はたらけ!
「引き籠ってるんじゃなーーーーい!! はたらけーーーー!!!!」
私の絶叫にみんなが目を丸くした。
「あの……ディアドラ様?」
「私が呼び捨てなのに、王族のあなたが様をつけるのはおかしいでしょう」
「でも私はもう……」
「細かいことは気にしない」
「……細かい」
ルフタネンはおおらかな国だって、今言ってたじゃん。他人の服でも着ちゃうんでしょう?
そんな国の人が細かいことで遠慮しちゃ駄目よ。
「未だに不貞寝してるって事は、後ろ盾になっていた人をよっぽど気に入っていたんでしょ? だったらアゼリアの精霊王達が後ろ盾になっている子供がいるって聞いたら、気にして覗いているんじゃないの? あ、そもそも情報集めてない?」
『さすがに彼らの周りの者が、情報は知らせていると思うわ』
「じゃあきっと聞いているはずよ。はたらけーーー!!!!」
「ぶっ」
もう一度拳を握り締めて叫んだら、隣でカミルが吹き出して、慌てて背中を向けたけど肩が震えている。そんな遠慮しなくても。思いっきり笑えばいいのに。
「ねえ瑠璃、私気になっていて聞こうと思っていたことがあるんだ」
『ふむ、なんだ?』
「精霊王は精霊と精霊王の住居を害さなければ、人間はほっとくんだよね」
『そうだな』
「害するってどこからなの? 故意に傷つけたら駄目ってこと? だったらわざと魔力を与えないのは?」
学園の森でダリモア伯爵達と話した時のこと、たまに思い出していた。話の内容じゃなくて、その時ダリモア伯爵の肩の上にいた、今にも消えそうな状況だった精霊の様子を。
あの時、あの精霊は琥珀に保護されたけど、魔力をもらえずに消えてしまった精霊も多かったはず。
魔力をあげなくちゃいけないって知らなかったのなら、まだ仕方ない。うちの家族だって元はそうだった。魔力量が多くて、剣や魔法の鍛錬をしていたから、精霊がご飯にありつけていただけだ。
でもわかっていて魔力をあげないのはどうなの? それだって故意に傷つけているよね。食べ物の恨みはこわいんだよ。
『難しいな。なぜなら、人間には精霊を育てなければいけない義務はないからだ。つい最近までの中央がそうだったように、精霊がいなくても人間は生活出来る。ただ少しずつ自然の力が失われ、作物が育たなくなってはいくがな。選ぶのは人間だ。精霊は無理矢理に力をよこせとは言わん』
「じゃあ、ちゃんと魔力をくれない人の元に行っちゃったら、諦めるしかないの?」
『まさか。戻りたいと言えば誰かを迎えに行かせる。魔力がなくても人間と共にいる精霊は、いずれ共存してくれるのではないかと期待しているか、その人間が好きで傍にいたいと思っているのだ』
そばに……いたい。
魔力をくれなくても?
そのせいで消えてしまうしかもしれなくても?
あの時、ダリモア伯爵と一緒にいた精霊もそうだったのかな。
子供の頃にダリモア伯爵の精霊になったのなら、何十年も一緒にいたんだもんね。
ジーン様と一緒にいた精霊獣達だって、ひとりぼっちだったジーン様にずっと寄り添って、何年も何年も一緒にいて。
最期まで。
あ、まずい。
私、こういうの駄目。
前世でも動物関連の番組や映画は、すぐに泣いちゃうから見ないようにしてたんだった。
「これ使って」
目の前にカミルがハンカチを差し出してくれた。
「やだ、平気平気。気にしないで」
だめだー、こういう時に泣くのは恥ずかしー。
普段大人と同じような言動しているくせに、子供だからなんて言い訳出来ない。
他国の人もいるのに。
社会人が仕事中に泣くのと同じくらいに恥ずかしい。
「いいから、私にも前に貸してくれたでしょ」
恥ずかしくて俯いていたら、手に水色のハンカチを押し付けられた。
男の人のハンカチは黒か紺のイメージだったから意外。
あれって日本だけ? お返しでもらう男物のハンカチも黒や紺だよね。
うん。ハンカチの色を考えていたら落ち着いた。
「ディア?」
心配そうなクリスお兄様の声が聞こえたから、照れ臭さもあって、でも顔は見られたくないからうつ向いたまま小走りに近付いたら、頭突きしたみたいにぶつかってしまった。
「どした?」
「なんでもない。ちょっと思い出しただけ」
何をだよ! って自分で自分に突っ込んでしまったけど、クリスお兄様は何も聞かないで抱きしめてくれた。たぶんすぐ横に来てくれたのはアランお兄様だ。
『ちょっと、うちの子を泣かせたのは誰よ。モアナ、あなたなの?』
あ、まずい。
翡翠が心配して来ちゃった。
「違うの。私が勝手にひとりで泣いたの」
『理由もなく泣くわけないでしょ?』
「どっちかっていうと瑠璃様のせい?」
アランお兄様?!
『瑠璃?』
『待て待て』
美人が怒るとこわいよ。
琥珀とはまた違った怖さだよ。
「翡翠様、ディアは人と共存できずに消えてしまう精霊を想って泣いたのです」
ママン、さすがです。その通りです。
『そうなの? 優しい子ね』
「それでわざわざ来てくださったのですか?」
『それだけじゃないけどね。最近ちょっと、他の国が面倒なことになっているでしょう? 気になっていたところに、またベリサリオで何かやっているから来てみたのよ』
精霊王にまでベリサリオのおかしなイメージが定着している。
「瑠璃様、私からも質問してもいいですか?」
カミルくん、モアナは呼び捨てなのに瑠璃には敬称をつけるのか。
『なんだ?』
「なぜニコデムス教を放置しているんですか? 彼らは精霊との共存を望む人間を殺しています。人間が死ねば精霊も消えますよね。西島でも、まだ精霊を育てている途中の子供達がたくさん犠牲になっているそうです」
『人間の争いには手を出さん』
「人間同士の勢力争いはそうでしょう。でも今回は、精霊と共存を望む人間とこの世界から精霊を抹殺しようとしている人間の戦いなんですよ」
そうだよ。それは重要だよ。
私も今、そういう話の流れにもっていこうとしていたんだよ。泣いちゃったけど。
別にみんな、精霊王に助けてほしくて精霊を育てているわけじゃないだろうけど、こういう時は少しはなんとかならないのかな。
ニコデムス教は間違いなく精霊を傷つけているしね。
放置しっぱなしなのはどうなの?
『だがそれも人の争い……』
『あら、私はやつらがコルケットに来たら消すわよ。せっかく人間といい関係が出来て、子供達も精霊と一緒に来てくれるようになったんですもの。滅びたいやつらは、他人に迷惑かけずに滅びればいいのよ』
髪をポニーテールにしているから、翡翠ってちょっと目尻があがってきりっとしているのよ。普段は表情豊かで楽しそうにきらきらな目が、今は物騒に細められているから、とってもきつい感じに見える。
『瑠璃だってニコデムスのやつらがベリサリオに攻めて来て、戦いになったら黙って見ていられないでしょう?』
『それはディアの後ろ盾だからな』
『えー、ディアだけ無事ならいいの? 手を出さないの?』
『それは……』
翡翠が話しながら瑠璃にどんどん近付いていくもんだから、珍しく瑠璃の腰が引けている。
「子供達が犠牲に……」
クリスお兄様が俯いて小声で呟いた。
「戦争って弱い者が犠牲になるんですよね」
クリスお兄様から少し身を離して、私も俯いて呟く。
「精霊も、やっと出会えた子供が死んじゃったら悲しいだろうな」
アランお兄様まで呟いたら、
『おまえ達……』
瑠璃がうんざりした声で言いつつ、どうにかしろと言いたげにお父様を睨むけど、お父様は気付かないふりで遠くを見ていた。
『どちらにしても他所の精霊王の土地に手出しは出来ない。我らに出来るのは精霊王同士で話をすることだけだ』
『そうそう、よその精霊王と私達とじゃ考えが違うかもしれないわよ? ねえ、モアナ』
『うーん。みんなまだ顔を出さないから、どういう考えかわからなくて』
『あいつらまだ引き籠ってるの?! ちょっと蘇芳! 琥珀! どうせ見てるんでしょう?!』
今度は翡翠が叫んでいる。
そうでしょう、叫びたくもなるよね。
何年不貞寝してるんだっての。
『まったくしょうがないな。俺は忙しいって言っただろう』
『あなたがあんな不便な場所に住処を作るからいけないんじゃない』
『だから転送陣を作ればいいだろう』
他の国の人達は精霊王に会えていないみたいなのに、アゼリアの精霊王ってすぐに集合するよね。
仲がいいのかな。暇なのかな。
カミルとキースは、精霊王が次々に現れるものだからびっくりしちゃっている。
特にキースはカミルの身を守らなくちゃいけないって思っているらしくて、さっきから一歩前に出ようとしているんだけど、彼らの精霊がね、湖の魔力の多さと精霊王の存在に大喜びしちゃっているのか、ぶんぶん飛んじゃってキースにべしべし当たっている。
『おい、泣き虫。何か言いたそうだな』
「泣き虫じゃないし」
クリスお兄様から離れて、腰に手を当てて仁王立ちして見せたら、蘇芳に指でおでこをつんと押された。
「それよりほら」
キースの周りを飛び回っている精霊を指さして教えてあげる。
みんな、カミルに注目していたからキースの様子もわかっていたはずなんだけど、真面目な話を瑠璃としていたから言い出せなかったんだろう。精霊にぶつかられて、わたわたしているキースはちょっとかわいいし。
『瑠璃、そこのやつらの精霊獣を暫く遊ばせてやれよ』
『うん? おい、ぶつかっているじゃないか』
「す、すみません。いつもはこんな騒がないんですが」
うっほーーーーい!! って感じで飛び回っていた精霊達は、蘇芳の遊ばせてやれという言葉を聞いて、今度はカミルとキースに、遊んでいいの? いいの? ってすり寄っている。
「こんな魔力が溢れた場所に初めてきたからだと思います」
『精霊獣にしてかまわん。ただし小さくしておけ』
「ありがとうございます」
『おまえ達も構わないぞ』
瑠璃に言われて、みんなの顔を見回す。何しにここに来ているんだっけ? って感じよね。
でもカミルの東洋風の竜の姿をした精霊獣や、キースの本当は巨大な狼なんだろうけど、小型化しているからころころしているぬいぐるみに見える精霊獣が、すっごい楽しそうに走り回っているのを見て、みんなの精霊達の方が自分達も遊びたいとそわそわしだした。
精霊獣があっちでもこっちでも走り回って、草原が遊戯場になっちゃったよ。
精霊獣同士がじゃれているのが可愛くて、ほんわかした気分で眺めてしまう。
『蘇芳、ちょっと島まで引きこもりを引きずり出しに行くわよ。他の国の精霊王がさぼっているせいで、この光景が見られなくなったら許せないもの』
『おう。西島は精霊王が引き籠っているうえに、精霊を持つ人間が殺されているんだろう。もうだいぶ土地が枯れているんじゃないか?』
精霊が減ると徐々に作物が育たなくなり、そのまま放置すれば、ひび割れた固い、人間が住めないような土地になってしまう。
ニコデムス教のやつらは、治水と魔道具で土地を改良すれば作物が出来るって言っているけど、この世界ではそれは無理なはずなんだ。
出来るんだったらペンデルスはとっくに緑豊かな国になっているでしょう。
同じノーランドの苗を使った学園からアーロンの滝までの森は、魔力と精霊の力で三年で出来ちゃったんだから。
「第三王子の陣営がニコデムス教と手を結んだと言ってましたよね。彼は西島をニコデムス教に与えたという事ですか?」
今までずっと黙っていたパウエル公爵が口を開いた。
でも私は、公爵が嬉しそうに目を細めて精霊獣達が遊ぶ様子を見ていたのを、しっかりとチェックしていたよ。
「自分の母親の実家、つまり後ろ盾は西島にいる貴族なのに、その島を不毛の大地にする気だという事ですか?」
「自分が王になれば王宮のある東島に住むので、主だった貴族にはそちらの土地を与えると約束しているそうです」
「東島に、そんなに土地が余っているんですか?」
「いえ、もともと東島にいる貴族を追い出すと……」
自分の考えを話しているわけでもないのに、カミルは情けない顔になってしまっている。
だってさあ、その第三王子、
「馬鹿なの?」
そんなんで国が治められるわけがないじゃん。
その馬鹿に母親の実家は何も言わないの?
「私はそこまでは言ってなかったんですが?」
「代わりに言ってみました」
「まあ……たしかに」
「そうですね。かなり馬鹿だと思います。第三王子と第一王妃が暴走してニコデムス教を島に迎え入れたというのに、暗殺未遂で王位継承権を剥奪されて牢に入れられてしまったんですから。それで第三王子を解放したい貴族がニコデムス教と組んで、港近くの街が戦場になってしまっています」
「はあ、それでもう瑠璃様達を頼るしかないと」
「え? そうじゃなくて私は、モアナがここに転移出来るようにすると言ったので、その確認とお断りに来たんです」
「ああ、そうだった。そういう話でしたね」
え? なんでそこでパウエル公爵とカミルとふたり揃って私を見るの?
「戦争のことを質問したのはカミルでしょう?」
「それは……たしかに……」
『ともかく、私達に出来るのは不貞寝している奴らを起こすことだけよ』
『いや、文句は言うぞ』
『それはそうね。モアナ、行くわよ』
すっと蘇芳と翡翠の姿が一瞬で消えた。
『待って。カミルくんを』
「私は普通に馬車で城に入ったんだから、また馬車で帰るよ」
『そっか、じゃあまたね』
慌ただしくみんなに挨拶して、モアナも姿を消した。
美人なのに残念な感じだなあ。
ルフタネンの精霊王って、みんなあんな感じなのかな。
『瑠璃、私達はベジャイアに行きましょう』
『話をするしかしないぞ』
『他に何をするの。張り倒したりしないわよ』
琥珀先生なら、しそうな気がするのは私だけでしょうか。