誕生日会 後編
私を心配して家族が駆け付け、そこに野次馬が集まり、私の周囲はすごい事になってしまった。
まず問題を起こした張本人のデニスは、目の前に現れたフェンリルと竜に驚き、半泣きで硬直している。まさか弱そうな女の子をちょっと脅しただけで、こんな大変なことになるとは思ってもいなかったんだろう。
ハリーはいまだにデニスの腕を掴んだままで、こちらも驚いて硬直してはいるけど、目の前に現れた精霊獣に目をキラキラさせている。たぶんモフモフしたいんだろうな。あとでさせてあげるね。
アイリスも驚いて目を丸くして私に縋り付いて固まっていて、レックスは精霊獣に挟まれて下手に動けなくて固まっていて、つまりみんな固まっている。
その中で動けた私ってば偉い。
でもそのせいでお父様は精霊獣を切り捨てそうになってるんだけどねー。
まず一番にしなくちゃいけないのは、お父様を止めることだ。
「お父様、落ち着いてください。私は大丈夫です」
『おまえの父は何を怒っている』
座っていても立っている私より頭の位置が高いってことは、炎のフェンリルになったこの精霊はかなりでかいな。
それが甘えて頭を擦り付けてくると、押されてよろよろしちゃう。
全身の毛が燃えているように見えるのに不思議と熱くないし、甘えてくれると可愛い。
「お風呂に入っているのを見られたこと」
『風呂?』
『水浴びか?』
水の竜の方は、この西洋風の世界では異質に感じてしまうけど、たぶん私の心の中に聖なる生物のカテゴリーがあるとしたら、間違いなく竜は入っているだろう。
竜だから目がぎょろってして髭が生えていて、口が大きくて牙が大きい。子供達が泣いてしまいそうな怖い顔だ。でも目が優しそうで、鱗が光を反射してきらきらで、そこに水の流れのような光が加わるとすっごい綺麗。
こっちは尻尾を私にくっつけたり緩く巻き付けたりしてくる。
私、ちょっとターザンぽくない?
これ大丈夫? ファンタジーから外れてない?
私が精霊獣と戯れている間に、お父様をお兄様がふたりがかりで宥めて、ひとまず剣はしまってくれた。
だいたい風呂問題より先にやることがあるだろう。
言い出したの私だけど。
「風呂についていくことはこれからは禁止だ!」
『かまわない。隣の部屋で待つ』
「離れて平気なの?」
『そのくらいの距離なら問題ない』
『離れられない精霊にはまだ自我がないのだ。近くにいても問題なかろう』
『話しかけないと自我は育たない』
やっぱり話しかけるのは重要だったね。
「ねえねえ、触ってもいい?」
『当然だ』
『我らはおまえの精霊だ』
うわほほーい。
さっきからすりすりされてたけど、こっちから触るのは平気なのかなって気にしてたのよ。むしろ嬉しそうにしてくれてる。
フェンリルはモフモフだし、竜はひんやりとして意外と気持ちいい。夏場は添い寝したい感じ。
風と土の精霊が、私達も忘れるなーって私の周りを飛び回ったので、彼等には掌に集めた魔力を分けてあげた。彼らはどんな精霊獣になるのかな。
「今の話は、特に女性陣には伝えなければな」
「わかりました。彼はどうします?」
クリスお兄様が冷えた眼差しを向けた先はもちろんデニスだ。
アイリスとハリーは私が手を引いてちょっと移動して、モフモフとヒヤヒヤを楽しんでもらっている。
私を守ろうとしてくれたお礼さ。
あと五年くらいしても意志が変わらなかったら、護衛や側近になってもらおう。
「レックスに話していたことを城で詳しく聞こうか」
「まったく、この馬鹿者が申し訳ありません」
「有意義な話だったでしょう?」
お父様の執事長のセバスが頭を下げる横で、レックスは全く悪びれずにへらっとしている。
セバスはレックスのおじいちゃんなの。
「まったく子供にどんな話を聞かせているのやら」
「どうせ話の内容を理解していないと思ったんでしょうね」
「はあ? あのくらいの話、ディアだって理解するぞ」
「旦那様、それはお嬢様が特別優秀だからです。他の子供では無理ですよ」
「クリス様もアラン様も、学園に行ったら周囲が子供ばかりでうんざりするんじゃないですか?」
「あいつらも子供だろう」
セバスとレックスの言葉に、嬉しそうなお父様。
身内の贔屓目もあるだろうけど、確かにうちの兄妹はおかしい。
ここにいる子供達の中でも明らかに浮いている。
でも仲良くしてるんだよ。お友達もいるみたい。
私なんて前世の記憶があるだけだから、いつかみんなが追いついてきて、普通の大人になると思うのよ。
賢いねって言われるのは今だけさ。
「きみはちょっとこっちに来てくれる?」
「なんだよ、おまえは!」
クリスお兄様に二の腕を掴まれて、デニスは私達から離れた位置に連れていかれた。
精霊獣が怖くてさっきまでの勢いはさすがにない。
彼の失礼な口調にはむかついたけど実際に殴られたわけじゃないし、私としては注意してくれればいいんだけど、ばらしていた内容がね、やばいよね。
本当に横領していたなら、たぶん爵位剥奪されるだろう。
そうじゃなくても不敬罪よ。
「デニス?!」
悲鳴のような声で我が子を呼んだのは、ジャラジャラと貴金属を身に着けた細身の美女だ。
なんというか想像通りの奥様だったわ。
その隣を歩く紳士もほぼ想像通り。細身で神経質そうな眼鏡をかけた男だ。
どういう状況なのか把握しようと、せわしなく視線を動かし考えをまとめようとしている。
「やあ、コールマン伯爵。きみのご子息はなかなか愉快な子だね」
私はお父様が本気で怒っている顔を見たことがなかった。私には激アマだもん。
でも今日わかった。怒らせたらまずいタイプだ。
まさか精霊獣相手に剣を抜くとは思わなかったし、今も、口調は軽いのにひんやりと背筋が寒くなる迫力がある。シンと周囲が静かになってしまった。
「セバス。伯爵一家を城に案内してくれ。彼等にはしばらく城に滞在してもらおう」
「承知いたしました」
「彼らの世話はうちのものにさせてくれ。彼らが連れて来た者達も、まとめて同じ部屋に集めておいてくれ」
「いったい何が……」
「話はあとでする。ゆっくりとな」
お父様の言葉に従ってセバスが指示を出し、何人かは大急ぎで城に駆け出していき、何人かは伯爵達三人を取り囲んで城に連れて行った。
「なんであいつの命令に従っているんだよ」
「黙れ」
「父上の方が偉いんだろ!」
「黙れ!!」
すごいわ、デニス。
空気をここまで読まない子も珍しい。
「みなさん、精霊は対話して魔力をあげて育てると、精霊獣になって会話出来るようになるそうですよ。まだ時間があります。無理はしない程度に精霊を探してみてください」
まだ何人かで仕事の話をしているお父様の代わりに、クリスお兄様が皆に声をかける。
デニスより一歳とはいえ年下なのよ?
私のお兄様、すごくない?
「冷たい飲み物とスイーツを用意しました」
「どうぞこちらに」
執事達が見物していた客をテーブルに誘導してくれたので、ようやく一息つける。
私の誕生日要素のまったくないパーティーになっているな。
「アイリスちゃんとハリーくん。ディアちゃんを守ってくれてありがとう」
お母様にお礼を言われて照れているふたりも、ご両親の元に連れて行ってもらう。
友達ふたり、ゲットだぜ!
「ディア」
「はい。アランお兄様」
「精霊獣は何て呼べばいいの?」
「そういえば、名前を聞いてませんでしたわ」
『名前? 生まれたばかりだ。あるわけがない』
『つけてくれ』
おおう。私がつけるのか。
彼らは、私が客に説明するために、何度も魔力を放出したり掌に集めていたから、どさくさに紛れてそれを食べていたら進化したらしい。
食いしん坊精霊ですよ。
「ディア、精霊と少し話が出来るかな?」
「どうでしょう?」
『主の父親か。いいぞ』
『もう剣は向けるな』
お父様に聞かれたので私が話を振ると、フェンリルと竜がするすると私の両脇に移動して、黄色と緑の光の球がお父様の精霊と挨拶するように一緒になってふわふわと飛ぶ。
見ているだけで癒される優しい世界だ。
「今日ここにこれだけの人が集まっているだろう? 精霊達の迷惑にはなっていないだろうか。こういう集まりを今後もここで続けたいのだが、大丈夫だろうか」
『我らの意見を聞いてくれるのか』
『素晴らしい。主の父親はいい人間だ』
『みんな楽しんでいるとは思うが、精霊王に聞いてみればいい』
「精霊王?」
『呼んでみよう。駄目なら我々が答えよう』
なんか、新しい情報来た。
ウィキくんにそんなことまで書いてあったかな。
精霊について調べたのって、歩き始める前だから覚えてないや。
『精霊王、おられるか!』
フェンリルの精霊が湖のすぐ近くに歩き出したので、私もお父様も後ろをついていく。
背後はたくさんの人間がいて賑やかだけど、湖面は静かだ。
『人間が多すぎて駄目かもしれんぞ』
『ううむ。その可能性があったか』
『いやかまわん。新しい精霊獣が生まれるのは何十年ぶりだ? 生まれたばかりのおまえ達の願いを聞き届けよう』
湖の表面が淡く輝き、その光がすーーっと浮き上がった。
光がゆっくりと消える中、湖面に姿を現したのはスモークブルーの髪を肩まで伸ばした美しい男性だった。
肌は透き通るように白く、瞳はガラス玉のようなアイスブルーだ。
ゆったりとした白い衣を羽織り、湖の上に浮かんでいる。
体全体が淡く光を発していて神々しい。
また美形ですよ。
それも元の私の年齢に近い美形。
ただあまりに非現実すぎてドキドキしない。
『その子がおまえ達の主か』
『そうだ』
『変わった魂を持つ子供だ。名を何という』
「ディアドラです」
『そうか。そなたのおかげで我らは新しい仲間を得た。そしてまた、今後はたくさんの仲間と出会えそうだ』
精霊王の登場にいつの間にか背後が静まり返っている。
そりゃそうだよね。何が起こっているかわからないもんね。
精霊王が存在する事すら誰も知らなかったでしょ。
注目を浴びている精霊王は、少し離れた草原に集う人達とその周囲に浮かぶ光を見て、嬉しそうに目を細めた。
『この地はもう忘れ去られたと思っていた。またこうして人と精霊が触れ合う場になったことを喜ばしく思う』
ほとんど思い付きと勢いでここまで来たのに、こんなに喜んでもらうとちょっとだけ申し訳ない気になってくる。
でも、せっかく精霊と人間が共に生きていける世界なんだもんね。
仲良くしたいよね。
「話を聞かせてもらってもよろしいだろうか。私はこの地を治めるベリサリオ辺境伯だ。ディアドラの父親でもある」
『ベリサリオ……。以前会った男は何代前になるのだろう。懐かしいな。おまえたち家族を招待しよう。こちらに来るがいい』
精霊王の周りに美しい女性が三人現れ、光を溢れさせながら手を動かすと、テーブルとイスと白い衝立が水上に姿を現した。
「レックス。お菓子取ってきて」
「はい」
レックスが籠にお菓子やサンドウィッチをつめて渡してくれたので、それを持って湖に足を踏み出す。
私達のいるところからテーブルが用意されたところまで、湖面の色が変わっているから、たぶんそこは歩けるんだと思う。
「ディア、待って。籠は僕が持つから」
「一緒に行こう」
過保護だなあ。平気なのに。
でもしょうがないから籠をクリスお兄様に渡して、ふたりと手を繋いで湖面を歩く。
気分は忍者だよ。
歩いた感触は大理石の床みたい。
私達が通り過ぎた場所は水の色が変わって、他の人達は来られなくなってしまった。
私の精霊獣は当然ついてきているよ。
というか、レックスを待っている間にさっさと精霊王の元に行ってしまった。
私は主だけど、それより精霊王の方が上の存在なんだろうね。
『くつろいでくれ』
湖面の中央には座り心地のよさそうな生成り色のソファーと、お茶と果物の置かれたテーブルが用意されていた。
「人間の食べ物は食べられますか?」
クリスお兄様が籠から食べ物を出すと、精霊王は興味津々で手を伸ばした。
『なかなか美味いな』
「それはよかった」
『それで何を聞きたいのだ?』
「今日のように多くの人がここに来て、自分と一緒に来てくれる精霊を探すのは迷惑にはなりませんか? 騎士団や城の者達にも機会を与えたいのです」
出来ればレックスやブラッドにも機会をあげてほしいな。
レックスは風の精霊がいるんだけどブラッドはまだいないんだよね。
アサシンだったからあまり魔力を鍛えていないって言ってたけど、ひとつくらいは大丈夫だと思うの。
これから精霊を育てながら、魔力をあげていけばいいんだよ。
『毎日ではさすがに困るが、そうでないならばむしろこちらからお願いしたい。我々は人間の魔力を糧として育ち進化する。精霊獣が増えればこの地の魔力が上がり作物がよく育つ』
「それは我らにとってもありがたい。では曜日を決めてお邪魔させていただきます」
『そうしてくれ。だがな、わざわざここに来なくても自然が豊かな場所になら精霊はいるぞ。自然を壊さずに対話してくれるのなら、どこでも精霊はその声に応えるだろう』
「ほう。では皇宮の近くでも精霊はいますか?」
『そこは我の領分ではない。この世界はな、各国にそれぞれの属性の精霊王がいる。つまり四人ずついるわけだ。南の島国では精霊と人間がそれは仲良く暮らして居るし、西の国では人間が精霊王の住む自然を壊したため、砂漠化が進んで人間が住めなくなっている。この国にも我のほかに三人の精霊王がいる。皇宮近くは土の精霊王が住んでいたが、皇帝はその森を壊してしまった。今彼らは別の次元に移り住み、人間達とのかかわりを断ってしまっている』
「では学園近くの森にも精霊はいないんですか?」
『いることはいる。だが精霊王に遠慮して人間に近付かない』
だから皇子達に精霊がつかないんじゃん。
この世界の自然破壊はこわいな。精霊の怒りで砂漠化が進んじゃうんだ。
てことは、皇都砂漠化?
なのに地方は精霊と仲良くして栄えたら、面倒なことになりそう。
「だが人間が住む場所も作らなくてはいけないのです。陛下もまさか精霊王の住む森とは思わなかったのでしょう」
『ならば壊す前に相談すればよい。それに知らないはずがない。ついこの間まで、人間は我々と共存していたんだぞ。なぜ人はすぐに忘れてしまうのだ。寿命が短いのだから次の世代にきちんと伝えるべきだ』
耳が痛いな。
それが難しいのよ、人間は。
「どうすれば土の精霊王の怒りはやわらぐでしょう」
『知らん。おまえなら家族と住処を追われた時、どうしたら相手を許せるのだ』
「……許せないかもしれません」
「父上。我々はこの情報を届けるだけで、それ以降は陛下と精霊王で話していただくしかないですよ。まだ陛下がどれほど精霊を重視なさるかわからないのですから」
「そうだな。だが少なくとも我々は、今後も精霊達と共に暮らしていこう。おまえの代でも頼んだぞ」
「もちろんです」
北の高原地域に風の精霊王が、東の大草原に火の精霊王が住んでいるんだって。
ひとまず陛下に報告してから、精霊王がいる地域を治めている貴族にも情報を渡すらしい。
「この地に皇帝が訪れた場合、会っていただけますか」
『断る。人間の階級など我らには関係ない。我はこの地域を治めるおまえたち家族とだけ会う。多くの精霊と人間が共に暮らせるようにという会合なら、今後もいくらでも付き合う』
「他の地域の精霊王とその地を治める人間の橋渡しもしたいのですが……」
『うーむ。精霊王達に連絡はしてやろう。人間側はおまえ達が動くべきだ』
「あの……」
『ディアドラといったか、そなたのおかげで人間達が我らとの付き合い方を思い出したのであろう? お礼に我の祝福を授けよう』
え? それまた目立たない? 大丈夫?
いやそれより、どうやら私は気に入られているみたいだ。
顔つきも声もお父様と話す時と違うもん。
精霊王、あなたも幼女は特別扱いか!
「祝福より、一度だけでいいので皇帝家族と会っていただけませんか? 彼らが人間に精霊の事を説明してくれたら、一気にみんなが考えを変えてくれます。国中の精霊が人間と仲良くなれるかもしれないです」
もう四歳児の喋り方わからん。
かまうものか、私は神童だって事にして。
『祝福はいらんのか』
「はい」
『状態異常軽減の祝福だ。毒も病気もほぼかからなくなるぞ』
「ううう……。でも、精霊獣がたくさんいる国に住みたいです!」
『気に入った。一度だけなら会おう。祝福も授けよう』
わーい。これで長生きできるかも。
でも、また目立った気がする!!