更に強化された
皇族兄弟を琥珀が送り、私達兄妹とパティは瑠璃がベリサリオの寮に送り届けてくれた。
精霊王が突然現れて娘を連れて消えてしまったと聞いたら、パティの御家族は心配しているだろう。ひとまず先に足の速い生徒のひとりを選んで、パティが戻った事をダッシュで先方に伝えに行ってもらい、兄妹三人でグッドフォロー公爵の寮まで彼女を送ることになった。
グッドフォロー公爵の寮では、公爵夫人と次期当主の長男が心配して寮に来ていて、私達は大歓迎された。クリスお兄様が、精霊王達が私の親しい友人と知り合えて喜んでいたと話したので、パティの株はぐんっとあがっただろう。
夕食に招待されたけど、家族にまだ報告をしていないので今日はこのまま帰ると話したら、うちの両親も心配しているだろうと気にしてくれたけど、ベリサリオではよくあることでもう慣れ切っているのよね。
うちの寮もエルトンやミーアのおかげで、私達がいなくても平常運転だったしね。精霊王にまた呼ばれたんすかくらいの反応だよ。
「グッドフォロー公爵夫人はノーランド辺境伯夫人と同じ派閥だったかな?」
寮に帰る頃にはもう大半の子が夕食を終えていたので、食堂はガラガラだ。
私達は兄弟三人だけ他の子から離れて座り、いつもより少し遅い夕食をいただいた。
精霊獣達は魔力の濃い琥珀の住居にいたおかげでもうお腹いっぱいらしくて、まったりモードで思い思いに過ごしている。その様子を見ているだけで癒されるわ。
「そうだっけ? 公爵夫人は自分の派閥があったような……でも母上とも親しいよ。ミーアはランプリング公爵夫人になっても母上の派閥になるだろうから……」
「もうお兄様方、夕食中にまでそういうお話なの?」
パウエル公爵が派閥を解消させたせいで、男性陣の政治上の派閥は表向きはなくなったけど、女性の派閥はしっかり残っている。
これがね、馬鹿に出来ないんだ。
事件の影にも、歴史の影にも女ありよ。
「ランプリング公爵寮に茶会を開けって言い出したのはディアだろう。あれはつまり、同じ派閥でやっていくよって宣言だろう?」
「兄上、ディアはそこまでは考えていないよ。ミーアが公爵夫人としての基盤を作れるかどうかが心配なだけ。だから自分が後ろにいるんだぞと圧力かけただけだよ」
否定出来ないけど、圧力なんてかけてないし。
仲良くして、ミーアの嫁ぎ先を盛り上げたいだけだし。
「それだけ? 将来の自分の派閥を考えての行動ではなく?」
「何度も言いますが、私はクリスお兄様のようにそんな先のことまで考えて、駆け引きなんて出来ません」
「そういえばあの七人を食事会に呼んで、その後頻繁に会って親しくしたのも、友達を作りたかっただけだったんだっけ……」
クリスお兄様はなんでも裏のある行動だと考えすぎなのよ。
私があのタイミングであのメンバーを選んで食事会を企画して、次の世代、この国の中心になる女性陣を全員味方につけた手腕に感心していたらしいの。
私は、そろそろお友達を招待して茶会や食事会をすることも覚えなくてはね、とお母様に言われたから、お兄様達の将来のお嫁さん候補にもなれそうな身分で、学園の事も教えてもらえるように同じ年から三歳くらい年上までの子を選んだだけなのに。
「そういえば、ディアに聞きたいことがあったんだ」
クリスお兄様の雰囲気から真面目なお話のようだったので、慌てて食べていたお肉を飲み込んだ。
「何ですか?」
「皇太子妃候補の話、地方出身の候補を捜しているって言っていただろう?」
「それは、駄目になりました。エセルに誰かいないかマイラー伯爵に聞いてもらっていたんですけど、今度の新年の儀で侯爵になるでしょ? 身分があがった途端に皇太子妃候補を推薦するというのは、ちょっといやらしい感じになってしまうし、候補選びに関係したくないのでというお詫びのお手紙をいただいたんです」
それはもう丁寧なお手紙だったのよ。
十歳のガキに詫び状と、気を使ってどえらく高そうな布地までくれてしまったの。
私がそういうところまで考えが回らなかったせいで、マイラー伯爵に気を使ってもらってしまって申し訳なくて、寮にいっぱいお土産を届けさせてもらったわ。
あとはその布でドレスを作って茶会にでも出て、宣伝すればオッケーだろう。
「やはりそうか。今、辺境伯家に目をつけられるようなことをする者はいないだろう」
「皇太子が選ばなかった令嬢の中から、クリスお兄様が相手を選ぼうかなって話を前にしてましたよね」
「そうなんだ。それでディアの意見が聞きたくてね。候補者はふたり共辺境伯関係者だ。選ばれなかった方の家は、あまりいい気分じゃないだろう?」
「それもそうなんですけど、私達の代では、辺境伯同士の縁組はしないって話でしたよね?」
「え? なんの話?」
「あれじゃないかな? コルケット辺境伯が、バランスを考えてどちらの辺境伯にもディアを嫁入りさせないようにしようって言っていた話」
はあ? コルケット辺境伯家に、私と年の合う男の子なんていないじゃん。
つまりジュードと私の結婚は禁止というピンポイントな話だったって事?
「ああ、あったね。ノーランド辺境伯にしても、まだあの頃はベリサリオとあまり親しいわけではなかったから、下手に妖精姫を城に入れて乗っ取られたくなかったらしいよ」
わーい。初めて聞く話がたくさん。
あれって六歳の頃だったかしら? 辺境伯の領地ご訪問をしていた頃よね。
そんな子供相手に乗っ取られるとか。勇猛果敢と言われるノーランドの名が泣くわ。
「精霊のいなくなった学園の森で話をした後だし、ディアの赤ん坊の頃からの逸話を聞けば警戒するよ」
「オーバーなこと言わないでください。私が何をしたっていうんです?!」
「順番に話した方がいい?」
「……いえ、けっこうです。それより話を戻しますけど」
「あ、現実逃避した」
「アラン、そっとしてあげよう」
こいつらシスコンて嘘だろ。
変わった希少生物鑑賞したいだけだろ。
「皇太子が選ばなかった方と結婚するって事は、クリスお兄様はどちらでもいいって思っているんですか?」
「ふたりともディアの友達で、何度も会って話もしていい子だってわかっている」
「でもべつにどちらも特別ではないんですよね?」
「……」
さすがに私もね、子供の頃のように……今も子供だけど、もっと子供だった頃のようにこの世界では恋愛結婚する貴族が多いなんて、そのまま信じちゃいない。
家柄が釣り合うか。魔力量が釣り合うか。お互いの家にプラスになるか。
まず条件が先に来て、その後にやっと性格が合うかどうか、好みの容姿かどうかを選んでいく。
自分で選べば恋愛結婚。親が選べば政略結婚だ。
べつにさ、それはいいんだ。
いちおう十五までは親が決定してはいけないって建前もあって、実際に自分で選べる家も多いらしいし、婚活サイトだってお見合いだって、先に好みや条件を考慮してから会うもんね。
でもさ、友達やお兄様の話となると、なんかこうもやもやっとね。
私の話じゃないんだから、余計なことはしないほうがいいんだけどさ。
『ナディア来た』
『母君を呼び捨て駄目』
『ナディアにいいって言われた』
『ずるいずるい』
精霊獣達の中で周囲の気配に気を配るのは、当番制にでもなっているのかな。
兄妹それぞれの精霊獣が、一属性ずつ顔をあげてお母様が来たことを知らせてくれた。
「なんでお母様が?」
「そりゃヨハネス侯爵の話だろう」
うちの寮、毎日慌ただしすぎない?
昨日城に帰ったばかりなのに、今日はお母様が寮に来るなんて。
「ここで会うわけにはいかないだろう」
「出迎えて客室に行こうか」
夕食……。
「部屋に届けてもらいなよ」
アランお兄様に呆れた顔で言われた。
ふたりとも食べるの早すぎるんだよ。
私よりたくさん食べるくせに、なんでそんなに早いのさ。
手近な小さい応接室に私だけ夕食の残りを運んでもらって、家族が話している横で食べる事にした。
お母様はヨハネス侯爵のお手紙をご覧になったそうで、たいそう御立腹でいらっしゃって、私が落ち込んでいるのではないかと心配したみたい。
「こっちは精霊王が来て、琥珀の住居に行ってきたんです」
「え? 皇太子殿下との茶会は中止だったの?」
まずはお互いの情報交換しようという事で、クリスお兄様とお母様が話している間にもぐもぐしてしまおう。
ふと気付くと、食事が終わっているはずのアランお兄様も、ちゃっかりとデザートを食べていた。
あれだけ食べてなぜ太らんのだ!
胃か腸の中に虫でも飼っているのか!
「まあ、じゃあ皇太子殿下と第二皇子殿下はおふたりでお話されたのね」
「はい。短時間でしたけど、琥珀様が間に入ってくださって、帰りには随分と打ち解けた雰囲気になっていました」
「ご迷惑をおかけしたのに心配してくださるなんて、琥珀様は素晴らしい方ね。以前からおふたりの事は気になっていたのよ。でもベリサリオが口を出すのはまずいでしょ?」
ふたりを仲直りさせたのもベリサリオだったっていうのはやめたいよね。もう目立ちたくないもん。
「本当に良かったわ。で、ヨハネス侯爵のことだけど、あなた達はあの手紙を読んでないのね?」
三人揃って頷く。
お母様の顔つきが変わったところを見ると、内容に問題でもあったのかな。
「観光業で成功して、お客様のもてなし方も一流だと聞いていたのに」
頬に手を当ててほおっとため息。
お美しいのですけどなんとなくこう威圧感が。
私がこわいというのなら、それは間違いなくお母様譲りですわ。
「まるで親しいお友達に書いたようなお手紙だったのよ。カーラが困らないようにうまくやってくれるよねっていう内容でね。自分の行動で娘の立場を悪くしておきながら、ディアに尻拭いさせようとするなんてありえないわ」
「お、お母様、落ち着いて」
「いくらしっかりしていたって、あなたは十歳なのに。あの男は何を考えているのよ。あの男が娘を大事に思うように、私だってあなた達が大事よ」
「母上、今回はあちらが勝手に首を絞めただけですから落ち着いてください。こっちは精霊王のおかげで注目され、皇族も精霊王と親しげだと思われたはずです。寮にパティを送り届けた時にグッドフォロー公爵夫人にお目にかかりました。非常に感謝していましたよ」
クリスお兄様の言葉と、たいして気にした様子もなくもぐもぐしている私とアランお兄様を見て、お母様はだいぶ落ち着いて、そしてちょっと困った顔をした。
「そうね。精霊王の元に本当ならカーラも行けたはずなのに、自分達でチャンスを不意にしたんですものね。でも私、頭に来ちゃったから、ヨハネス侯爵夫人にお手紙を渡してしまったわ」
「どんな内容で?」
「新年のクリスの成人祝いの舞踏会に、間違って招待してしまってごめんなさい。ディアとあんな親し気な手紙をやり取りするお友達なら、ヨハネス侯爵家には成人している方はいらっしゃらなかったのね。ベリサリオで行われる茶会にカーラ様が来ていただければ充分ですわ……というような内容を、遠回しに言ってわからないと困るから、割とわかりやすく」
ええええ?! 舞踏会に来るな。茶会にもカーラ以外来るなって、それって関係を切るって事じゃないですかね。
ヨハネス侯爵夫人はノーランド辺境伯の娘さんなんだよね。
娘を嫁がせた先が、皇太子に失礼なことをした上にベリサリオに嫌われたとなると、怒るんじゃないかなあ。
「それに、ヨハネス侯爵からのお手紙をノーランド辺境伯に見せちゃった」
うひゃあ。
そんな素敵な笑顔で何をしてくれてしまっているの、お母様。
すっかり大事になってしまっている。
「失礼いたします」
部屋にはいってきたのは、お父様の秘書のひとりだった。
「ノーランド辺境伯夫人からナディア様に至急お会いしたいとのご連絡がありましたが、本日重要な話があり子供達の元に向かっていますので、会う時間が取れませんと辺境伯がお断りになりました。少しのんびりしていらしてくださいとのことです」
行動はやっ!
なんでノーランド辺境伯夫人がこんなに早く動いたの?
「まあ、外孫とはいえ、カーラの事がそんなに心配だったのかしら」
「いや、たぶん皇族かグッドフォロー公爵家経由で、精霊王が割と簡単に引っ越しすると聞いたんでしょう」
「引っ越し? どういうことなのかしら?」
「そのままの意味です。自分の担当する地域内でしょうけど、飽きたら他の場所に引っ越すそうですよ」
「それがどうしたんです? クリスお兄様」
「ディアは、頭が回る時と回らない時の差が激しいね」
「基本、回りません」
だって引っ越したって関係ないじゃない?
翡翠は転送陣を使っているし、蘇芳も現在設置場所を選んでいるはず。琥珀のいる場所だって次元が違うだろうし、瑠璃の住居なんて水の中よ。
要は、転送陣のある場所やアーロンの滝やうちの湖みたいに、精霊王との接点になる場所が重要なわけでしょ。
この世界と精霊王の住居を繋ぐ場所だから、魔力量が多くて精霊が多いし。
「忘れてないかい? そもそも精霊に会う代表を決めたのは僕達。もっと言えばディアだ。精霊王が指定したわけじゃない」
「そうですね……」
「ディアがどちらかの辺境伯と諍いを起こして、もう彼らの領地にはいかないって言ったら?」
「……」
「他所の領地に引っ越すね」
答えたくなくて黙っていたのに、容赦なくアランお兄様が答えてしまった。
「あら、それは慌てるわね。辺境伯以外の貴族の領地に引っ越した場合、精霊王と会うのはそこの領主になるのよね。また勢力図が変わってしまうわね」
お母様まで、そんな平然とした顔で言わないで。
「ウヴァアアアアア」
もうね、両手で頬を押さえてムンクの絵と同じ状態よ。
せっかく転生したのに、魂が口から出て行きそう。
これ以上、私の発言権を大きくしないでー。
「ディア、その顔はさすがにひどい」
クリスお兄様が困った顔で言う横で、アランお兄様が爆笑している。
なんでみんな落ち着いているの。
私の存在やばいでしょ!
え? いまさら?
読んでくださってありがとうございます。
誤字報告、助かってます。
少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。