ルフタネンの精霊王
「最初からこうして正直にすべてお話するべきだったんです。しかしブラントン子爵は、私をベリサリオ辺境伯の元で匿ってもらおうと画策していましたので、仲間にも正直な話を告げる事が出来ませんでした。それに……実は今回の話にはルフタネンの水の精霊王が絡んでおりまして」
「モアナ様?」
「ご存知でしたか」
カミルは嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
彼の笑顔を見たの、今回が初めてかもしれない。
「それで精霊王について、どなたにどこまでお話してよいものかわかりませんでしたので」
「だから私と話したいと?」
「はい」
そう言えよ。
でもそうか、コニングさんは子爵側の人か。今日は今までと違って顔が引き攣り気味だわ。彼の前でぶっちゃけるには勇気がいったのか。
今回は、後ろ盾になっていた子爵の意向を無視したって事だよね。
この後平気なのかな。
「まずは自己紹介をさせていただいても、よろしいですか?」
「あ、申し訳ありません。話をひとりで進めてしまいました」
おっとりとした様子でパウエル公爵が話し始め、カミルはぴしっと背筋を伸ばして座り直した。
「それは私が質問したからでしょう。私がベリサリオ辺境伯。彼女が妻のナディア。後ろに立っているのが息子のクリスとアランです」
すごいでしょ。三人掛けの中央に私が座って、左右は両親が、背後はお兄様ふたりがガードしているのよ。
私から見て右手にひとり掛けのソファーがふたつ並んでいて、そこにパウエル公爵とパオロが座っている。
パオロってランプリング公爵ね。
この前つい、ビジュアル系……って言いかけちゃって、名前をちゃんと覚えられていないなと思った彼に、パオロでいい、「様」もいらないと言われちゃったの。
それでお父様が、それは馴れ馴れしくてよくないとか、嫁にはやらんとかわけのわからないことを言い出して、パオロの方もいくら何でも年齢差ありすぎて、そんなこと考えてないと怒りだして、面倒な一幕があったのよ。
で、部屋の入り口近くにうちの護衛がふたり。
カミル達の近くに近衛騎士がふたり。
逆の立場だったら私は、さっさと帰りたいと思うだろう。
「コニングとリアはフェアリー商会へは何度も伺っているのでご存知でしょう。彼らはコーレイン商会の人間です。そして彼が私の側近のキース・ハルレです」
帝国側の自己紹介がすんだあと、今度はカミルが同行者を紹介した。
この青年は側近だったのか。唯一カミル側の人間だって思っていいのかな。
かなりのイケメンだし、全属性精霊獣持ちだよ。苗字持ちだから貴族だね。
カミルは帝国を相手にする危険を正しく理解しているのかも。
いざという時は転移魔法で逃げるつもりか。
「まずはお約束のカカオをお受け取りください。これは前回のお詫びです。この後の話とは一切関係ありません」
キースが持っていた小さな袋から、麻袋が次々と出て来る。
宮廷魔道士長と私で協力して、侯爵以上の貴族の当主にはマジックバッグをプレゼントしておいてよかった。じゃなかったらこの光景で、みんなが驚いていたところだ。
いや、みんな目を丸くしているか。
今現在、帝国で空間魔法を使えるのは宮廷魔道士長と副魔道士長。ノーランド辺境伯次期当主とラーナー伯爵。そしてうちの魔道士長のアリッサと私と、なんとお母様の七人だけだ。
マジックバッグを手に入れられるのは高位貴族だけだし、精霊車と空間魔法を組み合わせて使っているのはうちと王室だけ。
さすが精霊の国と言われたルフタネン。
この場にふたりも空間魔法を使えるやつがいるなんて。
出てきたのは大きな麻袋十個。中身は全部カカオだよ。
「こんなにたくさん?!」
カカオだ。カカオだよ。
嬉しくて泣きそう。
もう難しい話は大人に任せて、あのカカオを抱えて調理場に駆け込んでしまいたい。
「ルフタネンではマジックバッグは普通に出回っているのですか?」
おそるおそるという感じでパウエル公爵が聞いた。
「貴族の中では……まあそれなりに。でも高価ですので平民で持っている者はまずいません」
「それはすごいですね。さすが精霊の国と言われるだけある」
「いいえ。我が国の精霊との関係はどんどん希薄になっています。精霊獣の数に関しては、もう帝国の方が多いと思いますよ」
ベリサリオはマジックバッグより精霊車改造に力を入れている。
今度の皇太子の誕生日には、見た目も大きさも普通で、中に入ると居間と簡単なキッチンと仮眠ベッドがある精霊車をプレゼントしようと頑張っているのよ。
一番の目的は輸送量を増やすことだけどね。
「ここにいる帝国側の者は、精霊王に面会したことがある者ばかりですので、このままお話してもらってかまいません」
「わかりました。実は今ルフタネンは、ベジャイアと戦争一歩手前の状態です」
「は?」
「正妃と第三王子の実家、つまり西島の一部の貴族がベジャイアのニコデムス教と結託し、他の王族を殺して、自分が国王になろうとしているんです」
でたな、ニコデムス教。
「第三王子は私の殺人未遂で捕えられましたが、西島に入り込んでいたニコデムス教がそのようなことで止まるはずがありません。すでにニコデムス教に与する側と他の貴族との間で、一部の地域で戦闘が始まっています」
私の殺人未遂?
第二王子が殺されただけでなく、カミルも狙われていたの?
子爵はカミルをうちで匿ってもらおうとしていたと言っていたよね。
王族を他国に逃がさなければいけない事態なの?
「つまり西島は精霊と共存するのをやめたという事ですか」
「そのようです。ニコデムス教は精霊を目の敵にしており、西島にいる精霊を一カ所に集めて消し去るという話が出ているようです」
「はああああああ?!」
思わず大声を出してテーブルに手を突き、身を乗り出す。
カミルはびっくりして、慌てて身を引いていた。
「ディア、落ち着いて。この子に文句を言っても仕方ないし、話は聞いておきましょう」
お母様もかなりお怒りのようで、部屋の中が少しひんやりしてきた気がする。
眼差しと声が氷点下の冷たさだ。
「ベジャイアは今、内乱状態でしょう。ルフタネンに手を出す余裕があるんですか?」
「ニコデムス教の大本はペンデルス共和国の王族です」
「ああ……つまりベジャイアの方はもう、ペンデルスとの戦争になりつつあると」
「はい。ペンデルスは砂漠化の止まらない自国を捨て、ベジャイアを乗っ取るつもりです」
お父様とカミルの会話を聞けば聞くほど怒りが募っていく。
人類が一番優れていると思ってもいいよ。
精霊なんていらないと思ってもいい。
でもそれを他国の関係のない人達にまで押し付けるなよ。
「ペンデルスとニコデムス教は、ベジャイアも砂漠化するとは思っていないんですか?」
「砂漠化したのは精霊の実験のせいで、人間同士の争いには精霊は手を出さないのだから、問題ないはずだと思っているようです」
それよ!
私がずっと引っかかっていたのはそこよ!
「モアナは私の身を心配して、戦争が始まった時に保護してほしいと、帝国の水の精霊王に助力をお願いしたそうなんです。こちらの湖に私が転移出来るようにしたいと」
「それはダメでしょう。うちの城に他国の王族が自由に出入りするつもり?」
またもやテーブルに手を突いたら、今度は両方の掌を私の方に向けてガードしながら、カミルは首を横に振った。
「私もまずいと思いました。それでこうしてお話をしに来たんです。出来れば水の精霊王に会わせていただき、私からお礼とお断りをさせていただけないでしょうか。モアナは平気平気と笑うばかりで……なんというか、自由な性格で……」
「……つまり、瑠璃はすでに了承しているってこと?」
「そう聞いています」
「るりーーーーーー!!!!」
拳を握り締めて天井に叫ぶ。
この城は砦でもあるのよ。
城に仕えるたくさんの人と騎士達が暮らしているの。
いざとなったら街の人を避難させる場所でもあるの。
そこに、辺境伯と相談もしないで、他国の人間を引き入れるのは裏切り行為よ。
それは精霊王でも駄目でしょう。
「る……」
『やっと呼んだか』
頭の上に手が置かれた感触がしてはっと振り返ったら、瑠璃がソファーの背凭れの上にしゃがみ込んでいた。
猫じゃあるまいし、器用だね。
違和感がすごいよ。
『怒っているという事は、我は信用されていないという事だな』
「……瑠璃」
『ん?』
「その体勢はダサい」
『ほおお。我を呼びつけておいていい度胸だ』
両手で髪をぐしゃぐしゃにかきまわされたけど、確かに瑠璃の言う通りなので文句は言えない。
「ごめんなさい」
『場所を移そう。連れて行くのは誰だ』
「うちの家族とこっちのふたり」
パウエル公爵とパオロを示してからカミルに視線を向ける。
「こちらは私とキースだけです」
「カミル様!?」
「きみ達は精霊王と面会できる立場ではないだろう?」
「……」
コニングさんとリアさんは子爵側の人だからね。
コニングさんとカミルって仲がいいのかと思っていたけど、違うみたいだね。
「ではそちらのふたりには、この部屋で待っていていただこう」
お父様が警護についていた騎士に目配せをすると、彼らが無言で頷いた。
「おまえ達は彼らと協力してここで待機。ひとりは途中経過を殿下にお伝えしてくれ。心配なさっているだろう」
パオロに言われて近衛騎士も頷く。
心持ちコニングさんとリアさんの顔色が悪いけど、何もしないよ。
お客様だし。
『では行くぞ』
「ま、待って。みんな立って。座っているところ……」
光が部屋中を包み、一瞬眩しさで周囲が見えなくなり、光が消えると私達は湖のすぐそばの草原にいた。
「ころぶからって、瑠璃。乱暴!」
『そうか。転ぶか』
楽しそうに笑うところじゃないからね。
ソファーが突然消えたら、座っていた人は尻もちをつくでしょう。
パウエル公爵が転びそうになって、素早く反応出来たパオロに支えられ、うちの両親はお兄様達に支えられ、慣れているのかカミルとキースは無事だった。
「モアナによくやられるので……」
カミルくん、苦労させられているな。
いつも通りみんないっせいに跪こうとして瑠璃に止められた。
カミルとキースは周囲を見回して、初めて見る風景に見惚れているみたいだ。
綺麗でしょう。
精霊が増えたから魔力が満ち溢れていて、いつ来ても緑豊かで湖は青く澄んでいて、城の敷地内にあるとは思えない風景なんだよ。
『やっと来た! カミルくーーーん』
瑠璃と同じスモークブルーの長い髪を揺らし、手をひらひらと振りながら、それは可愛らしい女性がこちらに走ってきた。
見た目がほぼ二次元。
これ以上目が大きかったら、スマホのアプリで加工したみたいになって違和感あるんだろうけど、彫りが深いせいかクリッと大きな目でもまったくおかしくない。むしろかわいい。
スタイルも九頭身くらいで手足が長くて、胸のふくよかな女性らしい体型をしている。
このまま下半身を魚にして人魚姫ですって言ったら、聞いた人が全員納得するような、エメラルドグリーンの瞳の十代後半に見える女性だ。
『モアナ』
『はいっ?!』
不機嫌そうな瑠璃の声に、カミルに駆け寄ろうとしたモアナはその場でピタッと足を止め、恐る恐るという感じで瑠璃の顔色を窺っている。
『我が許可を出したと、この子供に伝えたそうだな』
『……え、だって……協力してくれるでしょう?』
『ベリサリオと話をしてからだと伝えたはずだが?』
『あまり時間がなかったのよ』
『我の湖はベリサリオの城の中だ。せめて海岸側にすればよかろう』
『あそこじゃ危ないじゃない。カミルくんは信用できる子よ』
そう言われて、はいそうですかとはいかないんだよな。
『では私が、ベリサリオの子をおまえの住居に送るぞと言って、すぐに送っても問題ないというのか?』
『どの子? みんな可愛いし、まとめて来てもいいわよ!』
これは……もしかして。
「ねえ、カミル……様?」
「呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、カミル。もしかしてルフタネンておおらかというか、ルーズというか?」
ため息をついて頭を掻く様子からして、私の予想は当たっているな。
「貴族はそうでもないんだけど、平民は……待ち合わせで一時間遅れるのは許容範囲かな。干してある知り合いの服を、勝手に借りていっても返せば誰も怒らない」
「それはすごいね」
「信じられない」
いつの間にか私の後ろにいたお兄様達が、話に加わってきた。
「モアナだけじゃなくて、ルフタネンの精霊王達はみんな自由というか……。そもそもモアナ以外は百年以上姿を現していないんだ」
『みんな、後ろ盾になっていた王が死んでから、ショックで人間と付き合わなくなっちゃったのよ。私は王太子とカミルくんが気に入って祝福してあげたから、顔を出しているけどね』
転生者が死んで、その衝撃から立ち直れずに引き籠っているってこと?!
精霊王の仕事はどうした。
『すまない。モアナは我の妹だ。人間の感覚と我らの感覚は違うと話してはあるのだが』
『だって他の精霊王がずっと不貞寝しているんだもん。西島なんて大変なことになっているのに』
そりゃあニコデムス教に好き勝手されていたら、大変なことになっているだろう。
でもテレビ中継もネットもスマホもないこの世界では、船で何時間も移動しないと辿り着けない他所の島の様子は、実際に訪れた人の話を聞いて知るしか術がない。
実際どうなっているかは、行ってみなくちゃわからないんだろう。
「精霊王が仕事をちゃんとしなかったら、精霊だってどんどん減っちゃうんじゃないの?」
『そうなのよ。でもみんな、何度言ってもすぐ忘れちゃう人間に愛想をつかしていて……それにすぐ死んじゃうでしょう?』
精霊王の言い分もわかる。人間は短命だから、百年前のことはもう歴史の授業で習う事くらいしか知らないし、何を教えるかは、その時の権力者次第だ。
人間が痛い目に合うのは仕方ない。自業自得だ。
でも精霊は守らなくちゃ駄目なんじゃないの?
引き籠って不貞寝はダメでしょう。
「引き籠ってるんじゃなーーーーい!! はたらけーーーー!!!!」
私の絶叫にみんなが目を丸くした。




