表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/295

大ごとにしないほうが難しい

 レックスに迎えに行かせたらすぐに、事情を聞いたエルトンが血相を変えて部屋に駆け込んできた。なぜかお兄様達も一緒だ。


 お友達の女の子だけだったら、お客様についてきた側近や付き人、侍女達は、別のテーブルでまったりお茶を飲んでいても問題ない。私達は話を聞かれないように精霊に結界をお願いして話していたしね。彼女達は彼女達で顔見知りなので、どこの新しい紅茶がおいしいとか、お嬢様に似合いそうなドレスを新人デザイナーが作っていたとか、熱心に情報交換しているの。

 でも、ひとりでも男性が混じったら、事情はガラッと変わる。

 お友達みんなのすぐ背後に、それぞれが連れて来た女性陣がささっと待機した。


 男の子だと、当然だけどこういう必要はいっさいないのよ。

 女の子は立場が弱いから、変な噂がたったら、それは嘘だとはっきりと表現してくれる人がいないと、嫁ぎ先がなくなっちゃうんだって。

 だから、たとえうちのお兄様達が相手でも、ちゃんと傍で見ている人がいましたよって形式だけは取らないといけない。そのために彼女達はここに来ているから。

 でもこの辺さえ形式にのっとっていれば、あとは割と自由なのよ。


「やあ、ひさしぶりだね。あ、それ美味しそうだ」


 お友達はみんな、何回もうちの城に遊びに来ているから、お兄様達もすっかり慣れていて、アランお兄様なんて平気で女の子のいるテーブルに混じっている。

 他の女の子にはこんな事はしないよ?

 この七人は、アランお兄様をかっこいいとは思っていても、きゃあきゃあ言ったり気を引こうとはしないでしょ。お友達のお兄様、あるいは男性のお友達として普通に接してくれるから話しやすいんですって。


 でもそれだけじゃないでしょ。

 我が国最高峰のお嬢様達ですわよ。可愛い子達ばかりなんだから、アランお兄様だって一緒にいるの楽しいでしょ。

 もしかしたらこの中の子と恋に落ちちゃったりしちゃったり?

 そしたら私、応援するんで、仲睦まじい様子を近くで眺めさせてください!


 ええ、私、美青年同士だけじゃなく、美男美女のカップル物大好きですわ。腐ってませんから。

 うちの両親なんて、最高ですわよ。ふたりでソファーに座って話している様子を見ているだけでにまにましてしまって、アランお兄様にその顔は不審者っぽいからやめろと言われるんですから。美少女を捕まえて失礼だわ。

 目の保養、癒し、大切ですわよ。

 

 は、いかん。今はそんな場合ではなかった。

 アランお兄様がお友達と世間話を始めた頃、さっきまで側近達が使っていたテーブルに、イレーネとスザンナと、エルトンとクリスお兄様が移動した。もちろん私もそちらについて行く。

 イレーネの背後にいる侍女の子は、彼女の気持ちを知っているからはらはらしているみたい。


「縁談が決まったというのは本当なのかい?」

「……はい」

「僕達の話は、きみの両親も乗り気なのかと思っていたのに」


エルトンはテーブルに肘をついて額を押さえている。いつも冷静な彼も、さすがに落ち着いてはいられないみたいだ。


「お兄様が、婚約した暁には事業に出資してくれるという、モールディング侯爵の提案を受けてしまったんです」

「つまりあの馬鹿は、事業のためにあなたを差し出したって事よね」

「兄は牛にしか興味がないし、娘は家のために嫁ぐのが当たり前だと思っているみたい」

「ちょっと絞めて来るわ」

「スザンナ、落ち着いて。あなた皇太子妃候補」

「そ、そうでしたわ」


 思わず腰を浮かせたスザンナの肩を押さえて座らせる。彼女は、日本でいうなら京都弁が似合いそうなおっとりとした雰囲気で、でも体つきはセクシーで、実は気が強いさばけた性格で照れ屋。ギャップ萌えを盛りすぎよ。


「モールディング侯爵家はパウエル公爵派だよね。エルトンは公爵に何も聞いていないのか?」

「いや、むしろ私とイレーネの事を応援してくれている雰囲気だったんだが」

「あー」

「知らないのか」

「あら、それは素敵」

「あなた達、悪い顔になっているよ」


 スザンナとクリスお兄様と私の顔を見て、エルトンは笑いそうになっている。


「それに気をつけないと、リーガン伯爵家にあまり影響があるとイレーネが気の毒だ」

「余裕だな、エルトン。相手は侯爵家嫡男だぞ」

「余裕じゃなくて、彼女の家の方が立場が弱いから心配なんだよ」

「エルトン様、ありがとうございます」


 イレーネはさっきから何度も涙ぐんでしまっている。

 今まで、あの毒殺事件の衝撃の後だって、泣いているところなんて見せなかったイレーネが泣いているんだぞ。

 バート、許さん。ぶっ飛ばす!


「でも私、本当に、バーニー様は……無理」

「え?」

「ああ……あの男はね」

「そうか。バーニーか」


 クリスお兄様もエルトンまで、視線が遠くの方に行ってしまっている。

 そんなに、そのバーニーってやつはひどいのかな。


「イレーネはエルトン様が、じゃあ他の子でいいやって離れてしまうと思っていたのよね」

「スザンナ!」

「まさか。四年前からずっと、きみがいいって言っていた……いたっ!」


 エルトンがイレーネに伸ばそうとした手を、クリスお兄様がばしばしと容赦なく叩いた。


「さわろうとするな。彼女は今はバーニーの婚約者だ。変な噂がたつのはまずい」


 イレーネの侍女がお兄様に感謝の眼差しを向ける。愛し合っている者同士でも駄目なのよね。


「くっそ。すぐに殿下に会って、書類を差し戻してもらう」

「いや、そこはパウエル公爵だろう。すぐに連絡を取れ。俺とディアが絡んでいると話せよ」

「あら、そんなてぬるい。公爵の派閥の方ってどうなっているのかしらって、私が不思議がっていると伝えてくださいな」

「もうそこまでやるのか」

「まだ乗り込むとはいってないじゃないですか」

「いや、僕の方でやるから。きみ達が動くとあらゆる方面のダメージが大きいから」


 イレーネが妙な男と婚約してしまうかもしれないのに、余裕だな、エルトン。


「殿下のサインがないと婚約は認められないんだ。騒ぎにすると根も葉もない噂がたつかもしれないよ」

「そうか。バートはどうでもいいけど、イレーネは守りたいわ」

「でも、殿下の側近の想い人を、自分の家の嫁にって度胸あるわね。サインをもらえると思っているのかしら」

「急に権力を持つと、勘違いするやつが出るんだよ」


 スザンナの指摘にエルトンが答えた。


「自分達の意向は無視出来ないから許されるだろうって勘違いする。モールディング侯爵はようやく中央に戻って来られて、パウエル公爵派の侯爵家という事で、だいぶ持ち上げられているみたいだ。バートはベリサリオとの取り引きで注目されて、事業を拡大中だろう?」

「きっとうちの兄は、うちの牛乳が必要だし、私とディアは友達だし、悪いようにはしないだろうと思っているんです」

「馬鹿なのね」


 今日のスザンナ様はいつも以上にきついよ。だいぶ怒っているよ。


「バートは牛のこと以外にも気を配るべきよ。それか牛以外の事には一切口を挟まないべきよ」

「エルトン、この際正式に、うちの父上を後ろ盾にしたらどうだ? ギルはパウエル公爵が後ろ盾だし、デリックは公爵家の三男だからな」


 は? デリック?


「ええ?! デリックが殿下の側近になったの?!」


 驚いた顔でパティを振り返ったら、他の子達も驚いた顔でパティに注目した。


「私もびっくりしましたの。側近になったら女性にモテるようになったって大喜びで、ギル様に頭をはたかれていましたわ」


 あの男も、本当にぶれないな。

 しかし優秀だとは聞いていたけれど、あいつを側近とは皇太子も思い切ったわね。


「うっそ」

「いいの? あれが殿下の側近で」

「絶対に皇宮で問題を起こすわよ」


 公爵家の年上の男性相手なのに、みんな呼び捨てだし、あれ呼ばわり。

 パティに招待されてグッドフォロー公爵家でお泊まり会をした時、可愛い女の子がいっぱいいるから仲間に入りたかったんだね。酔ってもいたんだ。

 それでやつはナイトキャップつけて、母親のガウンを羽織って、私達のいる部屋に忍び込もうとしやがった。

 痴漢よ。変質者よ。精霊獣が黙っているわけないじゃない。警護だっているのよ。

 それで廊下を忍び足で歩いている段階で、存在が怪しすぎてバレて大騒ぎよ。

 勘当すると公爵に叱られ、ふたりの兄から罵られ、私達から気持ち悪い物でも見るかのような視線で見られ、土下座していたわ。

 でも、頭は切れるらしいのよ。クリスお兄様が認めるほどに優秀なの。

 なんて残念な奴なんだろう。


「あまり事を大きくしないようにするとなると……母上に頼もう」

「ナディア様?」

「うちの母上は空間魔法が使えるんだ」

「まあ、そうでしたわね」


 スザンナとイレーネの顔がようやく笑顔になった。


「リーガン伯爵夫人を旅行先から連れ帰ってもらえれば、話が早いだろう?」

「はい」

「さすがクリス様」

「え? いやそれは申し訳ないような……」


 ある意味、うちのお母様を動かすのは一番怖いような気がすると、エルトンは思っているんじゃないかな。私もそう思わないではない。


「エルトンは殿下に婚約の誓約書の確認をしてもらいたい。この時期に急に婚約っていうのは何かありそうだ」

「そうだな。嫌な感じがする」

「私は?」


 テーブルに手をついて身を乗り出して、自分の顔を指さす。

 私もお友達のために役に立ちたい!


「待機」

「へ?」

「ディアが動くと、なんでも大ごとになるからね」

「えーー?!」

「悪いね。話がこれで解決しなかったら頼むよ」


 まあ、しょうがないか。

 真打は最後に登場するものよね。







 小学校の授業に参加するのも、一日や二日なら新鮮で楽しいものよ。

 ただそれが毎日になると……きつい。

 すでに知っている事をずっと聞いていなくてはいけないのもきついし、子供のテンションについて行くのはもっときつい。子供ってなんでこんなに元気かな。

 

 私のお友達みんな、同い年の子の中で浮いているでしょ。それとも他の子と一緒の時には、合わせられるの?

 授業中はまだいいんだ。教師の話を我慢して聞いているように見えればいいんだから。

 きついのは休み時間よ。

 日が経つごとにみんなも私に慣れてきて、話しかけてくるようになったのよ。

 教室の中では、身分に関係なく自由に話しかけて問題ない。側近も執事もいないからね。

 ひとりが話しかけてきて私が普通に返事をすれば、私も私もと群がってきて囲まれてしまう。それが休み時間ごとに毎回よ。

 いろんなことを聞かれたかと思えば、突然お菓子の話題を振られたり、誰も聞いていないのに自分のことを話し出す子もいる。


 親から仲良くなれと言われているのかな?

 断っているのに何度も茶会に誘われたり、お手紙を渡されたり。

 パティもカーラも似たような状態だから、こういうものなのかしら。


 あの日のお茶会で、私がイレーネの話を聞いていた頃、アランお兄様はカーラの話を聞いていたらしい。

 正確に言うと、カーラがモニカと話していた話を聞いたらしい。

 あいかわらず、さりげなく情報を集めている。


 どうやら、カーラとしてはお茶会を楽しみにしていたらしい。

 皇子様って言ったら、普通は御令嬢の憧れの的よね。殿下は見た目もいいんだし。

 だからお断りしろと言われて悲しかったし、私に申し訳なくて、ずっと悩んでいたんですって。


 しょうがない。この週末の顔合わせのお茶会だけで、妃候補から外してもらおう。

 カーラは生真面目なタイプだから、親のいう事に歯向かうなんて考えられないだろう。

 この際、私のお友達から選ばなくてもいいじゃない。もう少し年上の、殿下と学年が同じくらいの御令嬢に誰かいないのかな。


 「ディア。お昼でも授業が終わってからでもいいから、空いている時間はない?」


 ああ……もうひとつ問題があったか。


「エルドレッド殿下?」

「そうなの。正式なお茶会じゃなくて、サロンでちょっとお茶するだけでいいの」

「その方が目立つわよ」

「そうなんだけど……」

「アランお兄様も同席してもらうわ」

「そのつもりよ。もう私が言ってもダメなの。あなたやアランにガツンと言ってもらいたいわ」


 幼馴染のパティが話して駄目なのに、私が話しても無駄じゃないのかな?


読んでくださってありがとうございます。

誤字報告、助かってます。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

i449317

― 新着の感想 ―
[気になる点] 「あら、そんなてぬるい。公爵の派閥の方ってどうなっているのかしらって、私が不思議がっていると伝えてくださいな [一言] 誤字ってますよー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ