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髪の色とナルシスト

 明日は休日で、皇太子とカーラを招待したお茶会がある。

 学園って社交界に出る前にお友達を作ったり、貴族の基本的なルールを学ぶ場だって聞いていたんだけど、実践、実践、実践ばかりだよ。毎日問題持ち上がっているよ。

 おっかしいなあ。楽しい学園生活はどこに行ったの?


 今日は魔道具の授業。

 普段使っている魔道具を自分で作ってみながら、今後どんな魔道具があれば便利かとか、精霊の力と組み合わせたらどんな可能性があるかとか、あとはともかく魔力を使わせて子供の魔力量を底上げしようって授業だね。

 

 今日作るのは、基本的な照明だ。

 小さな魔石に簡単な魔法陣を書き込む時に、定着させるのに少しずつ魔力を流し込まないといけない。

 魔法陣と言っても丸描いてチョンをちょっと複雑にして、魔法文字を付け足すだけだから簡単なんだけど、目が寄りそうよ。


「先生できました」

「もう出来たのか。早いね。ああ、よく出来ているよ」


 最初に出来た男の子は得意げだ。

 完成品は持って帰れるから、女の子は土台の色や照明の形にこだわって、作業に取り掛かるのが遅くなった子が多いけど、男の子の中には早く出来れば偉いと思っている子もいるようだ。


「まだ終わらないのかよ」


 不意に手元が影になったと思ったら、一番に作り終えた子が私の机の前に立っていた。


「おっせーな。魔道具は精霊獣が作ってくれないもんな。ひとりじゃ何もできないとか?」


 学園が始まって明日で一週間。

 そろそろみんな、教室にいる子供には慣れてきて、仲のいい子も出来始めている。親しくなると遠慮が薄れて、本来の性格が見えてくるものだ。

 でも私はパティやカーラと一緒にいることが多くて、男の子とはあまり話したことがないのに、なんで突然突っかかられているんだろう。


「やめなよ。失礼だわ」

「教室の中では身分は関係ないんだろう」


 でも嫌われれば、外で無視されるよね。

 教室内の事はノーカンでと言われても、感情ってそんな簡単に割り切れないでしょ。特に子供は。


「遅いんだよ。やってやろうか」

「もう終わるからほっといて」

「なんだよ、親切で言ってやっているのに。そっちは? 手伝おうか?」

「もう出来ましたわ」

「授業なんですから、自分でやらないと意味がありませんわ」

 

 パティもカーラも、さくっと終わらせているようだ。

 

「そ、そうかよ」

「その土台の色、綺麗だね。部屋で使える色を選んだの?」


 横から他の男の子がパティに声をかけてきた。


「そうなんです。気に入っていますのよ」


 パティが微笑むと、男の子はうっすらと頬を赤らめた。

 美人さんだもんね。気になっちゃうよね。


「色なんてどうでもいいだろ」

「だから田舎者はいやよね」


 誰かが小さな声で呟いた言葉が、しっかりと聞こえてしまった。


「なんだと!」

「今は中央の方が田舎だろ」

「赤髪がえらそうに」


 十歳の子供なのに、地方と中央で喧嘩しちゃうの?

 ああ、子供だから親の話している事を聞いて、そのまま言っちゃうのか。


「偉そうでごめんなさい。でも今は授業中よ?」

 

 パティの言葉に教室が静まり返った。

 赤い髪の公爵令嬢に言われて、反論できる者はいない。

 でもびっくりよ。

 帝国は赤髪の人が一番多くて、皇族も中央の高位貴族もみんな髪の色が赤いのに。

 それを馬鹿にする台詞を言う子供がいるなんて。


「きみ達、学園の授業を甘く見ていないかい?」


 魔道具の教師のロイ・カルダー先生は、実にいい笑顔を生徒達に向けた。


「喋っていて作業が終わっていない子達は、今日の授業に点数がつかない。前期終了時に点数が足りなければ、年明けの授業からBクラスに移動になるよ。もちろん点数は親に通知がいくから」


 一回の授業ごとに点数制か。試験もあるんだよね。

 学園だもんね。学ぶ場だもんね。

 それ以外が濃すぎて、ちょっと忘れそうになっていた。


「終わった人は教室の外に行ってもいいよ。まだ授業中のクラスもあるから騒がないでね」


 慌てて作業に戻った生徒達は、今は必死に魔道具と格闘している。

 私は作り終えていたので、席を立って教室の前に行って暇そうな教師を捕まえた。


「カルダー先生、質問があります」

「はい、なんでしょう」

「魔力を貯めておける魔道具はありますか?」

「うーーん。貯めておくのは素材を考えて結界を応用すれば問題ないね。あとは中に魔力を入れる方法と必要な時に取り出す方法……今はないと思うけど作れると思うよ」


 おおおお。

 てことは、充電して電気自動車を動かすみたいに、貯めておいた魔力を使って精霊車を動かせるかもしれない。

 今は魔力の多い人が同乗したり、物流部門では一定間隔ごとに運転手を交代出来るようにしているけど、今後は精霊獣を一属性でも持っていれば、魔力は貯めておいたものを使って遠くに行けるようになるかも。運転手交代のためのステーションを魔力貯蔵魔道具交換の施設にすればいいんでしょ。

 魔力を売る時代到来?!

 あ、精霊獣って、他所(よそ)の人の魔力でもいいのかな。

 

「先生、また質問させてください」

「かまわないよ。面白いことを思いつくね」

「精霊車に使うのか」

「まあヘンリー様、他人の話に割り込むのはいかがかしら?」


 エセルと似て、ヘンリーもすっごい気さくで、どんどん話しかけてくる。

 コミュニケーション能力にスキルポイント振りすぎだろ。


「そうか、なるほど。それは協力するよ。ぜひいつでも相談してくれ」

「教師より儲かりそう?」

「だと嬉しいね。学園のない時期は魔道具の研究をしているから、仕事は大歓迎さ」

「自分の先生に仕事を頼むというのはどうなのかしら」

「教師やめます」


 即答すんな!


「まずは兄に相談してみませんと。その結果次第では相談させていただきますわ」

「ああ、いい結果を待っているよ」


 教師を引き抜いていいんだろうか。

 もしかして、あまり給料よくない?

 貴族の子供の相手なんて大変なんだから、給料たくさんもらわないと割が合わないよね。


 受けなくてはいけない授業はそれで終わったので、今日はこのまま寮に帰ることにした。

 警護や付き人をやっている子には授業がまだある子もいるので、帰れる子だけと一緒に寮に向かう。

 パティとカーラも帰るというので途中まで一緒に行く事にした。


「まさか赤い髪が、あんなふうに言われるようになるなんて」


 やっぱり先程の一件をパティは気にしていたようだ。


「今までは、他の髪の色の子があんなふうに言われていたんでしょうね」

「思っていたより中央の権威が弱まっている感じ?」

「ええ。殿下が成人されたから、少しは良くなると思うけど」


 新年の幕開けに、その年に成人する貴族の子供が参加する舞踏会が開催される。

 それに参加することで、正式に社交界デビューし大人の仲間入りをする。

 今年は殿下もクリスお兄様も参加するから、高位貴族の御令嬢達は準備に余念がないそうよ。


「殿下を盛りたてようと、お父様達が頑張っているのに」

「うちは、お父様が領地に帰る代わりにクリスお兄様が、期間限定で殿下の側近になるらしいわ」

「期間限定?」

「いずれアランお兄様と入れ替わるから」

「ああ……ベリサリオ辺境伯も大変ね」


 皇族とうちは仲がいいと思わせないといけないからね。実際、仲いいけど。

 そしてカーラがこの手の話題には全く参加しないのが気になる。

 いや、参加しないのが普通か。パティが優秀すぎだわ。クラスの子供達を普通の基準にしなくては。

 

「今、帰りかい?」


 偶然、公園でクリスお兄様と一緒になった。

 神童は免除されている授業が多いよ。

 じゃあそういう子は何をするのか聞いたら、高等教育課程はそれぞれの分野の専門家が、すぐに実社会で役に立つ知識を教えてくれて、成績のいい子から実際に仕事の現場に行って、経験を積んでいくことになるんだって。

 クリスお兄様や殿下の場合、皇宮で仕事をして、夕方から学園で講師に仕事について疑問に感じたことを聞いたり試験を受ける生活になるそうなんだけど、殿下の場合、寝る場所が学園になるだけじゃんね。

 そうなると高等教育課程って、学園である必要はあるのかな?

 茶会か。生徒の茶会に出る時は学園に来るね。

 ……学園? 喫茶店じゃ……。


「カーラは明日会えるね。楽しみにしているよ」


 クリスお兄様、さりげなくカーラにプレッシャーをかけないでください。こわいから。

 

「は、はい。それでは明日」

「それでは失礼します」


 パティに呆れた顔を向けられても、クリスお兄様はしれっとしている。

 たかがお茶会、されどお茶会。

 明日は何をどう話題にすればいいのさ。

 元コミュ障のオタクに、合コンの幹事をやらせているようなものなんだからね。


「あ、いやな奴が待ち構えている」

「え?」


 クリスお兄様の視線の先、うちの寮に向かう道のど真ん中に、三人の護衛だか側近だかわからないけど、生徒を従えた青年が立っていた。

 たぶん美形。クリスお兄様には及ばないけど。

 肩まで伸ばして、自然に後ろに流した赤い髪は、かなり手入れされているらしくてつやつやで、全く乱れがない。綺麗に整えられた眉は山形の曲線を描いて左右対称で、くっきり二重の青い瞳が、どこか私の知らない世界を見つめて上空に向けられている。

 立ち方がまたすごい。

 もしかしてこのままバレエを踊りだすのかもしれない。つま先を八の字に開いて踵はつけて、膝もきっちりと伸ばして、ともかく全身に力を入れて上から釣られているかのように背筋が伸びている。

 片方の手は腰に当てられて、もう片方の手は顎の下。

 手も踊りだす前のポーズをとっているみたいに、指先まで力が入れられて中指を折っている。


「あの人がバーニー様ですか」

「よくわかったね」

「違っていたらびっくりですわ」


 もしかしてオネエなのかな。髪をかきあげる時に小指が立っていたし。

 でもイレーネと婚約するなら、女性が恋愛対象? それとも愛人を作る気かな。

 エルトンと同い年で十六歳だよね。

 個性ではエルトンに勝っている。


「やあ、ベリサリオのクリス殿とディアドラ嬢だね」


 なんだこの芝居じみた話し方。

 どうしよう。笑ってしまいそう。

 

「知っているとは思うけど、私はモールディング侯爵家嫡男バーニーだ」

「……はあ」

「どうも」


 クリスお兄様は返事をしたのではなくて、ため息をついたの。

 勘弁してくれという感じのため息。

 

「リーガン伯爵家のイレーネ嬢とディアドラ嬢はお知り合いだったね?」

「はい。お友達ですわ」

「では、私がイレーネ嬢と婚約したのは知っているかな?」


 この人、なんで私達にわざわざ話しかけてきたの?

 エルトンとうちが隣の領地で、うちの寮に毎年滞在しているのを知らないの? 

 それとも知っていて宣戦布告に来たの?

 それかもしかしてエルトンとイレーネの関係を知らないの?


「正式に婚約なさったのですか?」

「その通りだ」

「皇太子殿下に承認のサインをいただいた誓約書を交わして?」

「あーいや、サインはまだだが誓約書は交わしたよ。サインもすぐにされるさ。我が侯爵家はパウエル公爵家と近しい由緒正しき家柄だからね」

「そうですか」

「それで私達に何の用事が?」

「え?」


 クリスお兄様に不思議そうに聞かれて、バーニーは目をしばたいた。

 

「用事があったから声をかけたんだろう? わざわざ婚約したと知らせに来たのか?」

「そうだよ。イレーネ嬢の親友にはご挨拶差し上げないと」

「それはわざわざありがとうございます」

「ではこれで」

「待った待った。ぎゃああああ」


 歩き出した私達の前に彼が勢い良く回り込んだので、警戒したジンが小さな羽根を背につけたクロヒョウの姿で顕現してしまった。


『こいつは敵か』

『排除するか』


 おお、クリスお兄様のヒョウも顕現したのね。

 そういえばバーニーはパウエル派でも精霊獣はいないのか。


「放置して平気だよ。他の子がこわがるといけないから小型化して」

「違うよー。みんな小型化してって言ったんじゃないよー」


 わらわらと、みんな小型化して顕現してしまったから、もふもふ軍団に囲まれてしまった。その上空を小さな竜がふわーーっと光を反射しながら漂っている。

 うわー、綺麗。

 このまま現実逃避したい。


「な、なんだ、こいつらは」

「攻撃しないから大丈夫。まだ話があるなら聞くよ」

「だから今後は商会の方のお付き合いも出て来るだろう? それで挨拶を……」

「は? なぜ、きみとイレーネ嬢が婚約したら、うちと付き合いが?」

「今後、バートの事業に私もかかわるようになるからさ」

「そうだとしてもうちには関係ないね。牛乳を買い付けているだけだ」

「クリスお兄様、契約は今季限りですわ」

「ああ、そうだったね」

「……え?」


 目を真ん丸にして、バーニーが動きを止めた。


「え?」

「じゃあこれで」

「まままままって」


 また歩き出した私達の前に回り込んでくる。

 そろそろ見物人が出てきているんだけど。これってお笑いの同じネタを繰り返すやつ? 天丼だっけ?


「なんで契約やめるの?! 共同開発の話は?!」

「話し方変わっているよ」


 バート! 共同開発はまだ確定じゃないから、誰にも話さないでねって言ったよね。

 なんで彼が知っているのさ。守秘義務はどうした。


「共同開発? なにかしら。お兄様御存じ?」

「いや、知らないな」

「え? じゃあもうこれからは事業での関係は」

「ないよ」

「うへえ」


 口を大きく開けて、上空を見つめて、うつろな目をしているとこわいよ。

 大丈夫かーい。


「はっ。ディアドラ嬢、事業とは関係なく、今後もよろしくお願いしたい」


 立ち直り早いな。

 今後もって、いまだかつてよろしくした記憶はありませんが。


「イレーネ嬢……いらないんじゃ……」

「今、なんておっしゃいました?」

「いやいや。ディアドラ嬢はお噂に聞いていたよりお美しいなと」


 こいつ、イレーネとエルトンの邪魔をして婚約しようとしているくせに、利用出来ないとなったら速攻邪魔者扱いか。


「バーニー様?」

「はい」

「今後二度と私に話しかけないでくださいな」

「は?」

「失礼します」

「ま……ひっ」


 三度みたび私達の前に出ようとしたバーニーを、精霊獣達が邪魔して取り囲んだ。

 見た目的には猫や神獣に懐かれた色男に見えないこともない。でも間違えて踏んだりしたら、ぶっ飛ばす。助走をつけてぶっ飛ばす!


「ディア。パウエル公爵に伝言を送ろう。今後の公爵家とのお付き合いも考え直した方がいいかもしれない」

「残念ですけど、そうですわね」


 頬に掌を添えて、しらじらしくため息をつく。


「なんでえええ」


 あいつ本当にわかってないんだな。

 

読んでくださってありがとうございます。

誤字報告、助かってます。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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