第一回家族会議
家族が集まる部屋に私が顔を出したとき、もう他の人達は席についていた。
大理石の大きなテーブルを囲み、一度座ってしまったら立ち上がるのが大変な、魔のソファーに家族全員が腰をおろしている。
「遅くなりました」
私の背後には、ブラッドとレックスが控えている。
家族みんなの近くにも執事はいるんだけど、みんなはひとりなのに私だけふたりも連れて来たから、家族は訝し気な視線を向けた。
ただ文句は言わない。
基本、うちの家族は私に甘い。
両親が仲良く同じソファーに座って、向かい合う席にふたりのお兄様が腰かけている。私はどちらにもいかずに一人掛けの誕生日席を選んだ。
椅子の前に立つとすかさずブラッドが抱き上げて座らせてくれる。
姿勢正しく腰かけても椅子がでかいから足が届かないのよ。ぶらぶらしちゃう。座面も広いから背凭れに寄り掛かったら、肩と頭しか寄り掛かれない。
なのでレックスがささっとクッションを集めて来て、背凭れと私の間の空間を埋めてくれた。
その間にブラッドがお茶の用意をしてくれて、レックスがお菓子を取って来てくれる。
そんな様子を見て、子供の世話は大変だからふたり必要なんだなって、家族は納得してくれたのか、ふたりの手際に感心する表情に変わっていた。
このふたり、半分遊びだから。
この分担でやろうぜとか、こうやるとスマートに見えるとか楽しそうに決めてたから。
カップを差し出すときの恭しさに笑っちゃいそうになったわよ。
「話を始めていいかな? ディアドラにいくつか聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう、お父様」
紅茶を一口飲んでカップをブラッドに渡す。
テーブルが遠くて私には届かないからね。
いっそ、テーブルの前の床に直に座らせてほしい。
足首まで埋まりそうなカーペットが敷いてあるんだから、座り心地に問題はないと思うのよ。
「きみは他の人が見えなかったアランの剣精が見えたんだよね? 誰とも契約していない精霊が見えるのかな?」
「見えません」
「そうか。じゃあ、精霊を見つけて契約することは出来ないのか」
「契約って餌をあげること?」
「ああ、うん。守ってもらう代わりに魔力をわけることだね。騎士団長が騎士達の精霊を見てもらいたいと言っていたのだろう? ディアドラにはほとんどの騎士に精霊が見えているんだよね」
「でも、あのままだと消えちゃう精霊もいます」
「ええ?!」
「餌をあげなかったら死んじゃいますよ? それに餌をくれないなら、いなくなっちゃいます」
話しながらレックスが差し出してくれたマドレーヌを手に取る。
よかった。運動したからお腹空いてたのよ。
お腹が鳴ったらどうしようかと思っていたところよ。
「でも僕達も今まで意識して魔力をあげてなかったのに、ずっと精霊がいるよ?」
「同じ精霊?」
首を傾げて聞いたら、みんな目を真ん丸にして絶句していた。
「いつの間にか入れ替わってたり、前の精霊が死んで新しい精霊が来ていることがあるのかい?」
「かも?」
「これは……急いだほうがいいな。騎士達と四日後の誕生日会に集まる者達に、精霊に魔力を与えることを伝えよう」
「教えるのはいいですけど、他で言いふらさないように魔道契約しましょう」
「そこまでするか」
「期限を切って、それ以降は話しても構わないという契約にしたらどうでしょう。他に伝わる時に発見したのは我々だという事もアピールするべきですし、妙な噂になって間違った情報になっては困ります」
「うむ、確かにそうだな」
お父様とクリスお兄様のやりとりを、私はマドレーヌを食べながら聞いていた。
しっとりとした生地にバターの香り。うちのシェフは腕がいいわ。
三十近くなって当主として自信もつけたお父様の男の色気と、姿は子供なのに眼差しや表情が大人びているクリスお兄様のちょっと危うい魅力を、同時に拝める誕生日席で食べるお菓子は格別よ。
やっぱり美形は見ている分には最高よね。
ただ二十五歳以上の美形は私に近付かないで。
心拍数が上がって寿命が縮まるから。
「いっそ陛下にお話しして、我々の功績として発表してもらうのもいいかもしれないな」
「そうですね。でも皇族にとって今なによりの問題は、皇子達にいまだに精霊がいないことですよね」
え? 皇子なのに精霊ついてないの?
貴族はみんなついてるんじゃないの?
おい、ウィキくん、情報間違ってるぞ。
現代日本のウィキペ〇アが間違っていても仕様的に仕方ないけど、スキルのウィキくんが間違ってちゃ駄目だろう。
「ディアドラ」
クリスお兄様に呼ばれた時、ちょうどマドレーヌに齧り付いたところだったから、そのまま首を傾げたら、ものすごく優しい目をされた。
その隣でアランお兄様は笑いを堪えている。
いいのよ、笑って。
「きみには他の人に見えない弱い精霊が見える。なら、皇族の人についているのに、気付かれていない精霊が見えるかもしれないよね」
「見えている精霊に魔力をあげていれば、仲間になりたい精霊も勝手に魔力を吸収して見えるようになります」
「ひとつもついていなかったら?」
「魔力をばーって」
「ばー?」
「使うと強くなるんだからばーって」
両手を広げてばーーって言ったら、クリスお兄様は何とも言えない複雑な表情になり、ちらっとブラッドに視線を向けた。
ちゃんと話が伝わってないんじゃないかと思ったのかな。
伝わっているよ。
伝わっているけど頑張っているんだよ。
四歳児っぽくするのって。結構精神力使うのよ。
こっぱずかしくって泣きたくなるよ。
「魔力を放出すればいいんだね」
「ほうしゅ……つ」
そんな言葉を、さも知っていて当然という顔で言うな。
あと二年待て。
放出!! って叫びながらホースから水を出して、あたり一面水浸しにしてあげるから。
でも私勘違いしてたわね。
皇族が夏にうちに来てくれれば観光客が増えるから、彼らを呼ぶ方法を探していると思っていたのに、話はもっと深刻だったわ。
皇子に精霊がいないってやばいんじゃないの?
「陛下には精霊います?」
「火と風の精霊だったかな」
「将軍様も?」
「火の剣精を使いこなしていらっしゃるよ」
「皇子様にはいない」
「そうなんだ。それはかなりまずい」
さて、ここが問題だ。
ウィキくんに書いてあるのに、こっちの人の知らないことが結構ある。
日本人も海外から来た人に言われて、そう言う事だったの?! ってことあるじゃない。
それでTVのクイズ番組が作れちゃうくらいにたくさん。
あと、昔は当たり前だったのに風化しちゃった知識もあるよね。
古い文献には載っていたけど、重要だとは知られていなかったとか。
私の常識は、まだ半分以上前世で生きた時のまま。
日本に初めて旅行に来た外国人と似たような立場だ。
だから、気になる事がたくさん出てくるし、半分ゲーム感覚でなんでもチャレンジしちゃう。
じゃなかったら、魔力を増やすために気絶するようなことはしないと思うの。
私ならおかしいと思ってウィキくんで調べることも、こっちの人達は今までの常識で考えているから、そもそもおかしいと思わない。
たぶん、昔はもっとたくさんの人が精霊と共に生活していたはずなのよ。
なのに、いつのまにか精霊と対話することを忘れてしまっている。
それをどう伝えればいいんだろう。
「ディアドラ?」
私が考え込んでいたから、お母様が心配して声をかけてくれた。
「城の近くで水があって、木があって、お花がたくさんあるところってどこですか?」
お母様とお父様が顔を見合わせて、私に視線を戻した。
「城の西にある湖かな」
「この時期は花がとても綺麗なのよね」
「近いんです?」
「城内だよ」
城の中に湖があるんかい!
どんだけ敷地が広いんだよ!
「行きたいです。土の精霊が欲しいです」
「え?」
「精霊は自然の中にいるでしょう?」
「ディアドラ、どうしてそんなことを知っているのかな?」
「ダナが読んでくれる御本に書いてありました」
「絵本?」
アランお兄様の言葉に大きく頷く。
「御本では精霊がいる場所には、必ずお花が咲いていますの」
「それは絵本だから……」
「でもそう言われてみればそうですね」
「僕が読んだ本もそうでした」
そうさ。
きっと昔から伝わっている事実が、そういうところに出ているんだよ!
そう思ってくれ。
ウィキちゃん情報とは言えないんだ。
「精霊は自然の中にいるって事か」
「あなた、皇都を拡張したのっていつでしたかしら」
「十年前だ」
そのせいで城内にいる精霊が減ったのかもね。
確か長男はクリスお兄様と同い年で九歳。時期もあっている。
精霊と生きる世界で、自然破壊は駄目絶対。
「皇都の近くの自然……学園の周りならあるね」
「たしか皇都から森を通る近道がありましたわね」
近くに自然があっても、毎日忙しくてわざわざ行かない。
あるあるだなあ。
この領地の人達だって、城内に湖があるのに通っている人なんていないもんね。
「湖に行きたいです」
「行けば精霊がつくの?」
「つくまで毎日行きたいです」
甘い事を言うな。
魔力がよっぽど強くなきゃ、そんな簡単に精霊が餌につられるか。
反対に魔力さえ強ければ、赤ん坊の私にもくっついてくる。
皇子の魔力ってどれくらいなんだろう。
「これは試してみる価値があるな」
「はい。ディアドラの誕生日会に招待した人達にもやってもらいましょう。自分達や我が子に精霊がつくかもしれないとなれば、進んで協力してくれるでしょう」
「事実だったら恩を売れる。定期的に開催するのもいいかもしれない」
「自由にはさせないという事ですね」
「普段は立ち入り禁止にして、自然保護をする必要があるだろう」
「騎士団員や警備兵にも精霊はつけたいところですが、彼らは乱暴ですからね。監視が必要です」
お父様とクリスお兄様がどんどん話を進めていく。
手持無沙汰にしていたら、アランお兄様がクッキーを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「魔力を使ったら、栄養取らないといけないんだよ」
「でもこのあとご飯です」
「遅くなりそうじゃない?」
確かに。
お父様は夜会に遅刻してでも、こっちの話をつめるだろうな。
今夜は領内の伯爵家の夜会だから、顔さえ出せばいいはず。
「ねえディアドラ。どうして精霊は魔力を糧にするって知ったの?」
突然クリスお兄様に聞かれた。
「眠くないのに寝なくちゃいけなくて、灯りつけられないから魔力で手をぼうって」
「明るくしたんだね」
「そしたら精霊が手に集まったから、魔力ほしいのかなって」
「……なるほど」
「そうか、発想力が優れているんだな」
ああ、私の異常さはどこから来るのか確かめたいのか。
無理に四歳児っぽくするなといったのに私の態度が変わらないから、変えられないのか変えないのか、そこを知りたいんだ。
「常識外れだとは思っていたが、着眼点と発想力が優れていたのか」
「たまにそんなことも知らないのかってことがあったり、普通の子供のように走り回っている理由もこれで説明がつきます」
「三人の中で一番怪我をするのが、女の子のディアドラなんですものね」
ごめんね。本当の事はまだ言えないんだ。
もっと大人になって、自己防衛出来るようになってからじゃないと、異世界の知識なんて危険なものを持っているとは言えない。
私が持っている知識なんてたかが知れているんだけど、ウィキちゃんがあるから。
家族の事は信じたいけど、得られるものがでかすぎる。
国も動くレベルの知識だと思うの。
「精霊に関して、まだ気づいていることがあるかい?」
お父様の言葉に、私は腰に手を当てて胸を張ってみせた。
「何かあるんだね?」
「なになに?」
「ふふん」
「ディアちゃん、教えて」
「ディアちゃんて可愛いですね。僕もそう呼ぼうかな」
「アラン、あとにしろ。僕もそう呼ぶけど」
え? ちゃん付け?
ディアドラ様って呼んでもいいのよ。
「で、何を教えてくれるのかな?」
「湖に行って、精霊と仲良くなりたかったら」
「うん」
「友達になってねってお話しするんですよ」
「え?」
「風が気持ちいいね。精霊のおかげだね。ありがとうって」
「……誰に向かって?」
「風や水?」
だから、その気の毒そうな顔をやめろ。
この子何言ってるのかしら? 育て方を間違えたかしらって思ってるだろう。
「ディアはそうやって風の精霊とお友達になったの?」
やっぱりアランお兄様は我が家の最後の良心ね!
視線がちょっと生温かい気がするのは気のせいよね!
「そうです。それに一緒にいる精霊ともお話しないとダメなんです。火の精霊さん、こっち来て」
掌を上にすると赤い光だけがその上にふわりと乗る。
「水の精霊さんはこっち」
反対の掌に水の精霊が乗った。
「お話しすると答えてくれます」
「うわあ。僕もやってみる!」
目をキラキラさせてアランお兄様が精霊に声をかけると、応えるように掌が緑色に輝いた。
剣精はふわふわ漂っていないからね。
「ちゃんと魔力をあげないと、お話を聞いてくれませんよ」
「ほお……」
「ほしい精霊に話しかける……か」
お父様とクリスお兄様は顎に手を当てて考え込んで、お母様とアランお兄様は自分の精霊とコミュニケーションを取っている。
誰が誰に似ているかわかりやすいわ。
「私だって、無視する人よりお話してくれる人とお友達になりたいです」
驚いた顔をする家族ににっこり笑って話を続ける。
「一回じゃ駄目です。お友達になってくれるまで何回も!」
「ふむ。通う必要があるんだね」
私の話をもとにして、真剣な表情で家族が相談している。
話の合間にも、私が飽きているんじゃないかと声をかけてくれたり、最後のほうはアランお兄様と少し離れた席でお話していていいよって、お父様がソファーまで抱いて連れて行ってくれた。
……家族を騙している罪悪感半端ないな。
胃が痛くなりそう。
「見た感じ、家族の反応はどうだった?」
会合が終わった後、執事ふたりに聞いてみた。
そのために同室させたのさ。
「お嬢、愛されてますね」
「兄弟そろって、ちょっとシスコンの疑いないですか?」
「そんなことは聞いてないよ。疑いは晴れたと思う?」
「「無理ですね」」
だよねーーー!!