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異世界転生お約束

 皇太子の意向を受けてカーラ達にお手紙を送ったら、休みに八人で会う予定もあらかじめ決めておきましょうとお返事が来た。特にカーラとパティは私と同じで今年から学園に通うので、お話したいというお誘いがあちらこちらから来ているらしい。


十一月から二月までのたったの四か月。初等教育課程は日本の小学校程度の授業らしいから、家庭教師のいる貴族の子供達は、勉強より友人を作ることがメインだ。社交について学びながら、皇宮でも付き合える友人を作って将来の人脈にしていく場ね。精霊や魔法についての授業はあっても科学の授業はないのよ。当たり前だけど。


 皇太子と三人のお友達のお見合いの場と、八人で会う機会が三回は欲しいでしょう? 精霊の住居がある貴族の会合とか、瑠璃の担当している地域の皆さんとの茶会とか、個人とではなくて大勢での集いも参加しないといけないから、どんどんスケジュールが埋まっていく。

 平日は学園が始まってからのお約束のためにあけておくとしても、休日の予定は九月に入ったら次々に決まってしまった。


 前世ではスケジュール帳、真っ白だったのに……。

 チャットで萌え語りの日とか、ネットゲームの戦争参加日とか、イベント前の印刷屋の締め切り日くらいは書いてあったか。でも予定がブッキングしそうで調整しなくてはいけなかったことなどなかった。


「私、成長してる」


 もうコミュ障なんて言わせないぞ。お友達もたくさん出来たし、人脈だってすごいんだから。人外との交流まであるんだぜ。


 手帳に覚え書きをしながらアイスティーをいただくという、御令嬢らしい午後の過ごし方をしているのは、城の西門近くに建てられたフェアリー商会本部の二階のバルコニーだ。正門とは少し離れていて、一般の訪問者はこちらには来ない。こちらの門を使うのはうちの家族直々(じきじき)に呼ばれた商人達や、フェアリー商会の関係者と取引相手だけだ。


 今、道をこちらに近付いてくる小型の精霊車も、ルフタネン王国の交易相手であるコーレイン商会の馬車だ。

 あれはうちで作った物だな。ルフタネンでもすでに精霊車は作られているけど、そりゃあフェアリー商会に来るのに、他所の会社の精霊車に乗っては来ないよね。


 私は開発担当だから、取引の場に顔を出すことはまずない。よっぽど興味を持ちそうな時だけ呼んでくれるけど、苦手なのよね、商人の駆け引きって。貴族同士の駆け引きとはまた違った油断のなさがあってさ。


 精霊車の扉が開いて、大きなカバンを手に降りてきたのは、あの毛深い色男のコニングさんだ。もう何年も前に公園で偶然会った日から、うちの担当になったのかたびたび顔を出している。帝国の人達と同じような服装なのに、今日もあいかわらずのハワイアンぶりだ。


 続いて馬車から降りてきたのは、アランお兄様と年が近そうな男の子だった。

 肩幅や腕の筋肉の付き方なんかも、アランお兄様に似ている気がする。つまり剣の練習をしているか、何かしらの運動をしているか、力仕事をしているか。

 肩まで自然な感じで伸ばした黒髪と、あの時より黒さが増して見える瞳には見覚えがあった。あの時の男の子、カミルだ。


 うっわー、当たり前だけどもうすっかり男の子だわ。

 まず肩幅が女の子と違う。靴の大きさなんて比べるまでもない。

 健康的に日に焼けていて、アーモンド形のくっきりとした眼差しが印象的な綺麗な顔をしている。黒い睫が長いせいでアイラインを引いているように見えるのね。世の女性に妬まれるよ、その目は。

 前世でエジプトに観光に行った時に、ナイル川に小舟を浮かべていた少年が、確かこんな雰囲気だった記憶がある。


 私の視線に気づいたのか、ふたりしてほぼ同時にこちらを見上げてきた。

 眼差しの強さにドキッとした。帝国にはいないタイプのイケメンだわ。黒髪黒目が魅力的に見えるのは、日本人の名残なんだろうな。


 ふたり揃って会釈してくれたから、私もにこやかに会釈する。でもそれだけ。

 だって他に何をしろっていうのよ。声をかける? なんて?! いいお天気ですねって?

 かっこいい男の子は、ありがたやありがたやと神に感謝し、遠くから愛でるもの! 近付こうなんておこがましいことは考えない!


 皇太子やダグラスもかっこいいけど、あいつらもう私を女だと思ってないからね。他の男の子? 私のこと怖そうに遠巻きに観察してますけど何か?


 彼らの姿が建物の陰に隠れて見えなくなってすぐ、扉の開く音がしたから建物の中に入ったのだろう。

 まあ……私には関係ないけど。

 外国かあ。ニコデムス教の危険とペンデルス共和国の問題がなければなあ。どっちも精霊絡みだから無関係とはいえないんだよね。

 北ならいいかな。新しく国が出来たんでしょう? 美味しいものがあるかもしれない。


「お嬢はいる?」

「いるけど、どうしたの?」


 しばらくして扉の開く音がして、レックスとジェマの会話が聞こえてきた。


「クリス様がコーレイン商会との打ち合わせに出てほしいと言っているんだ。珍しい食べ物を持ってきているらしい」


 なんですとーーーー!


「レックス、今行くわ」


 レックスなんて、もう十七歳だよ。時の経つのは早いものだ。

 すっかり大人っぽくなっちゃって、執事服がよく似合って城の侍女達に大人気。


 そういえば、私が生まれた時からお世話になっているダナとシンシアは、ふたりとも騎士団の人と結婚して、もう子供がいるんだよ。いったん産休を取ったけど、まだ私のところで働いてくれている。

 最近はミーアの妹のネリーまで、私のお世話をしてくれているから、彼女達も休みを取りやすくていいみたい。


 レックスが向かったのは、一階にある取引先との打ち合わせ用の部屋だった。

 会議室みたいなのを想像しないでね。パイプ椅子なんて置いてないよ。

 ヴァニラ色の地に金糸の刺繍の入った高価なソファーと、一枚板の猫足テーブル。ルフタネン風の衝立がエキゾチックな広い部屋だ。


 大きなテーブルを挟んでクリスお兄様とコニングさんとカミルが座っていた。

 お兄様の横にはセバスが控え、コニングさん達の背後にヒューとお兄様の側近のライが控えている。私にレックスがついてきたから、コーレイン商会のふたりはすっかり囲まれてしまっている形だ。


 でも仕方ないのよね。こっちはベリサリオ辺境伯嫡男と長女。あちらは異国の平民の商人。なにか事故でもあったら国際問題になりかねない以上、こちらが扉近くに護衛を立たせているのも彼らは承知しているだろう。

 ナッツ類を仕入れているとはいえ、たいした量ではないので付き合いは浅い。彼らに対する信頼関係はまだまだ作られていないという事だ。


「四年ぶりかしら。お久しぶりですわね」


 クリスお兄様の座るソファーに歩み寄りながら話しかけると、コニングさんもカミルもすぐに立ち上がり、一歩横にずれてソファーの脇に跪こうとする。


「かまわないわ。座ってらして」

「ありがとうございます」


 胸に手を当てて一礼するふたりに笑みを向けて腰をおろす。ふたりが座るのを待ってクリスお兄様が口を開いた。


「僕はカミルとは初対面なんだけど、ディアは彼と会った事があるんだって?」

「ええ、港近くの公園で偶然に。まだ六歳の頃ですわ。私、カミルを女の子だと思ってしまいましたの」

「ああ、そんな話をジェマに聞いたことがあったね」

「今なら間違えませんわ。すっかり背が高くなってしまったんですね」


 平気な顔をして笑顔を向けているけど、テーブルを挟んで前の椅子にカミルが座っているもんだから、近すぎてドキドキしてしまう。すぐそばで見ても、日焼けしているくせに肌がつやつやよ。若いってすごいね。いや、私もまだ見た目は十歳だけど。


 なんかね、眼力がすごいんだ。じーっと見られてしまって落ち着かない。

 この子大丈夫かな。瞬きの回数少なくない? ドライアイになっちゃうよ?

 それに近くで見るとやっぱり琥珀色(アンバー)の瞳だ。光の角度で黒く見えるんだな。


「……」


 話題振ったのに反応返ってこないし。

 これ、私のせいじゃないよね。


「で、何を見せてくれるんだい? ディアに食べてもらいたい物なんだろう?」


 クリスお兄様の笑顔が心なしか冷ややかになっている。カミルを見る目が怖い。

 礼儀を知らないガキだとでも思ってしまったかな。


「はい。トマトケチャップを考案したのがディアドラ様だとお聞きしまして、是非とも今回お持ちした物を試食していただきたいと思ったのです」


 トマトケチャップはね、本当は作る予定になかったのよ。

 でもミーアにはよくしてもらっているし、彼女の妹のネリーも頑張っているのに、お給料のほとんど全部を実家に送っていたの。

 彼女達の実家であるエドキンズ伯爵の領地は小さいし、海に面していないしで主だった産業がないくせに、父親の伯爵はのんびりしていて役に立たないし、跡継ぎの長男は真面目が取り得なだけの男で、ただ使用人をクビにして節約することしか考えていなかった。


 それで私、去年エドキンズ伯爵領に乗り込んで、伯爵と長男を捕まえて、ちゃんと領地経営しないならミーアとネリーが仕送りできないようにすんぞこら! とお話をしましたの。穏便に。

 その時に特産品もないし、何をすればいいかわからないなんてふざけたことを抜かすもんだから、トマトを栽培させて、トマトケチャップを作らせたの。

 調味料って一般家庭にも売れるでしょ?

 アメリカかどこかでソースで億万長者になった人もいたはず。

 トマトのまま出荷するより加工した方が、多くの人の就職先が出来るしね。


 トマト自体もブイヤベースを始めとした料理に使うから、質のいいものを栽培出来るように人を送り込んで、ケチャップを売り出すと同時に、こんな料理に使えますよってレシピ本を配って、フェアリー商会のカフェでもパスタを出したのよ。レジの横にケチャップ並べて。


 それだけじゃなくてホットドックも作ったの。こっちは屋台用ね。

 港近くの公園の一部を、屋台で食べ物を買ってきて食事が出来るフードコートみたいにして、屋台を並べられるスペースもベリサリオ直轄で用意して、安い使用料で場所を貸し出すようにしたの。今では立派な屋台街よ。

 意外なことに観光客じゃなくて、港で作業をする人達が朝食や昼食代わりに食べてくれたりして大人気になったから、港にも屋台を出したわよ。


 おかげでケチャップが売れに売れて、エドキンズ領地は驚きの黒字経営。ケチャップの加工場や出荷のルート作りはフェアリー商会でやったから、直接の利益はこっちに来るんだけど、税金はちゃんとエドキンズ伯爵に納めるでしょ。その収入が馬鹿にならないし、領民は就職先が決まって生活が安定したもんで、うちが手を引くと言い出さないように、それはもう丁寧な対応をしてくれる。


 その噂が広まったせいで、一緒に商売をしないかというお誘いをたくさんいただいたけど、もうお金はあるんだわ。十歳にして一生生活出来るだけのお金を稼いでいるから、一生独身でも困らないぜ。

 ……あれ? 私の目標なんだっけ? 長生きと……長生きだわ。うん。


 コニングさんが鞄から出したのは、中の温度調節が出来る魔道具の四角い箱だ。そこから銀色のポットを取り出し、カップに注いだのはとろりとした黒い液体だった。


 言わせてくれ。

 叫ばせてくれ。

 転移転生と言えばお約束、これはチョコレイトではないか?!


 精霊達がテーブルの上をふわふわ浮いて毒がないことを確認して、すーっと私達の頭上に戻っていく。

 震えそうになるのを堪えてカップを持ち上げ、添えられていたスプーンで掬おうとして……濃度が高くてねりねりだった。


 私さ、待っていたのさ。この日を。

 何度も何度もウィキくんでチョコレートの項目を開いて、隅から隅まで読んだのよ。好きだったから。チョコレートが。

 だから知っている。

 これは、ヨーロッパに初めて伝えられた頃のチョコだ。

 水がないと飲めないんだけど、飲み物だったのよ。


「色が黒くて気になると思いますが、甘くておいしいと思いますよ」


 おお、カミルが喋った。

 さっきからあまり動かなかったから、この子はなんのためにいるのかと心配になったよ。

 コニングさんは後ろに控えている者達にもチョコレートを配っていく。

 一口飲んだクリスお兄様は、初めて食べる甘い飲み物が気に入ったようだ。


「ほお」


 新しいものが好きなヒューも気に入ったのかもしれない。

 ならば私も。

 スプーンに掬って、一口飲んでみて。


「……」


 おもむろにカップをテーブルに置いて水を飲んだ。


 たぶん、この世界の人達にとっては感動の出会いがそこにはあると思う。

 彼らがわざわざ私を呼んだのもわかる。きっと私が食いつくと思ったんだろう。

 でも日本のチョコを、フランスのチョコも、ベルギーのチョコも、世界各国のチョコレートを買って食べていた私には失望しかなかった。


 見た目で想像した味を期待して口に入れた時に、違う味が口の中に広がった時の気持ちをおわかりだろうか。

 日本の菓子パンの味を期待して外国で見た目は同じパンを食べたら、砂糖ジャリジャリで歯が浮きそうなほどの甘さだった時の感じ。


 わかってる。これは地球でも()てきた歴史の途中の段階だ。ここからココアパウダーとココアバターに分離させる方法を発明し、やがて固形化出来るようになっていく……ってウィキくんに書いてあった。


 つまり私はだいぶ早い段階でチョコレートに出会えたって事よ。

 まだ誰も固形化していないのよ。


「あの……お気に召しませんでしたか?」


 すごいね、カミルくん。

 きみは私に待ちに待ったものを持ってきてくれたよ。

 でも私が欲しいのはこれじゃないんだ。


「これは、もう他で売りに出しているんですか?」

「ルフタネンではここ何年かで広まっている飲み物です。帝国ではまだ、どこにも出していません」

「では、クリスお兄様にお任せしますわ」

「ふーん。乗り気ではないみたいだね。でも、他所で売られるというのも問題だ」


 私の反応にカミルはかなり落胆しているようだ。あまり表情は変わらないが、眼力が弱まっている。コニングさんにとってもこの反応は計算外だったらしい。はっきりと顔色が悪くなっている。

 ようやくフェアリー商会と大きな取引を結べて、帝国へ商売を広げる足掛かりになると思ったんだよね、きっと。

 大丈夫だ。まかせろ。


「気に入らないわけではないんですよ? ただ私が欲しいのはこれじゃないんです」


 ふたりは不思議そうな顔で私の次の言葉を待っている。


「私にはこのチョコではなく、原料をそのまま売ってください」

「はい?」

「ですから、カカオ豆を買います」


 目を大きく見開いて、カミルとコニングさんが顔を見合わせた。


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本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待した味とは違う時の気持ち、良く分かります。 まだ子供の時にカレーライスだと思って、喜んで口にしたら変な味がして「何これ?」と思ったその時から、それが嫌いになりました。大人になった今でも…
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