閑話 精霊王とカカオ 3 カミル視点
それからはもう大変だった。
何がって、正当な王子の帰還を祝福するために、王宮に続く道の両側に兵士や貴族達が跪いて並んだからだ。今まで出来るだけ目立たないように王宮の隅で育てられた俺なのに、突然、宮廷をあげての大歓迎だ。王室と北島の旗が並べられ、楽団が演奏を始めた。
「帰りたくなってきた」
「王太子殿下に会えるんですよ」
「……しかたない」
これはたぶん、王太子殿下が命じたんだよな。俺を正当な王子だって意識づけるためなんだろう。
仕方なく道の中央を進む俺達一行の頭上で、モアナがにこにこと微笑んでいる。
そろそろありがたさがだいぶ減ってきているから、もう少し幻想的な感じで、気付いたらすっと消えていたって事にした方がいいんじゃないかな。
美人で優しそうだという声が聞こえて来たので、人気にはなっているみたいだ。
でも本当は、彼女は北島を担当している精霊王で、東島は本当は土の精霊王のアイナの担当だ。ただアイナの姿を見たという話は聞いたことがない。
道の突き当りにある王宮は、今までは海側から大きい建物だなと見上げていただけで、正面から、しかもこんなに近くから見る時が来るとは思ってもいなかった。
白い石を基調に、部分的に木を使用しているのが帝国との違いだ。大きな窓と広いバルコニー。そこにクッションを置いて海を眺めながら食事をするのがルフタネンスタイルだ。
王宮にも左右対称に各階に大きなバルコニーが作られていて、警備の兵士が等間隔に立っているのが見えた。
「カミル様」
正面玄関で出迎えてくれた人には見覚えがあった。兄上達と一緒に何回か俺のいた屋敷に来たことがあった人だ。
モアナもさすがに建物の中までは突入して来ないようで、小さく手を振って姿を消した。今度改めてお礼を言わないと。
「よくご無事で。どうぞこちらに。王太子殿下がお待ち……」
振り返った途端、言葉を飲み込んで苦虫を噛み潰したような顔になったって事は、噂の王太子殿下がすぐそこの階段の踊り場までやってきているのは、予定外だったんだろうな。
ここはまだ王宮を訪れた客が、自由に行き来できる場所だ。王太子が普段こんな場所までやってくることはありえない。
わざわざ来てくれたのは嬉しい。
けどいつも、ゾル兄上に注意されていたのに。
「カミル!」
急いで階段の下まで進み出て跪く。
背後で仲間達が跪いたのと、王太子が階段を駆け下りて来たのはほとんど同時だった。
「本当にカミルか? どこも怪我はないのか?」
十二歳年上の兄上は、俺にとってはただ兄だというだけじゃなくて、父の代わりでもあって、でもこの国の王太子で。近くて遠い存在だった。
その兄がすぐ目の前に膝を付き、両手で俺の肩や腕や頬を撫でて無事を確かめていく。王太子の仕事用の高そうな上着の裾が床に広がってしまっている。
「カミル?」
「護衛より前に出ちゃ駄目だってゾル兄上に言われていたじゃないですか」
小声で文句を言ったら、目を大きく見開いてしばらく俺を見つめたあと、ぎゅっと抱きしめられた。
「そうだったね。そうだった」
「殿下、くるし……」
「もう今日の仕事は終わりだ。ゆっくり話そう」
「ちょっと待ってください。抱えるのは無理ですからね」
「え?」
「私はもう九歳になりましたから。重いですよ」
一緒に立ち上がり、しげしげと俺の姿を眺めてから、王太子は微かに眉を顰めた。
「いつの間にこんなに大きくなったんだ」
「私のイメージ、五年前くらいで止まっていませんか?」
確かに最近少し身長が伸びたけど、会えなかった時間は一年半ほどだ。そんなに変わってないよ。
「私より大きくなっていないからよし」
「いつか追い抜きますから」
室内に入る時に小型化していた精霊獣達が、当然のようにふたりの周囲を囲んで誰も近づけないようにして、その後ろを王太子の側近や補佐官達がついてくる。
「私の部下の中には北島の貴族の子息もいますし、ボブは殿下がつけてくれた護衛です」
「そうか、ずっとカミルを守ってくれたんだね。彼らの事は心配しないでくれ。護衛達の部屋もきみの部屋の近くに用意しよう」
「サロモン、必要な人を連れてついてきて」
「かしこまりました」
王太子は信用している。
でも、王太子の周りにいるやつは誰ひとりまだ信じられない。
北島の者は俺に利用価値があるけど、王宮の者も東島の者にとっても今の俺はなんの価値もない邪魔者のはずだ。
初めて見る王宮の豪華さとでかさにきょろきょろしてしまう。
もう自分が屋敷のどのあたりにいるかわからないや。いざという時は窓から外に出ればいいか。
案内されたのは部屋とバルコニーの境が床の色の差しかないような、壁の一面が大きく開かれた客間だった。
手前の室内の部分には籐と黒壇で作られた家具が置かれ、バルコニー側にはクッションが山ほど置かれた長椅子とテーブル。床のラグの上にもクッションがたくさん置かれている。
バルコニーの向こうには噴水の美しい中庭と、遠くに海も見える。
俺の住んでいた屋敷もこっちの方角のはずだ。
バルコニーの長椅子にふたりで並んで腰をおろすと、精霊獣達が他の者達を近づけないように並んで行く手を塞いでくれた。王太子の部下は慣れているようで、部下同士で情報交換するためにそれぞれ椅子に腰をおろしている。
「声が向こうに聞こえないようにしてくれ」
『まかせろ』
「そんな事が出来るんですか?」
「あれ? 転移魔法が使えるのにそれは知らないのかい」
「はい」
「じゃあ私の精霊獣に転移魔法を教えてくれ。きみの精霊獣に知っている魔法を教えよう」
「おまえらで教え合ってくれ」
『おー』
『わかった』
精霊獣達に指示を出して振り返ったら、王太子が目を細めて俺を見ていた。
「え?」
「言葉遣い、悪くなっているね。目つきも」
「そう……ですかね」
「いろんなことがあったからね。でも昔はあんなに可愛くて、兄上って呼んでくれたのに」
「ふたりの時は兄上って呼びますよ」
「カミルーー」
九歳ってまだ全然子供なんだろうけど、普段年上とばかりいっしょにいて、大人と同じように扱われることが多いから、頭を撫でられたり抱きしめられるとどう反応していいかわからなくなる。
兄上が相手だから甘えていいのかもしれないけど、甘えるってどうやればいいのかわからない。
「きみの屋敷が襲撃されて、侍女達が殺されてきみが行方不明だと聞いた時には心配したよ」
「ゾル兄上は、亡くなる前、私が無事だという事は知っていたんですか」
「知っていたよ。きみが行方不明になってすぐは、犯人を見つけて殺してやるって怒り狂ってたけど、無事だと聞いてなんとか会えないかと北島に行く準備もしていたんだ。……でも侍女に裏切り者がいたんだ。第四王子に側室にしてやると言われたらしい」
「精霊獣は? 身を守ってくれなかったんですか?」
「油断してたから」
「油断していても精霊獣は身を守ってくれます。怪我をすれば勝手に回復してくれるし、身を伏せれば目立たないように足の傍に固まってくれる」
「え? そうなのかい?」
そうか。俺は護衛が少なかったし、ひとりの時に身を守るために精霊獣と一緒に戦う工夫をしていたけど、兄上達には正規の護衛がいつもついているから、精霊獣の動かし方までは訓練していなかったのか。
「それにしたって回復はしてくれますよね。即死だったんですか?」
「いやその……恋人と一緒に過ごすのに、精霊は隣の部屋に控えさせようとしたと思うんだ。捕らえた侍女は精霊を動けなくさせる方法があると話していたけど、支離滅裂でね」
「なんで隣の部屋に? 危険だったんでしょう?」
「いやだから、恋人とね、ふたりですごすのに精霊に見られるのもちょっとね」
「……あ。そうか」
「わかるの?」
「子供を作る……」
「違う。ゾルはそこまではしてなかったからね。まだ婚約前のお嬢さんと彼女の侍女と一緒に話をしていただけだよ。キスくらいはしたかもしれないけど。侍女が精霊獣と隣の部屋に何か理由をつけて移動したらしいんだ」
ああ、恋人の侍女が裏切り者だったのか。
「キスするくらいで精霊獣を別室に行かせなくても」
「カミル? いつの間にそんなにいろいろと知ったのかな? 九歳の子供にはまだ早いよね」
「あの屋敷にいた侍女も護衛も、私がいても気にせずにおしゃべりしてましたから」
「あいつら」
そんな怒ることでもないんじゃないかな。いつまでも知らないのもまずいし、サロモンならちょっと聞いたら図解入りで説明してくれそうだよ。
「じゃあ恋人も?」
「一緒に殺された」
「兄上は精霊獣をいつもそばに置いておいてくださいよ。兄上にまでもしもの事があったら、俺がこの国を滅ぼしますからね」
「いつもって、それだと一生私は独身では?」
「天幕の布を分厚くして、音が漏れないようにすればいいじゃないですか?」
「だからカミルー。子供がそんなことを言ったら駄目だって。まさか女の子によからぬことはしていないよね」
「女の子は私の周りにいませんね」
「それもどうなのかな」
それから何時間もかけて、俺達は今まで話せなかったことや、ふたりが会えなかった間に起きたいろんなことを話した。
兄上は俺の母親がすでに死んでいると話すのにだいぶ覚悟が必要だったみたいだけど、少し前になんとなくそうかなと気付いていた。三歳のあの日、兄上達が俺の元に来たという事は、誰かがその情報を兄上達に告げたという事だし、母が生きていたら、兄上達なら会わせようとするとか、こんな人だよと話してくれるだろう。一度もその手の話題がなかったから、多分もうこの世にいないんだろうなと思っていた。
第四王子は侍女に手引きをさせた容疑で謹慎になり、南島の貴族達は彼との縁を切った。彼の母親の第三王妃はまともな人なので、息子が罪を犯したのに王宮にはいられないと南島に引っ込んだらしい。
「でも第四王子が侍女に手引きをさせたという事は、北島の人達は知りませんでしたよ」
「物的証拠がなかったし、南島はこの件を機会に正式に私を次期国王に推すと発表してくれたから、表沙汰にしなかったんだ。ゾルを殺した犯人だ。徹底的に追い詰めたいと私も思う。でも、内戦にするわけにはいかない。南島といい関係を築く方を選んだんだ。ごめんね」
なのに第四王子は侯爵令嬢を襲って謹慎処分。馬鹿だろう。
「いいんです。兄上が国のためにいつも頑張っているのをゾル兄上も知っていました。きっとわかってくれています。それより襲撃犯も捕まっていないんですよね?」
「外国人だった可能性があるんだ」
「は? 王宮内に外国人が?」
「今回は第三王子を捕まえられたけど、あいつの母親は正妃だからね。悔しいけど証拠がないからゾル殺害の件では手が出せなかった。正妃は第二王妃の息子の私が王太子になっていることを、どうしても許せないらしい。それに、彼女だけではなく西島は少し様子がおかしい」
「おかしい?」
「まだよくはわからないけどね。それより妖精姫に会ったんだろう。綺麗な子だと聞くけどどうなんだい?」
露骨に話題を変えられたけど仕方ない。
女の子に間違えられた話をしたら、大爆笑された。ひどい。
今は使用できないまま放置されている転送陣の間の近くに、転移に使用するための家具のない部屋を用意してもらった。
ゾル兄上の使用していた区画を、いつか俺が戻ってきたときに使えるようにと改装されていたので、そこに転移のための部屋を用意することも出来たんだけど、いつの間にか誰かを王宮に連れてこられるって、他の人からしたら脅威だからね。
それ以外に、兄上と俺だけが使える部屋を用意して、ふたりだけで転移出来る先を増やすために、時間がある時にあちらこちらに転移した。
北島の俺の屋敷にも帝国にも行った。
妖精姫と出会った公園でジェラートを初めて食べた兄上は、とても驚いていた。
毎日公務が忙しくて、ほとんど王宮から出ていなかったらしい。
帝国の精霊獣の多さにも驚いた兄上は、精霊の知識を広める必要性を理解してくれた。
帝国では、各精霊王の住む地域の領主が精霊王との窓口になり、精霊と人間の触れ合いの場を設けようとする動きが進んでいるそうだ。妖精姫が領地外にまで、精霊についての勉強会をするために出かけて行っているっていうのが何よりも驚きだよ。あの子いくつなんだ?
「精霊車ってなんなんだ?」
「馬じゃなくて精霊が箱を浮かべて運ぶって話してましたよ」
「精霊について、考え直さないといけないな。モアナと話そう」
彼女、精霊車なんて言われてもわからないんじゃないかな。
王宮での生活は比較的平和な日々だ。
兄上の側近達に信用されるのには、意外と時間がかからなかった。
精霊獣とモアナとのやり取りを見て、俺を次期国王にしようとする派閥を作ろうと近付いてきたやつらを、ことごとく追い払ったからだ。サロモンが非常にわかりやすいリストを作って、何かあったら証拠にすると脅したし、俺も兄上に何かあったらこの国を亡ぼすと宣言したからね。
なにより兄上が元気になったのが大きかったらしい。
ゾル兄上が殺されて、俺は北島でどうしているかわからなくて。
もう国を守る意味が見つけられなくて、食事もまともに食べられない状態で言われるままに仕事をこなしていたらしい。
それが、俺が王宮に向かうと聞いて急に元気になったんだって。
お互いにとって、唯一の家族みたいなものだからな。
兄上の母親である第二王妃と国王は、体調がすぐれなくて全ての人を疑って兄上とも会わない。仕事は兄上に押し付けたまま。
この国は、兄上がいなくなったら空中分解するぞ。
王位継承争いをしている場合じゃないのに。
他国がルフタネンは精霊の国だと誤解してくれている間に何とかしなくちゃいけないんだ。どうにか精霊王達を帝国のように引っ張り出したい。
「カミル。きみに頼みたいことがあるんだ。南島に行ってきてほしい」
「かまいませんけど、どうしたんですか」
「南島の侯爵家の令嬢との縁談が決まった。北島にはきみがいるだろう? 南島もこの縁談が決まれば表立って私の後ろ盾につける」
ゾル兄上殺害の責任を感じているからって理由じゃ、南島の人達に説明できないもんな。
「北島は帝国との貿易で、南島は豊富な作物のおかげで、元々発言力があるし豊かだ。三島がまとまれば西島と対抗しやすくなる」
「西島はいまだに第三王子を推しているんですか?」
「貴族はふたつに分かれているようだ。犯罪者を担ぎ上げるなんて出来ないというまともな考えの人もいるんだよ。でも正妃の実家や一部の貴族はベジャイアを後ろ盾にしようとしているらしい」
転送陣が使えていたら、もっと島と島の距離が縮まって話が通じるようになるんだろうか。情報が伝わるのが遅いし、なにが事実か確認するのにはもっと時間がかかってしまう。
「きみに一度南島に行ってもらえれば、その後は転移が使えるだろう?」
「兄上、婚約者の元に転移する気ですね」
「え? いや、実際に会って話が出来るのはいいよね」
彼らを王宮に招いてくれ。
自分が行こうとしないでくれ。
あとで兄上の側近にチクっておこう。
「それに南島は、帝国に売り込んでほしい物があるらしいよ。チョコとか」
「ああ、あれは人気が出そうですね。そうか。南島で作られているんでしたね」
チョコか。フェアリー商会に売れるかもしれない。
北島と南島の関係が良好になるのは、兄上の助けになるはずだ。
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