親しき仲にも
翌日、試験結果をもとにクラス分けが行われたが、私はAクラスのままだったので問題なし。何人かBに落ちたりあがったりしているようだけど、まだ顔と名前を憶えていないのでよくわからなかった。
試験結果は公表はされず、本人には授業ごとに絶対に受けろ、出来れば受けて、受けなくて問題なしという三段階の指示と、全体の点数と順位が教えられた。
初等教育課程では、学園期間開始時の試験で何人か満点の生徒がいるのは、各学年毎年の事らしい。家庭教師つけていれば、あの問題はわかるだろう。
魔法や戦闘などの必須科目ではない授業は、最初の授業で軽い試験をするらしい。私はどちらも受けないし、精霊の授業は全属性精霊を持っている者は免除だから、けっこう自由時間が取れそうだ。
寮で私が開催する最初のお茶会は、仲のいいお友達を七人も招いたお茶会だ。
寮の一階の一番奥の角部屋は、中央に噴水がある大きな窓に囲まれた六角形の部屋だ。外は雪景色になっても、暖かい室内で噴水の水音を聞きながら茶会が出来るわけだ。
「みんな集まるのはひさしぶりね」
「ようやく学園で会えるようになったわね」
今年でやっと仲良し八人全員が学園に通う年齢になったからね。
紺色のドレスもとても似合う綺麗な御令嬢ばかりのこのメンバー、家柄的にも大物揃いなので、もうこれだけで他のお茶会を開かなくても問題ないくらいよ。
「みんなの意見を聞きたいと思って、新しい飲み物を持ってきたの」
てっきりジェマが用意をしてくれるのかと思ったのに、みんなが席につくのに合わせて、なぜかレックスがネリーと一緒に銀色のワゴンを押してきて、アイリスとシェリルが飲み物をみんなに配り始めた。
「ジェマはミーアとランプリング公爵家の寮に行っています」
私が不思議な顔をしているのに気付いたんだろう。斜め後ろに立って身を屈め、レックスが耳元で小声で教えてくれた。
「すっかり仲良くやっているみたいですよ」
「それならよかったわ」
って、なんでエルダまでネリーと一緒に働いているのよ。
「あなたは今日は茶会の参加者でしょ」
「でもネリーが働いているから落ち着かなくて」
「私はディアドラ様の側近ですから。エルダ様はフェアリー商会のお仕事を手伝ってはいますけど、側近ではないですよね」
ネリー的にはそこは譲れないらしい。さすが姉のミーアに側近の仕事を教わっているだけはある。
「え? エルダってフェアリー商会のお仕事をしているの?」
反応したのはエセルだ。この元気少女は、美味しいスイーツが食べられるフェアリー商会の店が大好きで、そのために皇都に転送陣で出かけることがあるらしい。
「そうよ。だからほら、飲んでみて。きっと気に入ると思うわ」
みんなに配ったのは、どうにか学園の時期に間に合ったココアだ。さすがにチョコまでは出来なかった。何をやるにもまず、器具から作らないといけないからね。
イレーネの兄貴自慢の牛乳を使って淹れたココアは、濃厚でこくがあって、でも甘さは控えめ。一緒に出すスイーツの甘さと合わせてあるのよ。
「おいしい」
「本当、初めて飲む味だわ」
「これは商会の店でも出すの?」
「春の新作になるわ」
どうやらココアの評判は上々のようだ。
カミルが当初持ってきたチョコは、自由に帝国で売っていいという事になったんだけど、カカオを大量に欲しがる私のせいで、ひとまずルフタネン内で消費する分しか確保出来ないと言われてしまった。
もっと大量にカカオを作ってねー、買い取るよーと言ったら、マジかよって顔をされたわ。
「カーラ、何かあった? 昨日から元気がないみたいだけど」
パティもカーラの元気のなさは気付いていたみたい。鉄色の髪が日差しを反射した部分だけ緑色に見えて、紺色の制服にとても映えている。真面目で優しい彼女が、私にパティやモニカとお友達になるきっかけをくれたの。だから悩み事なら相談に乗るぜ。
「あの……ディアに相談とお詫びをしなくちゃいけなくて」
「ん? 何?」
「皇太子様とのお茶会を中止することは出来ないかしら」
え? 前もってやり取りして決めた皇太子妃候補と順番にお茶会で話をするってやつ?
「どうして中止?」
「あの……今の中央の状況で皇太子妃になったら苦労するからって……父が断るようにと」
「侯爵家が皇族の申し出を断るというの?」
他の友達はみんな驚いた顔をしている。イレーネも顔色が悪いようだけど、ちょっと待って。ひとつずつ片付けさせて。
「いずれは皇帝の妃になるのだから、苦労するのは当然ですわ。皇太子殿下がどれだけひとりで頑張っていらっしゃると思っているの?」
言葉はきつく感じるけど、スザンナは戸惑った顔をしている。彼女も皇太子妃候補であり、バントック派事件に居合わせたひとりでもある。その後の中央の混乱も、その中で皇太子が皇族の中でひとりだけ事件の対処や、公務に追われているのも知っているので、まさかヨハネス侯爵がそんなことを言い出すとは思わなかったんだろう。
「今の段階で茶会中止ってありえるの?」
「ありえないわ。なんでディアが話を持ってきたときに断らなかったの?」
モニカも気持ちはスザンナと同じだ。ノーランド辺境伯は皇太子の手伝いのためずっと皇宮に詰めているから、中央の混乱は他人事じゃないだろう。
「あの時はお母様と素敵なお話だと思って。今更ごめんなさい」
「あのね、学園での茶会は半ば公式なのよ? 茶会の内容は友達同士でおしゃべりするだけでも、ちゃんと招待状をやり取りする家と家の付き合いなの。それに今回は私個人じゃなくてベリサリオ家として招待しているの。お兄様達も参加するのよ」
「……はい」
「ベリサリオとヨハネス侯爵家の仲に溝が出来る危険があるのはわかっていて?」
「それは……困ります。どうすればいいのかしら」
いや、私に聞くなよ。
もしかして侯爵が決めちゃって、カーラは何も言えなくなっちゃっているの?
たしかヨハネス侯爵は、あの日カーラをエルドレッド殿下の誕生日会に出すのも断っていたよね。すっごい大事にしているなとは、遊びに行った時に家族の様子を見て思ってはいたよ。でもさ、侯爵家が皇太子の申し出を断っていいのかな。
妃なんてヤダよって私も断った前科があるからね、断るのに文句を言う気はないんだ。
ただ断るなら不敬罪にされないくらい立場を強くして、周囲に文句を言われないくらい理由もちゃんと作っておかないと駄目よ。
特に今は、中央が混乱して皇族の権威が弱まっているんだから、侯爵家が皇族との茶会をドタキャンして妃になるのは嫌だと言っているなんて噂が広まったら、放置するわけにはいかなくなるよ。
たぶんヨハネス侯爵は、私にフォローさせようとしているんだろうけど。
「皇太子と妖精姫の茶会を、こんなぎりぎりで断るなんて不敬ですわ」
パティの言葉にその場がしんとなった。
「殿下がどれほど苦労しておられるか。公爵家や辺境伯家がどれほどがんばっていらっしゃるのか知らないヨハネス侯爵様ではないでしょう? なのにカーラからこんなことをディアに言わせるなんて、ひどいわ」
「パティ」
「ご、ごめんなさい。私、婚約とかよくわからなくて。殿下とお茶会だってそれだけで嬉しくて返事をしてしまったの」
いやいや、カーラはまだ十歳なんだから当たり前だって。
皇子と茶会なんて、子供にとっては嬉しいって単純に思うのも当たり前の事なのよ。だから親がもっと早く行動してくれないと。
「カーラ、今回はただの顔合わせなのよ。他にも候補の方は何人もいらっしゃるし、私も同席するのだから、その場で婚約が内定とかじゃないの。ただうちのお兄様達と皇太子殿下とお話するだけ。エルダやミーアに同席してもらうのもいいかもしれないわね。それでもだめかしら」
「そ、そうよね。お父様にお願いしてみます」
「もしなんなら、私からお話しましょうか?」
「いえ、大丈夫ですわ」
皇太子と幼馴染のパティにとってはむかっとくる話だろう。
モニカとカーラは、同じ妃候補であり従妹でもあるのだから、もっと早くに相談すればよかったのに。
「乗り気じゃない家があるなんて驚きだわ。うちはノーランド周辺の貴族達も盛り上がってしまっているのに」
あ、ライバル関係でもあるのか。相談は出来ないか。
高位貴族の御令嬢ばかり集まっている弊害が、こんな形で出て来るとは。
「うちもよ。翡翠様の担当地域から妃を出したいって、頑張って口説いて来いって言われてしまったわ」
スザンナは年齢の割に大人びて艶っぽいから、男の人達は勝手に積極的な子だと決めつける。本当は彼女だって、他の女の子と変わらない照れ屋で純粋な子だ。気は強いけどね。怒らせると迫力あるけど。
「私は関係なくてよかった。赤毛は選ばれないんでしょう?」
エセルはココアのおかわりをもらっている。気に入ったみたいだ。
「最近、地方は調子に乗っているやつがいるから。弱くなった中央より俺達が上だなんて言い出すやつもいるみたいでね、私が妃候補に選ばれたらまずいのよ」
「うーん。でも地方からひとり、候補は欲しいのよね。バランス的に」
「バランスねえ。じゃあ南?」
「そうね、ノーランドもコルケットも北方だし、東か南がいいかな」
「お父様に相談してみるわ」
「内密にお願い」
「まかせて」
楽しく近況を報告し合うつもりだったのに。
こんな会話、十歳から十三歳の子供がする話じゃないよな。
それにまだ、どうやら深刻な話は続くようだ。
「イレーネ、あなたはどうしたの?」
声をかけると、はっと顔をあげたイレーネの瞳は、今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいた。
「昨日から気になっていたのよ。コルケットの寮で何かあったの?」
スザンナが心配そうに横から腕に手を添える。
イレーネは何度も首を横に振った。
「お父様とお兄様が、縁談を決めてきてしまったの」
ぶほっと飲みかけていたココアを吐き出しそうになった。
「ディア、大丈夫?!」
「へ……ぐは……ゲホ……」
「お嬢、咳ももう少し御令嬢っぽく」
みんなが慌ててくれている中で、執事のレックスが平然としているってどうなの?
うっさい。苦しいんだからほっとけ。
「相手は誰なの?」
「モールディング侯爵家の嫡男のバーニー様」
「あのいやなナルシスト?!」
「ああ……」
みんなの反応からして、喜ばしい相手ではないらしい。
しかし侯爵家嫡男か。素晴らしくいい話よね。
エルトンは伯爵家の次男だもんな。男爵になれそうだけど侯爵とは差がありすぎる。さっきのカーラの話を聞くと、皇太子側近というのもプラスになるとも限らなそう。
「モールディング侯爵家って初めて聞くかもしれない」
「パウエル公爵派で地方に飛ばされていたからね」
パウエル公爵派!
忘れてないよ。姉の招待状を勝手に拝借して、私に話しかけてきた子!
パウエル公爵は素敵な人なのに! 人材不足なの? 問題児集めちゃったの?
あー、いい人材揃ってたら地方に追いやられるわけねえええ。
「イレーネ、これは大事な質問よ」
「はい?」
「あなたの気持ちはどうなの? どうしたいの?」
「私は……」
え? ここで迷うの?
「イレーネ、お兄様はあなたに惚れてるからね!」
エルダが駆け寄ってイレーネの手を握り締めた。
「イレーネを口説くために、会う機会を作ってくれってディアにたのんでいたのよ」
「そうなの?!」
おい、まだエルトンの気持ちはイレーネに伝わってなかったぞ。あいつなにやってんねん。こういう時こそ妹を使って連絡取れよ。
この世界は電話なんてないからね。お手紙のやり取りしかないのよ。
転送陣ですぐに届けられるけど、男からの手紙は下手したら誰かが検閲かけるかもしれないから、妹便が確実よ。
「おし、もう一度聞くわ。あなたの気持ちは?」
「エルトン様が……その……いいです」
「よっしゃ」
両思いなら、上手くいってほしいじゃん。
悪い縁談じゃないんだから。
「エルダ、エルトン様は今いるの? 少しでいいからイレーネとお話出来ない?」
スザンナの提案に、さらにイレーネが赤くなっている気がするんだけど大丈夫?
血管切れてない?
「だって、早く何が起こっているか知らせた方がいいわよ。エルトン様とバーニー様は学年が同じだもの」
そっか。そのバーニーってのが余計なことをしたらまずいわ。
「レックス」
「かしこまりました」
エルトンを呼びに行くのはレックスに任せて、私は事情を出来るだけ聞いておかないと。
「エルトンとベリサリオの関係は、リーガン伯爵もバートも知っているわよね」
「もちろんよ」
「エルトンとの縁組をベリサリオがお勧めしている事は?」
「お母様が話してくださっているはずよ」
「夫人はむしろ積極的なのよね?」
「お母様が旅行に行っている間に話が進んでしまったの」
それは、あとで血を見るんじゃないか?
「ということは、リーガン伯爵は皇太子の側近という立場は重く見ていないって事ね?」
「……おそらく」
私が思っていたよりもずっと、中央の混乱はひどくて力が落ちているんだな。そして皇族の権威も弱まっている。
でもそれはしょうがない。皇太子も覚悟の上だったはずだ。
ただ、貴族達はもっと国のために動くだろうと思っていた。
自分の領地が栄えても、国が潰れたら終わりだよ? それとも独立してやっていく自信でもあるのか?
「ベリサリオとの関係も重く見ていないって事ね」
「それは……交易があるから大丈夫だと思っているのかも。兄の牛乳は最近、需要が伸びて、金銭的に余裕が出来て」
「調子に乗っているのね」
スザンナの突っ込みが素敵。
「そうなの。だからディアは縁談が駄目になっても、しょうがないと思うだろうって。それに私と友達だから、許してくれるだろうって言ってたわ」
「友達だからって、本人じゃなくて親や兄弟が甘えるのはどうなの?」
「ここはガツンと言った方がいいわよ」
モニカもパティも真剣な顔で私のために怒ってくれている。
友人はありがたい。心強い。
だから友人には幸せになってもらいたいけど、でも、親しき仲にも礼儀ありよね。
「イレーネ、バートに伝言をお願いできる?」
「はい」
「契約は今季限りにさせていただくわ」
ましてそれを家族が利用しようなんて、舐めてくれたものだわ。
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