誕生日会 前編
あれから我が家は湖に日参しましたよ。
クリスお兄様は風の精霊以外の二種類の精霊がつき、アランお兄様は風の剣精に続いて火の剣精がついた。両親は仕事があるからあまり時間が取れなくて増えなかったけど、ちゃんと魔力をあげているので元からいた精霊は順調に育っている。
そして私、全属性コンプリートしました!!
火、水、風、土の四種類が肩の後ろあたりでぐるぐるしているよ。
みんな尊敬のまなざしで見てくれるんだけど、正直邪魔。
家族そろって食事中なんて勝手に精霊同士が集って遊んでいるから、丸い光が飛び回って落ち着かないわ。
子供なの? 大きくなると落ち着くの?
そういえば赤ん坊の時からいた火と水の精霊はあまり飛び回らないかも。
誕生日会の招待客には、あらかじめ魔道契約を結んでもらっている。
私が想像していたより人数が多いのよ。
領地内の重要人物の家族と、私達兄妹それぞれと年齢の近い子供がいる家族が集まったから子供だけでも五十人以上。大人も合わせると二百人はいそう。
まずは全員大広間に集めて簡単な説明をして、湖に移動する。
湖は幻想的なターコイズグリーンで、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
私達が向かったのは森に囲まれた草原で、色とりどりの花が咲いていた。
細かい砂利が敷いてある通路や、木のイスやテーブルが設置されている場所もあり、自然を壊さずに散策出来るようになっている。
なんでも祖父母の子供の頃は、お客様を呼んで何度もここに遊びに来ていたらしい。お父様の執事が言っていた。
やっぱり昔は精霊に会うために、子供がここに通うのは当たり前だったんだよ。
そんなたいして昔の話じゃないのにって思ったりもしたけど、以前の私も戦前の話とかあまり真剣に聞いてなかったもんな。
クリスお兄様は子供達の先導をして、友達の質問に答えながら先頭を歩いている。
私は片手をアランお兄様が、もう片方をレックスが繋いで、連れられた宇宙人状態。
お外でのパーティーだから動きやすいように、袖と襟だけ白くて他は淡いペパーミントグリーンのワンピース姿で、脹脛まで隠れるふわりとしたスカートに白いソックスは定番ね。
女の子は似たような色とりどりのドレス姿で、男の子は走り回れるようなシャツとズボンに薄い上着を着ている子が多い。
この子供達の中から、私もいずれは側近や侍女を選ばなくちゃいけない。
男爵や子爵、騎士爵などの領地を持たなかったり、あっても小さい領地しかない家の子供は、大貴族の子供の側近や護衛、侍女になって教育を受けて、出世すれば皇宮で働けたり見初められてお嫁さんになったりするわけだ。
だから、誰につくかは重要なのよ。
主人が力を持っていないと、身分の高い人に顔つなぎ出来ないから。
お兄様達と違って、私の護衛や側近になりたい男の子はいないんじゃないかな。
将来の仕事につながりそうにないもんな。
侍女はね、女の子同士で仲良くなって、お嫁の貰い手を探すのを手伝うくらいは出来ると思うのよ。
キューピッド役、楽しそう。
今日は天気が良くて春にしては気温の高い、風の気持ちいい野外パーティー日和だ。
湖に到着してからは説明したとおりに、自然を散策しながら魔力をちょっとずつ開放して、各自で精霊と対話する。
飽きたり疲れたら、料理が並べられているテーブルに行って休めるようになっている。
人数が多いから、怪しい新興宗教の団体みたいな感じもあるし、信じなかったり馬鹿にしたりする人もいるんじゃないのって思ってたけど、意外と真剣な人が多かった。
特に高等教育課程に通っている年齢の子供達は、他所の領地のライバルに負けたくないから真剣よ。ちょうど魔法も習っているから、新しい精霊を手に入れたいと思っていたんだろうね。
そこに精霊を増やしたクリスお兄様と、珍しいと言われている剣精を手に入れて、実際にみんなの前で手を光らせてみせたアランお兄様の登場で、やる気が漲ってしまっている。
私?
なにこの子? 化け物なの? って顔をされました。
四歳児が全属性の精霊を育てるだけの魔力を持っているっていうのは異常らしい。
たぶん城内で一番魔力高いの私だもん。
伊達に生まれてから今まで、毎日魔力を何度も使い切っていないよ。
そうして一時間もすると、あっちでもこっちでも新しい精霊をゲットしたぜって人が現れた。
やっぱり魔法を習っている学生達や、魔法を使う仕事をしている人達が多いようだ。
アランお兄様のアドバイスで、剣精を見つける人達もいるみたい。
「焦らなくていいからね。魔力を使い切らないように休憩してください」
「子供達は学園卒業までに精霊がつけばいいんだよ。複数いなくても平気だよ」
お父様やクリスお兄様の声が遠くから聞こえる。
周囲がどんどん精霊を見つけていくと不安になるのはわかる。
だがな、簡単に精霊を見つける人がこんなにいたってことは、どんだけおまえら精霊と対話してなかったんだよ。
日本じゃな、魔法が使いたくても使えないんだ。精霊だっていないんだ。
せっかくこういう素敵な世界なんだから、もっと精霊と仲良くしなよ。
いて当たり前だから、ありがたみを感じなかったんだろうな。
「あの、よろしいかしら?」
戸惑っている子供達に説明して回っていたら、背後から声をかけられた。
振り返った先にいたのは、青みがかった銀色の髪に碧眼で、目元がきりっとしたお人形みたいな綺麗な女の子だった。
「私からお声をかけるのは、本当は駄目なんですけど」
「今日はかまわないと先程説明がありましたでしょう? お気になさらないで?」
「はい。私、ロイド男爵の長女、アイリスです。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。アイリス様はおいくつ?」
「五歳です」
「まあ、ひとつお姉さまなのね。これから仲良くしてくださいね」
「はい! あのそれで……」
「精霊が見つからないのですね。なんの精霊がいいですか?」
「……水?」
なんでそこだけ疑問形。
いやあ、この子かわいいわ。
貴族の子って見た目のいい子が多いのよ。綺麗な奥さんや愛妾を選ぶ財産も権力もあるからね。しかしその中でも飛びっきりじゃないかしら。
しかも素直で真面目そう。
うちのアニキのお嫁さんにきませんかね。
たぶんあなたの親はそれを目当てに、私に話しかけてきなさいって言ったと思うのよ。
「あ、きてるきてる。もう少し掌に魔力をためて」
「こう? あ、光った!」
「水の精霊ね。話しかけてお友達になるとついてきてくれますよ」
「お友達になってくれますか?」
首を傾げておずおずと聞いている姿がまた可愛い。
写真に撮っておきたいくらい。
いつのまにか心配した両親がすぐ後ろで見守っている中、魔力に満足した精霊はアイリスの肩の上にポンっと乗っかった。
「まあ、よかったわね、アイリス」
「はい。ディアドラ様が教えてくださったからです」
「ありがとうございます、ディアドラ様」
「いえいえ。アイリス様の魔力ならもうひとつくらい育てられるのではないですか?」
「そうですか。いや、ありがたい」
「ぜひ、アイリスと仲良くしてくださいな」
おおう、プッシュしてくるな。
そりゃここにいる人みんな、うちと仲良くしたいだろうけど、四歳の子供に言うより他の家族がいいんじゃないの?
「出来ればディアドラ様のおそばに置いていただけますとありがたい」
だからそういうのも両親に。
「いやあ、こんな妖精のようにかわいらしいお嬢様だとは」
「全属性揃っている方など初めて見ました」
「将来が楽しみですな」
待った待った。
大人が周りを取り囲まないで。
何? 私目当てなの? うっそーー。
「お待ちください。そういうお話はあとでお時間をご用意しますので、大人の方はあちらへ!」
レックスやブラッドが私の周りに集まった大人達を散らしてくれる。
家族の執事たちも手伝ってくれて、どうにかまた子供達だけになった。
「驚いた」
「油断しないでください。お嬢目当ての人もたくさんいるんですからね」
レックスはそのまま私のすぐ横にいてくれることになった。
ブラッドは少し離れたところで見張っていてくれる。
「お兄様じゃなくて私のところに来るとは……」
「見た目が無駄に可愛いって事と、全属性持ちは我が国に他にいないことを忘れないでください」
無駄って何さ。
でもたしかに自分の容姿は忘れていたわ。
あれ?
「今なんて?」
「無駄に可愛い」
「うっさいわ。そこじゃなくて私だけ?」
「知らなかったんですか? 現在、全属性持ちはお嬢だけのはずです」
やばい。目立ってしまっている。
最近、やることが多くてウィキちゃん見ていなかった。
いや、見ないようにしてた。
「すごいです。四色持っている方はいないのですね」
「今はね。でもきっとすぐにたくさんの人が持つようになるわ。アイリス様も魔力をどんどん使って強くなれば全属性持てますよ」
「がんばります。だから私をそっきんにしてください」
うわー、そう来たか。
子供もアピールしてくるのか。
「僕は護衛になりたいです!」
え? 突然ぶっこんできたな。
「えーと」
「ハリーです。ハリー・バックランドです」
バックランドって……たしか……騎士爵だったような。
子供って女の子の方が大人よね。
「剣精も手に入りました。騎士になります」
言いながら広げた掌は赤い光で染まっている。
「ハリー様はおいくつですか」
「四歳です」
まじか、同い年でそのでかさか。
掌もでかいし、剣ダコが出来ている。
「僕も護衛します!」
「私、お友達になりたいです!」
今度は子供に囲まれた。
レックスもどうしていいか困ってしまっている。
私、モテモテ。子供に。
気分は保母さん。
「向こうでそろそろ昼食にしましょうか!」
「わーーい」
「ごはん!!」
見かねたお母様の侍女がふたり、子供達に声をかけて連れて行ってくれた。
走っていく子供達を見送って、レックスが盛大なため息をついていた。
ご苦労様です。
まだ精霊を手に入れようと頑張っている人達が周囲にはいるが、私の近くにはアイリスとハリーだけが残った。
私から離れる気がないらしい。
この子達、本当に私の元で働くつもりなのかな。
「おい、おまえ」
誰だ。この場で一番身分の高い家柄の私を、おまえ呼ばわりするやつは。
私は優しくしてくれる子にはめいっぱいの優しさを返すけど、敵意も五倍くらいにして返すぞ。
「なんとか言えよ。俺が声をかけてるんだぞ」
そこにいるのは十歳くらいの男の子だった。
濃い緑色の短い髪の、目つきの悪い子供。
見た目がそこそこいいところがまた、余計に生意気そうに見える。
「もしかしてあなた、私に声をかけているの?」
「そうだよ。おまえかわいいじゃないか。向こうで一緒に食事しようぜ」
四歳児をナンパかよ!!
しかも台詞がおじさん臭いよ!!
今日はかまわないという話になっているけれど、本来は身分の低い者が高い者に話しかけることは許されない。
いくら相手が子供でも、お父様の城内で私におまえ呼ばわりって、うちの男性陣に知れたらぶっ飛ばされるぞ。
「あなたは誰?」
「俺を知らないのかよ。おれはホルン地域領主の長男のデニスだ」
そうかい。
そのホルンの領主を任命しているのがうちのお父様なわけなんですが。
ホルンの領主ってなかなかの切れ者だって聞いたことがあるような……。
あれか。仕事が忙しくて、子供の教育は奥さんに任せっきりのタイプか。
「おまえ、名前なに?」
おまえに名乗る名前なんざない!
「あなたは精霊を探さないの?」
「俺はもう剣精がいる。土の剣精だ」
「……光らせてみてくださる?」
「剣精は光らない」
「ここに来る前の説明を聞いていました?」
「うるさいな。おまえは女だから剣精について知らないんだ。黙れ」
えーーーと私、すっごい我慢したんですけど、このあたりでこいつをグーで殴っていいでしょうか?
「剣精も光るぞ」
ハリーが横から声をかけた。
いくら彼が大きくても四歳児と十歳じゃ体格が全然違う。
なのに怖がらないで話しかけるのがすごい。
レックスは私のすぐ横で、いつでもデニスを捕まえられるようにしている。
ただ相手が生意気なだけでは、私が命令でもしない限り動かない。
命令すれば、たぶんデニスをすぐに抱え上げて湖に沈めるくらいの事はやると思う。
「光るわけないだろう。父上も剣精を持っているが光らないぞ」
あー、ホルンの領主にまで飛び火しました。
ということは、彼のお父様も精霊を持っていないという事ですね。
子供がばらしてますよ。
「あなた、さっきからディアドラ様に失礼だわ。この方は辺境伯のお嬢様なのよ」
「はん。こいつが辺境伯の子供かよ。せっかくかわいいのに身分が低くて気の毒だな」
「え?」
あー、こいつ、辺境伯を騎士爵あたりと同じと勘違いしてるな。
「うちは伯爵だぞ!」
ああうん。伯爵って一番多いし、上と下で差が大きいのよね。
大きな領地をもらっていたり皇宮で要職についている伯爵から、領民と一緒に田畑を耕している伯爵までいるのよ。
他の階級もそうだけど、同じ階級でも権力や財力に大きな差があるの。
うちは重要な拠点を守護しているし、海軍と国境軍持ちだから辺境伯のトップで、侯爵と同じ扱いを受けている。
「今の辺境伯は若くて経験がないからダメだって母上が言ってた」
あ、また飛び火した。
これあれだ。幼稚園生がお母さんが迎えに来る時に「うちのお母さんとお父さん、毎朝玄関でキスしてるの!」とか、先生にばらしちゃうやつと同じだ。
ただ内容のやばさが段違いだな。
「うわ。そんなことをおっしゃっていたんですか?」
「うちの父上の方が優秀だからな。辺境伯だけじゃ何も出来ないって言ってた」
「ほお。さすが切れ者と言われるだけありますね」
「当然だ。うちの領地は税金がいっぱい集まっているから、お母様がまた新しい宝石を買うくらいに金持ちだぞ」
税金は、あんたの家のために使っちゃダメだろうが。
帳簿どうなっているんだ。
「レックス、煽るな」
「ここはいっそ気持ちよく終わっていただこうかと思いまして」
小声で注意したら、レックスは滅茶苦茶さわやかな笑顔で言った。
うん。いつの間にか周りに人が集まっているしね。家ごと終わるね。
声がでかすぎるんだよ。
「私はまだここにいますから、あなたは食事に行ってくださいな」
「一緒に来いって言っただろ」
「嫌です」
「なんだと」
「お父様を侮辱する方なんかとお話ししたくありません。さようなら」
「おまえ生意気だぞ!」
私を捕まえようとしたのか殴ろうとしたのかはわからない。
デニスが腕を振り上げた途端、ハリーが伸びあがってその腕を掴み、アイリスが悲鳴を上げ、レックスが私を庇って前に出た。
そして……。
『この子供はおまえの敵か』
『消していいのか』
頭上にふわふわと浮いていた光のうち火と水の光が消え、代わりに全身炎の毛皮で包まれた巨大化した狼のようなフェンリルと、川の流れのように水色の光が頭から尻尾の先に流れていく東洋風の竜が姿を現した。
「え? あの……あなた達……」
『なんだ、わからないのか』
『赤ん坊の時から傍にいただろう』
やっぱり彼らは火と水の精霊なんだ。
最近手に入れた風と土の精霊は丸い光のままだもん。
でも彼らも私を守ろうとしているみたいで、私とデニスの間でぶるぶると細かく震えている。
「精霊って育つと会話出来るようになるの」
『そうだ』
「そういう姿になるの?」
『いろいろだ』
『人型にもなれる』
待って待って待って!!
「ディアドラ! どうした!!」
「お父様、精霊って育つと人型にもなれるそうです!!」
「おお!」
「私、お風呂入る時に精霊も風呂場に入れてました! 見られた!!」
感情くらいはあっても、こんなはっきりと意識があるとは思わなかったよ。
まして人型になるとか、教えておいてよ!
「でも私の精霊なんで、切っちゃだめです」
お父様、剣を抜かないで!!
精霊をどんな姿にするか迷いました。