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閑話 精霊の愛した国で 2     カミル視点

ディアドラがいないとシリアス気味です。

 扉が開いた分、薄暗かった室内に光が入り込んできた。

 ベッドの下に潜り込んでいる俺から見えたのは、光に照らされた部分だけくっきりと黄色くなった床と、光の中心に立つ男の影だけだ。

 男の方からは、静まり返った部屋の床に、さっき俺がぶちまけた引出しの中身が見えるんだろう。仲間がやったのか、別のやつがいるのか。気配を探ってしばらくそのまま動かず、やがて室内にゆっくりと足を踏み入れた。


 一歩一歩慎重に歩く足元がベッドの下からでも見える。こちらに近付いてきて、閉じていた天蓋の布を勢いよく開いたようだ。

 中に誰も潜んでいないことを確認し、足は向きを変え、メイド長が倒れている傍らに近付いていく。


「合図したら、足元を凍らせてくれ」


男が風呂場の灯りをつけて中を改めているうちに、精霊に指示を出した。


『やるぞ』

『精霊獣になる』

「まだいい。やられそうだったら……」


 物音が聞こえたので途中で言葉を切った。

 精霊獣は目立つし、彼らに人を殺めさせるのは嫌だった。

 気付いたら傍らにいつもいてくれた存在だ。孤独を感じないでいられたのは、彼らのおかげだから、敵を殺す手段にしたくなかった。


 浴室から出てきた男はベッドの横を回り、今度は開いたままの窓に近付いて行った。

 こちらに踵側が向いてすぐ、精霊に合図を出し、ベッドの下から飛び出した。


 慌てていたせいで、ベッドの枠に背中をこすりつけてしまったけど、その痛みのおかげで落ち着けたのかもしれない。


「うおっ!?」


 足元から脹脛まで凍り付き、足を踏み出せずにバランスを崩し、前に転びかけていた男の背中におぶさるように飛び乗る。


「きさま!」


 子供の俺でも確実に大人を殺せる場所はいくつもある。

 背後から喉元に短剣を押し当て、勢いよく手を横に動かす。めちゃくちゃに暴れた男に振り飛ばされ、吹っ飛んだ先がベッドの上だったのは幸運だった。

 すぐに身を起こし短剣を構えた俺と、両手で切られた喉を押さえ、目を極限まで見開いた男の目が合った。

 切り裂く力が足りなかったのか。傷が浅く即死には至らなかったようだ。

 仲間を呼ぼうとしたんだろうか。ゴホッと咳き込んだ男は血を吐きだし、剣を抜こうとしながら体勢を崩し、どたりと床に倒れ込んだ。

 ごぼごぼと男が呼吸するたびに変な音がする。その間隔がゆっくりになり、やがて何も音がしなくなった。


 人を殺したという実感はなかった。それより物音で誰か来る前に逃げないといけない。

 ふわっと体が光に包まれて、慌てて廊下に視線を向ける。

 誰もこちらに来る気配はないようだ。


『カミル、背中怪我してた』

「ありがとう。でも回復は目立つから気を付けて。窓の外に気配は?」

『ない』


 ベッドを飛び降り、倒れた男の横を歩いて窓の手前で足を止めて振り返った。

 このままメイド長の亡骸を放置するのはつらい。きっとこの屋敷の中に、他の人達の亡骸もあるはずなのに、今の俺には何もしてあげられない。


「ごめんね。……大好きだったよ」


 兄上達は兄弟だし特別な存在だけど、いつもそばにいて俺を気にかけてくれたのは彼女だった。こんな別れになるなんて。


 部屋にはいった時と同じ要領で庭に戻り、体勢を低くしたまま樹木の影を海辺の道に向かって進む。

 この方向に行けば、先程見かけたふたりの男とすれ違う事になるが、王宮方面に向かって騒ぎを大きくする気にはなれない。誰が味方なのか全くわからないからだ。兄上の元に辿り着けるとは思えない。ならば海沿いから、何とかして王宮外に出たかった。


 海沿いの小径と王宮の建物の間には、街路樹が植えられずっと庭が続いている。おかげで身を隠す場所には困らないで済んだ。


『キースだ』

『エドガーとルーヌもいる』


 三人共俺の側近だ。十歳から十二歳の子供が、この場に来てしまうなんて。


「精霊に逃げるように伝えられるか?」

『向こうもカミルに気付いた』

「周囲に他の人間は?」

『いなーい』


 怖さはあったが、木の陰から小径に姿を現して前を見ると、堂々と三人並んでこちらに歩いてくる姿が見えた。


「何をして……」


 文句を言いかけてから、これから屋敷に向かう彼らはまだ何が起こっているか知らないのだと気づいて黙る。


「カミル様!」

「ご無事でしたか」

「何が起こっているんですか?」


 いや、何かが起こっているのはわかっているようだ。

 キースは三人のリーダー格で、きりっとした顔つきで背が高い。

 エドガーはとても十二歳とは思えない大きな青年で、顔も体もごつい。黙っていると成人しているように見える。

 ルーヌは三人の中ではひとりだけ二歳年下なのを気にしていて、もっと年下の俺を何かとかまおうとする。

 

「屋敷がどこかの兵士に襲われた。近衛ではない」

「あいつらだ! 俺たち途中でふたりの兵士に襲い掛かられたんだ」


 彼らが視線を向けた先に、地面から突き出した鋭い岩の杭と氷の杭にくし刺しにされた兵士が見えた。焦げ臭い気もする。

 キースは全属性、他のふたりは二属性の精霊獣がいる。どうやら精霊達はやれることは全てやって敵を排除したようだ、


『俺達もやれたぞ』

「いいんだよ。次は頼むかも」

『まかせろ』


 戦えなかったことが、俺の精霊獣達は不満なようだ。精霊獣は好戦的なのか?


「敵はまだいる。急いで逃げよう」

「おまかせください。いざというときのためにゾル殿下に協力者を紹介していただいております」

「まずは王宮を出ましょう」


 兄上達は御無事だろうか。

 いや。俺に心配されなくても、あの方達は近衛騎士団に守られているはずだ。


「わかった。行こう」


 合流した俺達は小径を走り、使用人用の通用門に向かった。






 この時間帯、王宮での仕事を終えて街に帰る使用人と、これから夜の勤務に向けて通勤してくる使用人の入れ替わる時間帯なのか、それともこの門はいつもこのくらい賑やかなのか、通用門の周辺は人が溢れかえっていた。


「……人が多いな」

「ああ、殿下は屋敷から出たことがないから」

「正門や東西門に行ったら目を回しちゃうんじゃないですか?」


 服が上等すぎるからと、途中で寄った大きな倉庫で薄汚れたスカートをズボンの上から履かされ、頭からストールを被らされている。


「喋らないでくださいね。黙っていれば女の子に見えます」

「……」

「目つき悪いのどうにかしてください」

「殿下、今だけですから我慢してください」


 もうすぐ八歳なのに、女の子と思われるわけがないじゃないか。

 メイド達にいつも、王子の目つきじゃないとかガサツだとか嫌味を言われていたのに。


「よお、エドガー。今日は出かけるのか?」

「明日休みなんだ」

「それで子供を連れて?」

「屋台で買い物したいんだと」


 エドガーは門番と知り合いらしい。

 それに子供だと思われていないようだ。


「そっちの子は?」

「私の妹だ」


 キースが言いながら、俺の被っていたストールを少しずらした。


「ああ、可愛い子だな。きみは貴族だったか」

「貧乏男爵家だけどね」

「それでも平民とはやっぱり違うんだね。精霊も……全属性?」

「二属性だよ。こっちは妹の」

「そうだよな。驚かすなよ」


 俺の精霊はストールの中だ。背中の後ろでもぞもぞしている。背後にキースとルーヌが立って目立たないようにしてくれている。


「よし、行っていいぞ」

「お疲れ」


 こういう時のために、あらかじめ門番とは親しくなっておいてくれたんだそうだ。

 子供ばかりだからと、荷物検査もなく通してくれた。

 ……しかし、女の子だと言って疑われないのはどうなんだ。


「俺のどこが女なんだ」

「目が大きいからじゃないですか」

「七歳じゃ間違われることもありますよ」


 もう八歳になるのに。


「このまま女の子の振りで北島まで行きましょう」

「暑い」

「もう少しの辛抱ですよ。船に乗ってしまえばこっちのものです」


 初めて人を殺し、初めて屋敷から離れ、初めて多くの人々のいる街に出た。

 あまりの人の多さに目が回りそうで、俯いて歩いた。

 ゆっくり考える時間がないのは、今の俺には幸運なのかもしれない。

 

 今度はいつ王宮に戻れるんだろう。

 みんなの亡骸はちゃんと弔われるんだろうか。

 そもそも誰が?


「あの制服は西島の兵士だと思いますよ」

「第三王子か」

「おそらく」


 王宮のあるここ東島は他国の人間を滅多に見かけない。街を行き来する人間は全て黒髪に黒い瞳の者ばかりだ。

 だから見た目は問題ない。

 俺達が彼らの中で浮く危険があるのは精霊獣の存在だ。街の平民に精霊持ちなんていない。王宮内でも王族の側近や一部の兵士しか精霊を持っていない。貴族だって持っていないやつがたくさんいる。

 精霊を持っているやつはエリートだ。平民で精霊持ちのエドガーやルーヌは、門番達から見たら貴族より優れている平民という事で、期待の星なのかもしれない。


 ルフタネンが他国から精霊の国と言われていると聞いた時は、みんなで笑ってしまった。

 精霊王は賢王の没後、一度も姿を現さない。モアナの存在も(おおやけ)にはされていない。

 過去の王族が精霊や精霊獣の知識を独占したために、この国は精霊王に見捨てられたんだ。

 だから兄上達は自分の周りの者に精霊の育て方を広めたのだが、それもまた、自分達は特別な存在だと思っている第三、第四王子とその周辺の者達には許せないらしい。


 くだらない。

 特別な存在なら、さっさと精霊王に面会して祝福をもらってみろと言いたい。

 公務をいっさいしないで兄上たちに押し付けているし、精霊についても何もしていないくせに、自分の方が後継者に相応しいと他の王子を暗殺しようとする。国王は自分の身の安全しか考えず、病弱なために公に姿を現さなくなって三年。王太子が国王代理として(まつりごと)を行っている。

 国の事を考えているのは王太子と第二王子だけだ。

 その王太子に何かあったら、どうなるか他の王子達は考えていないのか。いや、自分も同じ事が出来ると思っているんだろうな。





 北島に向かう港町で、ちょうど襲撃の時に休みで街にいて無事だったボブが合流した。そのまま逃げてしまった方が安全だったのに、わざわざ俺を捜して追いかけて来てくれたのだ。

 子供の俺達にとって二十五歳の彼は頼もしい味方だ。宿で屋敷で起こったことを話すと、よく無事でいてくれたと泣かれてしまった。


 彼のおかげで北島に向かう船に問題なく乗船出来た。

 初めて乗った船で酔ったのと、考える時間が出来たせいか、いろんな事を思い出して吐いてボブに心配されてしまった。

 気持ち悪そうな顔をしていたのは俺だけじゃないけど。

 みんな東島を離れる事が出来て、ほっとして気が緩んだのかもしれない。


 北島に到着して休む間もなく、東島との航路に使用されている港街から、帝国との貿易に使われる港のある街に向かった。

 同じ島内だと思えないほどに、移動するにつれて街の様相は変化し、徐々に建物の様式が変わり、アロハを着ている人の数が減り、黒髪ではない人間が増えていく。

 精霊を持つ人間が少ないために、馬車から外を見るしか出来なかったのが残念だ。


 北島は帝国との貿易で潤っているため発言力が強く、あまり自分の島の血を引く者を国王にしようという熱意がない。おかげで俺は気付いた時には王位継承権を失っていたわけだ。

 それでも彼らにとって、全属性精霊獣持ちで水の精霊王の祝福持ちの王族は、役に立つ人間ではあるらしかった。


 まず俺達が向かったのはキースの家であるハルレ伯爵家だ。

 領地は港からは離れた田園地帯にある。今回は港町の別宅に向かったのだが、そこですら俺の住んでいた洋館より倍以上大きくて豪華だった。


 彼らは日頃から王太子と連絡を取っていたようで、すぐに母の実家であるリントネン侯爵家に連絡してくれた。北島の貴族社会はリントネン侯爵家とマンテスター侯爵家を中心に、ハルレ伯爵家を始めいくつかの伯爵家が領地を持っている。


 母の実家のリントネン侯爵家は伯父が跡を継いでいて、妹である母を随分と可愛がっていたそうで、俺が母に似ていると泣きそうになり、その俺がどんな目にあったのかを側近達から聞いてかなり怒っていた。

 マンテスター侯爵家は東島との港のある地域を領地としている貴族だ。

 眼鏡をかけた品のいい侯爵が、今後の俺の処遇について話し合っている間、なぜか彼の息子のサロモンがじーっとこちらを見ていた。三属性の精霊を持つ彼は魔力が強いようだ。整った顔立ちだが目が細く、真っすぐな黒髪を真ん中で分けている。年は成人したばかりくらいか? 


「全属性精霊獣ですか。そちらも……」


 我慢出来なくなったのか、とうとう俺達に話しかけてきた。


「きみの精霊もそろそろだろう?」

「でもこの島に精霊獣はほとんどいないんですよ。皆、精霊どまりで」

「対話しないからだ」

「対話?!」


 細い目を一瞬見開き、がばっと俺に近付こうとした彼を、側近が三人がかりで止めた。


「何もしませんよー。話を聞くだけです。ああでもちょっと精霊獣に触らせてください」


 黙っていればクールなイメージなのに、三人の手を振りほどこうとじたばたしている。


「しかし……三人共しっかりと主を守ろうとするんだね。鍛えているし精霊もいる。カミル様も鍛えてますね。その目つきはダメですよー。貴族の顔じゃない」

「王子に対して失礼です」

「褒めてるんですよ」


 にこにことご機嫌な様子のサロモンは、ボブに睨まれても側近三人に取り押さえられていてもまったく気にしていない。その様子をその場にいる全員が驚いた顔で見ている。

 

「父上決めました。私は彼について行きます」

「は?!」

「そうか。じゃあ跡目は弟の誰かに継がせるぞ」

「そうしてください」

「はーーーーー?!」


 驚いているのは周囲ばかりで、マンテスター侯爵もサロモンも平然としている。


「私の側近や手の者は連れていきますから、役に立ちますよ」

「いやいや。侯爵家の嫡男が権利を放棄するのか?!」

「こっちの方がおもしろそうですし、精霊獣の育て方を教えてくれるんですよね」

「そんなのは、みんなに教えるよ。王族が独占するから、精霊王がずっと姿を現してくれないのかもしれないだろ」

「いいですね! 帝国にも行きましょう。精霊王が後ろ盾になった幼女がいるみたいですよ」

「こいつが幼女って言うとキモイ」

「犯罪……」


 エドガーとルーヌの会話を聞いて、サロモンは満面の笑みを浮かべてみせた。


「サロモン、なんですの? いつもは滅多に喋らないのに」

「ああ、それはあなた達との会話がつまらないからですね」


 リントネン侯爵家の長女に対してこの言いよう。場の空気が凍った。


「なんですって?!」

「きさま、失礼だろう。こんな死にぞこないの王子……」

「デルク、気を付けて話しなさい。カミル様は継承権を放棄していようと第五王子にして公爵閣下。あなたの父上より立場が上のお方です。不敬罪ですよ」


 先程までとは打って変わって低い冷ややかな声は、リントネン侯爵家の子供達を黙らせるのに充分だった。

 子供達と言っても長女は十五。長男のデルクは十六だ。サロモンとそう変わらないはずだ。


「うちの者が失礼しました」


 伯父であるリントネン侯爵が、俺に臣下の礼を取った。


「デルクはしばらく謹慎。教育を受け直させます。状況次第では、次男のヘルトにあとを継がせますので御容赦ください」

「い……いやそこまでは」

「ここははっきりとしなくてはいけません。あなたは王子なのですから」


 助けてもらう立場だからと遠慮していたが、それでは駄目なようだ。

 ボブは大人だけど平民で、側近はこの手のやり取りに慣れていない。

 サロモンをまだ信用は出来なくても、ありがたい存在ではあるようだ……たぶん。



いつも閲覧ありがとうございます。誤字報告、大変助かっています。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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