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閑話 精霊王とカカオ 2   カミル視点

「つまり転移魔法を使えるという事ですか」


 ヨヘムがべりっと俺からサロモンを引き離して、ポイッと後方に投げた。無表情のままそれをファースが受け止めたので、もしかしてこの三人はいつの間にか仲良くなっているのかもしれない。

 兵士達は訓練が行き届いているのか、無言のままで顔を見合わすだけだ。でも聞きたいことは山ほどあるんだろう。じっと俺の様子を窺っている。


「黙っていてごめん。でも北島に残る貴族に知られたくなかったんだ。私とキースは転移魔法が使える。……マジックバッグも作れる」

「あー、いいですよ。まだ信用されていないのはわかってますから」


 もともと細い目を更に細くしてにんまりと笑われた。どう見ても裏がありそうな顔に見える。これで本当に俺の味方になりたいと思っているなら、顔でだいぶ損をしているな。


「それより!」


 サロモンは俺に駆け寄ろうとしたけど、ファースが服を掴んでいたので、首が締まってしまって仰け反っている。いちおう侯爵子息なのに、みんな扱い方が雑だ。


「計画を聞きましょう」

「王宮に行くと決まってから、準備期間がけっこうあったからね。俺とキースは何度も王宮付近に転移していたんだ。ボブ達も連れて行っていたから、みんなを連れて行くのも問題がない」

「そんな危険なことを!? 信頼されていない私達も悪いんでしょうけど、仮にも王子にそこまでさせるとはどういうことですか!」


 サロモンが詰め寄った相手はボブだ。

 彼は王宮の兵士なのに、帰らないでずっと俺の護衛を続けてくれている。


「転移魔法は他の者では使えません」

「キースときみでやればいいだろう」

「キース様も伯爵の御子息だという事を忘れるな」

「きみこそ私が侯爵の息子だって事を忘れていないかい?」


 今度はサロモンとファースが言い合いを始めた。

 これじゃあちっとも話が進まないじゃないか。


「話を進める。邪魔をするならおいていく」

「とんでもありませんよ、カミル様。この馬鹿は置いて行ってもいいですけど、私は役に立ちますよ。屋敷はどうされたんですか?」

「借りた」

「資金は?」

「何かあった時のためにと、兄上達が貴金属やお金を預けてくれてた。マジックバッグももらっていたからそこに入っている。サロモンにもらったバッグは、今はキースが使っている」


 サロモンはにんまりと微笑み、ヨヘムの隣に立ち肩をぶつけだした。


「聞きましたか? だから言ったでしょう。殿下も第二王子もカミル様を大事にしているんですよ。それにこの行動力。慎重さ。素晴らしい!」

「わかった。痛いから落ち着け」

「さて、計画を聞きましょう」


 急に笑みを消して椅子に座り、足をピタリとつけて背筋を伸ばし、好奇心に目を輝かせて俺を見上げてきたサロモンは、行動が読めなくてやばい人みたいだ。


「この人、変だよ」

「しー。目を合わせちゃいけません」


 キースとボブが小声で話しているけど、室内が静まり返っているから全部聞こえているよ。


「まず最初に言っておく。転移魔法が嫌だと言う人は部屋から出てくれ。無理に連れていく気はない」


 命を狙われている第五王子の警護を任された兵士達だ。帰っていいと言われても帰れる立場ではないのかもしれないけど、誰ひとり部屋を出て行く者はいなかった。



 


 二回に分けて皆を転移させたのは、貴族街にある屋敷のひとつだ。持ち主が領地に戻り、買い手のつかないまま廃墟のようになっていたので、一か月だけ倉庫代わりに借りたいと言ったら、前金で家賃をくれるならかまわないと言われた。

 ルフタネンは今、経済があまりうまくいっていない。帝国への輸出が減り、政治は不安定だ。新しく屋敷を買おうなんて貴族はいないから持て余してるんだろう。


 転移魔法は一瞬だ。

 船室にいたはずが、すぐ近くに王宮のでかい建物が見える庭に移動した事で、みんな呆然としていた。


「すごい。……これが転移魔法」

「カミル様。これは王太子殿下も出来るんですか?」

「殿下の精霊獣なら出来ると思うよ」

「ほお」


 サロモンの相手をしている間に、ボブが兵士の指揮官と隊列を整えてくれる。

 彼らには何かあっても手を出さなくていいと言ってある。サロモンも正規の兵士同士の戦闘にすると、あとが面倒だと言っていたので、彼らも納得してくれてはいるようだ。

 

 王宮には正門以外に東西に少し小さな門があり、他に従業員用の出入り口がある。今回俺が向かったのは王族しか使えない門だ。正門から歩いて五分ほどの位置にある門で、正門からもこちらの様子は見える。北島の正規の警護兵に囲まれた子供が王族専用の門に向かえば、それは第五王子の一行だというのは誰もがすぐにわかることだ。

 

「第五王子殿下がおいでになるのは、二日後と聞いておりますが」

「その予定通りに来たら、襲撃される危険が大きいだろう。身分を表す紋章入りの指輪も持っているぞ。ああ、ここまで転移魔法で来たから、船は今頃、港についているだろう」


 侯爵子息のサロモンが代表で門番と話している。

 門番達にしてみれば、高位貴族のサロモンも北島の正規兵も、下手な扱いをしたら大問題になる相手だ。顔色を変えて対応するのを俺は黙ってみているだけだ。


 王族の俺としては、門の前に立たされているのを怒った方がいいのかな。

 こういう時、普通王族はどういう対応をされるんだろう。

 ああ、徒歩でやってくる王族なんていないか。普通は馬車だよな。

 でもサロモンが、どうせなら目立って第五王子の存在を皆に知らしめようと言い出したんだよ。ずっと王宮の隅で生活していたから、貴族の中でも第五王子の存在って都市伝説になっているみたいなんだ。

 門番も第五王子? 本当にいたの? って顔をしてたもんな。

 

 そのまま待つこと十分以上。

 もう怒っていいんじゃないかな。


「サロモン、そろそろ?」

「そうですね。派手にやりましょうかね。……本当に竜なんですよね?」

『疑っている』

『サロモンうるさい』

『変人ですまない』

『変態ですまない』

「最近、私の精霊獣もよくしゃべるようになってきたんですけど」

「それだけ育っているんだよ。もう一属性育てた方がいいよ」


 俺の精霊獣は、他の人のよりよくしゃべるみたいだけどね。


「そいつが第五王子の偽物か!!」


 大声とともに現れた男は、慌ててやってきたのか息を切らしていて、制服を着た兵士を十人以上引き連れていた。


「俺は第三王子だ。第五王子が来るはずがない。そいつは偽物だ!」

「なぜ来るはずがないんだ?」


 一歩前に出ながら話す口元が笑ってしまう。

 まさか第三王子本人が来てくれるなんて。

 忘れもしない。彼の連れて来た兵士の制服は、あの日、俺を襲った兵士の着ていた制服と同じだ。


「きさまが偽物か!」

「なぜ来るはずがないんだ?」


 もう一度同じことを、今度はわかりやすくゆっくりと聞く。

 第三王子は俺より七歳年上のはずだ。なら、成人しているはず。

 小柄で細くて綺麗な顔をしているのに、癇癪を起したようながなり声と口をへの字にして目を吊り上げた表情のせいで、だいぶ下品に見える。


「第五王子を乗せた船は、港に到着したばかりのはずだ」

「よく知っているね。でも無駄な時間を使いたくなかったから、私達は転移魔法でここまで来たんだ」

「転移?」

「全属性精霊獣を持っているから、空間魔法が使えるんだよ」


 目立つ気満々で、俺の精霊獣達が小型化した姿で顕現した。

 小さくても間違いなく竜の姿だ。それが守護するように俺を囲んでいる。


「精霊王モアナ様の祝福も受けている。この事実だけでも私が偽物ではないとわかるはずだ。……あなたは精霊が二属性しかいないみたいだね。本当に第三王子なのか?」

「こ……この……」


 第四王子は三属性の精霊を持っているから、精霊の数では第三王子が一番少なくて、そのことを気にしているという噂は聞いていた。


「おまえは偽物のはずだ……第五王子は……死んだと……」


 ああ、こいつ馬鹿だ。


「そう報告を受けていたのか。それで私の前に堂々とその制服を着た兵士を引き連れて来たんだね。私の住んでいた屋敷を襲撃し、侍女や料理人など十人以上を殺害した犯人は、きみの兵士と同じ制服を着ていたよ」


 集まっていた野次馬と、門番達と、王宮の警備兵の視線がいっせいに第三王子に注がれる。俺の言葉が事実ならば、彼らは王族の殺害未遂の犯人だ。


「きみの兵士が三人、返り討ちにあったのは知っている?」

「……ぐ」


 第三王子が振り返った先にいた兵士は、真っ青になって俺を睨んでいた。なにか言い訳を考えているんだろうけど、何も思いつかないのか口をパクパクさせている。


「その三人の荷物を調べたら、身分証明書が出て来たよ。見てみる?」

『カミル、そこの男はあの時いたぞ』

『一階にいた気配がそいつと同じだ』


 実行犯が、ぬけぬけと俺の前に顔を出した?


「どいつだ?」

『こいつ』


 ズザザザ……と音を立てて、氷の杭が男を囲むように地面に突き刺さった。


「な、なにをするんだ! 攻撃されたぞ! そいつらを捕まえろ!」


 彼らとしては、もう俺達を捕まえて偽物として処分するしかない。

 第三王子の命令に従って、腰の剣に手をかける。それに対抗して、こちらの兵士達も臨戦態勢になった。


「捕まえる? 王太子殿下が俺のために派遣してくれた者達を殺しておいて、よくもそんな事が言えるな」

「殺せ! この偽物を殺せ!」

『カミル』

「いいよ」


 俺が許可を出すとすぐ、精霊獣達がその場で大型化した。

 それぞれの属性に沿った色をした巨大な竜が現れ、悠々と空を泳ぐ。鱗に日の光が反射してきらきらと輝いていた。

 この大きさなら、王宮からも見えるはずだ。


「何をしている! 早く殺せ!」

「きみ達、ここの決断は気を付けた方がいいよ。西島が第三王子を見捨てた時、一緒に切り捨てられるか島に帰れるか。きみ達次第だよ?」


 話すサロモンを守るように、小型化して顕現した彼の精霊獣が周囲を固めている。本人が変人の割には、巨大な狼のようなまともな姿をした精霊獣だった。

 精霊獣の数だけでもこちらの方が上だ。

 皆が小型化した精霊獣を顕現させたので、俺達を警護する兵士の更に外側を精霊獣達が囲んで守護している。


 大声でわめいている第三王子と真っ青になって今にも逃げだしそうな彼の兵士達。彼らと俺達と、どちらが犯罪者に見えるかははっきりしていた。


「カミル様」


 ボブに肩を叩かれて振り返ると、彼は王宮の方向を見上げていた。彼の視線を追って見上げた先に、俺の精霊獣より少し大きい四色の竜が王宮を取り囲むように姿を現していた。


「殿下の精霊獣だ」


 巨大な竜が王宮上空を覆うように姿を現したのだ。地上は大騒ぎだ。太陽が遮られて周囲が暗くなったせいで、精霊獣を初めて見た市民が避難しようと逃げ始めた。

 ここまで大きな騒ぎにするつもりはなかったんだけどな。

 まさか殿下まで精霊獣を出してくるとは思ってなかった。


『ひさしぶりに大きくなれた』

『ラデクの精霊獣だ!』

「殿下って言ってくれ」

『精霊に人間の地位なんて関係ないぞ』

「兄上なんだよ」

『兄は目上だ』

『ひさしいな、カミルの精霊獣共』

『本当にカミルだ。ラデクに知らせてくる』


 現れた精霊獣達も大型化出来て嬉しくて大騒ぎだ。

 これ、この後どうすればいいんだろう。


「素晴らしい。伝説の賢王と同じ竜の精霊獣が一度にこんなに。この風景を見られただけでもついてきた甲斐がありました」

「感激している場合か。こんな大騒ぎにする予定じゃなかっただろう」


 サロモンをまともに働かせるには、ヨヘムを横に置いておいた方がいいんだな。


「な、なにをしている! 私を守れ!」


 竜型の精霊獣に睨まれ、第三王子は地面に座り込んでしまっているのに、誰も助けようとする者がいない。彼の連れて来た兵士達は距離を取って様子を窺っている。

 あれ?


「精霊は?」

「はあ!?」

「きみ達の精霊はどうしたんだ?」


 いつの間にか第三王子と彼の兵士達の精霊が姿を消していた。

 今まで様子を窺っていた西島の兵士は、これはもう駄目だと思ったらしい。武器を捨てて跪いた。


「きさま! 何をした!」


 知るか。他人の精霊を消すなんて技は持っていない。


「カミル様! あちらに!」


 サロモンが俺の腕を掴んでぶんぶん振りながら上空を指さした。


「モアナ様。精霊王だ!」


 上空に光が集まり、スモークブルーの髪を腰まで伸ばした美しい女性が姿を現した。薄い上着と髪が風に揺れ、俺と王太子の精霊獣がモアナに懐いて彼女の周囲に集まっていく。


 すごい、ちゃんと精霊王に見える。

 今までいつの間にか現れていたから、近所のおねえさんみたいなイメージになっていたけど、今回、だいぶイメージが変わった。


 賢王が亡くなって以来、大勢の人間の前に精霊王が姿を現した記録はない。

 何十年ぶり、下手したら百年以上ぶりの精霊王の登場に周囲はパニックだ。

 気絶する者、泣いて跪く者、逃げ出す者に何か叫んでいる者。

 中にはうっとりと空中に浮かぶ美女に見惚れる者もいる。


 普段は、やあモアナひさしぶりって手を振るのが挨拶だけど、さすがに今はそれじゃやばいんで、俺が率先して跪いて仲間にも跪けと手で合図した。

 気分はもうどうにでもなーれだ。


『カミル、ようやく会えましたね。ラデクもこれで安心でしょう。もうルフタネンの王族として認められるのは、王太子とあなたしかいません』

「な、なんでだ!!」


 慌てて立ち上がった第三王子をモアナは冷ややかに見下ろした。


『あなたは誰? ああ、カミルを殺せと命じた男ね。早くこの者を捕まえなさい』


 ちょうど王宮の兵士が到着したらしい。

 第三王子と西島の兵士は、呆気なく大勢の兵士に捕らえられて連れていかれた。


いつも閲覧ありがとうございます。

誤字報告、大変助かっています。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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