学園案内
アランお兄様とはここからは別行動。
保護者と離れて同じ年の子供だけが集合すると、学園生活が始まったって感じがする。
骨の髄まで身分制度が染み込んでいる子供達は、私やパティより前には並ばない。教師との間にかなり距離を開けて待っている。
まだ十歳だっていうのに、子供同士でも自分の立場はこの辺りってわかっているんだよ。
とは言っても私達のクラスは、私とパティとカーラの三人以外は全部伯爵家の子供達しかいない。
なんかね、みんなの遠慮というか、気遣いがすごいのよ。
大丈夫だよ。自分で言うのもなんだけど、みんなでわいわいやるのが好きな気さくな子だよ。一年生が全員注目する中、あいている先頭のスペースに並ばなくてはいけないのはかなり居心地が悪くて、前世の癖でついお辞儀をして、どもどもって歩いて行きたくなるような子だよ。
パティとカーラが一緒だからそんなことしないけどね。
私達三人の後ろには、デリルとヘンリーが並んだ。伯爵家同士の力関係があるのか、性格の違いか、勇気の問題かは私にはわからない。
ヘンリーはエセルの弟だから、彼女のうちに行った時に何度か会っているんで、割と私達の傍に来やすかったのかもしれない。
デリルとは翡翠の住居にコルケット辺境伯達と一緒に行った以来だから四年ぶり?
コルケット辺境伯の親戚だから力のある伯爵家なのかな?
ほわほわの茶色の髪の毛もやさしー感じの顔つきも、あまり変わっていない。精霊が全属性揃ったみたいだけど、精霊獣になっているのは三属性だけみたいだ。
しかしヘンリーはでかいな。熊のようにでかい海の男のマイラー伯爵の息子だから当たり前か。でも強面だけどイケメンではある。隣のデリルと同い年には見えないよ。
私達の担任になるのは、ナルセル・ムーレインという三十半ばくらいの伯爵だった。丸眼鏡をしていて、好き勝手な方向に伸びた銀色っぽい金髪をうざそうにかきあげる癖がある。ちょっと猫背。いるいるこういう教師。
そして髪の色でわかるように母親がベリサリオ出身だってさ。
学園側の意図を感じないでもないけど、偶然でしょう。
だって私、先生に協力的な生徒だと思うし、今日の試験結果次第だけど、ほとんどの授業免除になると思うもん。
私に精霊や魔法の授業するのって、先生にとって罰ゲームみたいだよね。気の毒だよ。
生徒が全員並んだところで、私達のクラスから順番に学園内案内ツアーに向かった。
日本人って瞳が黒いから、明るいところに強くて暗いところはよく見えないじゃない。西洋人はその逆で、明るいところは眩しくてサングラスが必要で、暗いところは強い。だから日本はめっちゃ明るい照明で部屋全体を照らして、ヨーロッパに行くと間接照明で部屋を演出する。
帝国の人達の瞳の色は西洋風なので、学校も間接照明で薄暗い。
出そうじゃないか。やめようよ、建物も歴史ありそうだし。
照明は足元を照らす物だと思っていたし、確かに階段ではちゃんと照らしてくれている。でも廊下でさえ、天井を照らして反射でぼんやりと周囲を明るくする照明か、壁に取り付けられたランタン風の照明だけしかないんだよ。魔道具なんだからさ、ランタン型にする意味がないでしょ。
壁は腰高まで黒くて、そこから上はプルシャンブルー。
今は窓からはいる日差しのおかげで実にいい雰囲気になってはいるけど、私の知っている学び舎とは違う。
「ここって出たりはしないの?」
「やめて」
「噂はあるわよ」
「やめてー」
カーラは意外と平気。パティはこわがりか。
私の場合は、幽霊と遭遇したら精霊獣が突撃しそうで、幽霊よりそっちがこわい。
教室も全体的に無駄な照明がいっさいなく、曇りや雨の日はいやーな感じになりそうだと思いながら、校舎の裏側に当たる出口からいったん外に出て、魔法訓練場や戦闘訓練場にも行った。
いやー、広くて立派だわ。これなら精霊獣ものびのび出来るね。室内だけど。
ひと月も経つと雪が降るから、外では無理なのよ。そのまま二か月ちょっと、この辺は雪に覆われてしまうんだ。
でも今はまだ、寒いけど天気は良くて、周囲の森からは小鳥のさえずりが聞こえて、木漏れ日が輝いている。
学園の森は、精霊がいなかったことがあるなんて思えないほど、魔力が満ちて、生命力に溢れていた。
中央の子達は暖かい季節に、精霊と触れ合う目的の合宿でもしたらいいんじゃないかな。
子供がたくさん森にいると琥珀も精霊達も嬉しいみたいだし、精霊をゲットできる機会も増える。
「ベリサリオ嬢」
魔法訓練場でムーレイン先生に突然名を呼ばれた。
「ディアドラでいいですよ」
「ではディアドラ嬢。見ての通り室内なんで、精霊獣を大型化する時は気を付けてくれ」
「気を付ける?」
「学園を壊さないようにな」
え? 私、どんな奴だと思われているの?
「もちろん暴れさせたりはしませんわ」
「いや、そんなことは私も思ってはいないが、そんなに強い精霊を見たことがないのでな。精霊獣を顕現させた場合、大丈夫なのか?」
「小型化しておけば問題ありませんわ。うちは屋敷内でもよく遊ばせていますわよ」
「そ、そうか」
ちょっと、私の変な噂が流れているんじゃないでしょうね。お兄様達の精霊獣を見ているでしょう? 私だけとんでもなくでか……いか、リヴァは。
あれ? もしかしてベリサリオの常識は帝国の常識じゃなかったりするのかな。
「……ディアドラ様」
「はい?」
話しかけられたので振り返ったら、眉を顰めて暗い顔をしてデリルが立っていた。
「空間魔法を覚えたって本当ですか?」
「はい」
「そう……なんですか」
こんなに暗い子だったっけ?
さっきから一度も目を合わせないし、今なんて俯いてしまっている。
「僕もすぐに全属性精霊獣にして空間魔法を覚えますから!」
顔をあげたと思ったら、突然の決意表明をして背中を向けて離れていった。
なんだ、あれは。
「ラーナー伯爵家って魔力に優れた家系で、彼も微妙な立場みたいよ」
そっとパティが教えてくれたけど、彼の立場と私の空間魔法になんの関係があるんだろう。
「男の子としては気になるんじゃないかしら」
「性別は関係ないでしょう」
カーラとパティに、いつもの残念そうな顔をされた。
そういえば、カーラは少し元気がないみたい。
私とパティが話をしていると、たまに相槌をうったり話に加わるだけ。体調悪いのかな。
「……わかってないわね。スザンナかイレーネに聞いてみたら? 同じコルケット辺境伯近辺の領地の方だから、何か聞いているかもしれないわ」
パティに言われたけど、他所様の家庭の問題にまで興味はないなあ。そうでなくても、どうも怖がられていそうな雰囲気だし、しなくちゃいけないことがたくさんあるしな。
結構時間をかけて学園内を回り、ようやく教室に案内されて、休憩時間を挟んで試験が開始された。
他所の学年は、もう試験も終わって解散になっているらしい。私はサンドウィッチを隙を見てはモグモグしていたから大丈夫さ。小学生の問題だし、家庭教師がついて一回勉強しているから問題はなかった。一部、ちょっと難しい問題が混じっていたのは、どのあたりまで勉強しているか確認のためかな。
ようやく解放されても、高位貴族の令嬢はすぐに教室を出てはいけない。護衛と側近が迎えに来るのを待つんだって。
めんどくせーーーーー!! って言いたいけど、そういう一連の流れには護衛の負担を減らしたり、この令嬢は隙がないよって周囲に印象付けるためには必要なんだってさ。
「お迎えに来ました」
今日のお迎えの当番はシェリルとハリーだ。
彼らも十歳だから今はおままごとみたいだけど、今のこのやり取りが成人して社交界に出る頃に役に立つわけだ。
「ありがとう。ふたりとも試験はどうだった?」
「……ま、まあまあ」
「けっこう頑張れました!」
この年齢だと、女の子の方がしっかりしているよね。
それでもハリーは周囲に視線を向けて、ちゃんと警護してくれている。四歳の誕生日に護衛になりたいってアピールしてきてから、もう六年。側近の子も護衛の子も、私の中では親戚の子のような感じだ。
パティやカーラのお迎えも来たので一緒に教室を出て、注目を浴びながら階段を降り、一階の出入り口前のホールに出たら、そこに大勢の生徒達が集まっていた。
通行の邪魔になる場所に誰もいないのはさすがだけど、いろんな学年の生徒が集まっているみたいだ。
「ディアドラ様」
声をかけて来たのはアランお兄様の側近のバルトだ。待たないで帰ってねとアランお兄様には言っておいたから、代わりに側近を寄越したのか?
「私はここで」
「また明日」
「お茶会楽しみですわ」
いいね、また明日って挨拶。学校帰りの挨拶はこれだよね。
前世の記憶が懐かしく思い出されて、しかもそれは、アラサーにとっても懐かしい記憶だったから二重に切ないわ。
「上の学年は、もうとっくに解散になっていたんじゃないの?」
私も通行の邪魔にならないようにバルトの近くに歩み寄る。
さーーっと周囲から知らない子達が離れて空間が出来た。でも、声をかけられたり目があったりするのを待っているのか、話の内容を聞きたいのか、人間ふたり分くらいのスペースを開けてこちらを注目している。なんだこれ。
「彼らは私の同級生でして」
「ルトヘル・スコットです。父は子爵です」
「クラーク・シアラーです。父は男爵です。あの、私達の父はランプリング公爵領でお役目をいただいておりまして」
「まあ、パオロの? では、ランプリング公爵の寮にいらっしゃるの?」
「はい!」
失敗は許されないという感じの悲壮な顔つきだったのが、私が笑顔で返事をした途端、ほっと肩の力が抜けて、彼らの顔つきが明るくなった。
「それで、出来ればご挨拶させていただきたくてバルトに無理を言ってしまいました。改めて正式にご挨拶と、それに、その……」
頑張れ。もうちょっとだ。
「ぜひ一度、我が寮にもお招きしたく思います。招待状をお送りしますので予定があいましたらおいでくださいませ?」
なぜに最後が疑問形なんだ。
「わざわざここで待っていてくださったの? 随分お待ちになったでしょう? パオロにはとてもよくしていただいているの。ランプリング公爵家には今は学園に通う年齢の方がいませんものね。もし困ったことがおありでしたら、いつでも相談してくださいね」
できるだけ優しい笑顔と声で、しらじらしくも胸の前で手を合わせてみたりしながら答えた。いつもは大人相手で、負けないように扇とかの小道具も駆使して話していたから、子供相手だとどうやって接したらいいか難しい。
「ではまた改めて」
「お茶会の時にはフェアリー商会の新作のスイーツをお持ちしますわね」
スイーツと聞いて目を輝かせている男の子達に背を向けて歩き出したら、バルト以外にもうひとり知った顔が増えていた。さりげなく護衛を待機させておくのはやめていただけませんかね、アランお兄様。
「でもさすがね。もう対応してきたのね」
「昨晩のうちに、公爵家から執事が派遣されたようです」
「これで周囲にいた子に、ランプリング公爵家と私が親しくしているとわかったわよね」
「個人がですか?」
「それはそうですわ。たかだか末っ子の令嬢に、辺境伯家の交友関係にまで口を出す権限はありませんもの。あくまでミーアは私の側近で、エドキンズ伯爵令嬢ですのよ」
「ソウデスネ」
棒読みで言うな。
「なに?」
「あそこで待っている間、いろんなやつに声をかけられたり噂話を聞いていたんです」
なるほど。待っている間に情報収集か。
アランお兄様、そういうところは抜かりないな。
「下位貴族は特に、今回初めてディアドラ様の姿を見た者が多くて、こんなに可愛らしい方なのかと驚いている生徒が多かったです」
六歳になってからは何度も皇宮にも顔を出しているし、お茶会だって招待したりされたりしているけど、子供の行動範囲なんて狭いから、会った事のない子はそりゃいくらでもいるわ。
特に私は、仲のいい八人グループがあって、同年代で押さえておかなくてはいけない交友関係は、そこで済んでしまうから、他に交友関係を広げてなかったのさ。
でも仲がいいお友達同士でも、私達は貴族の令嬢で、その肩には自分の家に連なる大勢の貴族や使用人、領地の人々の未来への責任が重く圧し掛かっている。
必要とあれば、この友情を使わなくてはいけない時もあるだろうし、離れていかなくてはいけないこともあるだろう。本人達が望んでいなくても、親や嫡男の意向の方が重要視されるのが貴族だ。
翌日、学園生活が始まって初めての茶会で私は、もうすでにみんなが貴族同士のしがらみの中で面倒な立場に置かれ始めている事を知った。
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