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閑話 精霊の愛した国で 3     カミル視点

出会いのお話はここまでです。

 その後、ひとまず俺の身の安全が確認されるまで、俺はブラントン子爵の孫としてコーレイン商会で働くことになった。

 ルフタネンはもともと四つの島国がひとつに統合された国なので、土地の広さの割に貴族が多すぎるため、領地経営以外の方法で金を稼ぐ貴族が多い。むしろそれが一般的だ。

 公爵とは名ばかりで領地を持たない俺も、商売を覚えておいて損はないのだ。


 子爵は野心家で計算高く、サロモンが聞いたら不敬罪だと言いそうなことも平気で言う爺さんだったが、彼の息子のシモン夫妻と孫達はとても親切な人達だった。


 そして半年経った頃、一時的に帝国に身を寄せてくれと突然言われた。

 リントネン侯爵もマンテスター侯爵もハルレ伯爵にまで言われれば、断るわけにはいかない。


「一時的に第三王子と第四王子が手を組んだようです。第二王子が暗殺されたという噂もあります」

「…………え?」


 あの優しい兄上が? なぜ?

 近衛が守っていたんじゃないのか?


「カミル様」


 心配したキースが腕を掴んで支えてくれているのも、よくわかっていなかった。

 なぜ俺は生き残って、兄上が?


「どんなに端の方だとしても、カミル様の住んでいた屋敷は王宮の敷地内です。そこに兵士を送り込めたのですから、第三王子は王宮内にかなり勢力を広げているんでしょう」

「王太子殿下は?」

「国王に代わって王宮の中心で政を行ってくださっているんですから、護衛の数からして違います。彼に何かあったら内戦が始まりますからね」

「ならどうして兄上は守ってもらえなかったんだ?」

「王子同士の仲が良くても、周囲がそうとは限らないんです。王太子派と第二王子派が王宮内にいたようです。……おふたりはあなたの事を心配しているんです。しばらく帝国に身を隠してください」


 王太子と直接の連絡手段を持つハルレ伯爵にそう言われては、嫌とは言えない。

 彼らの決定に抗う力は俺にはない。

 無理に王宮に帰ったところで、足を引っ張るだけだ。


「今のうちに帝国内にも隠れられる場所を作っておきましょう。今回子爵は同行しないようですけど、商会の人間は信用しないでくださいよ」


 サロモンはこの半年で、すっかり侯爵家ではなく俺が与えられた屋敷に住み込んでいた。

 今回は彼とキースは残し、コーレイン商会のコニングという男が一緒に帝国に行く事になった。

 彼は商会の経理事務の人間だ。子爵の指示に忠実だという事と帝国の言葉が巧みだという事で選ばれたらしい。

 最近帝国は作物が豊作で、ルフタネンからの輸入量が減っているのだそうだ。

 子爵にとっては、王宮の様子より、帝国との貿易の方が重要な問題なのかもしれない。


 帝国の港は想像していたよりもっと活気に溢れていた。

 精霊の国というイメージを崩したくないのか、帝国に向かう船の乗組員は精霊を持っている人間を多く使っているのに、街を行き来する人達の方がよっぽど精霊を持っている。精霊獣もいるようだ。

 ここでは自分の精霊を隠さないで歩いていても、たまに振り返る人がいるくらいだ。ベリサリオ辺境伯に近い貴族達は、複数の精霊を持つのは珍しくないらしい。


「これが帝国」


 行き来する人達の髪の色も目の色も様々で、黒髪が少ないのに驚いた。

 商会の人間に見張られている俺と、ボブ、エドガー、ルーヌは別行動で、サロモンの話していた拠点作りに動いてもらった。

 マジックバッグに貴金属や金貨を詰め込んであるから金銭的余裕はかなりあるが、子爵達はそれを知らない。俺達をある程度好きにさせても問題ないと思っているようだ。


「あ。いけない。次の店に行くのに持っていかなければいけない書類があったんでした。取りに行っていいですか」


 挨拶周りの途中で、コニングが突然足を止めた。


「いいよ。俺はそこの公園で待っていていい?」

「わかりました。屋台で何か買って食べていてください」


 公園近くの道にはたくさんの屋台が出ていたけど、兄上が死んだかもしれないと聞いた日からあまり食欲がなかった。

 ルフタネンのやつらは、自分の住む島の事しか考えていない。

 なのに命を懸けてまで、守る価値があの国にあるんだろうか。


『ルーヌ来た』


 公園の前を入り口に向かって歩いていたら、道の向こうからルーヌが走ってくるのが見えた。


「よかった。捜しました」


 屋台で買い物をする人達の中に紛れ、肩を並べて歩く。

 遠くで歓声が聞こえたような気がした。


「拠点は出来た?」

「はい。店に何人か人を雇いました」

「金は足りてる?」

「大丈夫です。あの……」

「なに?」

「第二王子が暗殺されたのは、間違いないそうです。お葬式が行われたそうです」

「…………そう」


 ルーヌに知らせてくれた礼を言って別れ、公園の奥に向かった。

 出来るだけ誰もいない場所に行きたかった。


 葬式にさえ出られないのか。

 初めて抱きしめてくれた人だったのに。

 生き残るために精霊獣を育てろと、会うたびに言っていたっけ。


 あなたが死んでしまったらだめじゃないか。


 王太子は今、あの王宮でちゃんと守られているんだろうか。

 もっと俺が大人だったら。

 もっと俺が強かったら。

 何か変わっていたんだろうか。


「どうしたの? 具合が悪いの?」

「え?」


 傍に人が来たのに精霊が知らせてくれないなんて珍しくて、驚いて振り返ったら女の子が立っていた。

 自分の周りにはいつも大人しかいなくて、年齢の近い女の子とこんな近くで話すのは初めてだ。髪に艶があってきらきらしていて、睫が長くて、瞳は宝石みたいな紫色だった。

 すごく可愛いけど……なんだろうこの子、本当に人間か?


「どこか痛いの?」


 こてんと首を傾げて聞いてくる。

 つい顔に目がいってしまっていて、彼女の頭上の精霊に今まで気付かなかった。

 こんな強い魔力を持つ精霊を初めて見た。兄上達の精霊より強い。間違いなく全属性精霊獣に育っている。


 彼女が近づいてきたので後退(あとずさ)りそうになって、逃げださないように足に力を入れた。

 可愛いから余計に怖いって事もあるんだ。

 ……ふと、目尻から頬に流れ落ちる涙の感触に気付いて、慌てて目を(こす)った。

 泣いていたのか俺。


「目が傷ついちゃうよ。これでふいて」

「ありがとう」

『おまえは何者だ』


 女の子があまりに近くに来たので、おとなしくしていてくれと言われていても我慢出来なくなったんだろう。精霊達がふたりの間に割り込んできた。


『この地は我が精霊王の地。その祝福を受けた子供にその態度は許さぬ』

『我が主も祝福を受けている、気安く近づくな』


 精霊王? 祝福?

 やっぱりこの子、普通の子じゃないよな。


「具合が悪いのかなって気になっただけなの。邪魔をしたならごめんなさい。あなた達がこんなところで喧嘩なんて始めたら、精霊王達の迷惑になるから落ち着いて」

『しかしこいつらが』

「イフリーいいのよ、ありがとう。みんなも怒らないで」


 精霊獣を見る眼差しも、話し方もやさしい。

 初対面の俺を心配してくれるのだから、いい子なんだろう。

 

『あんなことを言いながら、あいつらは精霊獣にはなれないのだ。他国でその国の精霊王を怒らせるわけにはいかないからな』

「イフリー、煽らないの」

「みんなもだよ。おとなしくして」


 やっぱり精霊獣って、けっこう攻撃的な性格なのか?

 彼女の精霊獣も俺の精霊獣も、わちゃわちゃと動き回りながら言いたいことを言い出して収拾がつかない。

 女の子も驚いているようだから、この状況は珍しいのかもしれない。

 なんて声をかければいいんだろう。

 目つき悪いとか、言葉遣いが悪いって、よく言われているんだよな。


「ごめんね。僕の精霊獣が迷惑かけて」

「僕?」

「うん?」

「げーーーーー! 男の子?!」


 突然指さして叫ばれた。

 げーって。

 こんなかわいい子が、げーーーって言うんだ。


「お嬢様? どうなさいました?!」


 少し離れた場所にいた女性が駆け寄ってきた。

 やっぱりこの子、お嬢様なんだよな。げーーって言ってたけど。


「ジェマ! この子男の子だって!」


 あ、げーーに驚いて聞き逃していた。

 俺は帝国でも女の子に見られるのか。

 ……まあいいけどさ。


「……ええ、そうでしょうね」

「え?」

「男の子だと思っていましたけど、私は」

「……男です」


 そんなに意外そうな顔をされるほど、女っぽいとは思わないんだけどな。

 こんな筋肉つけている女の子なんて……服を着ているとわからないか。


「やー、可愛いからてっきり女の子かと思っちゃった」


 こんな可愛い子に可愛いと言われて、女の子に間違われる俺って、男としてどうなんだろう……。


『こいつおかしい』

『なぜ精霊王はこいつに祝福なんてした?』

「誰がこいつよ」


 やめろ。怒らせるとやばい子だから。

 おまえらより、この子の精霊獣の方が強いから。


「本当にごめんなさい」

「ああ、気にしないで。本当に平気だから頭を下げないで。私の方が失礼だったから」

「まったくです。うちのお嬢様が失礼いたしました」

「えーっと、そうそう。どうしてひとりでな……こんなところにいたの? 迷子?」


 どうでもいいけど、この子は初対面の相手のこんな近くにいていいのか?

 護衛がつくほどのお嬢様なんだろう?

 話しながら顔を覗き込んでくるのはやめてほしい。近すぎるよ。


「違う。迎えを待っているだけ」

「迎え? あ、ジェマ、もしかして入場規制してる?」

「ええ。でも用事や待ち合わせの人は入って来られるはずですよ」


 公園に入場規制?

 護衛は何人いるんだ?


 しばらく会話をしているうちに、コニングが戻ってきた。

 一緒に来た男は女の子の護衛で、コニングとは知り合いだという。


「ご紹介にあずかりましたコーレイン商会のエルンスト・コニングです」

「ディアドラ・エイベル・フォン・ベリサリオです」

「ベリサリオ? 辺境伯の?!」


 今度は我慢出来ずに後退ってしまった。

 この子が精霊王を後ろ盾にした幼女?

 この魔力、精霊獣の強さ。やっぱり普通の子じゃないんだ。


「こちら辺境伯のお嬢様ですよ」


 コニングは挨拶が終わった後、俺の隣に立って肩に手を回してきた。

 ……気持ち悪い。

 信頼していないやつに触られるのは苦手だ。

 普段はこんなに近づいてこないくせに、なぜ今日だけ?


「離れろよ」


 ベリサリオ辺境伯のお嬢様が護衛と背を向けて歩き始めて、声が聞こえないくらいに離れてから、低い声で呟いて横目で睨む。

 コニングは驚いた顔で俺から離れた。


「次の店に行くんだろ?」

「あの……お嬢さんと何を話していたんですか?」

「なにも。精霊同士が喧嘩していただけだ」

「喧嘩? あの方を味方につければ、あなたは王太子にさえなれるかもしれないんですよ」


 何歩か歩き始めていた俺は、足を止めて振り返った。


「それが子爵の狙いか?」

「……いえ」

「忘れるな。俺は王位継承権を放棄している。王太子殿下に何かしてみろ。俺が北島を滅茶苦茶にしてやる」


 あの子を味方につける?

 彼女になんの得があるんだよ。

 その気になれば今のルフタネンなんて、あの子一人で潰してしまえるのに。


「あの……」

「行くんじゃないのか?」

「は、はい」


 北島の貴族達の前ではおとなしくしていたから、俺がこういう性格だとは知らなかったんだろう。

 サロモンはなんとなく気付いていて、それを面白がっているようだけど、変人だからな。


そのシリアスをぶち殺す!  byディアドラ



いつも閲覧ありがとうございます。誤字報告、大変助かっています。

少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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