閑話 精霊王とカカオ 6 カミル視点
最終回です。
それに伴い、59話から62話まで修正しました。
特に61話「友達はモテモテ」 62話「カカオ担当」は大幅修正しています。
時間に余裕がある時にでも、カミル視点と比べて読んでみてください。
そして翌日の午後、コーレイン商会を訪れた俺を出迎えた子爵は、得意げな笑みを浮かべていた。
「やはり戻っていらした。わかっていましたよ。聡明なカミル様なら、きっと戻って来てくださると。ご安心ください。妖精姫宛に、商売の話とは別に直接相談したいことがあるので、私が直接伺うと使いを出しておきました」
「あんた、馬鹿だろう。自殺したいならひとりでやれ」
「な、なんですと?!」
「コニング、きさまも来い」
精霊獣が小型化して顕現したのを見て、子爵とコニングの顔色が変わった。
「一緒に来てもらう」
精霊獣が捕えてきたふたりの腕を掴んでそのまま転移する。飛んだ先は北島の議事堂だ。
部屋の三方向に階段状の席があり、島の主だった貴族が腰をおろしている。
転移して来られるように片づけられた中央の広いスペースに到着すると、平衡感覚が狂ったのか子爵もコニングもよろめきながら周囲を見回した。
「これはいったいどういう……うぐ……」
怒鳴ろうとした子爵は、土の精霊の重力魔法で地面に押さえつけられ、土下座の体勢で動けなくなった。
「この男、妖精姫に直接相談がしたいと使者を出したそうだ」
「はあ?!」
「たかが子爵風情が困りますね」
俺の傍らまで三人の男が近づいてきた。
ひとりはサロモンだ。細い目を弓なりにして笑みを浮かべ、子爵の顔の近くにしゃがんで気味が悪いほどにやさしい声で話し始めた。
「王族の次に高位のベリサリオ辺境伯の、精霊王を後ろ盾に持つ妖精姫ですよ。商談で平民の商人を脅しに行くのとは訳が違います。気に入らないと思われただけで首が飛びますよ」
「ふざけるな! カミル様の代理人として行くんだぞ!」
「子爵。私が侯爵家の人間だという事をお忘れですかね。それにいつ、カミル殿下があなたを代理人にしたんですか?」
「カミル様は私の孫という事になっていて」
「いつの話をしている。あれからもう四年経っているとわかっているか?」
もうひとりがハルレ伯爵だ。ここにいる俺の側近以外の貴族の中で、この四年の俺の生活に一番詳しいのは彼だろう。キースに連れられて何度も王宮に足を運び、兄上と俺と彼らとで食事をしたこともある。もともと王太子派であった彼にしてみれば、俺を利用して兄上を陥れるというやり方は一番気に入らないはずだ。
「カミル殿下は王太子殿下の唯一の弟君として東島でも認められ、仕事を手伝われるほどに信頼もされている。第三王子を自ら捕えた功績もある。公爵である彼に対するきみの態度は不敬罪だぞ」
「コニング」
貴族達の居並ぶ中、名を呼ばれてコニングは震え上がった。
「昨日俺にした話をもう一度してもらおうか。この男はおまえに、俺が精霊王の話をすることを邪魔するように言ったんだな?」
「……」
「コニング! きさま!」
「あのジジイに義理立てしても無駄だぞ。よくて幽閉。普通で処刑だ」
「もっともおまえは平民だから、ここで切り捨てられて終わりという事もありえるね。そうなりたくなかったら、誰を味方につけた方がいいか、考えなくてもわかるでしょう?」
俺の言葉の後に続いてサロモンが脅しをかけた。
こういうセリフをこういう場で、俺には言わせたくないらしい。
「に、西島がベジャイアと組んで東島と戦争になれば、王太子は殺されるかもしれない。そうでなくても、責任問題になるかもしれないと」
「そうして俺を担ぎ出して、自分達が操ればいいと思ったわけだな」
「そ……そう言っておいででした」
「カミル殿下が戦死するとは思っていなかったのかい?」
サロモンの質問に、コニングは今にも気絶しそうな真っ青な顔できょろきょろと落ち着かなげに周りを見回してから、諦めたように口を開いた。
「モアナ様に守っていただこうと話していました。帝国の精霊王達も協力してくれるかもしれないと」
「妖精姫とベリサリオ辺境伯一家を怒らせておいて、精霊王達に守ってもらうとか、計画がずさんすぎて呆れるしかないな」
「たかが子爵が反逆罪とは」
「せっかく北島だけは精霊王がいらして、祝福された王子もいて平和にやっているというのに」
がやがやと貴族達がざわめく中、俺は笑顔でコニングに近付いた。
「なぜ逃げる?」
「い、いえ……」
俺より縦も横もでかいくせに、近づいた分後退るのでどんどん壁際に近付いていく。
「コニング。他にこの件に関わっている者はいるのか?」
「……う」
「いるなら話せ。協力するなら命は助けてやる」
「そ、それは……」
俺の精霊獣がコニングを取り囲んだ。
「デルク様とその手の者達が子爵に持ち込んだ計画だったんです!」
リントネン侯爵家嫡男デルク。俺とは従兄になる馬鹿は、四年前に謹慎になっても無駄だったわけだ。
「デルク……まさか……本当なのか!」
リントネン侯爵と次男のヘルトは、青筋を立ててデルクに詰め寄った。
ふたりとも、俺の南島との商談に何かと手を貸してくれていたというのに。この馬鹿のせいで、一族まとめて罰せられる可能性もあるんだぞ。
「俺は……北島のためを思って」
「いい加減なことを言うな! 国が戦争になって北島のためになるわけがないだろう!」
「カミルが国王になれば、うちは国王の親戚に……」
「カミル殿下は公爵で、おまえはたかだか侯爵家の息子のひとりだ! 呼び捨てにするなど言語道断!」
「そ……れは、すみません」
「きさまは廃嫡する。今日から平民だ」
「ま、待ってくれ。父上!」
俺はため息をついて、泣きわめいているデルクと子爵を眺めた。
いったいどうしてそんなアホな夢を見たんだ。まともなやつなら、どれだけ馬鹿な計画かすぐにわかるだろう。
「エリオット、こいつらを連れてってくれ」
俺に近付いてきた最後のひとり、エリオットが首を横に振りながら、やれやれという感じで肩を竦めた。
「ニコデムス教のせいで、西島では多くの国民が殺されているというのに、情けない限りです」
彼は宰相の息子であり、東島の侯爵家嫡男だ。兄上とは幼馴染で、何度も兄を襲撃者の手から守ってくれている。
この四年間、俺の方が王太子に相応しいと言い出す馬鹿が現れるたびに、俺が自分で潰していくのを見て、兄上の側近や補佐官も今では俺を王太子の弟として信用してくれている。今回の件で心配した兄上が、わざわざ彼を北島に派遣してくれたんだけど、まだ暗殺の危険があるんだから、彼には出来れば兄上の近くにいてほしい。
「彼らを捕らえて連れていけ」
エリオットの指示で近衛と国の兵士が子爵とデルクを連れていく。
反逆罪である以上、北島だけで片付けられる問題ではないからだ。
「エリオット。子爵家と侯爵家の扱いなんだが」
「ブラントン子爵家とリントネン侯爵家を潰すなと?」
「今日は西島へ派遣する兵と指揮を執る者を決めるために集合したのもあったんだ。北島からはリントネン侯爵とその兵を派遣する」
「……なるほど。いいでしょう。働きによっては処罰も軽く出来ます」
「どうだ、侯爵。行ってくれるか」
「はっ。必ずやニコデムス教を殲滅してまいります」
跪いた侯爵とヘルトに頷きかける。
ふたりはすぐに西島に向かう準備のために領地に戻ることになった。
他の貴族達は自分達が出兵しなくて済んでほっとしている事だろう。
「子爵家は今回のベリサリオとの話し合いが終わるまで、処分保留だ」
「甘いですねー。そこがいいんですけどねー」
「帝国におまえは連れて行かないぞ」
「はあああああ!?」
「サロモン、声がでかい」
「じゃあ誰を連れて行くんですか?!」
「コニングと」
「はああああ!!」
「……フェアリー商会の担当はこいつとリアなんだ。ふたりがいないと城に入れない危険があるんじゃないか?」
「それは……たしかに……」
「あとは、転移魔法持ちのキースを連れていく」
「いつもキースばかり! おもしろい場所にいられてずるいです!」
「カカオを運ばないといけないんだって」
「だいたいなんでカカオなんですか」
わめいているサロモンをあしらっている間に、エリオットとヨヘムがコニングから他に関わっている者がいないか聞きだしていた。デルクとつるんでいた若い貴族の名前が続々と出てきたが、知っている名前がひとつもなかったんだけども。俺は知りもしないやつに乗せられて王位を狙うと思われていたのか? けっこう落ち込むなそれは。
あとは、キースと南島に行ってカカオを受け取り、南島にも援軍を頼んで、子爵の代わりにカカオを届けて、出来れば精霊王の話をして無事に帰ってくればいいだけだ。
「カミル殿下、お願いですからご無事で帰ってきてくださいよ。もうゾル殿下が亡くなった時のように、王太子殿下が死んだ目で眠りもせず、私達とすら必要事項以外会話をせず、無表情で公務をする姿は見たくありません。カミル殿下まで何かあったら、もっとひどいことになるでしょう」
「あの方、なにげに弟大好きですよね」
「家族として信頼出来るたった一人の御兄弟だからな」
サロモンもキース達も王宮での俺と兄上のやり取りを知っている者達は、俺が兄上を裏切るわけがないとわかっているし、俺に何かあると兄上の精神的負担がやばそうだという事もわかっている。
「なぜかクリスに嫌われているみたいなんだよな」
「神童でしたっけ」
「らしいな。あまり話していないからよくわからないけど、兄上と近いタイプかもしれない」
観察力があって、すごみがある。
「いや、兄上の方が経験してきた修羅場の量が上だな。ベリサリオは平和だから、寝首をかかれる心配なんてしたことないだろ」
「それ、得意げに言う事じゃないですよ」
「うっ……も、もうそんなことはないですから!」
サロモンには呆れられてしまったし、エリオットは胸を押さえて呻いていた。
「それより妖精姫はどうなんですか。可愛いんですよね」
「なんというか、可愛すぎて人間じゃないみたいな感じかな」
「冷静ですね」
「タイプじゃないとか?」
興味津々でみんなが聞いてくるけど、これはもう実際に会ってみないとわからないんじゃないかな。
「というか、隙を見せたら殺られる気がした」
「え? 御令嬢ですよね」
「あー、魔力が強いらしいですから」
「なるほど」
うーん。そういう怖さなら対処のしようがあるんだよな。
なんというか、根本的に普通の人間とは違う気がする。だからといって理解出来ない生物というのとも違って、味方になったらすげえ頼りになりそうな感じもするし、不思議だ。
「ともかく笑顔ですよ。カミル様はすぐに目つきが悪くなるんですから、女性相手には笑顔が一番ですよ」
笑顔……大事だとは思うけど、むずかしいな。
「サロモンみたいな笑顔は胡散臭いですからね。それより口調に気をつけないと。貴族の柔らかい話し方ですよ」
「いや、ヨヘムのようないやらしい喋り方は女性に嫌われますよ」
「ともかくベリサリオの方は、次で解決して西島に行かないと」
「は? 殿下も行かれる気なんですか?!」
他の島はいい方向に進めているのに、西島だけ放置は出来ないだろう。
ニコデムスを追い出して、正妃の実家の者達を捕らえなくては。
本当に真剣にそう思っていたし、戦場に立つ覚悟もしていたんだ。
「引き籠ってるんじゃなーーーーい!! はたらけーーーー!!!!」
おしとやかなご令嬢になっていたと思っていたディアドラが叫んだ途端、歴史が動いてしまった。
その日まで、ニコデムス教と戦うはずだった兵士が、復興の作業をするために西島に行く事になるなんて、誰も思っていなかったぞ。
俺は西島に行かずに王宮に戻り、引きこもりをやめた精霊王達と、兄上と一緒に会う事になった。帝国を参考に島の代表を決めて、島ごとに精霊王との付き合い方を模索してもらって、王家はそれを補助する形にするためだ。
「すごいな、妖精姫」
「正式に帝国に礼を言いに行かなくてはいけないな」
「……誰が?」
「……まずは外交官に相談するが、ずいぶんと知り合いが増えたんだよね?」
そういえば公爵と辺境伯と近衛騎士団長がいたんだっけ。
「おまえが適任になりそうだ」
俺かよ……。
次回からディアドラ視点に戻ります。
いつも閲覧ありがとうございます。
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