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寮生活スタート

 学園が始まる前日、私は朝から制服の最終確認に追われていた。

 城内は、生徒達の荷物を学園の寮に転送するために大騒ぎになっている。側近達や手伝いの執事や侍女は、もう寮に移動して準備に追われているはずだ。

 寮で一番身分の高い私達兄妹は、最後に転送陣で移動することになる。おかげで早起きしなくて済んで助かったけど、着せ替え人形になるのも大変だ。

 学園が始まるのは明日でも、領地内の生徒が揃っていることを確認してから食事会があるので、今日も制服を着なくては駄目なんだって。


 制服といっても、男子は映画の某有名魔法学校に似た紺色の丈の長い上着だけが決まっていて、あとはズボンの色さえ紺色であれば中は何を着ても自由だ。だからおしゃれを気にする男子生徒は上着の前を開け、シャツの色や形、ベルトやタイにもこだわるのだ。


 女子の上着は、前身ごろはウエストまでの長さで、後ろだけが長い形だ。ふわりと膨らみのあるドレスでも、女官達の制服やエーフェニア様が愛用していたような、膨らみのないドレスでも、どちらでも着られるように工夫されている。

 今日の私は上着と同色の少し膨らみのあるドレスで、白いレースと豪華な刺繍がアクセントよ。


 そういえば前世の制服って、ずっと同じのを着ていたよね。そりゃあシャツは何枚も持っていたけどさ、卒業するころには黒光りしていた。

 ここではそんなことないわよ。

 貴族が娘の制服に金を使わないわけがない。特にうちは子供に甘いからね。

 上着はどうせ成長するからと三着だけ用意して、ドレスの方は親戚からのプレゼントも含めると、すでに十着近くあるんだわ。

 ほんっともったいないよ。二月を過ぎたら来年まで着ないし、来年には絶対に大きくなっているからね。

 それに寮内でも食堂等の公共の場は制服だけど、自分の部屋の中は自由でいいんだよ。しかも私の部屋だけで、前世の実家より広いんだこれが。


 でもたくさんの制服は無駄になるわけじゃない。十歳で作った服が十八歳まで着られる人はごく僅かだから、着なくなったら寮に預ければ、あまりお金のない家の子供達に渡されることになっているのだ。

 自力で親が用意してくれた制服より、おさがりの制服の方が豪勢だっていうのもよくある話で、ベリサリオでは豪華な制服は有料で貸し出しもしているの。

 そうやって工夫して、優秀な子は親が金持ちでなくても、学ぶ機会を与えられるのは国のためにもなるんだよ。


「ディア、そろそろ行くよ」

「はーい」


 クリスお兄様は制服の前を開け、正統派の白いシャツにリボンタイとチェーンの飾りをつけているのに、アランお兄様は上着のボタンを全部閉めている。あれは、中に適当な服を着ているのを隠すためだな。

 つつつ……と近づいて、ボタンを一個外して中を覗こうと思ったら、察知してさっとよけられてしまった。


「ほら行くよ、ふたりとも。ようやく三人揃って寮に行けるのを楽しみにしていたんだよ」

「私もですわ、クリスお兄様。留守番ばかりじゃつまらないんですもの」


 ふたりの兄に囲まれて、転送陣で学園に飛ぶ。

 入学する前に二回も御利用したので、寮の転送陣の間は見慣れていたが、今日は部屋の隅に荷物が積み上げられている。どうやら子供の数が多くて、荷物の整理が追いつかないようだ。


 荷物がいっぱいの控えの間を素通りして、玄関ホールに足を踏み出す。

 二階まで吹き抜けのホールは広く、今までは学生寮にしては贅沢だなあと思っていたんだけど、今日は違う。玄関の扉は両面とも開け放たれていて、そこを塞ぐ形でテーブルが並べられている。こちらに背を向けて座っているのは、執事達だ。なぜかレックスも駆り出されている。商会の仕事はどうした。

 テーブルの向こう側には行列が出来ていて、手荷物や封筒を執事に渡しながら話し込んでいるようだ。

 荷物や封筒は彼らの後ろにいる侍女に渡され、仕分けされて箱に入れられている。そして、箱がいっぱいになると手が空いている生徒がどこかに運んで行った。

 あ、控えの間にあった荷物はこれか!


「これは?」

「きみの入学の祝いや、いろんな生徒へのプレゼント。封筒は茶会の誘いだろう」

「これ全部?!」

「今期は僕達兄妹三人に、ブリス伯爵家のエルトンとエルダ。エドキンズ伯爵家のミーアとネリーがいるんだ。それ以外のみんなもモテているみたいだよ」


 それでこの行列か。

 なら、パティのところやスザンナのところもすごいんじゃないの?

 最後尾の人が札持って立っていたりしない?


「兄上、話はあとにして上に行こう」


 アランお兄様に腕を取られ、私とクリスお兄様は階段の方に引っ張られていった。どうやら兄妹三人揃って姿を現したことが、外に並んでいた人達にバレたらしい。

 アイドルじゃないんだから。姿が見えたくらいで喜ばないでよ。


「妖精姫は幸運を運ぶらしいよ」

「運びません。むしろ私に幸運をください」

「エルトンがまだフリーだと思っている人が多いし、ミーアもトマトとディアの側近という事で人気急上昇だからね」


 トマト姫とか言われたら嫌だろうな。

 ミーアは今年十六歳。パオロとの縁談はまだ秘密だから、彼女に近づいてくる男共が多くて多くて。一度勝手にエドキンズ伯爵が縁談を結ぼうとしやがったから、領地まで乗り込んで縁を切るぞとにこやかにお話してきたわよ。なぜかそのあと、伯爵は寝込んだらしいわ。

 つい最近、ランプリング公爵との縁談をほのめかしてあげたから、元気いっぱいになって踊っているでしょうけど。


 エドキンズ伯爵は悪い人ではないのよ。ただ……あまり頭の回転が速くないというか、子供達に頼りきりで役に立たないのよね。トマト栽培に関しても、妹にいつまでも頼っていてはだめだと、次期当主の長男が頑張ったんだよね。伯爵は今まで通りでいいんじゃないかと、のんびり構えて遊んでいた。そのうえ騙されやすい。……あれ、ひどい父親だな。さっさと爵位を長男に譲ればいいのに。


 私達が向かったのは、二階にある多目的ホールだ。

 普段は生徒達がおしゃべりしたり、のんびり本が読めるように、座り心地のいい椅子や応接セットがいくつも置かれている。年末や卒業式近くには家具を片付けて、ダンスの練習に使っている場所だ。

 食堂はもう今夜の食事会の準備で立ち入り禁止なので、生徒達は多目的ホールにあつまり、全員揃ってスケジュールや持ち物の確認をするのが、毎年の恒例らしい。


「みんな揃っているかな。来ていない子はいない?」


 ホールに私達が顔を出すと、わいわいと話していた生徒達が一斉に立ち上がり、胸に片手を当てて頭を下げた。

 ベリサリオの領地内に住む貴族達にとっては、皇族よりも身近な上司だ。なかなか会えない下位貴族の子供達からしたら、特に私は初対面ということもありえる。


「全員揃っております」

「そうか。今年はこうして兄妹三人揃う事になった。ディアは今年入学でわからないことも多いだろう。よろしく頼むよ」


 クリスお兄様の紹介に合わせ、カーテシーできっちりご挨拶。もちろん笑顔も大事。

 おお……と、どよめきが聞こえたのは、どう受け取ればいいんだろうか。


「今年もよろしくお願いします」

「お世話になります」


 立ち上がってエルトンとエルダが挨拶に来た。ふたりとも制服がとても似合っている。


「あれ? エルトンは皇族の寮に行かなくていいのか?」

「学園にいる間は好きにしろと言われています」

「ベリサリオに張り付いて様子を見ていろって?」


 アランお兄様が何気にこわいことを言い出した。みんな聞いているからやめて。


「ええ。それと、出来ればアランに側近として顔を出してほしいと」

「えーーー」

「おまえ、近衛でアンドリューの警護に就くって言ったじゃないか」

「それって側近?」

「いつもくっついていることになるんだから、似たようなものだ」

「えーーーー」

「まあ、アランお兄様は皇族の寮に引っ越すんですか!?」

「引っ越さないよ! ここにいるよ!」

「でも皇太子は高等教育課程の建物に通うわけで、アランお兄様と接点がないですよね」

「そこが面倒なところなんだよ。去年までは同じ建物だったからよかったんだけどね。エルドレッド皇子との兼ね合いもあって」


 最近、とんと接点のなかった第二皇子か。

 私と一歳しか年が違わないから、教室が近いかもしれないな。


「あれ? エドキンズの……なんでネリーしかいないの?」

「ディアドラ様、姉に言ってやってください」


 噂をすれば影。ミーアが手紙のたくさん入った箱を手に、入り口から顔を見せた。


「あ、もう挨拶が始まってましたか。すみません、この荷物を置いたらすぐ……」

「ミーア」

「はい!」

「なんであなたがそんなことしているの?」

「なんでって……ディアドラ様の側近なので」

「今日の仕事は侍女と執事に任せる。学園内での側近の仕事は、アイリスとシェリルに任せる。あなたはエドキンズ伯爵令嬢として、やらなくてはいけないことがあるでしょう」


 うちの寮で預かることになった伯爵家の子息と令嬢との挨拶だけで、なんでこんなに時間がかかるんだ。私が腰に手を当ててミーアを叱りだしたから、驚いてこちらを見ている子供もいるじゃない。

 でもこれは大事よ。ミーアには母親がいないからうちのお母様が言うべきなんでしょうけど、ここにはいない。ならば私が言わないといけないわ。学園にいる間だけでも私の側近をやめさせて、未来の公爵夫人としての自覚を持たせないと。


「でもせめて今日くらいは」

「あなた宛ての荷物は見たの?」


 ネリーが座っていた椅子の近くに置かれた箱を見て、ミーアは口を押さえて目を丸くした。


「うそ」

「ほとんどお姉さま宛です」

「ええええ?!」

「自分の価値がわかってなくて困ってしまうわ」


 そこでみんなで私の方を見るのはやめて。さすがに最近は自覚しているから。


「今は皆を待たせているから、話はあとにしましょう。連絡事項を聞き終わったら、私達は別室で話をするわよ」

「はい」


 しっかり者のミーアが怒られるという場面は、お兄様達にとっても驚きだったようだ。それに心配だったらしい。連絡事項を話し終わり、それぞれの生徒のスケジュール等の確認になったので、さあ移動しようかと立ち上がったら、ネリーだけじゃなく、お兄様達やエルトン兄妹まで私とミーアと一緒に近くの打ち合わせ室にくっついてきた。


「打ち合わせはいいんですか」

「毎年、連絡事項を伝えたら、あとは執事任せだよ。茶会のスケジュール調整や忘れ物の確認まで、僕達が付き合う必要はないだろう?」

「ディアは初めてだから覚悟した方がいいよ。十歳の子供と丸一日一緒にいるのは苦痛だよ」


 うっ……。そうだ。小学四年生くらいのクラスにいるのって、どんな感じだろう。

 いやいや、今はミーアの話が先よ。


「それで、私のところにランプリング公爵家からの招待状は来ているのかしら?」

「え? いえ、今はランプリング公爵領で一番位が高いのは子爵家で……」

「ええ?! 私の側近を嫁に欲しいと言い出したくせに、私を寮に招待しないですって?!」


 あのねえ、先代が亡くなったのがパオロが成人したばかりだったこともあって、三大公爵家の中で一番苦労している家なんだから、せっかくの縁組は有効に使おうよ。ここでベリサリオを使わなくてどこで使うの。学園で誰が誰と交流を持ったかはすぐに情報が回って、それが次の世代の力関係に響くのよって、お母様が言ってたもん。


 公爵家の子供がいないから、お友達でも呼んで何回か茶会を開けばいいだろうって、パオロが卒業してからはまったりやってきたんだろう。それでいいんだ。間違っていない。今は公爵家で子供がいるのは、グッドフォローだけだからね。あそこの寮長も、今はデリック様だしね。

 でも今年は勝負の年だぞ。ミーアに付加価値をがっちりつけて婚約させるんだから、ここで公爵家を盛り上げないと。せっかく近衛騎士団団長なんだから、パオロの存在感をあげていこうよ。


「すぐにランプリング公爵家に行って……」

「ミーアが行ってどうするの。 ジェマ」

「はい」

「私のスケジュールの空いている日を、ミーアに教えてあげて。それと誰かをランプリング公爵家の寮に行かせて、こちらに誰か寄こしてミーアと打ち合わせるように言って」

「それは私の方でやろう」

「エルトン様?!」

「ベリサリオを煩わせたとなると、パオロ様の立場が悪くなるからね。ミーアはパオロ様に、寮にいる皆を指導出来るランプリング公爵家の執事か侍女を、寮に待機させるように手紙を書いてくれ」

「はい」


 さすが切れ者。話が早い。


「ミーアは明日にでも向こうに顔を出して、その執事か侍女と打ち合わせて、茶会を開かせてね。子爵家の子供っていくつ?」

「十七歳です」

「子爵家の子に、うち相手に茶会は可哀想だよ。いっそのこと、ミーアが主催すれば?」

「ええ?!」


 クリスお兄様はそう言うけど、まだ婚約していないのにそれはどうなの。


「じゃあ婚約すればいい。そのあとに茶会」

「駄目です。その時に公爵家から来た者や、寮にいる生徒達の様子もチェックしたいんですから。ミーアを虐めようとするような奴がいたら……」


 大切な側近を嫁にやるんだから、大事にしてもらわないと。


「覚悟しておけよとパオロに伝えてもらってもよろしいですわよ」

「……私から公爵家にそれは伝えるのはちょっと……」

「じゃあ僕が伝える?」

「兄上、やめてあげよう」


 なぜか男性陣の顔色が悪いみたいですけど、別に私は嫁にやらないとか、ランプリング公爵領の人間をいびったりはしないわよ。

 普通に協力して寮に招待して、二時間くらい茶会をすればいいだけよ。将来の公爵夫人を軽んじたり、嫌がらせしなければそれでいいのよ。


「結婚してからも何かあったら、ベリサリオに帰らせていただきます!って言えばいいわよ」

「お姉さま、よかったですね。私も安心です」

「え……ええ。私は安心ですけど、公爵家の方達は平気かしら」

「私と同じ年の公爵領の子はいるの?」

「……」


 え? なんでみんな無言なの?

 いじめないわよ? お友達になるだけよ?


「ディアが学園を牛耳る未来が見える」

「そんなめんどくさいことしません!」


 平和が一番。安全第一よ!


いつも閲覧ありがとうございます。

次回は開園式です。(冬の時期だけの学園がスタートするので)



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