄様ふたりがこっちを見た。
「そうね。あちらの精霊王にご挨拶に行かなくちゃいけないものね」
「やったー。外国に行ける!」
「母上! なら僕も一緒に行きます!」
「兄上は戴冠式に皇太子殿下と行くって言ってたじゃないですか!」
「あなた達、食事中にうるさいわよ」
やったー! 帝国以外の国がどんなところか、自分の目で見たかったのよ。
ルフタネンの精霊王達はどんな人達だろう。楽しみだわ。
翌日、聞いていた通りカーラはお休みして、その翌日。
ベリサリオの寮に顔を出したカーラは、この三日間、あまり食べていなかったのか少しやつれていた。
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
一緒に来たのは側近の同じ年の女の子がひとりと、四年生の男の子がふたりだけ。
ひとりくらい大人がついてくるかと思っていたから、意外だったわ。
「もういいのよ、気にしないで。話はお母様やモニカから聞いているわ。カーラの方こそ大丈夫?」
「ええ。もう大丈夫」
しっかりと頷いた表情は、吹っ切れたのか明るい顔つきだった。
そういえば、今日は髪形がいつもと違うね。毛先を巻いて、可愛い髪飾りをつけている。
「私ね、もう両親の言うとおりに生きるのはやめるの」
「え?」
「自由に生きることにしたの」
ま、まさか、ぐれたんじゃないよね。
確かに髪型も化粧も変わっているけど、ちょっと色合いが華やかになっただけよ。むしろ可愛さアップよ。
「だって両親の言うとおりにしたらひどい目にあったでしょう? うちの親は駄目よ。変な服装の人達を呼んだり、ルフタネン風の街並みなんて作って」
「でもそれで観光業が成功したのでしょう?」
「今まではね。でも転移魔法が使える人達が出てきたし、ルフタネンともいい関係を築いているでしょう。うちに来るより、ルフタネンに遊びに行った方がいいじゃない」
たしかにね! それは最近思ってたよ。
だってさ、成人祝いにルフタネンの公爵が来て、そいつがまた黒髪のイケメンなわけだ。子供だけど。
そのあとルフタネンで王太子の婚礼があって、翌年には戴冠式だぜ。
オリエンタルな雰囲気に興味を持っている金のある貴族は、ルフタネンまで旅行するようになるに決まっている。
海峡の向こうだって、ベジャイア王国の内乱で、精霊と共存する世界を求める側に精霊王が姿を現したっていう話が飛び込んできているからね。
ニコデムス教の件が片付けば、シュタルクは距離的にはルフタネンより近いんだから、旅行だってしやすくなるだろう。
クリスお兄様が観光業から他の産業へ、主産業を変えた理由のひとつがそれかもね。
いやー、私はそこまで考えつかなかったわ。
ヨハネス侯爵家に負けないように、いろいろ考えていたもん。
ただ、観光と言えば温泉しか思いつかなかったから、手を出さなかったのが幸運だったわ。
どちらにしても、大きな船が寄港する港はうちの領地にあるから、ほっといても儲かるし。
「私は早くいい相手を見つけて、早く家を出たいわ。行儀見習いという事でノーランドに行こうかとも考えているの」
ええええ。自棄になっていない?
ヨハネス侯爵、ショックでぶっ倒れていない?!
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