取引は嘘とはったりで
「カカオ豆を御存知なんですか?」
訝しげな顔で聞かれたから、営業スマイルを浮かべて小首を傾げた。
あれ? 知っていたらやばかった?
ルフタネンではここ何年かで広まっているって言ってたよね?
「あら、当然ですわ。私これでも勉強熱心なんですのよ。あなた方もこうして帝国に来て商売をしているように、私達も……ねえ、お兄様」
やばいという顔はしちゃ駄目だから、適当に言ってクリスお兄様に丸投げだ。
「僕は食べ物に関してはディア任せだからね。これは調べさせてないよ?」
やっぱり他のことは調べさせているよね。辺境伯が隣国に諜報員を紛れ込ませていないはずないもんな。
「なる……ほど。どのくらいの量を御所望でしょうか」
なんだろう、ちょっとコニングさんの顔色が悪い気がする。
「ディア、アイデアがあるのかい?」
「ええ、それはもう」
興奮を抑えてクリスお兄様の上着の袖を引っ張る。たぶんお兄様は、私が嬉しさで踊りだしそうな状態だって気づいているはず。レックスもソファーの背後に立って、私が椅子の上に立ちあがったら押さえようと思っていたでしょう。でもこのチョコレートじゃ踊らないぜ。
「じゃあ、あるだけ全部」
さすがクリスお兄様、太っ腹!
「ぜ、全部?!」
「そんなに何に?」
「なぜ説明しなくてはいけないのかな?」
「し、失礼しました」
まさかこんな話になるとは思わなかったんだろう。チョコを喜んで買ってもらって、フェアリー商会との結びつきが強くなって、帝国への商売の足掛かりにして、いずれは中央へって商人なら考えるところだ。
だから商会長の孫まで連れて来たんだよね。今のところ役に立っている気がしないけど。子供同士だから、クリスお兄様や私が仲良くなると思ってたのかな。
「売っていただけるのなら、毎回一定量を定期的に購入する保証をいたしますわ」
「それは……ありがたいですね」
「大量に買った場合はお安くしてくださるんでしょう?」
「はい、それはもう……」
「ああ、でも、ひとつ約束してほしいわ。最低でも三年間はカカオ豆をうち以外に輸出しないって」
せっかく作ったのにすぐに真似をされては困るのだ。
チョコレートと言えばフェアリー商会というイメージは大切。
「三年間ですか?! ……これはフェアリー商会としての正式なお話だと思ってよろしいのでしょうか」
「当然だよ。ディアはうちのスイーツ部門担当なんだ」
またもや驚いた顔で見られて、にっこり笑顔で答える。
「しかし……三年間というのは……その場合、うちにも何かメリットがありませんと」
おおう、コニングさんも貴族相手に頑張るね。
「メリット? うちと本格的に取引できるというメリットがあるだろう。それでは不満か」
「い、いえ。とんでもない」
貴族と取引をする商人は大変だ。強力な後ろ盾がないとフェアな取引なんてさせてもらえない。だからうちを始めとして、貴族が商会を立ち上げて優秀な商人を抱え込んで保護するところは多い。
自分の領地の特産品を他領で買い叩かれては困るからね。
そこいくとコーレイン商会は帝国で商売をするには、基盤が弱いんだよな。
だから、うちと仲良くしたくて一番にチョコを持ってきたんだろう。今帝国で、ベリサリオのお墨付きって一番力があるからね。
「このチョコも、暫く他所で売らないでほしいな」
それがチョコって名前だって、コニングさんは認めてないのに、否定しなかったからそのままちゃっかり使うクリスお兄様素敵です。しかも更に追い込んでいる。
「いや……あの……」
コニングさんが汗を拭きながら話をしている横で、カミルは太腿に乗せた手を握り締めて、ずっと俯いている。あのおしゃべりな精霊達もさすがにこの場では喋らない。心配そうにカミルの頭の後ろでぐるぐるしているのが、仏像の頭光部みたいに見えて、ありがたさ倍増よ。
「そろそろうちの店をルフタネンに出そうと思っているんだ」
「……そうなんですか?」
お、急にコニングさんの声が明るくなった。
「うちの店には行ったことが?」
「カフェは混雑していたので、ケーキだけ買って帰りました」
「ルフタネンで通用するかな?」
涼しい顔で尋ねるクリスお兄様を相手に、コニングさんは目を輝かせて頷いた。
「もちろんです。帝国の流行は必ずルフタネンに入ってきますから」
「では、店を出すときにはコーレイン商会に運営をお願いするというのはどうだろう」
「それは……大変ありがたいお話で」
「あと、カカオ豆をもとに私が何か作ったら、それもルフタネンに輸出する時には、コーレイン商会だけを通すっていうのはどうかしら?」
「ディア、そんな約束をしていいのかい? チーズケーキもジェラートもきみのアイデアだったんだ。今回だって間違いないと僕は確信しているんだよ」
「ありがとうございます、お兄様。その期待に必ずお応えしますわ」
仲良く小芝居をうってから、ふたり揃ってコニングさんに視線を向ける。
まさか断らないわよねって言う威圧も忘れない。
だってカカオ欲しいもん。
「私ではすぐにはお答えできませんので、持ち帰って改めてお返事させていただいてもよろしいでしょうか」
「なんだ。コーレイン商会は、うちにその場で決断できない担当をよこしていたの?」
「クリスお兄様、あちらには島ごとの問題もありますし、すぐには返事が出来ないのでしょう」
「ああ、そうか。カカオはどこの島?」
「おそらく南では?」
「じゃあそこから直接……」
「お、お待ちください。三日いただければ値段等についてもお話出来ますし、少量ですが現物もお持ちします」
おおおお。三日後にカカオに会える?!
素晴らしい!!
「あの、今おっしゃられていたご希望に出来るだけ沿う形にさせていただきますので、一つお願いがあるのですが……」
せっかくこれだけいい条件の話があるのに、ここで願い事?
「つまり完成品の専売はいらないという事か?」
「い、いえ……しかし……その……」
変な話の流れだな。商人の割に受け身だし、売り込もうという態度じゃないんじゃない?
これはもしかして、その願い事のためにチョコを持ってきた? これが目的か。
「クリスお兄様、お話を聞くだけはしませんこと? 長いお付き合いになるかもしれないですし」
「ふん。まあいいか。話してみろ」
こういう時のクリスお兄様の冷ややかな感じは、親しくない人から見たら傲慢な子供に見えるんだろうな。わざとやってるからね、うちの長男は。
「こちらのカミルはコーレイン商会長ブラントン子爵の孫でして、彼からディアドラお嬢様へ、精霊獣のことで是非ともご相談したいことがありまして」
「私?」
「……」
カミルは無言でコニングさんに視線を向けて、眉を顰めている。
とても私に相談したいことがあるように見えないんだけど、どうしたんだろう。
それにコーレイン商会って貴族がやっていたのね。
……なのに、平民のコニングさんを、うちの商談相手にしたの?
「ああ、ブラントン子爵の孫か。彼の息子にはまだ子供がいないとは聞いていたが、まだ若いのに養子をもらったのか。全属性精霊獣持ちとは、さすが精霊の国と言われるだけはあるね」
「……っ」
クリスお兄様に正面から冷ややかな視線を浴びせられても、カミルはぐっと堪えて視線を返している。四年前に泣いていたからか、おとなしい子だというイメージを勝手に持っていたけど、そうではないみたい。
「ありがとうございます」
あ、コニングさんのほうは駄目な人かも。
クリスお兄様の嫌味に気づいてない。
「彼は全属性精霊獣を持っているので、北島で精霊の育て方を広めているんです。それでお嬢様が精霊について他領に講義にお出かけになる事もあるとお聞きして、少しの時間でかまいませんので、ふたりでお話をさせていただきたいと」
あーー、彼はそのために来たのか。
ルフタネンで私と同じようなことをしていたのね。
「ほお、他国の、子爵の孫が、妖精姫と呼ばれる我が妹とふたりで会話させてくれと」
クリスお兄様、そんな低い声が出せたんですね。ハスキーさが際立ちますわ。
じゃなくて、顔つきこわいから。せっかくの美少年が台無しだよ。一部に根強い需要はあるだろうけども。
ああ、お兄様だけじゃないや。室内にいるみんなが殺気立っている。
コニングさん、気絶しそうになっているじゃない。
「いえ、コニングは何か勘違いをしているようです。辺境伯の御令嬢とふたりでお話をなどと考えてもいませんでした」
一度大きく息を吐いてから、意を決したようにカミルが話し始めた。
「お忙しいでしょうがもしお時間がいただける時がありましたら、どなたかに精霊王に関するご相談をさせてください」
それにしても、子爵の家系で全属性精霊獣持ちはすげえな、ルフタネン。
うちの国の全属性精霊獣持ちって、みんな高位貴族だよ。
さっきのお兄様の台詞からして、たぶん養子縁組して子爵家の跡取りになったんだよね。
その子爵の孫が精霊王に関して相談?
うわー、これはなんかあるわ。これは要注意だわ。
「そうですわよね。あなたは今更、精霊について質問なんてないですわよね?」
ちらっとこちらを向いたカミルは、目が合うとすぐに視線をそらした。
怪しい。
「商人としては便利ですよね? 空間魔法を使えるんでしょ?」
「え?」
驚いて見開かれた琥珀色の瞳が綺麗だね。
気付かれていないと思って私と話したいと言ってくるのは甘すぎる。私、精霊ソムリエみたいなものよ。
「おふたりは、私の立場は御存じですわね」
カミルとコニングさんが頷くのを待って話を続ける。
「国内の有力貴族の方でも、私に精霊について直接聞きたいとおっしゃる方は多いんです。でもきりがありませんでしょう? まだ私は十歳の子供ですし、お父様と皇太子様が精霊省を通すようにと通達してくださいましたの。その方達を差し置いて、あなたの相談を受けろと?」
「無茶を言っているのはわかっています。ほんの五分でもかまいません。話を聞いていただければ、私がなぜこんなことを言い出したかわかっていただけると思います」
「精霊省を通してくださいな」
「たとえ精霊省がいいと言っても。ふたりで話をする事はありえない。最低でも僕とアランは同席する」
クリスお兄様はぶれないなあ。
「それに、妖精姫である妹に直接個人的に話をしたいなどと、分不相応なことを言い出したんだ。誠心誠意、嘘偽りのない話をすると誓ってもらう」
「それは……どういう……」
「わからないか?」
「も、申し訳ありませんでした!」
突然、コニングさんが大きな声で言いながら床に跪いた。
「お嬢様がお優しいからと甘えて、分不相応な態度と申し出をしましたことお許しください」
「……コニング」
いったい何が起こった? この態度の豹変はどうしたんだろう。
カミルまで驚いた顔でコニングさんを見ている。
「カカオ豆は必ず三日後にお持ちします。お納めください」
コニングさんは土下座状態で謝り続け、チョコもカカオもうちが許可を出すまで他所では売らないと約束して帰っていった。ずっと何か言いたそうに、でも言えなくて悔しそうにしているカミルの眼差しが印象に残っている。
前に会った時の私のフリーダムさを見て、話? いいよ、聞いてやんぜ! っていうと思っていたのかな。チョコでご機嫌になるだろうしって。
そりゃね、また街ですれ違ったんなら、やだーひさしぶりって会話出来たかもしれないけど、さすがに商会に正式に取引しに来た相手に、それは出来ないわ。
「お兄様、何を御存知でしたの?」
「なんの話?」
「カミルのことですよ」
「何も知らないよ?」
「え?」
「カカオもチョコも初めて聞いたし、カミルの名前も初めて聞いた」
あれえ? 嘘いつわりなくなんちゃらかんちゃらって言ってなかった?
「諜報員については、僕はまだ父上から引き継いでないよ。必要な事は父上にお願いすれば調べてもらえる。でもあれは何かあるでしょ」
「ですよねー」
少なくともコニングさんは、私達がルフタネンや彼らのことをいろいろ調査済みだと思っただろうな。
「コニングさんは何回か見かけていますから、うちの担当なんですよね」
「いや、コーレイン商会のうちの担当はリアという女性だ。コニングは……あれは商人じゃないだろ」
「じゃあ、なんなんですか」
「孫のお守りじゃないか?」
カミルのお守りが、以前から商会にちょくちょく顔を出していたって事?
なんのために?
クリスお兄様はさっそくいろんなところに連絡して、情報集めと報告を行っているみたい。子供とはいえ貴族が、国の名前まで出して話したいと言ったんだ。このままっていうわけにはいかないもんな。
私はそそくさと自分の部屋に戻り、ひとりだけになってウィキくんを開いた。
……気になるじゃん。
頼りっきりはいけないと思うのよ? でも情報は武器になる。ウィキくんの情報を早めに見ておいた方が、知り合いを助けたり、問題を大きくしないで済むかもしれない。
うん、うん。今回は見た方がいいと思う。
コーレイン商会の、カミルくん。
……お、あった。 カミル・イースディル公爵。
は? 公爵?! 子爵の孫って公爵になるんだっけ?!
いやいやいや、ないないない。
落ち着け、私。えーーーーーーーっと……。
王位継承権を放棄した元第五王子。
王族かよーーーー!!




