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修羅場? 中編

「先程から新事業のお話が出ているようですけど?」


 わたしもクリスお兄様の真似をして小首を傾げてみた。微笑み付きで。

 まるで波が引くように、バーニーの顔から怒りの表情が消えて、椅子の背凭れにぴったりと背中をつけている。なんでさ。


「バート様、新事業に対して具体的なお話はしていませんし、何をするとも決めていませんでしたよね。確か私、協力して新しい事業をするのもいいかもしれませんわね。でもまだ確定ではないですし、他所では言わないでくださいねと言いませんでしたっけ?」


 気持ち的には日本の昔話によくある、見てはいけないと言われたくせに、いろいろと見てしまう男に「見ぃたぁなあ」と女性陣が言う時の気分だけど、十歳の少女がそんな迫力は出せないから、ここは出来るだけあどけなく、口は綺麗に弧を描いて、優しく微笑んで、声だけちょっと低く。


「話してしまったんですね」

「ひっ」


 すっごいな、効果覿面(てきめん)だな。ビビりまくっている。

 隣のリーガン伯爵まで硬直している。そんなに私の笑顔は迫力あった?

 あれ、でも目線が。


 彼らの目線を追いかけて上を見上げながらくるっと後ろを振り返ったら、ひゅるっと音がしそうな勢いで、リヴァが光の帯を空中に引っ張りながら球状に戻り、ふわふわと仲間の元に漂って行った。


「リヴァ?」


 あんた今、顕現したでしょ。

 部屋の中だから小型化していただろうけど、それでも竜の顔がにゅっと出てくればそりゃあ怖いだろう。

 私、竜を背中に背負った少女になっちゃうでしょ。

 しかも三次元の竜だよ。極道も真っ青だよ。


「あなた達はおとなしくしていて。()()()()()平和的に話が進んでいるんだから。ああでも、誓約書におかしな部分があるんですよね?」

「魔道士長がこの誓約書に魔力を感じると言っているんだ。必要であれば、どんな魔法が使われたか調べてくれるそうだよ」

「そ、そこまでする必要があると思われるほど、我らは疑われているのですか? 公爵とは古い付き合いではないですか」

「今回の件もそうだが、もう派閥は解散することにしたよ」

「な、なんでですか!」


 パウエル公爵が、さりげなく重大発表投下。

 お父様が驚いていないという事は、そういう話が前から出ていたんだろうな。


「なぜ? きみは便利に私の名前を使って、嫡男の婚約という重大な問題で一言の相談もない。そのような付き合いを続ける利点が私にはない」

「ギルの家や宰相などはどうなさるのですか?」

「もちろん彼らとは付き合いを続けていくよ。彼らは学園でうちの寮を使っているしね。ベリサリオとブリス伯爵やエドキンズ伯爵は大変親しいと誰もが知ってはいるが、派閥は作っていないだろう? それと同じように彼らの力になるつもりだ」


 クリスお兄様の言葉に答える公爵の表情は優しい。

 パウエル公爵は優秀な若者の育成にも力を注いでいる人でもあるから、クリスお兄様を大変気に入っている。


「そうか。ではもう公爵はモールディング侯爵の後ろ盾は降りるという事ですな」


 そう言いながら、コルケット辺境伯が部屋にはいってきた。

 最近少し体を絞ったそうで、お腹周りが随分すっきりしてきている。翡翠に健康を気にしなさいよと注意されたんだって。


「はい。もう彼らと私は無関係です」

「なるほどなるほど」


 なんでここにコルケット辺境伯が? という疑問は、続いてスザンナとイレーネが部屋にはいってきたので理解出来た。


「はやっ」

「はっはっは。以前からスザンナに相談はされていたんでな、イレーネに話を聞こうと寮に行ったら、当事者の彼女を置いて伯爵とバートがベリサリオに行ったと聞いてね、どういうことか意見を聞こうとオルランディ侯爵寮に向かったらスザンナに会ったんだ」

「そうだった……イレーネ?」


 つかつかと部屋にはいってきたイレーネは、コルケット辺境伯の前を横切り、座っていたバートの胸倉を掴んだと思ったらすぐ、手をパーの形にして、ピッターンというような大きな音をたてて、バートの顔をひっぱたいた。


「よくも私のお友達を侮辱するようなことが言えたわね! ディアにどれだけお世話になっていると思っているのよ!」

「おまえのためを思って」

「嘘ばっかり! 私とまともに会話した事なんてないじゃない。挨拶したって無視する癖に何を言っているの? あなたが大事なのは牛だけでしょ!」


 みるみるうちにバートの頬が、手の痕をくっきりと浮かび上がらせて赤く腫れていく。

 バートだけじゃなくて、誰もがイレーネはおとなしいお嬢さんだと思っていたんだろうね。ちょっと笑えるくらいに、みんな驚いている。バーニーなんて、椅子から立ち上がって逃げ出しそうな体勢で固まっているわよ。

 うちのお兄様達まで、ちょっとびっくりしたみたいで呆気に取られてイレーネを見ているもん。

 さすがにエルトンは苦笑いをしてはいても驚いてはいないかな。


 でも普段のイレーネは確かにおとなしいというか、話を聞くのは上手で、自分の意見は聞かれないと言わないことが多い子だった。

 たぶん、家で夫人くらいしかイレーネの考えを聞いてくれなかったから、自分から話していいか迷ってしまったんだろう。


「こちらです。夫人! そんなに走ったら転びますわ」


 スザンナの声にみんなが我に返った時、バタバタバタと廊下を走る複数の足音が聞こえてきた。


「イレーネ!!」


 飛び込んできたのはリーガン伯爵夫人だ。

 さすがお母様、予定より早く戻って来てくれたんですね。


「これはいったいどういう事ですか。私がいないうちにあなた達は何をしているんです!」 


夫人は泣きそうになっているイレーネを抱きしめながら、リーガン伯爵を睨みつけた。


「わ、私はイレーネの縁組など知らなかったぞ!」

「何度も話そうとしましたわ! そのたびに今は忙しい。まだイレーネにそういう話は早いと後回(あとまわ)しにしたくせに、なぜ急に婚約話が持ち上がっているんです。イレーネ、一緒に家を出ましょう。あなたが犠牲になる必要はないわ」

「待て。婚約の話はなくなった」

「あら?」


 夫人とお母様が確認を取るように私を見たので頷いた。


「まあよかった」

「じゃあもう問題はありませんのね」

「今は婚約解消に関して賠償を求められているところです」


 クリスお兄様の言葉に、あとから部屋にはいってきた人達の表情が強張(こわば)った。


「バーニー、きみはイレーネを愛しているんだよな」


 立ち上がり、イレーネと夫人に歩み寄ったエルトンが尋ねた。


「そ、そうだが?」

「だったら、イレーネの気持ちを知りたくはなかったのか?」

「え?」

「彼女が自分をどう思っているか確認もしないで、婚約を進めたのだろう?」


 そうだそうだ。

 婚約するなら、ふたりで話す場面もあっただろうに、なんで気持ちを確認しなかったのさ。

 あれ?

 なんでイレーネは、そこで好きな人がいると言わなかったの?


「イレーネ、婚約する前にバーニー様とお話していないの?」

「ええ。一度もお話をしたことはありませんわ。それどころか、こんな近くでお会いしたのは今日が初めてです。そのことでお兄様に苦情を言っても、どうせおまえじゃまともに話が出来ないだろうって」


 おいこら。そんなことを妹に言うバートもむかつくけど、一度も話をしないでおいて、イレーネに惚れていると言い切るバーニーもひどいだろう。


「まあ、こんなに急に婚約するほど愛している女性と、会いたいと思わないんですか? 本当に愛しているんですか?」

「い、いや、そう、あがってしまって。何を話せばいいかわからなくて」

「愛しているんですか?」

「そうですよ」

「なら、精霊に聞いてみましょう?」


 両手を胸の前で合わせて、嬉しげに微笑んでみせる。

 背後でまた、リヴァが顕現しているとわかっているけど、今は放置。


「精霊は嘘がつけないのは御存じでしょう? ですから、バーニー様がイレーネを愛しているかどうか。誓約書に魔力を感じるのはなぜか。聞いてみればいいじゃないですか」

「そ、そこまでの事が必要ですかね」

「賠償させようとしているんだから、必要でしょ」


 同じポーズのまま、笑顔を引っ込めて真顔になる。

 リヴァに対抗して、他の精霊まで顕現し始めやがった。


「あなた達、何をしているのかしらぁ」


 にっこり笑顔で振り返ったら、精霊達は慌てて球状に戻って、部屋の隅まで逃げて、壁にくっついてブルブルしている。

 なんなの、あいつら。

 私はこわい子だって、みんなに思わせたいの?

 その怯えている演技はやめなさい。


「それはいい考えだ。ディアドラ嬢お願いできるかな」

「もちろんですわ、パウエル公爵様。ただし、バーニー様のおっしゃっている事が嘘だった場合、私の大切なお友達を利用しようとして、これだけの方達を騙そうとしたんですもの。領地から精霊がいなくなるくらいは覚悟していただきたいですわ」

「ここまで言って嘘だったら? この私がそこまで虚仮(こけ)にされて黙ってはいないとわかっているだろう」

「このような場を設けた私も馬鹿にされたという事でしょうな」


 パウエル公爵とお父様がとても悪そうな笑顔を見せた。


「わざわざ私がここに来た意味も考えてもらわないと。リーガン伯爵家とは古い付き合いでね」


 コルケット辺境伯の場合、ここに来た当初から、こいつらどうしてやろうかって顔をしていたからな。

 

「嘘なんてとんでもない!」

「で、でも、まだ誓約書が受理される前でしたし、ここは穏便な解決が一番ですよ。バーニー、今回は諦めてくれ。きっと他にも素敵なご令嬢がいるよ」

「父上……はい。友人のエルトンの恋路を邪魔するわけにはまいりません」

「友人?」


 エルトン、ここはひとまず、しーーーーっ!


「ということですので、今回の話はなかったことに」

「それがいいね」


 パウエル公爵が、びりびりと書類を破り捨てると、バートがはっとした顔をして上空をきょろきょろと見まわした。


「どうした、バート」

「あ……事業の契約に関しては魔道契約をしていて、それが今、解除されたみたいで」


 魔道契約?!

 こいつら、婚約を利用して誓約書を書かせるだけじゃ飽き足らず、魔道契約書まで結んでいたの?


「モールディング侯爵?」


 パウエル公爵の顔つきと声がこわいぞ。

 

「あ、いや念のためですよ。念のため。私達は話も終わりましたしこれで失礼します」

「派閥を解散するにあたり、今まで派閥にいた者達からいろんな意見や話を聞いている」

「はい?」

「今回のようなことを他所でもやっていたという事実が出た場合……きみはもう誰の援助も受けられないという事を忘れないでくれたまえ」


 慌てて立ち上がったモールディング侯爵は、バーニーの腕を掴んで立たせ、急いで部屋を出て行った。

 あれは他にもやらかしているな。

 事業や利益を乗っ取られた被害者が他にもいるんだろう。


「調べますか」


 お父様が立ち上がると、公爵も頷いて立ち上がった。


「またご迷惑をかけてしまいますね。チャンドラー侯爵といい彼といい、本当に申し訳ない」

「いやいやチャンドラー侯爵は素晴らしい方ですよ。夫人とナディアも和解しましたしね。お嬢さんがちょっと元気がよすぎるようですが」


 そうそう。

 学生時代にお母様のドレスにワインをぶちまけたチャンドラー侯爵夫人とお母様は、去年ひさしぶりに会って、正式に先方が非を認めて詫びてくれたので、仲良くはならないけど、夜会で顔を合わせたら挨拶するくらいには和解したの。

 初めてコルケット辺境伯のお城を訪れた時に、お姉さまの招待状を無断で使って私に声をかけてきた御令嬢がいたじゃない。あの子も今はすっかりおとなしくなっちゃったんですって。クリスお兄様と学年が一緒で高等教育課程に通っているから、私とは接点がないのよね。


「そんなお父様とパウエル公爵に、アランお兄様からお渡ししたい物が」

「僕が渡すの?」


 嫌そうな顔をしないでお兄様。

 私が渡すと、どうやってこんなことを調べたのかって思われちゃうでしょ。

 お茶会でイレーネの話を聞いて、ウィキくんで調べないわけないじゃないの。

 それで出てきた名前をいくつかピックアップして、噂を聞いたんで調べてみてとアランお兄様にお願いしたのよ。

 

 アランお兄様も独自に調べてはいたみたいで、どこでこの名前を知ったのって聞かれたから、じゃあお兄様は誰に調べさせているのか教えてくれといったら、お互い、その辺は内緒にしようという話になった。

 アランお兄様の執事のルーサーは、見た目からして怪しいし、フェアリー商会にも仲良くしている人がいるみたいなのよね。


 でもアランお兄様はこういうところは、割と適度な距離感を取ってくれるからありがたい。これがクリスお兄様だったら、白状するまで追及されるだろう。


「これは……」

「アラン、いつの間に」

「フェアリー商会に関わる可能性があるなら、調べておかないと」


 モールディング侯爵家の素行調査、ばっちりですわよ。

 フェアリー商会、探偵業でも食べていけます。

 じゃないと今回のモールディング侯爵家みたいに、より大きな利益を得るために汚い手を使ってくるやつらがいるからね。


「生徒が大勢いる場所で、共同開発の話をしていましたからね。しかもディアに噂より美しいとか、これから仲良くしたいとか」

「ほお」


 クリスお兄様が話をどんどん広げていく。

 お父様の顔がこわくなっていくからやめて。


「リーガン伯爵家に手を出したという事は、私を馬鹿にしたという事ですな」

「ディアにまで粉をかけるとは、許せませんな」


 コルケット辺境伯とお父様が、悪い顔で笑い合っている。

 お好きにどうぞとパウエル公爵も止めやしない。

 モールディング侯爵家、終わったな。

          

読んでくださってありがとうございます。

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